ダインの望みと白の機鋼鎧
「オリエ! レヴナント警報は!?」
「……現在まで発令されたものはありません!」
「レヴナントじゃ……ない……!?」
断続的に聞こえる破壊音。僅かに人の悲鳴も聞こえる気がする。さっき鳴り響いた轟音といい、ただ事ではない事態が動いている。
「本部と連絡をとります!」
そう言うとオリエは、情報端末を操作し始める。
「方角的には……50区か……?」
近いという訳ではないが、決して離れている訳でもない。そして目を凝らしていた俺の視界に、魔力による青い閃光が映る。
「な……!?」
「だ、ダインさん!」
オリエは俺に近づくと、周りには聞かれたくなかったのか、小声で話す。
「どうやらブルートが出たようです……!」
「なに!? そりゃおかしいだろ!?」
「それが……! 地上探索部隊の艦から落下してきたらしく……!」
「いや、だからおかしいだろ!?」
話を聞いていても意味が分からない。昨今の地上探索部隊は、ブルートの生きた標本の確保も任務に入っていたのだろうか。
「さっき魔力による閃光が見えた! 急がないとレヴナントが大量発生するぞ! 公殺官はもう出ているのか!?」
「いえ……! 今すぐ動ける公殺官が少ないらしく……!」
「最悪なタイミングじゃねぇか……!」
かつて公殺官だった事もあり、この辺りの事情は分からないでもない。一度公殺官が任務を果たせば、瘴気の影響による経過観察のため、5日の強制休暇が与えられる。
この間に別の任務をこなす事は、法で制限されているのだ。そしてこの縛りがあるため、空いている公殺官を全員出動させる訳にもいかなかった。
もし次の日レヴナントが発生すれば、これに対処できる者が一人もいなくなってしまうからだ。
このままだと被害は加速度的に増えていくだろう。何しろ魔力持ちがいるのだ。きっと直にレヴナント化する者も現れるはず。
俺の脳裏には半レヴナント化したルーフリーと、リノアの姿が浮かんでいた。そして視界に入る、ファルゲン社製の機鋼鎧 《トライベッカ》。その瞬間、俺は自分の望んでいること、その片鱗を掴む。
「はぁ……。なんだ、そういう事か」
「……ダインさん?」
ずっとあの日の自分の選択を後悔していた。あの日、素直に二人の言う事を聞いていれば。そう思わなかった日はない。
だがいくら後悔してもあの日には戻れないし、やり直す事もできない。俺は再び自分の選択で後悔する事に怯えていた。
そしてもう一つ。何故この間、レヴナントと戦おうという決意をしたのかも理解できた。
いや、全部理解できた訳ではない。自分には被害を抑え込める力があるのに、それを見過ごし、また後悔するのを恐れていたという事もある。
ルーフリーとリノアに対する贖罪意識の様なものもある。そして。この苦悩から解放されたかったのだ。
戦いが始まると、公殺官は目の前の戦い以外の事は考えない。他の事を考えられるほどの余裕はないからだ。そして俺はその事をよく理解している。
一度戦いが始まれば、俺はその瞬間だけは過去の事を忘れる事ができた。そして今、俺は目の前の《トライベッカ》を使ってその苦悩から解放されたいと考えている。
《ラグレイトmk-2》とは比べ物にならない低スペックの《トライベッカ》で。もしかしたら贅沢な自殺願望でもあるのかもしれない。
「オリエ」
「な、なんです?」
「……外災課の経費であれ、買ってくれ」
「え……」
そう言って俺は《トライベッカ》を指さす。オリエもさすがに意図に気付いた様だった。
「ダインさん……! でも、ブルートの詳細情報もないのに……!」
「そんなのいつだってそうさ。そしてそれでも結果を残すからこその黒等級だ。……おいあんた」
俺は見知った顔のファルゲンディーラー営業担当に声をかける。そういえば、未だにこの営業担当の名前を知らなかった。
「悪いが車はキャンセルだ」
「え……」
「その代わり。あれを買おう」
そうして俺は《トライベッカ》に視線を向けた。俺は今、どんな顔をしているのだろうか。自分でも全く分からない。
■
「これを設計した奴……! センスがなってねぇ!」
俺はファルゲンディーラーで《トライベッカ》を起動させ、そのまま乗り込んだ。武装は左腕に装着されたブレードに、ノア・ドライブが組み込まれた剣が二本。頼もしいことこの上ない。
「だいたい……! バックパックとアーマーのバランスが悪い! 民間のレヴナントハンターはこんなのに乗って、公殺官が来るまでの時間稼ぎをしてんのか!?」
だとすれば、意外と公殺官としての資質に溢れた奴が多いのかもしれない。公殺官にスカウトしたいとは思わないが。
ノア・ドライブのエネルギー残量を確認する。充填率は64%。展示品であったため、いつでも使える様に……とまでは整備が行き届いていなかった。
いたずらにエネルギーは消耗できない。戦闘が近い予感を感じ、考える事が多くなる。しかしその全てが戦闘関連。今、俺の頭からあの日の事は出て行っている。そしてやはり心は軽く感じていた。
「……ブルート、確認!」
久しぶりのブルート戦を前に、血が騒ぎ始める。そのブルートは見た目が恐竜を思わせるものだった。
(……恐竜?)
