表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

運び屋ケイン4 ~安らかな眠り~

プルプルプルプル…。


「はぁ~…。」


小型飛行艇リトルホープ号のエンジン音を聞きながら、ケインは何度目かの溜め息をつきました…。

ケインは、運び屋。

頼まれた荷物を指定された日時に、指定された場所まで運ぶ仕事。


今回、荷物の届け先は、ガガゾス川上流、アギ族の墓地。

ケインは、死体を運んでいるのです。

リトルホープ号の後部座席には、死体が座っているのです。

いえ、正確には…。


「ご主人様、あれがゴンガ山です。

あの山の右側に見えるのが、ガガゾス川。

着水の準備をお願いします。」


「はぁ~…。」


ケインは、溜め息をつくと眼下を見下ろします。

鬱蒼としたジャングル。

その緑の切れ間に大きな川が見えました。


ケインは、死体の指示に従い、高度を下げます…。

死体…、正確には喋るゾンビのハロギ。

彼は30年前亡くなった、アギ族の若者です。


30年前…。

ゴンガ山で、山菜取りをしていたハロギは、好戦的なゾゴ族に襲われ命を落とします。

ハロギが、アギ族の墓地に埋葬された夜、偶然通りかかった呪術師ゼッカが、ハロギをゾンビとして蘇らせました。

彼は、召使いを必要としていたのです。


ハロギを連れ帰ったゼッカは、ハロギをこき使いました。

ゾンビの力は人の5倍、しかも疲れ知らず、痛み知らず、老いもせず、文句も言わず…。

ハロギは、最高の召使でした。


数日前、老いて寿命を迎えるゼッカに、ケインは呼び出されます。

ケインがゼッカの家へ行くと、ゼッカは虫の息…。

ゼッカは、死体の移送を依頼してきました。

長年仕えてくれたハロギを、故郷の墓地に帰してやりたいと、言ってきたのです。

ゼッカは、首にしていたペンダントを外すと、ケインに渡し、着けるよう促します。

皮紐の先端に真っ赤な石が付いているペンダント。

ケインは言われるまま、ペンダントを首に下げました。


「あとは…、ハロギに…聞いてく…れ……。」


そう言って、ゼッカは亡くなります。

ケインは、仕方なく依頼を受けることになりました。

ケインは、ジッと椅子に座ったまま動かないハロギに尋ねます。


「ハロギ。

ゼッカの言ったこと…、どう言うことか教えてくれるか?」


ペンダントは、ゾンビを操る為のアイテム。

ハロギは、何の感情も感じさせない喋り方で教えてくれました…。


ゼッカからハロギへの指示

・ゼッカを埋葬

・アギ族の墓地への案内

・墓穴を掘って自ら入る


「墓穴を埋める事は出来ませんので、申し訳ありませんが、ご主人様にお願いする事になります。」


ハロギの言葉に、ケインは大きな溜め息をつきます。


「それで君は、安らかに眠る事が出来るんだね?」


「はい、ご主人様。

眠るよう命令して下されば、起きろと命令があるまで目覚める事はありません。

その場所が、土の中であれば、自然に朽ちてゆきます。」


ケインは頷きます。


「で、このペンダントは、どうすれば良い?」


と、ペンダントの真っ赤な石を摘みながら尋ねます。


「はい。

そのペンダントも埋めて欲しいとの事でした。」


ケインは頷くと、気になっていた事を尋ねます。


「この石が君を操っていると思うんだけど…、この石は何なの?」


「はい。

おっしゃる通り、その石の持ち主が、私の主人となります。

石は、私の心臓の欠けらで作られており、土に埋める事で自然に朽ちます。」


ハロギの言葉に驚いたケインは、慌てて石から手を離します。

ケインは、大きな溜め息をつくと、ハロギにゼッカを埋葬するよう命令しました。

そしてリトルホープ号に乗るよう命令、今に至るのです…。


ケインは高度を下げ、下流から上流へ向かって進みます。

クネクネと曲がりくねった川、わずかに真っ直ぐな所が見えてきました。


「ご主人様、あの場所に着水してください。」


ケインは頷くと、リトルホープ号を着水させました。

