マークガイ工房の依頼と新車検討
「で。結局買う事にしたのか?」
「ああ。今なら値引きもするって言うからな……」
俺はマークガイ工房でマークガイ兄妹と会話をしていた。しばらく家での仕事が難しくなったので、呼ばれた時にこうして工房に直接出向いて仕事を手伝っている。
「うちとしてはこのまま工房に顔を出してくれても良いんだけどねー。ね、兄貴」
「そうだな。そしたらお前もわざわざ車を買わなくても済むんじゃないか?」
「俺は自分のペースでノア・ドライブをいじりたいんだ。気が向いたら触り、気がのらなければ何もしない。こうして出向いて、閉店時間に合わせて仕事をこなすなんて、柄じゃないね」
「……その腕がなければ、お前完全に社会不適合者だな」
こうしてマークガイ工房に出向くのも、人手が足りなくてどうしてもと言われた時だけだ。一度預かり品を勝手に使用して壊した事から、もう仕事は貰えないかとも思っていたが、二人とも以前と変わらない態度で接してくれていた。
ふと視線を横に向けると、そこには月刊コア・パワードスーツが発刊順に並べられていた。相当な冊数、おそらく数年分はあるだろう。
中には当然、俺が載っている記事もあるはずだ。こういう職場だからな、関連雑誌が置いてあるのは理解できる。
俺も名が売れていた時期もあるし、二人ともヴァルハルト社以降の職歴も知っているはずだ。何しろ《トライベッカ》でレヴナントを討伐した事を特に突っ込まれなかったからな。
だがおそらくあえてだろう、それを聞いてくる事はなかった。怪我以外で公殺官を引退する奴なんて、訳アリに決まっている。それを承知の上でこうして接してくれているのだ。自分の作業に戻ろうとすると、エリシアは思い出した様に声をあげた。
「そうそう。もう少ししたらダインにお願いしたいヤツがあるのよ」
「お願いしたいヤツ? 古いタイプのノア・ドライブとかか?」
「もちろんそういうのもあるけど。ヴァルハルト社製のものなのよ」
ヴァルハルト社と聞き、兄のエルヴィンもああ、と呟く。
「博物館からの依頼でな。《ラグレイト》ていう機鋼鎧を知っているか」
「もちろん知ってる。ヴァルハルト社製のベストセラーの一つだな」
「そう。後になって特定兵装の取り回しに特化した後継機も開発されたくらいのな。今はもう流通していないし、ヴァルハルト社もメンテを受けつけていないんだが、これを最低限動かせる様にしてほしいって依頼が舞い込んできたんだ。何でも博物館で保管されるらしくてな」
「確かにヴァルハルト社じゃ、もう随分世代も進んでいるだろうしな。既存製品のメンテに、開発スケジュールに沿ったプロジェクトをいくつも抱えている以上、たかだか博物館行きの旧来品をメンテする仕事は時間の無駄、受け付けていないか」
ヴァルハルト社製の製品のほとんどは、ヴァルハルト関連ラボでメンテを受ける。こうした町工房レベルに振り分けられる仕事は、裏を返せばそのレベルでも十分対応可能なもの程度の仕事しか回ってこない。
だが旧式とはいえ、機鋼鎧は訳が違う。ヴァルハルト社の機密構造も多く、まともに整備しようと思えば、ヴァルハルト社に開発資料の申請から始める必要がある。
ものによっては専用工具も借りなければならない。それに多くの時間とコストも必要になってくる。
しかし俺なら話は別。ヴァルハルト社の……特に最新式でもなければ、おおよその構造は理解できるし、設備と工具が揃えば整備自体も可能だ。
しかしその博物館の館長、そんな《ラグレイト》をわざわざ最低限動かせる状態で保管しようだなんて、よっぽどの物好きだな……。
「ダイン、お願い! ダインが引き受けてくれたら、いろんな面倒が一気になくなるの!」
「俺からも頼む。元ヴァルハルト社ラボ出身のフリーランスなんて、お前しかいないんだ」
二人も俺という存在をあてにして、この仕事を引き受けたのだろう。まぁ本格的な調整がいらないのなら、それほど時間もかからない。
「わかった」
「おお! 助かる! それじゃ博物館からモノが届いたら、お前の家まで運ぶとしよう!」
「ただ契約書の内容は一部変更してくれ。預かっている間、何かあっても俺の責任ではないってな」
「いや……そこは依頼する側とされる側のリスク管理というかな……」
「それじゃこの間みたいな、どうしようもない状況では責任を問わないって事で頼む。故意な過失の場合はちゃんと弁償するさ」
「わかった。それで頼む」
まぁレヴナントに遭遇して積荷の機鋼鎧で戦うなんて事、そうある事じゃないだろう。しかし万が一の場合で、なおかつ俺に過失がない状況での責任なんて問われても困る。契約書の内容と意味はちゃんと把握しておかないとな。
俺は閉店時間の1時間前になると、さっさと自宅へと帰った。
■
