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なぜ狐人経営の旅商人は誰も来なさそうなところで商売を始めてしまうのか?

作者: 原雷火

 キンジョーの町を出る前、冒険者ギルドで受付嬢から忠告された。


「モーリ樹海の奥にはごく希に、ハブマムシっていう毒蛇が出るから、一応気をつけておいてくださいねライオさん。実はその毒はけっこう危険なもので……」


 詳しく訊けば、冒険者が年に数人その毒牙にかかるらしい。


 樹海に入って一時間――

 忠告を受けていたにもかかわらず、咬まれた。樹上からロープのようなものが落ちてきたかと思ったら、首筋にチクリと痛みが走ったのだ。


 俺の身体を滑り降りて、毒蛇は茂みに消えていった。追うだけ無駄だ。素早いし、魔物と違って倒しても金にならん。放っておこう。


 こんな時のため毒消し草も用意してある。一つ8G。簡易食堂(ダイナー)での一食分で助かる命が、ここにある。


 苦い草を咀嚼し呑み込むと、身体からスーッと毒素が抜けていった。少し早いが、この樹海での魔物狩りも潮時だ。そろそろ町に戻ろう。


 獣道を引き返そうとしたところで、樹上からもう一匹ハブマムシが落ちてきた。

 両手剣使いの俺にとって、小さく素早い標的ほどやっかいなものはない。

 切り払おうにも相手はあまりに小さすぎた。

 白刃がむなしく空を斬る。

 

 ドサリ、チクリ、以下略。


「二匹で時間差つけて同じ首筋咬んでんじゃねぇよ!」


 俺が声を上げるより早く、二匹目の毒蛇もあっという間に茂みの奥へと逃げ去った。

 年に数人しか被害に遭わないんじゃなかったのか? こんな不運は貴族の三男に産まれて以来だ。


 しかし……まずったな。

 治す手段がもうない。

 動けばそれだけ早く毒が回る。


 こうしている間にも、少しずつ毒は俺の身体を蝕んでいく。

 毒状態の俺にとって、片道一時間の町はあまりに遠かった。


 冒険者になって一ヶ月、どんな魔物もこの両手剣でたたき伏せてきたが、明確に死を意識したのは今日が最初で……これで最期かもしれない。


「あっけないな。いや、貴族崩れの単身冒険者の末路なんてこんなもんか」


 三男なんて家督を継ぐための予備の予備だ。余り物の俺が優秀な兄二人を見返すには、冒険者になる道くらいしか残されていなかった。


 いや、違う、それだけじゃない。自分から進んで冒険者を選んだはずだ。だって、俺は本当は……。


 不意に、背後の茂みが音を立てた。


「誰だッ!?」


 魔物が相手なら誰だもクソもないんだが、両手剣を構え振り返る。と、そこには――

 少女が立っていた。目深に被ったフードから銀の前髪がこぼれる。紅いロングコートを着込み、肩幅からはみ出すほどの大きなリュックサックを背負っていた。


 小柄ながら胸元はコートのシルエットが崩れるほど大きい。


 細めているのかそれが素なのか、目は糸のようだ。

 不用心なことに少女は武器を帯びていなかった。


「待て、お客様! 危ないから切っ先を向けるんじゃあない! 刃物は危険。これ常識」

「お客様……だと?」


 少女はコクリと首を縦に振る。


「えー、私は旅商人のギンコだ」

「タビショウニン? 行商人か?」

「ちっがーう! 旅・商・人だ! あんな町から町へ特産品を運んで売り歩くような連中と一緒にしないでいただきたい」

「いや、知らねぇよそっちのこだわりなんて。つーか、お前こんなところに商人がいるわけないだろ。冒険者じゃねぇのかよ?」

「ふっふっふ凡人の浅はかさよ。ああそうだともお客様。普通、商人は危険な樹海の奥にいるはずがない」

「だが、私は違う。我が“金無くなるまで買え商会”は、新たな顧客のニーズに応えるため活動中なぁのだぁ! 深淵なる迷宮の地の底や、豪雪渦巻く大雪原に噴火する火山の火口付近など、まだ他の商売人が手をつけていない商勢圏を制圧支配蹂躙し尽くす! お客様はその野望の第一歩に立ち会おうとしている! 讃えよ!」


