追憶のダイン 公殺官の覚悟と矜持
戻った俺の目に入ったのは、全滅したレヴナントの姿だった。やはりと言うべきか、二人なら問題はなかった。
しかしおびただしい数のレヴナントの死骸の中心。そこにうずくまっている機鋼鎧があった。ルーフリーの機鋼鎧 《ミストラル》だ。俺は外部スピーカーをオンにする。
「ルーフリー、さっきはすまなかった。二人にレヴナントを押し付けてしまった上に、俺はあのレヴナントを見つける事ができなかったんだ。この詫びは必ずさせてもらう」
まずは謝罪する。もしかしたら相当怒っているかもしれない。殴りかかられてきたら大人しく受け入れようと思う。
だがなんだかんだと二人とも優しいからな。殴られる覚悟はするが、心のどこかでそんな事にはならないとも思っていた。
「……動けないのか? 俺のバックパックからエネルギーを回そう。それにしても、やっぱり二人にはこの程度のレヴナント、相手にもならなかったな」
公殺官にはレヴナント討伐数が個別にカウントされる。数の多い少ないが公殺官としての評価に影響する訳ではないが、討伐数が多い公殺官にはやはり信頼が集まる。
誰だって10体討伐した公殺官より、100体討伐した経験のある公殺官の方が頼りになると思うだろう。二人はここで一気に討伐数を稼げたな。
「スピーカー出力に回す余裕もないのか? ちょっと待っててくれ。て、あれは……!」
ルーフリーに近づきながら、途中であるレヴナントの死骸を見つける。俺が追っていた、クラス6のレヴナントだ。あんな特殊な見た目のレヴナントなんて、見間違えるはずがない。
つまり二人は、俺にレヴナントの群れの対処を押し付けられた上で、戻ってきたクラス6レヴナントをも仕留めたのだ。
「二人が……やったのか……」
俺は自分が情けなくて堪らなかった。俺しかこのレヴナントには対処できないと息巻いていたのに、戻ってみたらこのざまだ。
そもそも二人とも俺よりも公殺官としての経験も長いのだ。俺は何を自惚れていたのだろうか。いくら戦闘でハイになっていたとはいえ、これではあまりにも恰好悪い。
「本当にすまなかった。ルーフリー、今ケーブルを……」
接続するよ。そう言おうとした時だった。うずくまった姿勢の機鋼鎧 《ミストラル》に異変が生じる。内から何かが弾けだす様に、その肩の装甲が吹き飛んだ。
「え……」
「……ははは。どうやら《ミストラル》でも抑えきれなくなっちまったようだな……」
その声はスピーカー越しに発せられたものではなく、直接ルーフリーの口から出たものだった。
ゆっくりと《ミストラル》の姿勢が動き、頭部が上に上がる。そのやや下辺りからは破損した《ミストラル》内部が見えており、そこからルーフリーの顔が直接見えた。
「る……」
これだけ汚染濃度の強いエリアで直接外気に身を晒す。その事が何を意味しているのか、理解するまで少しの時を要した。
「いやぁ、惜しかったんだよ! いけると思ったんだがなぁ。あのレヴナントを仕留めて、お前の前で恰好つけたかったんだが。一発もらっちまってな」
《ミストラル》はよく見ると、ところどころ破損していた。だがその原因の大部分は、内から膨張した黒い外骨格状のプレートだ。
「あのレヴナント、やっぱ異常だわ! 《ミストラル》の対魔力装甲板を使っていない腹部を、ピンポイントで撃ち抜いてきやがってよ。そこから汚染されてこのざまって訳だ。でもそのまま黙ってやられるのもみっともないだろ? 最後に捨て身で大暴れしてやったのさ!」
ルーフリーはどうやって件のレヴナントを倒したのかを語る。だが俺の耳には何も入ってこなかった。
今や俺から見えるルーフリーは、顔以外にその面影を残していなかった。こうして話している今も、機鋼鎧の装甲を黒い外骨格が内から破っている。
「でもま、お前が来てくれてよかったぜ。自分じゃ身動きできなくてよ」
「る……ふ、り……」
「おいおい、なんて声を出してやがんだ! この仕事をしている以上、1秒先がこうなっている事くらい、いつだって覚悟してたさ。もちろんリノアもな」
あの日、三人で飲んでいた日の事を思い出す。俺はもしかしたら……いや。間違いなく、二人ほどの覚悟を持ってこの仕事をしていなかった。
いつだって開発室に居た頃の延長線上……半ば趣味の様な気持ちで公殺官なんてやっていたんだ。
自分の作った兵装を現場で力いっぱい振り回してみたい。人のため箱舟のためという大義の名の元、無邪気に遊んでいた子供にすぎなかった。
「り……のあ、は……?」
「……ああ。このレヴナント、最後に激しい足掻きを見せやがってな」
そう言うとルーフリーは、視線をある位置に移す。俺は心臓の音がうるさく鼓動するのを感じながら、そこにライトを照射した。
「あ……あ、あ……」
そこにはリノアの専用機鋼鎧 《キャリバー》の残骸が転がっていた。だが奇妙な事にその中身が確認できない。
「リノアだが。俺よりも進行が早かった。本当に一瞬だったよ。そのまま壁をぶち抜いて、外に行っちまった」
どうしたらいい!? どうしてこうなった!? あの時、ちゃんと二人のアドバイスに耳を傾けていれば……!