そして、ゆっくり川岸に近付きます。


「ハロギ! 岸まで飛べるか?」


「はい、ご主人様。 飛べます。」


「よし、じゃあロープを持って飛んでくれ。

ロープを木に括り付けるんだ。」


「はい、ご主人様。」


そう言って、ハロギは岸へジャンプしました。

そしてロープを岸辺の木に括り付けます。

これでエンジンを切っても、川に流される事はありません。


「ふうーっ…。」


ケインは一息つきます。

ケインは、リトルホープ号から降りました。

2人は墓地を目指します…。


「ハロギ。

アギ族の墓地までは、どれぐらいかかるんだ?」


歩き始めて5分…、ケインが尋ねました。


「はい、ご主人様。

あと30分程です。」


ケインは安堵します。


(どうやら、日が暮れる前に、ジャングルから、おさらば出来そうだな…。

んっ!?)


右前方で、茂みが揺れました。

ケインは足を止めます。

と、茂みから矢が飛んできました。

ハロギが、ケインの前に飛び出し、自らを盾として矢を防ぎます。

無条件の命令として、主人の命を守る事が、インプットされているのです。


矢は心臓を貫いていましたが、ゾンビに痛みはありません。

ハロギは、矢を引き抜くと平気な顔で、茂みへ向かいます。

その姿に恐れをなした襲撃者は、逃げ去って行きました。


「ハロギ! 今の連中は?」


ハロギは、矢を見つめます。

全体が黒く塗られた矢…。


「この矢は、ゾゴ族の物です。

ここはアギ族の領地なので、ゾゴ族が居る筈、ないのですが…。」


ハロギが首を傾げました。

ゾンビも首を傾げるのかと感心していたケインでしたが、本当にゾゴ族だとしたら、先へ進むのは危険です。

ハロギを殺した、好戦的な民族…。

ケインは腕組みして、しばらくの間、考えていました。


「ハロギ。

事情を話せば、アギ族は、お前の埋葬に協力してくれると思うか?」


「はい、ご主人様。

アギ族は、友好的な民族です。

また、私を覚えている者が居ると思います。

私が頼めば、必ず協力してくれます。」


(自分の埋葬を頼むって言うのもな…。)


ケインは苦笑します。


「アギ族の村は、ここから近いのか?」


「はい、ご主人様。

少し戻りますが、20分もあれば着きます。」


感情を失っている筈のハロギの声が、何だか嬉しそうに聞こえました。

ケインは、村へ行く事にしました。


ハロギの案内で、20分…、アギ族の村へ到着…。

誰も居ません…。

村は、村人達の死体で溢れていました。

村人に刺さっていた矢…、真っ黒な矢…。

ゾゴ族の仕業と思われます。

ケインが、生存者を捜そうとした時、ハロギが呟きました…。


「ご主人様…。

命令を下さい…。

ゾゴ族討伐の命令を…。」


無表情…、しかしその瞳からは、流れるはずの無い涙が、溢れていました。

ケインは命令します。


「ハロギ!

この村で、生きている人を捜せ!!」


「はい、ご主人様。

生存者を捜します。」


ハロギは、涙を流しながら生存者の捜索を始めるのでした…。


数分後、ハロギから声が上がります。


「ご主人様。

生存者を見つけました。」


ケインは、ハロギの下へ急ぎます。


生存者は、大きな木のうろの中に居ました。

少し前にケインが捜した場所…。

その時は、うろに気付きませんでした。

と、ハロギが木の蓋を持っています。


「その蓋で、うろが隠されていたのか?」


「はい、ご主人様。

このうろは、大切な物を隠す為に使われ、知らない人間は、まず気付きません。」


(生きていた頃の記憶か…。)


ケインは、うろに入ります。

うろは、大人2人が横になれる程の大きさ、壁際に少女が倒れていました。

激しい呼吸を繰り返し、とても苦しそうです。

ケインは少女を抱きかかえました。


「大丈夫か!?」


ケインの呼びかけで、少女の目が開き、口が少し動きましたが、声を聞き取る事は出来ません。

少女の額に手を当てると熱があります。

腕に傷があり、どす黒く変色していました。


(毒?)