 俺の顔を指さしてギンコは満足そうに宣言した。


 腕組みすると旅商人――ギンコは一層目を細めた。

 彼女はフードを脱ぎ払う。するとぴょっこりと黒い獣耳が立ち上がった。

 リュックにばかり目がいっていたが、ギンコの背後には先端だけ白くなった、ふんわりとした尻尾が揺れている。


 狐人族フォックステイルだ。世間じゃ商売が上手いとされているのだが、人間を化かして騙して詐欺を働くなんて噂もある。

 俺を油断させるためバカのフリをしているのか、本当にバカなのか判断がつかない。

 こっちは今まさに、毒で意識が朦朧とし始めてるってのに……。


 ん? いや待てよ。


「おい旅芸人!」

「旅商人だ!」

「ああ、すまんすまん。お前って一応は商人なんだよな。じゃあ、売り物があるんだろ?」

「当然だともお客様よ。私は歩く王宮御用達セレクトショップ。品揃えには相当の自信がある。そんじょそこいらの町の道具屋なんて目じゃないんだ」


 砂漠でオアシスを見つけた人間の気持ちが、今、理解できた。


「なら毒消し草を一つ……いや、念のため三つくれないか?」


 どの程度ぼったくられるかはわからないが、背に腹は変えられない。

 この際だ。場合によっては有り金全部差し出そう。


「おっとお客様……あーえーと……毒消し草ね。うん……ちょーっと我が商会では扱ってないな」

「お、お前……道具屋が毒消し草を売らなくてどうすんだよ!」

「いやだって毒ってアレだぞ。駆け出しの冒険者向けな状態異常だ。せいぜい死ぬまで体力が削れていくだけだろうに? 呪いや石化の方がやばいって」

「んだとお前! ああそうだよ俺は冒険者としちゃ初級もいいところだよ! その割にすこしばかし強いんで、ちょっと調子に乗ってたよ! で、毒になったんだ」

「舐めプはいかんぞ、お客様」

「客を舐めてんのはそっちだろうが! 毒消し草がないなら、他になにがあんだよ?」

「えー、まあ薬草は一応ある。道具屋の看板商品だからな。ほら、最近は草食系男子が流行ってるっていうんで、ちゃんとご用意してるぞ」

「毒消し草ないのに薬草はあんのかよ!」


 少女は楽しそうに尻尾をふりふりさせながら、リュックサックのサイドポケットから、薬草を一つ取り出した。


「こちら6Gだ。お買い上げか?」

「だーかーらー俺が欲しいのは毒消し……って、安いな。町で買うのと、ほとんど変わらないんじゃないか?」


 ギンコは胸に手を当て恭しく一礼した。


「当商会のモットーは“価格は適正、品質は無限大”だ。人が困っているところで、足下を見てぼったくるような真似はせん」

「そ、そうか。悪かった。てっきり上乗せ料金がえげつないものと誤解してた。まあ、毒消し草が無かったのは残念だが……」

「そうがっかりするなお客様。本日は偶然切らしていたが、次はがんばるから」

「がんばるってお前……次はないかもしれねぇんだけど」

「まぁまぁ、いじわる言わずに、まずは当店の魅力的な品物をご覧あれ」


 別にいじわるで言ってねぇよ俺がもうすぐ逝くかもしれないって話だよ。

 とはいえ、今はこいつの品揃えに賭けるしかない。


「さーて、お次の商品はっ、と……」


 ギンコは背中のリュックを降ろして中から自慢の逸品を取りだした。

 ガラスの小瓶に入った虹色の液体を俺に見せつける。


