食品の消費期限と『食品ロス』選べ健全な経済か健全な環境か
(* ̄∇ ̄)ノ 奇才ノマが極論を述べる。
『食品ロス』とは本来まだ食べられる食品を、賞味期限などを理由に廃棄してしまうこと。
恵方巻きの売れ残りとか、飲食店での突然の予約キャンセルによる余剰食品などなど。食品の廃棄に関する話題と賞味期限についての話題が度々出るようになってきた。
世界で廃棄されている食品が年間約13億トン。全世界の食品の約3分の1が捨てられているということに。
この食品ロスの問題には環境破壊、資源の枯渇、貧困改善が停滞するなど、様々な問題が食品ロスの影にある。ここから世界が注目するようになった。
■怒りの葡萄
『怒りの葡萄』小説、著者ジョン・スタインベック。初版は1939年。
この怒りの葡萄の中に食品廃棄の問題も入っている。
1930年代の大恐慌を描いた怒りの葡萄の中で、数十万人が飢える一方で大量のジャガイモが川に捨てられ、大量のオレンジに石油がまかれる話がある。
食品の値段を吊り上げるには、需要に対して供給が少なくなればいい。
食品を適正な値段で販売し、製造者に運搬に小売と、食品の販売で利益を得て暮らす人がいる。この人達が稼ぎを得るには、食品の値段を吊り上げる必要がある。
供給が需要を上回ると、食品を売る為に値下げ合戦となりデフレになる。
なので食品を高値に吊り上げて売るためには、貧しい人が何人も餓死してくれる状況の方が好ましいとなる。
そのために市場に食品という製品が大量に溢れないように、作り過ぎた分は人にタダで手に入らないように、処分する必要がある。こうして経済は保たれる。
怒りの葡萄には、人間は作物を収穫する能力があるのに、人間の作りあげたシステムが飢えた人に食物を食べさせることができない、というスタインベックの嘆きがある。
怒りの葡萄の初版は1939年。それから80年過ぎた今でも、この食品廃棄の問題は解決ができていない。
この問題については、失われた80年と呼べるだろうか。
■食品ロスに対策する国々
アメリカ
持ち帰りドギーバッグが浸透しているのがアメリカ。レストランなど、外食での食べ残し食品を持ち返ることを推奨している。
ドギーバッグとは、自宅で飼っている犬のエサにする、という建前から広まった名称。食べ残しの持ち帰りが恥ずかしい、という風潮の中からドギーバッグが誕生。
食品ロス問題の広まりから、このドギーバッグを店側が用意するところが増えたという。
フランス
フランスでは、2016年2月から『食品廃棄禁止法』が施行。
大型のスーパーマーケット限定で、売れ残りや賞味期限切れの食品を廃棄することを禁止。廃棄量に合わせて罰金が徴収されるという法律。
余った食品は貧困層へと行き届くように、ボランティア団体へ寄付することが義務づけられている。これまでにない大規模な施作として、世界からも注目された。
スペイン
地域ごとに『連帯冷蔵庫』と呼ばれる、地域共有の大型冷蔵庫を設置。
一般家庭や飲食店から出る余剰食品、もしくは賞味期限の近づいた食品をこの冷蔵庫に入れることで、貧困者の手へ渡るようにしたもの。
冷蔵庫の中身はボランティア団体によって定期的にチェックされる。
デンマーク
賞味期限切れに、傷や汚れのある食品の専門スーパーが、デンマークのコペンハーゲンにオープン。
運営はボランティア団体で、最大半額の料金で商品が売られている。
■日本では
日本の食品ロスは、年間推計約620万トン。ここから日本は廃棄大国と呼ばれることになった。
食料を海外からの輸入に頼る日本では、輸入することを前提とする経済を保つためには、食品廃棄が必要になる。
そのために食品廃棄が増加しながら、貧しい家庭の為のこども食堂が増えるという状況になる。
こども食堂は全国で3700を超え、3年でその数は約12倍に増えた。
■自動車の値段と命の値段
経済と利益について、費用対効果を見るのにコストベネフィット分析というものがある。
プロジェクトにかかる費用とそこから得られる便益を比較して、そのプロジェクトを評価する手法のひとつ。
では、ここでひとつ問題を出そう。
◇◇◇◇◇
エンジニアのエンジ君は自動ブレーキ装置を搭載した新型自動車を販売する会社に勤めている。
エンジ君はこの会社が開発した新型自動車について調べる中で、この新型自動車に重大な欠陥があることを発見した。
上層部に意見しすぐに会議が行われることとなった。
エンジ君が見つけた新型自動車の欠陥は、ある状況下において、運転者が命に関わる事故を起こす可能性があるというもの。
これに対し会社の上層部は議論する。
欠陥を認め自動車を回収する、無償で修理するなどすれば莫大な費用がかかる。会社の経営が傾き従業員のリストラが必要に。場合によっては倒産もありえる。
会社の利害のみで考えた場合。
「もしも、事故が起きたとして、そのときの賠償額を考えたなら、賠償額の方が安い。事故が起きる状況が限定的で、事故が起きる可能性は低いだろう」
「新型自動車を回収して修理すれば、ざっと100億かかる。だが、事故が起きてその事故が大きなものだったとしても、賠償額は10億に満たない」
「事故の起きる条件が限られるから、事故が起きてもその事故の原因がわが社の新型自動車にある、とは誰にもわからないかもしれない」
かかる費用とこれからの利益を考えると、新型自動車の欠陥は隠蔽した方がいいと会社の上層部は結論する。
これにエンジ君は怒った。
「あんたたち何を考えてるんだ!? 人命に関わる問題だぞ! 人の命のことを考えろ!」
エンジ君の言葉に会社の役員はカチンと来た。
「お前こそ会社の命のことを考えろ!」
この会社は、欠陥を公表し新型自動車の回収をした方が良いのだろうか?
