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秘密機関のNo.たち

「あれから一年以上経つのか……」


 俺はあの仕事を最後に、辞職願いを提出した。いろいろ言われたが、半ば強引に外災課を立ち去る。


 21区の家はヴァルハルト社の開発ラボも近いので、そこで暮らすのも憚られた。それに関係者が多く住まう30区内に居るというのも落ち着かなかったので、俺は41区に新しく家を用意し転居した。


「これで……良かったんだ」


 公殺官になったばかりの頃の俺は、レヴナント討伐数を稼ぐ事にも躍起になっていた。あの日、俺はリノアとルーフリーの二人が、討伐数を多く稼げて羨ましいと思った。


 だがルーフリーのあの姿を見て。そしてその額に銃口を向けて。俺は自分の稼いできた討伐数の意味を理解してしまった。まるでゲームの様にカウントしてきた事を気持ち悪く感じた。


 机の上に置かれた公殺官のパンフレットが目に入る。おそらく俺が辞めてから外災課に配属されたのであろう、オリエが置いていったものだ。


「なんであの時、戦おうと思ったんだか……」


 直前まで調整していた《トライベッカ》を駆り、久しぶりにレヴナントと対峙した事を思い出す。居住エリアで暴れる魔力持ちのレヴナントを見て、俺はあの日の自分の判断を思い出していた。


 あの時、居住エリアで出た被害は俺の責任であると思っている。そして魔力持ちのレヴナントは、他のレヴナントよりも迅速かつ慎重な対応が求められる。


 再びレヴナントと対峙する事に忌避感はあったが、被害がより広がる事と俺の葛藤を天秤にかけた時、答えはすんなりと出た。


 基本的に俺は、預かった兵装はノア・ドライブ以外にあまり見ない。もし《トライベッカ》がレヴナントハンター用の機鋼鎧だと知っていれば、わざわざ剣一本で危険を冒して戦ったかは分からない。


「……いや」


 そこまで考えて薄く笑う。それならそれで構わないと、やはり戦っていただろう。


 それにあのレヴナントを仕留めた時。俺は確かに、ルーフリーとリノアに対する贖罪が果たせたと、自己満足に浸っていた。


『二週続けてのゲストはアーキスト社社長のガイラック・アーキストさんです! 皆様もご存じの通り、アーキスト社は飲料メーカーとして、業界をけん引する……』


 気付けばアーマイクさんのインタビューはとっくに終わっており、今は別の番組が始まっていた。


『それではアーキスト社は業界で初めて、帝国政府と商品の共同開発を進めていると!?』

『ええ。つい2分程前、広報よりプレスリリースを配信しました。帝国政府と言っても、その一部研究機関になりますが』


 アーキスト社といえば、ヴァルハルト社と同じく箱舟に住まう者なら誰もが知っている会社だ。飲料メーカーの最大手として有名である。


 どうやら新たなエナジードリンクを、政府の一部研究機関と共同開発しているらしい。


「……はぁ。とりあえず車の方は乗り替えで検討を進めるか……」


 過去に思いを馳せていても、結局今いる環境は変わらない。12才より昔を思い出す事もないし、そこからの約十数年で身に付けたスキルといえば、ノア・ドライブ関連の整備知識と公殺官としての技能のみ。


 そして今はその一方が使えない。やはりこれからの生活、整備の下請けで食いつないでいくしかないだろう。


「確かファルゲンの新車に乗り替えるなら、130万エルクで下取りするという話だったな……」


 出費はかさむが、いずれ取り返せるだろう。そう考え、俺は新車への乗り換えか中古で探すかを考え始めた。





 超巨大箱舟アルテアの1区から10区は貴族の済む区画となる。だがその全てが居住エリアという訳ではない。


 特に政府機関が集中しているため、その関連施設の数も膨大だ。特に7区は、帝国政府関連の研究機関が多く存在していた。


 中には公式の組織図には掲載されていない秘密機関も存在する。ここは、表向きは7区にある研究機関。


 しかしその建物は、帝国政府直属の研究機関 《アドヴェント》の本拠地が地下深くに収納されていた。


 わざわざこの施設のために、箱舟の内部構造を大きく改造したのだ。それだけ帝国政府にとって、重要な研究が進められていた。


 《アドヴェント》の局長、ディンドリック・ディナルドは執務室で資料の整理を行っていた。見た目は50代半ば。しかしその目からは、年相応の落ち着きというよりはどこか鋭さを感じさせる。


「ふぅむ……。No.2、No.4。共に精神構造に顕著な変化は見られない。対ブルートにおいては極度の興奮状態を記録しているが、許容範囲内でもある。艦内でも大きなトラブルは見られない。なにより……魔力放射も問題なく上手くいった。ふふふ……すばらしい……」