「はいコチラ、体力と魔法力をまたたくまに全快させるという伝説の秘薬エリクシル。ちなみに非売品だ」

「非売品かよ! いきなり商売する気ゼロか? つーか毒治らないだろそれ」

「よくご存知で」


 お前が説明したんだよ。


「他にはなにがあるんだ?」


 黒い耳をピンッと立てて、ギンコはリュックサックから炎のような鳥の羽を取り出した。


「えー続きましては死者すらこの世に呼び戻し、魂と肉体を再生させるという不死鳥の尾羽」

「蘇生って……教会の司教クラスが使う魔法だよな? 一部の大金持ちとか上級冒険者たちにしか施されないやつだろ……それと同じ効果があるってのか」

「普通は蘇生魔法の存在なんて、そうそう知られてないんだが……お客さん“通”だな」

「ま、まあ、色々あってな」


 俺も貴族の端くれだ。噂話で知る程度だが、そういう話にも自然と精通するもんだ。

 ギンコは鼻高々だ。


「もちろん司教様でなくとも、誰でも簡単に扱える代物だぞ。ただし、使うとなくなっちゃうのが玉に瑕だ」

「エリクシルといい、ずいぶんとすごいもんを売ってんだな」


 旅商人は「いやーそれほどでもあるな」と頭を掻いて照れる。


「で、毒の治療ができそうな道具は?」

「…………」

「黙るなよ! なんかないのか? 俺を元気にするようなものが!」

「あー! なら、これなんてどうだろう」


 リュックサックに腕を突っ込むと、ギンコはガサゴソとさせてから、ゆっくりと長い長い柄を取り出す。


 ん? あれ? おかしい。いくらデカイといってもリュックサックに入る長さじゃない。


 奇術でも見せられているんだろうか。少女はその身長よりも長い、立派な槍をリュックサックの中から抜き払った。


「これ、世界最強の伝説級武器……聖槍(ロンギヌス)だ」

「いったいどこに入ってたんだよ!?」

「テレレテッテテ~♪ リュックサック~♪」

「いや、入らねぇだろ長さ的に無理あるから」

「で、この聖槍なんと、お値段据え置きで10,000,000,000(ひやくおく)Gだ。安い!」

「高すぎだろ! あとスルーすんな」

「今なら、あると便利なペティナイフもセットでプレゼント」

「ペティナイフいらんわ! 剣! 俺の得物は両手剣ねオーケー? 槍見せられても嬉しくないから」

「剣派かぁ」

「かぁ……じゃねーから。さっきからツッコミがおいつかねぇ」


 頭がクラクラしてきた。毒が回ってきている。


 この旅商人は俺をからかってるんだ。こっちは死にそうだってのに。


「そうだ……お前を殺してでも奪い取ってやろうか、その10,000,000,000G……」


 どうせ全部贋物だろう。エリクシルも不死鳥の尾羽も、希少すぎて実物を知らない人間がほとんどだ。そういった珍品を売り込みに来る怪しい商人どもを、子供の頃から何人も見てきた。


 この詐欺師め。騙されんぞ。


「なんだとッ!? お客様よ……旅商人舐めてもらっては困るな」

「どうせ贋物だろ?」

「ムッ……今の言葉聞き捨てならん。本物かどうか試してやる。この聖槍で貴様如き冒険者など、易々と串刺しにしてくれるわ! ぬわーっはっはっは!」


 ギンコは槍を軽々と振り回した。目に止まらぬほどの速さで。


「ソオオオイッ!」


 俺に向けられた切っ先は寸前で脇にそれ、背後の巨木を穿った。

 幹にぽっかり穴空く。嘘……だろ?