それとも利益と損害を鑑みて、欠陥を隠蔽した方が良いのだろうか?
その会社で働く人にとって、リストラも給料が下がるのも避けたいところ。しかし、この会社の外で暮らす人にとっては、欠陥のある自動車は困る。
困りはするがこの会社が隠蔽してしまえば、その欠陥の問題を知ることも無く、安心して自動車に乗れる。運が悪ければ事故で死ぬ。
自動車事故よりもこの会社が潰れて、多くの失業者が出ることを問題視する人もいるだろう。
人が作った経済から現れた問題で、未だにこれといった正解は見つかっていないようだ。
この、人の命も費用対効果で見る思考実験は、ハーバード大学の講義を放送する『白熱教室』でも、取り上げられた。
■健全な経済か健全な環境か?
1991年、アメリカで初代ブッシュ政権が会議を開催。ホワイトハウスは環境保護の為に行動していることをアピールする為にパンフレットを製作。
そのパンフレットのタイトルは、『Global Stewardship』
このパンフレットの中のイラストに、人が経済と環境をどうとらえているか、分かりやすく描いたものがある。
ひとつの天秤がある。この天秤は左右が釣り合いバランスが取れている。
左の皿には金ののべ棒が重なっており、右の皿に乗るのは地球だ。
人は経済か環境か、どちらかを選択しなければならないが、そのバランスを取る必要がある、というもの。
このイラストは『不都合な真実』に掲載されている。
『不都合な真実』著者、アル・ゴア。アメリカ元副大統領。
健全な経済を選択すれば、人の命を軽く見て環境破壊に同意することになる。
健全な環境を選択すれば、経済の問題から失業者問題、貧困問題を受け入れろとなる。
なかなかに難しい選択を迫られている。
■ミダス王
私としてはこのパンフレットを描いた人達はギリシャ神話のミダス王の物語を読んだことが無いのではないか? と思う。
触れる物を黄金に変える力を得たミダス王。
『そのようにリューディアの王ミダースは、触れるものすべてを黄金に変えられることを知ったとき、最初は誇らしさに得意がった。しかし、触れた食べ物が硬くなり、触れた飲み物が黄金の氷に固まるのを見たそのとき、ミダースはこの贈り物が破滅のもとであることを悟り、黄金を強く嫌悪しながら彼の願い事を呪った』
このミダスタッチで有名なミダス王。触るものが黄金となり、飢えに嘆き悲しむことになる。
■もったいない発祥国、日本
日本人は、日常的に『もったいない』という言葉を使う。『まだ役立つのに無駄にされて惜しい』という意味で、仏教思想に由来する日本語特有の概念。
世界にこの『もったいない』を広めたのは、ケニアの環境副大臣を務め、2004年にはノーベル平和賞を受賞した、ワンガリ・マータイ。
マータイは、ノーベル平和賞を受賞した翌年に初めて日本を訪れ、『もったいない』の精神に感銘を受けたという。
環境を守るための国際言語『MOTTAINAI』として、世界中に『もったいない』の概念を広める『MOTTAINAI キャンペーン』を始める。
日本語の『もったいない』を世界共通単語にしようと活動した。
しかし、この『もったいない』発祥の国、日本が経済に流されるまま、廃棄大国となったのは皮肉に思える。
民族の文化というものも、金の力に流されて失せていくというのはもの悲しい。
『「地球の世話をするよりも地球を壊す方が安い」という経済システムを擁護するビジネス上の論拠とは何なのだろうか?
常識に反する白昼夢のようなシステムは、そもそもどうして生まれたのだろうか?
私たち――私たち全員――は、どのように「セイレーンの歌」に飲み込まれてしまったのだろうか?』
――レイ・アンダーソン 故インターフェース元会長
ミダス王は川で手を洗って、ミダスタッチの力を川に流したが。
現代の私たちは金の為に、何を何処まで変えていくのだろうか?