ケインは、ハロギに尋ねます。


「ハロギ、この子は毒にやられているのか?

何の毒だ。

どうすれば良い?」


「その娘は、ゾゴ族の毒に侵されています。

助けるには、ゴンガ山の南に生えている、ケンガラと言う果物が必要です。」


「直ぐ取って来れるか?」


「2時間程で取って来れますが、その場所は、ゾゴ族の領地です。

邪魔されると、少し時間がかかるかもしれません。」


ケインは目を閉じ、しばらく考えます。

そして大きく息を吐きました。


「ハロギ! 命令する。

大至急ケンガラを取って来い!!

邪魔する者は、排除しろ!!」


「はい、ご主人様。

ケンガラを取って来ます。」


ハロギは、猛烈なスピードで、駆けて行きました。

ケインは、うろに蓋をして隠れます。

ゾゴ族が、やって来る事を警戒したのです。


2時間が過ぎ、ハロギが村へ帰ってきました。

10本近い矢が、身体に刺さっています。

大きな刀傷が、数ヶ所ついていました。


「ご主人様。

これがケンガラです。

この果汁を娘に飲ませて下さい。」


ケインは、ケンガラを受け取ると果汁を少女に飲ませます。


「これで良いのか?」


「はい、大丈夫です。

ただ、毒に侵されて時間が経っています。

もし朝まで生きていられたら、その娘は助かると思います。」


ケインは、頷きます。

そしてハロギに新しい命令を与えます。


「全てのご遺体を墓地に埋葬してくれ。

もしゾゴ族が邪魔してきたら、排除しろ!」


「はい、ご主人様。

ご遺体を埋葬します。」


ハロギは、うろの前に倒れている女性を抱きかかえます。

この少女の母親と思われる女性…。

娘をうろに入れ、蓋で隠したと思われる女性…。

ケインは、ハロギが墓地へ向かうのを見届けると、再び、うろに隠れました…。


ケインは、一晩中、少女の看病をしていました。

ケンガラが効いたのか、少女の熱は下がり、小さな声が出せるようになりましたが、その呼吸は弱く、今にも止まりそうです。

ケインは、ガンバレと声をかけ、ハンカチで汗を拭います。


「…おかあ…さ…ん…、お…かあ……。」


少女は、ずっと、うなされていました。

そして夜明け前…、看病の甲斐なく、少女は息を引き取りました…。

ケインは、涙を流します。


「すまない…、もう少し早く来ていれば…。」


と、うろの蓋が開けられました。

朝日が、差し込んできます…。


「ご主人様。

全てのご遺体の埋葬が終りました。」


ハロギの身体には、無数の矢と刀傷が…。

切られたのでしょう、左手首がありません。

ケインは、少女を抱きかかえると、うろから出ます。


「ハロギ…、この子を埋葬したい…。

案内してくれ…。」


「はい、ご主人様。」


ケインはハロギの案内で、墓地へ向かいます…。


墓地に着きました。

土を盛っただけの簡素な墓…。

沢山の墓が、規則正しく並べられています。

と、向かいの丘にも沢山の墓が…。


(??)


ケインは、疑問を覚えます。


「ハロギ、墓地は2ヶ所なのか?」


「いえ、アギ族の墓地は、この1ヶ所です。

“全てのご遺体を墓地に埋葬”との、ご命令でしたので、倒したゾゴ族のご遺体を…。」


ハロギの言葉が止まります。


「んっ!? どうした?」


「申し訳ございません、ご主人様。

ゾゴ族のご遺体を墓地で無い場所に、埋葬してしまいました。

何で、そんな事を…。」


ハロギが、首を傾げました。

感情を感じさせない、抑揚の無い喋りですが、話の中身は、何だか人間的です。

ケインは、思わず微笑みます。


「いや、よくやった。

ゾゴ族が、そばに居ない方が、アギ族の方々も安らかに眠れると思うよ。

そうだ!

