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箱舟のブルート

 第五地上探索部隊 《フルヴィア》、その旗艦 《プロナード》のブリッジでは、艦長のレグライアン・バーナルドがご機嫌とばかりに笑っていた。


「がはははは! 今回は少し遠征したが、万事うまくいったな! 喜べ諸君、箱舟はもう目の前だぞ!」


 レグライアンはとにかく機嫌が良かった。想定以上の鉱物資源が得られた上に、危険なブルートとの遭遇もなかったため、被害もゼロだったのだ。


 この成果のいくらかは、自分の指揮によるところもあると自信を持っていた。


「艦長。統制課からの連絡です。このまま箱舟逆サイドのレフト2ブロックから入港する様にとの事です」

「なに……。まったく! 逆サイドに行くのも時間がかかるというのに!」


 箱舟には左右に航行艦を収納しているブロックが存在する。どの艦がどこのブロック専属で整備されるといった決まりもないため、どこのブロックに帰港するかはその時の状況次第であった。


 だが現在、旗艦 《プロナード》の目先は箱舟のライトサイドになる。ここから逆サイドのレフトサイドに向かうには、一度箱舟を横切る必要があった。


「仕方がない! このまま箱舟上空を進め!」

「しかし本艦も多少は瘴気の影響を受けております。無暗に箱舟上空を飛ぶのは止めた方がいいのでは?」

「ばっかやろぉ! 箱舟上空には常にクリアヴェールが展開されているだろうが! それに子供たちは艦が飛んでいるのを見たら喜ぶだろぉ!? たまにははしゃがせてやろうじゃねぇか!」


 箱舟上空を航行艦が飛ぶ事は、無い訳ではないが珍しい。そしてレグライアンは幼い頃、空飛ぶ航行艦を見て今の仕事を目指したという経歴があった。


 レグライアンの勢い任せの指示は珍しい事ではないため、クルーたちは苦笑しながらその判断に従う。


 それに箱舟の下をくぐり抜けるより、上を横切った方がメリットもある。


 基本的に瘴気による影響は、高度が下がれば下がるほど受けやすい。レグライアンはわざわざ薄れた瘴気の影響を、帰港前に濃くする可能性を避けたかった。


「そんな事言ってー。艦長の事だから、自分の子供に見てもらいたいだけなんじゃないんすかー?」

「おい」


 レグライアンは軽口叩いた副艦長に、こっちに来いと手招きをする。そうして近づいてきたところを、脱いだ帽子で叩いた。


「そうだよ悪いか! 5才になったばかりの我が子に見て欲しいんだよぉ! あの時、空飛んでいた艦に父ちゃんが乗っていたんだぜ、て話したいんだよ! お前らもそうだろぉ!?」

「はは……」


 ここには子を持つ親も多い。そしてレグライアンが箱舟の上空を横切ると決めた時、同じ事を考えている者は何人か存在していた。


「箱舟との相対速度に気をつけろよ! 管制課には予定航路を送信しろ!」

「了解っす」


 艦に組み込まれた大型ノア・ドライブがその出力を上げ始める。そうして旗艦 《プロナード》は高度を上昇させていく。


「上から箱舟を見下ろすのも、中々良い景色だな! がはは!」

「現在、我が艦の積載量は容量ギリギリですからね。重量が増している分、さすがに高度上昇にも少し時間がかかりますな……」

「土産たっぷりだからなぁ! ここまで来て何も焦ることはねぇ! ゆっくりでいい、確実に航路を進め!」

「ゆっくり進むと、それだけ息子さんに見てもらえる確立が上がりますもんねー」

「うるせぇ!」


 全て順調。もう1時間も経てば、自分たちは箱舟に帰還しているだろう。誰もがそう考えていた時だった。艦内に緊急アラートが鳴り響く。


「何事だ!?」

「確認します! ……これは!? 二番収容庫の隔壁部分に損傷があります!?」

「なぁにぃ!?」


 地上探索に使われる航行艦には、採取物を保管する倉庫がいくつも存在する。だが地上から採取したばかりのものは瘴気汚染の影響が強い。そのため隔壁が備え付けられた区画に、厳重に保管されていた。


