ダインとNo.2の会合
「という訳で、公殺官に復帰する事になってな」
「まじか……」
「まじ……」
公殺官の資格が戻り、俺はまずマークガイ工房に挨拶へ行った。この1年、世話になったからな。
「お前がいるから、博物館の依頼を受けたのに……!」
「それについては引き受けるから、安心してくれ」
「おお! じゃいいや」
「よくないでしょ! うちは微妙に人手が足りていない町工場なのよ!?」
41区の家は引き払う予定だから、整備自体は外災課のビル内にある自室で行うつもりだ。ノア・ドライブの調整は趣味みたいなものだし、これくらいは引き受けてもいいだろう。
「しかしわざわざ挨拶に来てくれるなんて、几帳面だなぁ」
「ただ挨拶に来ただけじゃないさ。実はこいつを見てもらいたくてな」
そう言うと俺は情報端末を操作し、設計図を映し出す。
「これは……バイク……?」
「ああ。ジークリット社のゼルグラム 880をベースに図面を引いたんだ」
俺は強制監視期間の5日間、時間を持て余していた事もあり、久しぶりに新たな設計図を書いていた。
これはあの時出会った、白い機鋼鎧が乗っていた空飛ぶボートにインスパイアされたものだ。あのボートの構造は理解できないし、できたとしてもまた専用設計の機鋼鎧が必要になってくる。
流石にそこまでの時間も金もない。そこで既存のバイクに手を加える形にすればどうだろうかと考えた。
「標準的な大きさの機鋼鎧が操縦しようと思うと、かなりの大型化が必要になる。それこそ全長は自動車と大差ないだろう。だが全幅は抑えられるし、機鋼鎧のサブバックパック機能を持たせる事で、稼働時間の延長や武装の選択肢を増やせると考えたんだ。……どう思う?」
マークガイ兄妹は最初こそ面白そうに見ていたが、二人とも直ぐに難しい表情を作った。
「やっぱり無茶だろ。機鋼鎧の重量を支えられるサスの設計、ノア・ドライブの大型化。何より機鋼鎧を着込んだままこういった乗り物を操作しようと思えば、機鋼鎧の方にも手を加える必要がある。設計思想は面白いが、本気でやるなら一から機鋼鎧とセットで設計し直した方がいい。それに実施データがない分野になる以上、テストにも相当な時間がかかるぞ」
「やっぱそうだよな……」
分かってはいた事だ。所詮趣味の一環で書いたものに過ぎない。市街地を早く移動するだけなら、脚部に車輪を取り付けた方が効率が良いだろう。
だが乗り物の方にも、サブのバックパック機能を持たせるという構想は、俺の中では非常に面白く感じていた。どうにか別の形で表現してみたいと思ったのだ。
「でもさ、兄貴。こんな風にバイクにノア・ドライブ搭載兵装を付けておけば、現地の公殺官に武器を届けられるんじゃない?」
「そりゃ、な。運び屋の真似事くらいはできるだろうが、作ったところであんまり需要はないだろうなぁ」
せっかく作り上げても、採算が取れなければ残るのは赤字だ。利益度外視で作りたいのなら、自分専用の開発ラボを持つしかない。それこそリノアの様に。
(まぁ実現性はないな。俺がいたヴァルハルト社の開発室でも許可は下りないだろう。……しかしそうなると、増々あの時の白い機鋼鎧が気になる)
あれも完全に操縦者を選ぶ類のものだった。間違いなく専用設計、量産化を前提としたものではない。そしてそんな特注品を作れるとなると、この箱舟内ではかなり限られてくる。
(おそらくはヴァルハルト社と帝国政府の技術者との共同開発……)
ヴァルハルト社には数多くの開発室が存在する。その中の一部には帝国政府の資本も入っており、共同開発が行われている兵装も多い。
しかしそうなると、そんな開発室で生まれた兵装を身に纏っていたあの女の正体が気になる。
(公殺官ではない……? しかし特定有事は基本的に外災課の管轄だ)
外災課もヴァルハルト社との関係は深いが、特定の公殺官のために積極的に新兵装の開発を共同で進めよう、なんて事はしない。
あくまで新兵装の意見収集や現場ニーズのすり合わせ、それに消耗品の一括購入やそれに伴う納品納金業務が主だ。
(考えれば考えるほど、あの女の事が分からん……。しかし気になる……)
結局現役公殺官のデータの中から該当する人物は見つけられなかったのだ。そうしてもやもやとした気持ちを抱いたまま、俺は外災課のビルへと移動した。
■
「え……」
外災課のビル内にある自室に戻ろうとした時だった。俺の部屋の前で一人の女性が立っていた。
女性は目元を覆う仮面を身に付けており、一見すると不審者の様に見える。しかしその女性を見た時、俺は何故かすぐにあの時、白い機鋼鎧を操縦していた女だと気づいた。女も俺に気付き、近づいてくる。
「ダイン・ウォックライドね?」
「ああ。……あの時の女、だよな?」
「ええ。…………マリゼルダよ」
「マリ……ゼルダ?」