 ディンドリックは時間を確認すると、情報端末を操作して通信を繋ぐ。相手は同じ《アドヴェント》に所属する研究員だった。


「やぁブロワールくん。ご機嫌いかがかな?」

『局長。いかがされましたか』


 ブロワールは緊張した声色で通信に応えた。ブロワールの年齢は30代後半。ディンドリックより若いが、全体的な印象としてはブロワールの方が落ち着いている様に見える。


「No.2、No.4の調子はあれからどうかな?」

『健康そのものです。食事も問題無く摂取できております』

「それは重畳。彼らが使用したアーク・ドライブ兵装の件にも目を通したよ。素晴らしい成果だったね」

『ええ。アーク計画の一端として進めてきた研究ですが、一つの結果を示す事になったのではないかと』


 ディンドリックは満足気に頷く。数年前にあったある事故が原因で滞りがちだった研究が、最近になって前進した事に大きな満足感を抱いていた。


『ですが《アイオン》クルーにはいくらかその実態を見られてしまいました。……よろしかったのですか?』

「ん……? ああ、構わないとも。それに元々ブルートとの実戦データが欲しくて派遣したのだ。いずれ公表される事にもなるのだし、君が気にする必要はない」

『……はい』


 挨拶を終えたところで、ディンドリックは本題に入る。


「近々、箱舟内にレヴナントが発生する」

『……っ!? 局長、それは……』

「次は市街地でのデータを取りたい。何の障害物もない地下空間では、いつも似た様な数値しか出ないからね」

『しかし……! ただでさえ、レヴナント発生率は年々増加しているのです! 意図してそれを誘発し、市民を不安にさせるのは……!』

「ブロワールくん」


 ディンドリックは何気ない様に名を呟く。だがそれだけで、ブロワールは口を閉じた。


「意図してレヴナントが発生することなんて、あり得ないだろう?」

『…………』

「君は今まで通り、No.たちのメンテナンスとデータの収集及び分析に努めればいい。それ以外に君の仕事はないし、余計なことまで手を回せば、レヴナントの数が増えるだけだ。いいね?」

『……はい。失礼しました。全てはこの箱舟のため』

「そうだ。この閉じた世界で、人という種をいかに存続させていくか。それが我々《アドヴェント》に課せられた使命だよ」


 通信を終え、ディンドリックは次の計画に目を通す。中には紙のものもあった。


「これは……まだ残っていたのか。No.1……数値上は最上。しかし決定的な欠陥品。忌々しい……」


 そう呟くと、ディンドリックはその紙をシュレッダーにかけた。





 ブロワールの前には二人の女性と三人の男性が立っていた。いずれも仮面を付けており、その顔は伺い知れない。


「次の実戦には君たち全員に出てもらう」

「はっ! まじかよ! この間はNo.2と二人だけだったのによ! どういう心境の変化だぁ!?」


 真っ先に声をあげたのはNo.4だった。だがそれに答えたのは、No.4の隣に立つ男性だった。


「僕たちの中では君とNo.2が最も安定しているからね。初めての地上探索任務の同行だ、妥当な人選だったんじゃないかな」

「はぁん? てめぇがそれを言うかよ、No.5」


 二人の間に緊張した空気が流れる。その間に入ったのは、五人の中では一際小柄な男だった。


「け、けんかはやめてよぉ……」

「あぁ!? これのどこが喧嘩してるってんだ、No.15!」

「ひっ……」


 No.4の粗野な物言いに、あからさまに溜息を吐いたのはNo.2とは違う女性だった。


「はぁ、うざ。ていうか、普通にうるさいんだけど」

「No.11。放っておきなよ」

「なんでNo.2に指図されなきゃいけない訳?」

「はぁ? 私につっかからないでくれる?」


 いよいよ収集がつかなくなってきたところで、ブロワールは手を叩いた。五人が会話を辞め、仮面を付けた顔をブロワールに向ける。


「そこまでだ。今から余計な体力を使うな。お前たちはその時に備えろ」

「一つ、よろしいでしょうか」


 手をあげたのはNo.5だった。ブロワールは目で先を促す。


「次の実戦というのは、また地上探索部隊に同行するのでしょうか?」

「いいや。もしかしたらその可能性もあるが、箱舟内でレヴナントが発生した場合に対処してもらう事になるだろう」

「その場合、現場の民間人や公殺官とはどのように接すれば?」

「追って指示を出す。向こうもプロだ。多少不信感は感じても、機鋼鎧を身に纏ってレブナントと戦う以上、敵とは認識しないだろう。それに……いや。とにかく今は気にしなくていい」

「了解しました」


 この場にいる全員、これまで地下空間でレヴナントとの実戦経験を積んできた。そしてそのレヴナントが、どこからどうやって発生したのかも知っている。


 おそらく次に自分たちと戦うレヴナントも、そうして用意されるのであろうと、全員が予感していた。

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