「たーおれーるぞー! にーげろー!」


 よりにもよって巨木は俺めがけて倒れてきた。動けば毒の回りが早くなるとか、言ってる場合じゃねぇ。即死案件だ。

 地面を転がるように飛び退いて、なんとか巨木に押しつぶされずに済んだ。


 そんな俺の鼻先に、槍の穂先が吸い付くようにぴたりと寄せられる。


「次は貴様の番だお客様。贋物かどうか、たっぷり味わうがいい。今宵の聖槍は血に飢えておる」

「は、ははは冗談! さっきのは冗談だって。いやもう、本物だ! 本当に良い商品ばかりで目移りしちゃうなー困ったなー」

「え? あ、もうやだなぁお客様ってば。あっはっはっは! この森で魔物を倒してたんまり稼いだろ? ほらちょっとジャンプしてみろ」


 あっ、こいつ、商品を疑ったことを根に持ってるな。


「カツアゲかよ!」

「お買い上げいただきたいだけですがなにかッ!?」

「なにかじゃねぇよ逆ギレすんな……あっヤバイ毒まわってきたかも」


 目の前がぐるんぐるんとし始めた。これはもうダメかもしれん。


「お客様は興奮しすぎだ」

「お、お前のせいだろうが」

「そう、まさに我が“金無くなるまで買え商会”の商品ラインナップの素晴らしさに興奮冷めやらぬということかな? ふっふっふ……」


 少女はぐいっと胸を張った。コートのボタンがはちきれそうになる。


「前向きだなお前……で、他には?」


「……今日はこれくらいで勘弁してやろう」


 どうやら本日の商品は出尽くしたらしい。


「で、どうするのだ買うのか? 客じゃないならあっちにいっててくれ。今がかき入れ時で、私は商売でとても忙しいんだ」

「俺以外に客いねぇじゃねぇか!!」

「チッ……」

「なんで舌打ち!?」

「しっし! ほら商売の邪魔だ」


 手で追い払うような仕草までしやがって。こっちだって立ち去れるものなら、とっくに立ち去ってる。


「俺は動いたら死ぬんだよ! 恐らく町までは体力が持たん」

「じゃあ、薬草噛みながら帰ればいいんじゃないか?」


 ギンコはキョトンとした顔だ。

 言われてみればそうだった。毒を打ち消すことはできないが、薬草で体力を回復し続ければ町に戻ることは不可能じゃない。

 治療は町に戻ってからすればいいのだ。あまりの出来事が続きすぎて、すっかり失念していた。


「その手があったか!! わ、わわわかった! 薬草をとりあえずあるだけ全部売ってくれ」

「薬草は一つ8Gになります」

「なんでさっきより2G値上がりしてんだよ!」

「うちも色々と厳しくてな……」

「ぼったくらないんじゃなかったのか……いや、もういいわかった。じゃあ8Gで買わせてもらうぜ」

「毎度あり。薬草をお一つどうぞ」

「一つって……あるだけ全部だせって言っただろ。ちゃんと一つ8Gで買うから」

「今ので完売だ。いやー売った売った。今日は良い仕事したなぁ」


 少女は鼻歌交じりで尻尾を前にもってくると、抱き枕のようにギューッと抱きしめた。


「な、なんでだよ!? 薬草は道具屋の看板商品なんだろ? 一個しかないなんておかしいだろうが!?」

「持てるだけ持ってきたんだが、ここに来るまでに自分で使っちゃって。こう見えて私って、草食系女子だから」

「今その草食アピール必要か?」

「でも一つでも手に入ったんだから、良しとしようじゃないか旦那」


 ギンコは俺の肩をポンポンッと叩く。


「親しげに旦那とか呼ぶな。これじゃ焼け石に水だろうに! 薬草一つじゃ、町にたどり着く前に死ぬわ!」

「んなこと言われてもなー」

「なんとかしろ!」

「よろしい、なんとかしてやろう。つまり、お客様はもっとたくさん薬草を買いたいってことだよな。この欲張りさんめ」

「欲張りとかそういうんじゃねぇから死活問題だから!」


 顎を右手の親指と人差し指で挟むようにして、じっと俺を見つめるとギンコは頷いた。


「おやっ! お客様、薬草をお持ちのようで。一つ4ゴールドで引き取るぞ」

「お前は何を言ってるんだ」

「だから薬草を私に売れば、また買うことができて、それを売ればもう一度買うチャンスがあるって話だ。理論上、お客様の財布が空になるまで買い続けることができる。やったな!」

「やれてねぇからやっぱり詐欺じゃねぇか! ああもう嘘だろ。一瞬とはいえ、砂漠でオアシス見つけたような気分になったのに、現実ってのはどうしてこうも残酷なんだ……」

「現実と戦え……いや、多々買え! お客様!」

「うるせぇよ。全然上手くないからな」

「だいたいハブマムシに咬まれるなんて不用心この上ないんじゃないか」


 その点に関してはぐうの音も出ない。俺の自業自得だが……。


「あっ……」


 樹上からハブマムシがギンコの肩にポトリと落ちると、首筋を咬んで逃亡した。


「咬まれました」

「不用心なのどっちだよ! さっきの槍さばきはなんだったんだ!」

「なんだもなにもデモンストレーションだから、実戦だと私は弱いのだ」

「自慢になるか!」

「それに一度咬まれてしまえば、これ以上は毒に冒される心配もないな」

「やっぱり無駄にポジティブだな。ちなみに、近くの町のギルド受付嬢曰く、この毒は歩くほど早く回るらしい。めまいと嘔吐を繰り返しながら、全身の穴という穴から体液を垂れ流して、むごたらしい死を迎えるんだとよ」


