復活の公殺官
改めて正面に立つ白い機鋼鎧を観察する。全体的に華奢なフォルム、薄型のバックパック。
おそらくあの宙に浮くボートとセットで運用する事を前提にしている。見た限りだと、あのボートにはバックパックの役割もあるのだろう。
何故その様な設計になっているのか。決まっている、本体のスピードをより効率的に運用するためだ。
《キャリバー》と似てはいるが、全くの別物だろう。しかし今はこんな特殊な機鋼鎧を駆る公殺官がいるのか……と思っていると、相手の外部スピーカーがオンになった。
「……驚いた。それ、《トライベッカ》よね? ファルゲンの」
「ああ……」
意外……でもなかったが、声は女性のものだった。
「専門外の会社が作った、レヴナント足止め用の機鋼鎧。それで……この魔力を持つブルートをやったの……? あなた、何者……?」
「あんたの援護がなければ危なかったさ。それにもうボロボロだ」
左腕は失い、全身はボロボロ。右腕の調子も悪い。ブルートと戦っていた時はハイになっていたが、今思うと結構きわどい戦いだった。槍の援護がなければ、あの時焼かれていたのは俺だっただろう。
「名を聞いてもいいかしら?」
「ダイン・ウォックライドだ。……あんたは?」
俺が辞めた後に入ってきた公殺官だろう。しかし初対面……というか、互いの顔は合わせていないし、声だけしか聞いていないというのに。この心のざわめき、そして頭に何か引っかかりを感じる違和感はなんだ……?
自分の中に募る違和感を無視して相手の返答を待つが、白い機鋼鎧は何も答えずに上空へとジャンプする。
「え……」
そうして空中でボートに乗ると、そのままどこかへ飛び立ってしまった。
「なんだったんだ……」
気にはなるが……今は周囲に逃げ遅れた人がいないか、レヴナント化した者がいないかの確認が先だ。俺は半壊した《トライベッカ》を操縦し、周辺状況の確認に動き出した。
■
今回の事件は、箱舟内に大きな騒動を起こした。空飛ぶ艦からブルートが落下してくるなんて、前代未聞の出来事だからな。
クリアヴェールは普段から定期的なメンテナンスが行われている事もあり、こちらの修復は早かった。しかし市街地はそうはいかない。
ブルートは全部で五か所に出現していたそうだ。その中で魔力反応を示していたのが一体だけだったのは不幸中の幸いか。それも早期に対応する事ができたしな。
そして俺はというと、5日間に渡る強制監視期間におかれていた。その間に当時の事情聴取も進む。
「なぁオリエ。もう話せる事は全部話したんだが……」
「そうですね。私も現場近くにいた外災課の人間として、作らなきゃいけない書類も多いんです。なるべく早く済ませたいので、引き続き協力してください」
「ああ……」
明日で強制監視期間も終わる。しかし現場に居た重要参考人として、俺は外災課の聴取に協力させられていた。オリエも忙しいのか、表情に疲れが見える。
「それで。あの《トライベッカ》だが、外災課の予算で購入してくれたんだよな?」
俺からこの話題が出るのを待っていたのか、オリエは落ち着いた様子で軽く頷く。
「その事が何を意味するのか。当然理解されているんですよね?」
外災課が購入した機鋼鎧を民間人が使う事はありえない。外災課の予算が使えるのは、同じく外災課の人間だけだ。
俺はオリエの意思確認に対して、明確にああ、と答える。
「いろいろあったが……。いや、いろいろあったからこそか。俺にはこうして生きていく他にないとも思えた。正直に言うとまだ躊躇いはある。覚悟を持って、職務に向き合えるかもわからない半端者だ。それでも。もう一度、やってみようと思う」
きっとまだ俺にはルーフリーやリノアほどの覚悟はない。公殺官としての責務を他人事の様に捉えているかもしれない。
だがこの箱舟という世界で、こういう贅沢な自殺に身を投じてもいいかもしれない。破滅願望もあるのだろう。
「ふ……」
なんだ。結局公殺官として真面目に働く気はないな。やっぱり俺は、自分のためでないと動けない人種の様だ。
過去の贖罪だのそれっぽい事を考えはしたが、なんて事はない。人の本質は変えられないという事だろうか。
しかしもう一つ、公殺官に戻ってみようかと考えた理由がある。
それはあの時に出会った、白い機鋼鎧を操縦していた女だ。何故かあの日から気になって仕方がない。
オリエにも確認してみたが、該当する公殺官に覚えはないとの事だった。
だがああして機鋼鎧を装着して対ブルートの現場に現れた以上、公殺官に近しい立場なのは間違いないはずだ。
あの女ともう一度会って話をしてみたい。これがもう一つの理由だ。
「なんにせよ、俺の長い休暇も今日までだ。……公殺官復帰の手続き、よろしく頼む」
「良かったぁ……! 今、本当に人手が足りていなくて……! ダインさん、早速明日からよろしくお願いします!」
「え……明日?」
「そうです! 初日ですから、ちゃんと外災課のビルまで来てくださいよ! あ、入館証の期限は切れていますから、作り直しになります。明日はその辺りの手続きも進めましょう!」
早速面倒な事になりそうだな。それに公殺官は入れ替わりが激しい。きっと1年も経てば、いろいろ変わっているだろう。
そういえばマークガイ工房が請け負った《ラグレイト》の整備をどうしようか。オリエがいろいろ話している側で、そんな事をぼんやりと考えていた。
■
「ダイン・ウォックライド……」
No.2は帰還後、ずっとダインの事を考えていた。明らかに性能の劣る機鋼鎧で、魔力持ちのブルートを仕留めてみせた。
おそらく自分の援護がなければ死んでいただろうが、それでもあのブルートを追い詰め、止めを刺したのも事実。
ダインの事は調べると、直ぐに多くのデータが出てきた。かつてヴァルハルト社の開発室に所属しており、そこから公殺官になったという異色の経歴を持つ男。
公殺官としても実績は多く、現在も黒等級に位置づけられている実力者。確かに実績を見れば、《トライベッカ》であそこまで戦えた事にも納得できる。
……いや、全て納得できる訳ではない。ただのブルートならいざ知らず、相手は魔力持ちだったのだ。
命知らずと言うべき精神を持ち合わせていなければ、とてもではないが《トライベッカ》のスペックで正面から立ち向かおうとは考えないだろう。
これまで訓練で多くのレヴナントと戦ってきたが、そんな自分でも魔力持ちのブルートとは1度しか交戦経験がない。
そしてその時、余裕を持って倒せはしたが、それも切り札があったからこそだった。
(ダインには、絶対に勝てるという切り札は無かったはず。それなのに立ち向かえた、その理由はなに?)
