運び屋ケイン4 ~安らかな眠り~
プルプルプルプル…。
「はぁ~…。」
小型飛行艇リトルホープ号のエンジン音を聞きながら、ケインは何度目かの溜め息をつきました…。
ケインは、運び屋。
頼まれた荷物を指定された日時に、指定された場所まで運ぶ仕事。
今回、荷物の届け先は、ガガゾス川上流、アギ族の墓地。
ケインは、死体を運んでいるのです。
リトルホープ号の後部座席には、死体が座っているのです。
いえ、正確には…。
「ご主人様、あれがゴンガ山です。
あの山の右側に見えるのが、ガガゾス川。
着水の準備をお願いします。」
「はぁ~…。」
ケインは、溜め息をつくと眼下を見下ろします。
鬱蒼としたジャングル。
その緑の切れ間に大きな川が見えました。
ケインは、死体の指示に従い、高度を下げます…。
死体…、正確には喋るゾンビのハロギ。
彼は30年前亡くなった、アギ族の若者です。
…
30年前…。
ゴンガ山で、山菜取りをしていたハロギは、好戦的なゾゴ族に襲われ命を落とします。
ハロギが、アギ族の墓地に埋葬された夜、偶然通りかかった呪術師ゼッカが、ハロギをゾンビとして蘇らせました。
彼は、召使いを必要としていたのです。
ハロギを連れ帰ったゼッカは、ハロギをこき使いました。
ゾンビの力は人の5倍、しかも疲れ知らず、痛み知らず、老いもせず、文句も言わず…。
ハロギは、最高の召使でした。
数日前、老いて寿命を迎えるゼッカに、ケインは呼び出されます。
ケインがゼッカの家へ行くと、ゼッカは虫の息…。
ゼッカは、死体の移送を依頼してきました。
長年仕えてくれたハロギを、故郷の墓地に帰してやりたいと、言ってきたのです。
ゼッカは、首にしていたペンダントを外すと、ケインに渡し、着けるよう促します。
皮紐の先端に真っ赤な石が付いているペンダント。
ケインは言われるまま、ペンダントを首に下げました。
「あとは…、ハロギに…聞いてく…れ……。」
そう言って、ゼッカは亡くなります。
ケインは、仕方なく依頼を受けることになりました。
ケインは、ジッと椅子に座ったまま動かないハロギに尋ねます。
「ハロギ。
ゼッカの言ったこと…、どう言うことか教えてくれるか?」
ペンダントは、ゾンビを操る為のアイテム。
ハロギは、何の感情も感じさせない喋り方で教えてくれました…。
ゼッカからハロギへの指示
・ゼッカを埋葬
・アギ族の墓地への案内
・墓穴を掘って自ら入る
「墓穴を埋める事は出来ませんので、申し訳ありませんが、ご主人様にお願いする事になります。」
ハロギの言葉に、ケインは大きな溜め息をつきます。
「それで君は、安らかに眠る事が出来るんだね?」
「はい、ご主人様。
眠るよう命令して下されば、起きろと命令があるまで目覚める事はありません。
その場所が、土の中であれば、自然に朽ちてゆきます。」
ケインは頷きます。
「で、このペンダントは、どうすれば良い?」
と、ペンダントの真っ赤な石を摘みながら尋ねます。
「はい。
そのペンダントも埋めて欲しいとの事でした。」
ケインは頷くと、気になっていた事を尋ねます。
「この石が君を操っていると思うんだけど…、この石は何なの?」
「はい。
おっしゃる通り、その石の持ち主が、私の主人となります。
石は、私の心臓の欠けらで作られており、土に埋める事で自然に朽ちます。」
ハロギの言葉に驚いたケインは、慌てて石から手を離します。
ケインは、大きな溜め息をつくと、ハロギにゼッカを埋葬するよう命令しました。
そしてリトルホープ号に乗るよう命令、今に至るのです…。
…
ケインは高度を下げ、下流から上流へ向かって進みます。
クネクネと曲がりくねった川、わずかに真っ直ぐな所が見えてきました。
「ご主人様、あの場所に着水してください。」
ケインは頷くと、リトルホープ号を着水させました。
そして、ゆっくり川岸に近付きます。
「ハロギ! 岸まで飛べるか?」
「はい、ご主人様。 飛べます。」
「よし、じゃあロープを持って飛んでくれ。
ロープを木に括り付けるんだ。」
「はい、ご主人様。」
そう言って、ハロギは岸へジャンプしました。
そしてロープを岸辺の木に括り付けます。
これでエンジンを切っても、川に流される事はありません。
「ふうーっ…。」
ケインは一息つきます。
ケインは、リトルホープ号から降りました。
2人は墓地を目指します…。
…
「ハロギ。
アギ族の墓地までは、どれぐらいかかるんだ?」
歩き始めて5分…、ケインが尋ねました。
「はい、ご主人様。
あと30分程です。」
ケインは安堵します。
(どうやら、日が暮れる前に、ジャングルから、おさらば出来そうだな…。
んっ!?)