「言っておくが。これは別にお前のせいでもなんでもねぇ。自惚れんなよ」
「え……」
「言ったろ、覚悟はしていたって。あの時のお前の判断は決して間違いではなかったし、お前の行動を良しとしたのも俺達だ。それに対レヴナントにおいて、公殺官の行動は常に自己責任。こうなったのは自分の判断ミス。決して他人のせいにできる理由にはならねぇ」
「でも……その結果が、これじゃ……」
ルーフリーは首まで黒い外骨格に迫られながらも、力強い笑みを見せる。
「そういう仕事だ。だからこそ破格の特権が認められている。俺達はそれを承知でこの生き方を受け入れた。だがそれでもお前が苦しいというのなら。勝手した罰に一つ、頼まれてもらおうかな!」
「罰……頼まれ事……」
脳裏によぎるのはあの日のルーフリーの言葉。俺は何となくこの先、何が待っているのかを察してしまう。
「さっきも言ったが。自分じゃうまく動けないんだ。だからよ。………………頼むわ」
あれだけうるさく鳴っていた心臓の鼓動も、今は聞こえなくなっていた。半レヴナント。あの日話に聞いた存在を、俺は初めて目にしている。
「ああ、それと。俺の《ミストラル》もリノアの《キャリバー》もまだエネルギーに余裕がある。これもお前に頼むことになっちまうが、俺達の分も持って行ってくれ。それで……リノアを。よろしく頼むわ」
それを最後に、ルーフリーは何も話さなくなった。喉まで覆われた外骨格が原因なのかは分からない。しかしその顔は笑顔のまま。
……いや。目元が。口元が。時折動いている。無理して俺に笑顔を見せているのか。何故そんな事を。自分の最後の姿まで……恰好つけたいのか。
『ドクンッ』
久しぶりに自分の心臓の音を聞く。……そうだ。俺はまだ生きている。そして。レヴナントを前にした公殺官に与えられる選択肢は常に一つ。
俺は腹部に内蔵された銃口の照準を、ルーフリーの頭部に固定する。
■
《ミストラル》《キャリバー》のバックパックにコードを接続し、《ラグレイトmk-2》のノア・ドライブにエネルギーを充填していく。
しっかりと充填された事をモニターで確認し、俺はその場を後にした。おそらく今日が。俺の公殺官としての最後の仕事になる。
「リノアを……追わないと……」
ルーフリーの言った通り、壁には大きな穴が開いていた。一直線に何かが駆け抜けて行った事がよくわかる。
その痕跡を追って走り続けると、すぐに施設の外へと出た。
「この方角は……!?」
嫌な予感を覚え、俺はブースターを強く吹かせる。地図を確認するが、痕跡はこの先……居住エリアに向かっていた。ほどなくしてジュリアからの通信が入る。
『繋がった! ダイン、無事!?』
「ああ。今は……」
『すぐに指定の居住エリアに向かって! そこでレヴナントが一体、暴れているの! すでにレヴナント警報は発令されているわ、即殺対象として適切に対応して!』
レヴナント警報発令区域内における人の生死について、公殺官は一切の責任を負う事がない。そこで起こる出来事は全て箱舟のため、必要な事だったと処理されるのだ。
この超法規的措置でもなければ、今ごろ公殺官は多くの裁判に出廷する事になっているだろう。
そしてこの日。俺は公殺官が持つこの特権の重さを改めて思い知る。
『現場に残っているルーフリーさんとアンリノアさんとは通信が回復しなくて……! ダイン、何か情報はある⁉︎』
俺は黙ってルーフリーとのやり取りを収めた映像記録を送信する。
『これは……!?』
「すまないジュリア。今は……レヴナントを倒すまで、通信してこないでくれ。安心してくれ。公殺官としての役目は、ちゃんと果たす」
そう言うと俺は通信を切る。そうだ。二人ともいつも公殺官としての覚悟を胸に、日々を精一杯生きていた。
その覚悟を持てるだけの人生を歩んできたに違いない。今はこうする事が、俺から二人に送れる最後の手向けだ。
「最後……そう、最後だ。公殺官としての人生は、今日で最後にする。俺には……」
二人ほどの強い覚悟を持って公殺官をしていた訳ではなかった。
おそらくあの日。二人は何となくその事を感じ取ったに違いない。それでも今日まで対等な同僚として接してくれていた。
そしてその事を自覚した今でさえ。いや、自覚したからこそ。俺にはもはや、公殺官として生きていける気がしていなかった。
「……レヴナント、確認」
居住エリアではレヴナントが大いに暴れていた。カメラ越しに死傷者も確認できる。目標のレヴナントからは、クラス3相当の魔力反応が検知された。
「これより……戦闘に入る」
そして。
俺は本当の意味で、初めて公殺官としての仕事をこなした。