 首筋を手で覆うようにして、ギンコは辺りをキョロキョロと見回した。


「お客様の中に毒消し草をお持ちの方はいらっしゃいませんか? 今なら相場の三倍……いや、五倍にて買い取らせていただきます!」

「買い取りの時は敬語かよ! だいたい俺が持ってるわけねぇだろ!」

「このままじゃ我々は全滅ですな」

「パーティー組んでねぇから……けど、こんなこともあろうかと、実は自分用に持ってんだろ毒消し草?」


 こいつの余裕を見ていればわかる。商品としての毒消し草はないだけで、自分を治療する分はこっそり持っているに違いない。

 が、ギンコは目を細めたまま、真顔で俺に告げた。


「あったらとっくに売ってるぞ」


 俺は頭を抱える。なんでこんなやつと出会ったんだ。商才ゼロの狐人族なんて、存在そのものが詐欺じゃねぇか。


「……もうおしまいだ」

「そんな悲観しなさんなって。明日はきっといいことあるから」

「明日には死んでっから!」

「あっ……そうだ」


 ギンコの尻尾がぴょこんと立つ。


「なにか思いついたのか? もしかして町まで一気に飛べるようなアイテムがあるとか……」

「あー、そういうのもあるにはあるけど、ちょうど在庫を切らしてて」

「切らすなよ! 常に一つは携帯しとけよ!」

「お客さん、あんまり大声出すと毒が余計に回っちゃうぜ」

「お前にだけは言われたくねぇよ。なあ、恨まないし奪ったりしないから。というか、こっちはもう毒でまともに動けそうにないし、お前は強いし俺なんかじゃ太刀打ちできないからさ……」