右前方で、茂みが揺れました。
ケインは足を止めます。
と、茂みから矢が飛んできました。
ハロギが、ケインの前に飛び出し、自らを盾として矢を防ぎます。
無条件の命令として、主人の命を守る事が、インプットされているのです。
矢は心臓を貫いていましたが、ゾンビに痛みはありません。
ハロギは、矢を引き抜くと平気な顔で、茂みへ向かいます。
その姿に恐れをなした襲撃者は、逃げ去って行きました。
「ハロギ! 今の連中は?」
ハロギは、矢を見つめます。
全体が黒く塗られた矢…。
「この矢は、ゾゴ族の物です。
ここはアギ族の領地なので、ゾゴ族が居る筈、ないのですが…。」
ハロギが首を傾げました。
ゾンビも首を傾げるのかと感心していたケインでしたが、本当にゾゴ族だとしたら、先へ進むのは危険です。
ハロギを殺した、好戦的な民族…。
ケインは腕組みして、しばらくの間、考えていました。
「ハロギ。
事情を話せば、アギ族は、お前の埋葬に協力してくれると思うか?」
「はい、ご主人様。
アギ族は、友好的な民族です。
また、私を覚えている者が居ると思います。
私が頼めば、必ず協力してくれます。」
(自分の埋葬を頼むって言うのもな…。)
ケインは苦笑します。
「アギ族の村は、ここから近いのか?」
「はい、ご主人様。
少し戻りますが、20分もあれば着きます。」
感情を失っている筈のハロギの声が、何だか嬉しそうに聞こえました。
ケインは、村へ行く事にしました。
…
ハロギの案内で、20分…、アギ族の村へ到着…。
誰も居ません…。
村は、村人達の死体で溢れていました。
村人に刺さっていた矢…、真っ黒な矢…。
ゾゴ族の仕業と思われます。
ケインが、生存者を捜そうとした時、ハロギが呟きました…。
「ご主人様…。
命令を下さい…。
ゾゴ族討伐の命令を…。」
無表情…、しかしその瞳からは、流れるはずの無い涙が、溢れていました。
ケインは命令します。
「ハロギ!
この村で、生きている人を捜せ!!」
「はい、ご主人様。
生存者を捜します。」
ハロギは、涙を流しながら生存者の捜索を始めるのでした…。
…
数分後、ハロギから声が上がります。
「ご主人様。
生存者を見つけました。」
ケインは、ハロギの下へ急ぎます。
…
生存者は、大きな木のうろの中に居ました。
少し前にケインが捜した場所…。
その時は、うろに気付きませんでした。
と、ハロギが木の蓋を持っています。
「その蓋で、うろが隠されていたのか?」
「はい、ご主人様。
このうろは、大切な物を隠す為に使われ、知らない人間は、まず気付きません。」
(生きていた頃の記憶か…。)
ケインは、うろに入ります。
うろは、大人2人が横になれる程の大きさ、壁際に少女が倒れていました。
激しい呼吸を繰り返し、とても苦しそうです。
ケインは少女を抱きかかえました。
「大丈夫か!?」
ケインの呼びかけで、少女の目が開き、口が少し動きましたが、声を聞き取る事は出来ません。
少女の額に手を当てると熱があります。
腕に傷があり、どす黒く変色していました。
(毒?)