なんだ、恐竜って。頭のどこかで微かな引っかかりを覚える。だが今はそんな事、どうでもいい! 目の前の敵に全力であたる!
「おおおお!!」
ブルートもこちらに気付く。頭部にある角が強く輝きだす。魔力波動だ。俺はその気配を敏感に感じ取る。
「はっ……ははぁ!」
突進しながらも魔力による閃光を大きくかわす。最小限の動きで回避すれば、対魔力装甲板の使われていない《トライベッカ》では、余波の影響を受ける事を前回の戦闘で学んでいた。
魔力波動を放射した直後の硬直を狙い、一気にブースターを吹かせる。
「らあああぁぁぁ!!」
そのまま通り過ぎ様に、右手に握った剣でブルートの身体を斬りつける。ノア・ドライブの輝きを纏った刀身は、魔力によって守られているその身体に傷を負わせることに成功した。
「しゃあああ!!」
そのまま振り返り、今度は左手に握った剣で斬りかかる。だがブルートは尻尾でその剣を受けた。俺の剣は幾らか尻尾を傷つけるが、身体には手傷を負わせられない。
「なぁんで! こんなところに! いるんだ、よぉ!」
ブルートの動きも素早い。尾撃、魔力波動を混ぜて反撃してくる。
接近戦をしているため、魔力波動を放たれたら直撃は避けられても余波はどうしても受けてしまう。各種装甲板にダメージアラートが鳴り響く。
「うるっせえぇぇ!」
長い間 《ラグレイトmk-2》だなんてクセの強い機鋼鎧に乗っていたためか、《トライベッカ》は俺のイメージ通りには動いてくれない。
俺の激しい動きをサポートするための補助ブースターも付いていないのだ。武装も頼りない。それでも!
「かあああ!!」
下腹部の装甲板が飛ぶ。だが左腕に握った剣は、ブルート首元深く突き刺さる。
「ブフォォォォォ!!」
再び至近距離で放たれる魔力波動。これを左腕を犠牲にしながらも、何とか回避に成功する。
破損状況を確認するが、コックピットブロックはどこも損傷していない。まだやれる。
だがブルートは口を大きく開くと、その奥から青い光をこぼし始めた。
(一時的な魔力ロスと引き換えにした、大規模魔力波動! くそ、やられる!?)
ブースターを全開にする。俺の剣が早いか、ブルートの魔力波動が早いか。しかしここで突如上空から降ってきた槍が、ブルートの口先を貫く。
「ブルアァァァ!?」
公殺官が来たか。だが確認は後だ。俺はそのまま右腕の剣を力いっぱい、ブルートの額深くに突き刺していった。
「おおおおおお!!」
今はっきりわかった。《トライベッカ》は俺の動きについてこれていない。おそらく各種モータ部やバネはズタズタだろう。だが、それでも。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
俺はこの《トライベッカ》で何とか魔力持ちのブルートを討つ事ができた。槍の援護が無ければ、やられていたのは俺だっただろう。
下手すれば魔力波動の影響を受けて、レヴナント化していた可能性もある。
「一回の戦闘毎に使い捨てていたら……! すぐに破産するぞ……!」
さすがに《トライベッカ》の設計者も、使い捨てのつもりで図面を引いた訳ではないだろうが。俺は右手に握っていた剣を手放すと、改めて上空を見た。
「空飛ぶ……機鋼鎧だと……?」
そこには白い細見の機鋼鎧が、板状のボートに乗って飛んでいた。見た事のない形状だ。
だがそれだけではない。一目見てその機鋼鎧がどういったコンセプトで作られたものなのか、その輪郭を掴む。
「スピード特化型……」
リノアが使用していた《キャリバー》と同タイプだ。あれは《ラグレイトmk-2》とは別の意味でクセが強く、まともに使いこなせるのはリノアのみだった。
オーダーメイドだから当たり前……というか、リノアの戦闘スタイルに合わせて最適化し、開発された機鋼鎧だ。
「まさか……後継機……!?」
俺の疑問をよそに、白い機鋼鎧はボードから飛び降りると、俺の目の前に着地した。