他にも気になる点はある。ダインの父であるルネリウス・ウォックライド。この男とは浅からぬ縁があった。
そしてダインに名を訪ねられた時。何故か自分は《スピノ》と答えそうになった。その違和感がどうしても忘れられない。
「……そろそろ、か」
間もなくブリーフィングが行われる。No.2は仮面を付けると、部屋を出る。廊下を歩き始めてすぐNo.5に出会った。目的地は同じため、並んで歩く。
「やぁスピノ。この間はお疲れ様」
「……別に。現場の公殺官が対応していたし、ほとんどやる事はなかったよ」
「ああ、報告を見たよ。《トライベッカ》で魔力持ちのブルートを抑え込むなんて、すごいね。危うく自分たちの存在意義が揺るぎそうになったよ」
よく《アドヴェント》の長ディンドリックは、自分たちを最高傑作と呼ぶ。アルテアの悲願であり、何百年にも及ぶ歴史の集大成だと。
それが具体的に何を指すのかは知らなかったが、確かに自分たちは特別な存在であるという自覚はあった。
「ノト。あの公殺官は私たちとは違う」
「そうだね。でも優秀なのは確かだ。実際直に黒等級というものを見たスピノは、どう感じたんだい?」
「……別に。でももし戦えば。勝つのは私だよ」
「それはそうさ。普通の人間が、僕たちに敵う道理はないからね」
どうやらNo.5……ノトも件の公殺官が気になっている様だった。そうして歩き続けていると、十字路からNo.4が姿を現す。
「やぁティラノ。プレシオとプテラは一緒じゃないのかい?」
「はっ! 知るかよ! 俺はあいつらのお守りじゃねぇんだ!」
No.5はNo.4のいつも通りな様子に苦笑する。そうしてブリーフィングルームに入ると、中には既にNo.11とNo.15が待機していた。
「そろったな。三人とも席につけ」
「……ふん」
ブロワールは5人の前に立つと、軽く咳払いをする。
「まずは先のブルート騒ぎ、迅速な任務遂行ご苦労だった」
「けっ! 1人あんまり働いてねぇ奴が混じってるがなぁ!?」
No.4のあからさまな態度を前にしても、No.2は微動だにしなかった。ブロワールも無視して続ける。
「これまで君たちは帝国政府より特務隊 《ニーヴァ》としての立場が与えられていた。《ニーヴァ》はアーク計画の一端も担っている。そしてその目的は、アーク・ドライブ及び君たちという存在の検証だ」
その検証の過程で、これまで何人も見知った顔が姿を消した。今日まで生き残ったのはここにいる5人のみ。
「君たちがこれまで積み重ねてきたデータは、間違いなくこのアルテアに貢献している。君たちは選ばれし者だ。どうかその事を忘れずにいてほしい」
「それはいいけどさー。今日集められたのは何なの?」
No.11はブロワールの言葉を興味なさそうに聞いている。早く結論を述べて欲しいのだろう。
「……先日のブルート戦を以て、最低限の検証は終えたと判断した」
「それは……市街地でのレヴナント戦は取りやめになったという事でしょうか?」
No.5は以前にブロワールから言われた事を思い出しながら質問をする。
「そうだ。予定していたものについてはな。今日より君たちには、外災課と連携をとってもらう事になった」
「外災課?」
外災課といえば、自分たちとは違ってオフィシャルな組織だ。どうしてそんな組織と連携なんてする事になるのか。全員がその疑問を抱いていた。
「以前、先行してNo.2とNo.4には地上探索部隊に同行してもらったが。その継続だと考えてくれて構わない。窓口として、No.2とNo.5には外災課のビルに勤めてもらう」
「あぁ!? なんでその二人なんだ!?」
「対人コミュニケーション能力を考慮した結果だ」
No.4の恫喝にも近い唸りを、ブロワールは有無を言わせぬ物言いで返す。
「生まれてからの期間をほとんどここで過ごしてきたお前たちだ。ここからの日々は、今日までとはまた違う刺激を受けるだろう。外災課とは既に話をつけてある。新たな任務にも邁進してもらいたい」
No.2はブロワールの話に多少驚いたものの、外災課と聞いてダインの事を思い出していた。
もしかしたらまた会えるかもしれない。仮面の下は無表情ながら、そんな期待を胸に抱いていた。