ケインは、ハロギに尋ねます。
「ハロギ、この子は毒にやられているのか?
何の毒だ。
どうすれば良い?」
「その娘は、ゾゴ族の毒に侵されています。
助けるには、ゴンガ山の南に生えている、ケンガラと言う果物が必要です。」
「直ぐ取って来れるか?」
「2時間程で取って来れますが、その場所は、ゾゴ族の領地です。
邪魔されると、少し時間がかかるかもしれません。」
ケインは目を閉じ、しばらく考えます。
そして大きく息を吐きました。
「ハロギ! 命令する。
大至急ケンガラを取って来い!!
邪魔する者は、排除しろ!!」
「はい、ご主人様。
ケンガラを取って来ます。」
ハロギは、猛烈なスピードで、駆けて行きました。
ケインは、うろに蓋をして隠れます。
ゾゴ族が、やって来る事を警戒したのです。
…
2時間が過ぎ、ハロギが村へ帰ってきました。
10本近い矢が、身体に刺さっています。
大きな刀傷が、数ヶ所ついていました。
「ご主人様。
これがケンガラです。
この果汁を娘に飲ませて下さい。」
ケインは、ケンガラを受け取ると果汁を少女に飲ませます。
「これで良いのか?」
「はい、大丈夫です。
ただ、毒に侵されて時間が経っています。
もし朝まで生きていられたら、その娘は助かると思います。」
ケインは、頷きます。
そしてハロギに新しい命令を与えます。
「全てのご遺体を墓地に埋葬してくれ。
もしゾゴ族が邪魔してきたら、排除しろ!」
「はい、ご主人様。
ご遺体を埋葬します。」
ハロギは、うろの前に倒れている女性を抱きかかえます。
この少女の母親と思われる女性…。
娘をうろに入れ、蓋で隠したと思われる女性…。
ケインは、ハロギが墓地へ向かうのを見届けると、再び、うろに隠れました…。
…
ケインは、一晩中、少女の看病をしていました。
ケンガラが効いたのか、少女の熱は下がり、小さな声が出せるようになりましたが、その呼吸は弱く、今にも止まりそうです。
ケインは、ガンバレと声をかけ、ハンカチで汗を拭います。
「…おかあ…さ…ん…、お…かあ……。」
少女は、ずっと、うなされていました。
そして夜明け前…、看病の甲斐なく、少女は息を引き取りました…。
ケインは、涙を流します。
「すまない…、もう少し早く来ていれば…。」
と、うろの蓋が開けられました。
朝日が、差し込んできます…。
「ご主人様。
全てのご遺体の埋葬が終りました。」
ハロギの身体には、無数の矢と刀傷が…。
切られたのでしょう、左手首がありません。
ケインは、少女を抱きかかえると、うろから出ます。
「ハロギ…、この子を埋葬したい…。
案内してくれ…。」
「はい、ご主人様。」
ケインはハロギの案内で、墓地へ向かいます…。
…
墓地に着きました。
土を盛っただけの簡素な墓…。
沢山の墓が、規則正しく並べられています。
と、向かいの丘にも沢山の墓が…。
(??)
ケインは、疑問を覚えます。
「ハロギ、墓地は2ヶ所なのか?」
「いえ、アギ族の墓地は、この1ヶ所です。
“全てのご遺体を墓地に埋葬”との、ご命令でしたので、倒したゾゴ族のご遺体を…。」
ハロギの言葉が止まります。
「んっ!? どうした?」
「申し訳ございません、ご主人様。
ゾゴ族のご遺体を墓地で無い場所に、埋葬してしまいました。
何で、そんな事を…。」
ハロギが、首を傾げました。
感情を感じさせない、抑揚の無い喋りですが、話の中身は、何だか人間的です。
ケインは、思わず微笑みます。
「いや、よくやった。
ゾゴ族が、そばに居ない方が、アギ族の方々も安らかに眠れると思うよ。
そうだ!