「た、大変です! 六番収容庫の隔壁にも損傷反応があります!」

「もし本当なら艦内が瘴気汚染の影響を受ける! 隔壁を降ろせ! 保管区画を完全に封鎖しろ!」

「了解です! ……隔壁閉鎖、完了しました!」

「よぉし、艦内クルーに状況を簡単に知らせろ! 俺達に瘴気汚染の影響はないってな!」


 しかしこんなタイミングで保管庫の隔壁損傷反応がでるとは。整備士がサボったのか、それとも老朽化の影響か。


 再発防止に必要な事を考える前に、原因の究明が先だなと考えているレグライアンに、新たな報告が飛んでくる。


「保管区の映像、繋がりました! モニターに出します!」

「おう!」


 地上探索には、カメラ機能の付いた球体ドローン《PEKラビット》を遠隔操作で使用する。副艦長はそれを艦内で起動させ、保管区の確認のために飛ばしていた。


「こ、これは……!?」


 スクリーンには正常に映像が送られてきている。しかしそこには、想像を絶する光景が映し出されていた。


「ぶ……ブルートだとおぉぉぉぉ!?」


 それほど大きくはないが、ブルートが保管区エリアで暴れている様子が確認できた。


 何故艦内にブルートがいるのか。考えられる理由は、採取した資源の中に紛れ込んでいた事。しかしいくら何でも艦に積み込む時に気付くはず。


「まさか……卵があったのか……?」

「それとも、冬眠状態にあったブルートに気付かず収容した……?」


 様々な憶測が飛ぶが、ブルートの生態は解明されていないため、結論は出ない。そして今はそんな事を考えている場合ではない。


「く……! 数は!?」

「モニターで確認する限り、4体!」

「なら公殺官の出番だ! このまま帰港する訳にはいかねぇ!」

「はい! 公殺官に要請を……艦長!」

「今度はなんだ!」

「ま……魔力反応です!」

「なぁにぃいいぃぃぃ!?」


 レグライアンの叫びと同時に、旗艦 《プロナード》の艦底に青い閃光が走る。そこには大きな穴が開いていた。


 魔力による閃光を放ったブルートは、自ら空けた穴から落ちていく。箱舟へと向かって。





「おいブロワール! 急に呼び出しやがって、なんの用だ!?」


 7区にある研究施設、その地下ではNo.2、No.4、No.5、No.11、No.15の5人が集められていた。ブロワールはNo.4の乱暴な物言いも気にせず話を続ける。


「緊急事態だ。箱舟内にブルートが発生した」

「あん? ブルートだぁ?」

「……レヴナントではないのですか?」


 ブルートはあくまで地上に生息する、瘴気の影響を受けた原生生物のことだ。箱舟には存在しない。ブロワールはNo.5の疑問に答える。


「第五地上探索部隊 《フルヴィア》が帰還のため、箱舟上空を飛んでいた。だがどうやらブルートも一緒に収容していた様でな……」

「は? それで気付かず、たまたま箱舟上空を飛んでいる時に艦内でブルートが暴れたの? しかもクリアヴェールを破って箱舟に潜入したと?」


 No.11は信じられないという口調で話す。箱舟上空にはドーム状の物理的なバリア、クリアヴェールが展開されている。


 箱舟ほどの高度があれば瘴気の影響を受ける事はないが、外気の影響は受ける。クリアヴェールは箱舟の温度管理などに一役買っていた。


「そうだ。そして現在、公殺官の多くが強制休暇となっており、今すぐ出せる者は限られているとの事だ。事態を重くみた上層部は、君たち特務作戦実行部隊 《ニーヴァ》の投入を決めた」


 全員、状況を理解する。つまり今から箱舟の中で暴れるブルートを処理してこいという事だ。


「現場までは大型ヘリを飛ばす。すでに兵装の搬入は始まっている。全員、指定箇所に迎え」


 箱舟内でヘリを飛ばすには、関係各所とのやり取りを経由しなければならない。だが今回は特例措置が講じられ、5人は生まれて初めてとなるヘリに乗り込んだ。


 さすがにヘリ一機に5人分の機鋼鎧を搭載できるスペースはないので、全部で3機用意された。


「箱舟内で確認できているブルートは全部で5体だ! 君たちにはそれぞれ対処してもらう! そして1体、クラス2の魔力反応を示しているブルートがいる。こちらにはNo.2にあたってもらう」

「あぁ!? おい、なんでNo.2なんだ! 俺にいかせろ!」

「No.2には既に魔力持ちのブルートとの交戦経験がある。今回は緊急事態につき、この判断になった。異論は認めない」

「……くそがっ!」


 話を聞いてNo.2は地上で交戦したブルートを思い出す。そして仮面の下で薄く笑った。


「いいよ。私が……仕留めてあげる」


 こうして思わぬ形で特務作戦実行部隊 《ニーヴァ》の任務が開始された。

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