そして次の日。今日の予定をどうしようかと考える。
「マークガイ工房には呼ばれていないし、今日は行かなくてもいいだろ」
エルヴィンは来てくれたら金は出すと話していたが、まだそこまで貯蓄は切迫していない。だが21区にある家は持っているだけで税がかかるし、使っていない以上、あちらも売るかどうかを考えた方がいいだろうな。
テレビをつけようとするが、また議員が聞きたくもない税金の話をするかもしれないと思い、俺は情報端末を操作した。
ミュージックプレイヤーを起動させ、音楽を鳴らしながら朝食の準備に取り掛かる。聞こえてくるのは新進気鋭のアーティスト「ホワイトシルバー」のデビュー曲、「ゆらめく炎」だった。
「……悪くないな」
むしろ良い。なんと言うかこう、独特な音程の取り方がクセになる。
自然と朝食を作る動作にリズムが加わる。そうして一通り食事を終え、俺はファルゲンディーラーに向かう事にした。
服を着替え、髪型を整える。準備を整え玄関の扉を開けたのと、インターホンが鳴るのは同時だった。
「わわ!?」
「……またあんたか」
インターホンを鳴らしたのはやっぱりオリエだった。今日は外災課の制服は着ていない。ごく普通のスーツ姿だ。
「ダインさん。お出かけですか?」
「ああ。ファルゲンディーラーまでな」
「ああ、この間の。丁度いいです、またご一緒させてください」
「えぇ……」
あからさまに嫌な態度を取るが、オリエは勝手知ったる様子で車庫に向かう。こうして強制的に一緒する事になってしまった。俺は諦めて、ウインカーを出して公道に出る。
「あんたも物好きだな……。何度言われても、俺が公殺官に戻ることはないぞ」
「ダインさん。あなたの公殺官資格はあくまで休止状態です。直ぐにでも復帰は可能です」
「……なぁあんた。前にも言ったが、俺が何で辞めたのか。その記録くらい確認したんだろ?」
「はい。改めて見させてもらいましたが、あの状況ではダインさんに非はありません。その、お辛い経験はされたと思うのですが……」
公殺官の仕事は自己責任。ルーフリーの言葉だ。そしてその一言に公殺官の全てが込められている。
俺が公殺官を辞めたのも、そこをしっかりと理解できていなかったからだ。公殺官の死亡率は他の職種よりも高い。
どんな風に死のうが、その全ては自己責任として見られる。だが残された方としては、やはり引きずってしまう部分もある。
「……別に辛いからやめた訳じゃないさ。ただ、向いていなかったと思ったんだ」
「そんな……! 黒等級の序列四位でありながら、向いていないなんて言ったら、他の人はどうなるんです!?」
「実績とメンタルは必ずしも相関しない。あの数年で得た俺の教訓だな」
あるいは地上探索部隊専属の、ブルート退治専門公殺官なら悪くないかもしれない。だが他の公殺官が様々な業務をこなすなか、一人だけそんな例外は認められないだろう。
それにやはり、メンタルの部分でやる気が起きない。
だがオリエは、上から俺を引き戻す様に言われているのか、なおも公殺官としてのメリットを話していた。
当然、俺は左から右で聞き流していたが。そうしてファルゲンディーラーに到着する。出迎えるのは見知った営業担当だ。とても良い笑顔をしている。
「ダインさん。お待ちしておりました」
「ああ」
そのまま店内に通される。店内には多くの展示車が配置されているが、その一角にこの間来た時には無かったものがあった。
「あれは……」
「気付きましたか。あれはファルゲンが最近力を入れている対レヴナント用機鋼鎧、《トライベッカ》ですよ。我が社のブランドイメージには力強い走りというものがありまして。そのイメージにピッタリという事で、各店舗に飾られる事になったのです」
「機鋼鎧をショールームの飾り扱いか」
ファルゲンとしては、来店客にうちは車だけではありませんよ、というイメージを持たせたいのだろう。
実際に実戦で扱った身としては、とても頼りがいのあるものではなかったが。しかしレヴナントハンターが使う程度の性能としては、あれで十分なのだろう。
ファルゲンとしても、車作りと機鋼鎧開発、共に得られた技術をフィードバックし合いたいという狙いがあるはずだ。この先数年でまた違う進化が見られるかもしれない。
「お待たせしました」
営業担当が新型車の見積もりを持ってくる。下取り分も入れて総額は280万エルク。預けてある《イグナイト》は他所だと買い取ってもらえないし、それならここで新車に乗り替えた方が、いろいろ保証も付いて安心か。
そう思い、購入を決めようとした時だった。遠くでまるで鉄を切り裂いた様な轟音が鳴り響く。
「なんだ!?」
音のした方角に視線を向ける。具体的に何が起こっているのかは分からなかったが、いくつか黒い煙が上がっているのが確認できた。