うろの前に倒れていた女性は何処に埋葬した?」
ハロギの案内で、少女の母親と思われる墓へ…。
ケインは、墓の右隣に少女を埋葬しました…。
…
「ハロギ、君は何処で眠りたい?」
ケインの問いに、ハロギは墓地の奥へ進み、地面を指差します。
「確か、この辺りが私の墓です。
ここで眠りたいと思います。」
ケインは頷きます。
と、ハロギが穴を掘り始めました。
それをケインが止めます。
「穴は、俺が掘るよ。
ハロギは、身体に刺さっている矢を抜いててくれ。
埋める時、邪魔になるからな。」
「分かりました、ご主人様。」
と、ハロギの言葉を聞いたケインが、ポリポリと頭をかきます。
「ハロギ、今から敬語禁止だ。
俺の事は、ケインと呼んでくれ。」
ハロギは首を傾げると…、
「分かった、ケイン。」
と言いました。
ケインは笑顔を見せ、ハロギの為の墓穴を掘ります。
…
墓穴が掘れました。
ハロギを見ると身体から矢が無くなっています。
「ハロギ…、後ろを向いてみろ。」
ハロギが後ろを向きます。
背中に5本、矢が残っていました。
痛みを知らないゾンビなので、気付かなかったのです。
ケインはハロギの背中から、矢を抜きました。
…
ハロギが、穴の中に横たわります。
ケインは、砂風呂のように足元から土を盛っていきました。
残るは、顔だけです。
「最後に何か言いたい事はあるか?」
ケインは、何の気無しに尋ねました。
感情を持たないゾンビが、答える筈も無いのに…。
と、ハロギが口を開きます。
「ありがとう、ケイン。
あなたとの旅は、楽しかった…。」
セリフの棒読み…、楽しさをまったく感じさせない喋り…。
だけど気持ちが、伝わってきました。
ケインの瞳から涙が溢れます。
「こちらこそ、ありがとう…。
君は、最高の相棒だったよ。」
涙で歪んだケインの目には、ハロギの顔が、笑っているように見えました…。
「それじゃ、安らかに…。
おやすみ、ハロギ…。」
ハロギが目を閉じました…。
ケインはハロギの顔に土をかけます。
そしてペンダントを外すと、心臓に当たる場所に埋めました…。
…
リトルホープ号へ戻ったケインは、木に括っているロープを外しました。
すると機体が、ゆっくりと川に流されます。
ケインは、急いでリトルホープ号に乗り込みました。
エンジンスタート。
機体を上流へ走らせ、反転。
思いっきりアクセルペダルを踏み込み、下流へ向け全速力。
リトルホープ号は、一気に急上昇、空に舞い上がります…。
…
プルプルプルプル…。
リトルホープ号の夢8型エンジンが、いつものリズムを刻みます。
ケインは高度を下げ、墓地の上空へ向かいます…。
眼下に墓地が見えました。
ケインは、リトルホープ号の翼を左右に振ります。
さよならの合図…。
リトルホープ号は、高度を上げると帰路につきました…。
…
(1日来るのが早ければ、アギ族の最後に出会わなかった…。
1日来るのが遅ければ、少女を看取る事は無かった…。
ケンガラの実の為に、ゾゴ族の領地に入る事も…。)
ケインは、昨日から今日にかけての出来事を思い起こしていました。
30年ゾンビとして生きてきて、一族の最後に立ち会ったハロギ…。
これほど運命と言うものを感じた事はありません。
ケインは、ポツリと呟きます…。
「ハロギ…。
君は、安らかに眠れたのか…。」
身体中を矢に刺され、傷だらけになり、手首をなくし…。
そんな痛々しい身体で、墓穴に横たわっていた姿を思い出すと、ついそんな事を考えてしまいます。
と、雲間から差し込んだ光が、リトルホープ号を包みました。
『ケイン!
あの輝いて見えるのが、海なのか!?』
後部座席からハロギの声が聞こえた気がしました。
感情溢れた、飛びっきりに楽しげな声が…。
ケインは、笑顔を見せるとアクセルペダルを踏み込みます。
リトルホープ号は、鬱蒼としたジャングルを抜け、輝く海へ向かうのでした……。