うろの前に倒れていた女性は何処に埋葬した?」


ハロギの案内で、少女の母親と思われる墓へ…。

ケインは、墓の右隣に少女を埋葬しました…。


「ハロギ、君は何処で眠りたい?」


ケインの問いに、ハロギは墓地の奥へ進み、地面を指差します。


「確か、この辺りが私の墓です。

ここで眠りたいと思います。」


ケインは頷きます。

と、ハロギが穴を掘り始めました。

それをケインが止めます。


「穴は、俺が掘るよ。

ハロギは、身体に刺さっている矢を抜いててくれ。

埋める時、邪魔になるからな。」


「分かりました、ご主人様。」


と、ハロギの言葉を聞いたケインが、ポリポリと頭をかきます。


「ハロギ、今から敬語禁止だ。

俺の事は、ケインと呼んでくれ。」


ハロギは首を傾げると…、


「分かった、ケイン。」


と言いました。

ケインは笑顔を見せ、ハロギの為の墓穴を掘ります。


墓穴が掘れました。

ハロギを見ると身体から矢が無くなっています。


「ハロギ…、後ろを向いてみろ。」


ハロギが後ろを向きます。

背中に5本、矢が残っていました。

痛みを知らないゾンビなので、気付かなかったのです。

ケインはハロギの背中から、矢を抜きました。


ハロギが、穴の中に横たわります。

ケインは、砂風呂のように足元から土を盛っていきました。

残るは、顔だけです。


「最後に何か言いたい事はあるか?」


ケインは、何の気無しに尋ねました。

感情を持たないゾンビが、答える筈も無いのに…。

と、ハロギが口を開きます。


「ありがとう、ケイン。

あなたとの旅は、楽しかった…。」


セリフの棒読み…、楽しさをまったく感じさせない喋り…。

だけど気持ちが、伝わってきました。

ケインの瞳から涙が溢れます。


「こちらこそ、ありがとう…。

君は、最高の相棒だったよ。」


涙で歪んだケインの目には、ハロギの顔が、笑っているように見えました…。


「それじゃ、安らかに…。

おやすみ、ハロギ…。」


ハロギが目を閉じました…。

ケインはハロギの顔に土をかけます。

そしてペンダントを外すと、心臓に当たる場所に埋めました…。


リトルホープ号へ戻ったケインは、木に括っているロープを外しました。

すると機体が、ゆっくりと川に流されます。

ケインは、急いでリトルホープ号に乗り込みました。


エンジンスタート。

機体を上流へ走らせ、反転。

思いっきりアクセルペダルを踏み込み、下流へ向け全速力。

リトルホープ号は、一気に急上昇、空に舞い上がります…。


プルプルプルプル…。


リトルホープ号の夢8型エンジンが、いつものリズムを刻みます。

ケインは高度を下げ、墓地の上空へ向かいます…。


眼下に墓地が見えました。

ケインは、リトルホープ号の翼を左右に振ります。

さよならの合図…。

リトルホープ号は、高度を上げると帰路につきました…。


(1日来るのが早ければ、アギ族の最後に出会わなかった…。

1日来るのが遅ければ、少女を看取る事は無かった…。

ケンガラの実の為に、ゾゴ族の領地に入る事も…。)


ケインは、昨日から今日にかけての出来事を思い起こしていました。

30年ゾンビとして生きてきて、一族の最後に立ち会ったハロギ…。

これほど運命と言うものを感じた事はありません。

ケインは、ポツリと呟きます…。


「ハロギ…。

君は、安らかに眠れたのか…。」


身体中を矢に刺され、傷だらけになり、手首をなくし…。

そんな痛々しい身体で、墓穴に横たわっていた姿を思い出すと、ついそんな事を考えてしまいます。

と、雲間から差し込んだ光が、リトルホープ号を包みました。


『ケイン!

あの輝いて見えるのが、海なのか!?』


後部座席からハロギの声が聞こえた気がしました。

感情溢れた、飛びっきりに楽しげな声が…。


ケインは、笑顔を見せるとアクセルペダルを踏み込みます。

リトルホープ号は、鬱蒼としたジャングルを抜け、輝く海へ向かうのでした……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