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No.1の影

 マリゼルダはこうした手続きに慣れていなかったらしく、結局ここでも俺が手伝った。


 その最中に書類を見たのだが、マリゼルダは16区の家に住むらしい。これだけでもかなりの立場である事が見えてくる。


「無事に終わった。ダインのおかげね」

「もしかして。こういうのにあんまり慣れていないのか?」

「うん。市街地をこうして歩くのも初めて」


 市民課での要件が終わった俺とマリゼルダは、そのまま近くの店に入って遅めのランチをとっていた。パスタ専門店で、俺も何度か来たことがある。マリゼルダはここでも奇妙な事を話していた。


「おいしい……。パスタっていうのも、名前は知っていたけれど。食べたのは初めて」

「マリゼルダって俺とあまり歳が変わらないだろ? 車といい音楽といい、今までどんな生活をしてきたんだ……」


 帝国政府の研究機関所属だという話だったが、今まで研究以外に何もしてこなかったのだろうか。


「そういえば。なんで俺を待っていたんだ?」

「もう一度。ダインと話してみたかったからだよ」

「俺と?」

「うん。出会った時から、何故か気になって」

「…………」


 面と向かって言われると少し照れる……という訳でもないが、俺も同じ気持ちだった。こうして話している今も、どこか頭の中に引っかかりの様なものを感じている。


「なぁ。俺たちって……」


 どこかで会った事があるか。そう言いかけたところで止めた。これでは出会ってすぐに口説いているみたいだ。何となくそう思われるのに抵抗を感じてしまった。


「なに?」

「あ、いや……。そうだ、これも食べてみろよ」

「え……?」


 そう言って俺が注文したのは、食後のデザートだった。ここのシャーベットは柑橘系で、食後の口の中を爽やかさで満たしてくれる。マリゼルダはやはり初めて見たのか、一口食べて固まっていた。


「……どうした? 口に合わなかったか?」

「美味しい……。 こんなに美味しいもの、初めて食べた……」

「そうか……」


 喜んでいたのか。目が見えないから感情が読み取りづらい。


 そして店員や客もやはりこの仮面を付けたまま食事をする客が気になっているのか、こちらをチラチラと見ている人は多かった。


「喜んでもらえたみたいで何よりだ。今日はこのまま帰るのか?」

「ううん。もう一度外災課に戻るよ。夕方にもう一人の……仲間? 同僚? が来るから」

「そうか。なら帰りも送るよ。俺もビル内の自室に戻るつもりだったし」

「ありがと。正直、ここからの帰り道もよくわからなかったから。助かる」


 ここまでのやり取りで、マリゼルダはかなり世間から浮いた生活を送ってきたんだな、と感じた。


 どうやらしばらく一緒に働くみたいだし、その内またいろいろ話を聞かせてもらえるだろう。


 そして次の日。マリゼルダともう一人の男性、エグバートが政府直属の研究機関から出向してきた事が伝えられた。そしてエグバートもやはり仮面を付けていた。





 ブロワールは通信越しにディンドリックと会話をしていた。内容はマリゼルダ……No.2たち《ニーヴァ》に関してだ。


「これまでは順調です。マリゼルダとエグバート。共に外災課での活動を開始し始めました」

『うん? ……ああ、No.2とNo.5のことか。別にコードネームなんて必要なかったのではないかね? おかげで一瞬、誰の事か分からなかったではないか』

「さすがに仮でも名がなければ、必要以上に目立ってしまうでしょう。いくら詮索は禁じると通達していたとしてもです」


 No.2とNo.5は新たな任務に伴い、仮の名を与えられていた。今もブロワールの元には定期的な連絡が寄せられてきている。


『どうだね? 特にNo.2の様子は。何か変わったことはないかね? 特定の人物に興味を示すとか』


 試す様なディンドリックの問いかけに、ブロワールはいつも通りの平然とした態度で答えた。


「特には。二人とも外災課の者と適切にコミュニケーションを図れております。やはりあの二人を窓口として出向させて正解でした」

『そうかそうか。No.2たちも人間社会で暮らすのは初めてとなる。気になる様子が見られたら、どんな些細な事でもいい。報告したまえ』

「はっ」


 ディンドリックは決して、二人が上手くやっていけるのかを心配して言っている訳ではない。その事を理解しているブロワールは、無表情なまま頷いた。


『ああ、それと。No.1らしき姿がアンダーワールドで確認された』

「な……!?」


 何気ない様に言われた言葉に、ブロワールは驚きを隠せなかった。


『アンダーワールドでそれらしき反応があったところに、PEKラビットが放たれていたのだがね。その内のいくつかは通信が途絶えたが、微かにその影を映したものもあったのだよ』