マリゼルダと名乗った女性は、仮面で顔は分からないものの、歳は俺と変わらないくらいに思えた。
肩で切りそろえらえた銀髪は独特の光沢を放っており、目が行きやすい。それにこの箱舟内において、銀髪というのは珍しい髪色だ。
「……この建物にいるって事は、外災課の関係者なんだよな?」
「ええ。私もあなたと同じ、政府機関に所属する者。今日から外災課に出向になったの」
「外災課に……出向?」
出向。つまり別の政府関連機関から、外災課に派遣されてきたという事。あまり聞かない話だ。
「その関係で、この近くの家に住む事になったのだけど。手続きに市民課に行く必要があって。……一緒に行こ?」
「なに?」
何故一人で行かないのか。どうして俺を誘うのか。疑問はいろいろある。
しかし、マリゼルダの誘いに、俺はどういう訳か懐かしさの様なものを感じていた。
「……分かった。車を出そう」
相手にどういう狙いがあるのかは分からない。しかしこの建物内にいるというだけで、その身分は保証されている様なものだ。警戒する必要はないだろう。
俺は道中で話を聞かせてもらおうと、マリゼルダと共に地下の駐車場へと向かった。
■
「この曲。何だか良い感じね」
「だろ? 俺のお気に入りさ」
マリゼルダは車内を珍しそうに眺めている。しかし気になる事もあった。
「もしかしてこの曲。知らないのか?」
「うん。音楽っていう存在は知っているけれど、こうして聞いたのは初めて」
「そうなの……か?」
俺もお気に入りのアーティスト、トレジャーベルは箱舟内ではかなりの有名人だ。その代表曲であれば、だいたいの人は聞いた事があるはず。
マリゼルダの言い方では、まるで今まで音楽というものに触れた事がない様に聞こえる。
「音楽だけじゃない。車に乗るのも初めて」
「車も?」
先日の出来事を思い出す。マリゼルダは的確にブルートの口先を狙って槍を投擲した。その後のやり取りを見ても、特定有事には慣れている様子だった。
つまり機鋼鎧の扱いにもかなり慣れており、そういう経験が積める環境にいた事が予想できる。にも関わらず車に乗った事がないというのは、違和感を感じた。
「なぁ。マリゼルダは公殺官じゃないのか」
「うん。詳細は省くけど、私は政府の研究機関に属しているの。外災課に出向になったのは、そこで研究していた新兵装の実証試験を兼ねてのことよ」
やはり帝国政府は帝国政府で、特定有事に備えた兵装の研究を行っていたのか。
そしてそうした兵装は現地でこそその真価を計る事ができる。あの空飛ぶボートといい、ある程度現地試験を行えるまで開発が進んだのだろう。
「なるほどな。民間企業だけではなく、政府も政府でいろいろ研究しているっていう事か。で、その仮面もその研究に何か関係があるのか?」
正直かなり目立つ。目だけを覆う仮面を付けていても、他に見えている鼻や口のバランスが良いため、余計に気になる。オリエが制服で街中をうろつくよりも目立つかもしれない。
「これの装着は、人前に出る時に義務付けられているの。気にしないで」
「いや、気になるから聞いたんだが……」
義務なら仕方がないか。しかし仮面を付けさせる義務ってなんだ。……まぁこれは一旦置いておこう。それに他にも技術者として気になる事がある。
「あの白い機鋼鎧。スピード特化型の専用設計だよな? 飛行ボートにサブのバックパック機能を持たせて、セット運用する事を前提にしたものだと思うんだが、どうだ?」
「すごい。たった一回見ただけで、ダインはそんな事まで分かっちゃうんだね」
「こう見えても昔は機鋼鎧関連の設計をしていたからな。しかしノア・ドライブの出力でよく機鋼鎧の飛行運用なんてできたな。俺はあの飛行ボードに組まれたノア・ドライブの設計図を見てみたいよ」
「あれにノア・ドライブは使われていないよ」
「え?」
「あれに使われているのは……。あれ、これって言っていいのかな?」
マリゼルダは緩く首を傾ける。
「うーん。いずれ分かるかもだけど、今は非公開ということで」
「めっちゃ気になるじゃないか……」
ノア・ドライブに代わる新機軸のユニット? ……いや、そんなものができるはずない。
長くノア・ドライブに関する仕事に携わっていたからこそ分かる。あれはこの箱舟内において、唯一永久動力機関エテルニアのエネルギーを活用できるものだ。
その恩恵をフルに活かし、超巨大箱舟アルテアは閉じた世界でありながら、人が生活する分には十分な地になっている。
一方であのサイズのノア・ドライブの出力で、機鋼鎧を乗せて空を自由自在に飛ぶのも難しい様に思う。
それならノア・ドライブに代わる全く新しいユニットが開発されたと聞いた方が、違和感は少ない。……だめだ、やっぱり分からん。
マリゼルダの言葉が原因で俺は頭を悩ませる事になったが、そうしている間に市民課の入っているビルに着いた。