「まさか……!? この1年、アンダーワールドをさ迷っていたのですか……!?」


 超巨大箱舟アルテアの地下空間は、地表部分よりも広大な世界が広がっている。


 そして箱舟建造時のデータも残っていないため、その全容は解明されていなかった。箱舟の住民が使用している地下区画などほんの一握りに過ぎない。


 例外的に永久動力機関エテルニアが収められている箇所とその近辺は把握されているが、そうした広大な地下空間を一言でアンダーワールドと呼んでいた。


『1年前、交戦記録はあったが結局それらしき死骸は発見されていなかったからねぇ。きっと地下に逃げ延び、傷が癒えるのを待っていたのだろう』

「再び……あいつが、地表に出てくると……!?」

『さて、それは分からない。だがあの時は2人やられたとはいえ、黒等級の公殺官3人で対処できたのだ。私の子供たちであれば、容易いだろう。むしろ外災課に出向させている今、いい実験台になってくれるかもしれん! ふははは!』


 ディンドリックの態度からは、No.1が地表に出てきてくれるのを望んでいる様に聞こえた。きっとアーク・ドライブ搭載兵装機との交戦記録を取りたいのだろう。


 ブロワールは自分の予想に間違いはないという確信を持ちつつ、口を開く。


「……マリゼルダとエグバート、両者ともに機鋼鎧の搬入は終わっています。他の者たちの分も合わせて、いつでも使える様に整えておきましょう」

『当然だ。その辺りを含めた管理は君の仕事だ。しっかりやりたまえよ、ブロワールくん』

「はっ」


 通信が終わり、ブロワールはふぅ、と溜息を吐く。


「……俺は。何をやっているんだろうな」


 No.たちが今の5人になる前から、ブロワールはこの研究に携わってきた。最初は本当に将来の箱舟、ひいては全人類のためになると思っていたのだ。


 だがこの数年でやってきた事といえば、表にできない人体実験ばかりだった。記録では今のNo.たちで5世代目になる。

 

 いずれも直ぐに死ぬため、途中から名前ではなくNo.が振られる事になった。それだけ大昔からの研究の積み重ねで、ディンドリックが指揮を執る様になった事でいよいよ5人の成功例が生まれた。


(いや。成功例なんかではない)


 確かに研究自体は前進しただろう。だが5人にも明らかな欠陥があった。とても本人たちには伝えられない欠陥が。


 その事を知るブロワールは、せめて生き残った5人には少しでもいいから、人らしい事を経験してほしいと願っていた。


 今回5人に公式の身分を与えられて、表の世界に出せたのは、ブロワールとしても喜ばしいことだった。


「俺は……地獄に落ちるだろうな。……ルネリウスさん。すまない」


 誰が聞いているでもない部屋で、ブロワールは一人謝罪の言葉を口にする。そうしてディンドリックが話していた事を思い出していた。


「No.1……。やはり生きていたのか……」


 No.1。かつて全ての項目で他のNo.たちを圧倒していた子供。だがその数値の高さに目をつけたディンドリックの行き過ぎた実験により、人ならざる存在へと姿を変容させてしまった。


「また……あの規模のレヴナント化を起こされたら……」


 思い出すのは約1年前のこと。72区で起こったレヴナント化事件。


 あの時もNo.1は久しぶりにその存在が確認された。その時に1体のレヴナントが生み出したレヴナント数としては、最大の記録を残している。


「あの時は、感染症の様にレヴナント化が広まったという結論で終わった。だが実態は違う。No.1は貯水タンクの破壊から始め、意図してレヴナントを自分の手で増やしたのだ」


 瘴気の影響を受けても、全員がレヴナントになる訳ではない。だいたいは死ぬか、身体に後遺症を残すかだ。


 そしてその瘴気の影響というのは、レヴナントやブルートからも受ける。《アドヴェント》の見解としては、No.1が意図して人をレヴナント化させたという結論を出していた。


「俺達に……俺に、No.1を裁く権利などない。だが頼む。これ以上……レヴナント被害を広げないでくれ……」

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