 銀髪を揺らして旅商人は首を傾げた。


「いったいなにが言いたいんだ?」

「隠し持ってる毒消し草があるなら、自分のためにとっとと使えって言ってんだよ。俺に遠慮してんじゃねぇって」

「持っていたとしても、お客様に優先して譲るぞ。旅商人の誇りにかけて」


 胡散臭さしかないが、ギンコの言葉も声も、嘘を吐いているようには思えなかった。


「そうか……本当にないんだな」


 だんだんと視界が暗くなっていく。


「ところで、なんでお客様は冒険者なんてしてるんだ? しかもボッチで」

「ボッチって言うな。その情報必要か?」

「必要かどうかは聞いたあとで判断する」

「やっぱりバカなんだなお前。そんなこと言われて話すわけ……まあ、いいか。お前も死ぬだろうけど先に逝くのは俺だから、遺言代わりに聞いてくれ」


 返事は無いが、こちらも時間は無さそうだ。勝手に喋らせてもらおう。


「うちは実家が貴族様ってやつなんだが、俺は三男坊で兄二人が優秀ときたもんだから、家督を継ぐことはまずありえないんだ」

「それで冒険者に?」


 俺はゆっくり首を左右に振った。


「もともと貴族の暮らしってのが性に合わなくてな。ガキの頃から自由で気ままな冒険者に憧れてたんだ」

「冒険者なんて危険なだけだぞお客様。現に今、死にかけてるし」

「うっせえ! 実際に大変なのはなってみてよくわかったよ」

「だったら貴族に戻ればいいのに」

「どの面下げて家に戻れるかってんだ……それに」

「それに?」

「金色の魔王を倒して世界を救った伝説の勇者に憧れてんだ。勇者だって冒険者だろ?」

「おやまぁ」


 目を細めたまま顔色一つ変わらない。所詮は商人か。勇者の偉業をいくら語ったところで、こいつにゃ響かないだろう。


「そういうお前はなんで旅商人になったんだ? 普通の商人じゃダメなんだよな?」


 少し間を挟んでから、少女はコクリと首を縦に振った。


「私は狐人族だが元々商売っ気はなかったのだ。が、ある時、行き倒れになりかけた私を旅の商人が救ってくれた。こんな人の助け方があるのだと、深い感銘を受けたのだ」

「人助けって、お前さー、現に救えてないじゃんか俺のこと」

「お客様だって世界救う勇者にはなれてないので、引き分けだ」


 ずいぶんと優しい声色でギンコは笑う。

 あれ、不思議と涙がこぼれた。ああ、毒の影響でまず涙腺から壊れたらしい。


「う、うるせぇ! もともと俺なんて、世界を救えるような冒険者になんてなれなかったんだよ……貴族の三男坊で満足してりゃよかったんだ……くっ……そろそろ……毒が……くそっ……こんなところで終わりなのか……」

「お客様! しっかり! 気を確かに!」

「お前にだけは言われたくねぇ……けど、最期に独りで死ぬよりは良かった……ぜ」

「お客様……名前を教えてくれ。誰かも判らぬお客様からの遺言など受け取れん」

「ライオだ」

「では、ライオ…一つ、私から買っていただきたい商品があるんだが」

「死人にまで売りつけるのかよ。ああもう好きにしてくれ。財布ごともってけ泥棒狐」

「泥棒なんてするものか。旅商人の誇りに賭けて、ちゃんと商品の対価として代金を請求するぞ」

「わかった。買うよ。死ぬ俺が金を持っててもしょうがねぇしな」

「では契約成立だな」



 一瞬、意識が闇に落ちかけたのだが、次の瞬間――

 不思議な浮遊感とともに、俺は光の帯に包まれていた。

 天へと昇る気持ちだった。

 ああ、死ぬってのは案外、苦しくないものなんだな。



 ノックの音で目を覚ます。

 そこは天国ではなく、冒険者ギルドが経営する宿屋の一室だった。

 身体を起こす。

 窓の外は明るい。町の鐘楼から鐘の音が八回響いた。

 午前八時だ。


「天国にせよ地獄にせよ、あの世ってのは、こっちとあんまり変わらんらしい」


 毒に冒されたはずの身体は、まるで生まれ変わったようにピンピンとしている。

 奇妙なことだが、全身を一度粉みじんになるまで分解して、再構築でもしたような感じだ。

 もう一度、ドアが外からノックされた。


「どうぞ」

「おはようお客様……いや、ライオ」


 銀髪糸目の旅商人が尻尾をふりふりさせながら、リュックを背負ったまま部屋に入ろうとした。

 が、背中の荷物が大きすぎて、入り口でつっかかる。

 仕草がおかしくてつい、噴き出した。


「ぷっ……あっはっは! なんだお前もやっぱりあのあと、毒で死んだんだな? 同じ天国だか地獄だかにまで来ちまうとは、ご愁傷様だ」

「ここはキンジョーの町で、ライオは生きてるぞ」

「はあ? なんでだ? 毒消し草は無かったんだろ?」

「一度ライオは死んで、不死鳥の尾羽で甦った。復活すると全ての状態異常が初期化(リセツト)される。毒も当然無くなるという寸法だ」

「お、お前……俺なんかのために……」

「使用権を購入したのはライオだから、私の意志じゃないぞ」


 俺はどうやら本当に、一度死んだらしい。


「いや、ちょっと待て。どうしてお前は無事だったんだ? 同じ毒を受けたよな!?」

「町に着く頃には、切れない包丁で玉ねぎをたたき切ってる時くらい涙が出て、それはそれは大変だったのだ」

「はあぁ?」

「旅商人は重い荷物を運ぶのには慣れてるからな。あれくらいなら小走りで行ける距離だ」

「もしかして毒のまま樹海からここまで、俺を運んできたのか」

「もちろんだとも。お姫様抱っこで。昨晩はその話題で町中が大盛り上がりだったそうな。駆け出し冒険者が謎の商人風の少女に、お姫様抱っこで運ばれてきたぞー! しかも、商人風の少女は小柄で超プリティーな狐人族で、めちゃくちゃ泣いてたぞー! とな」

「背負うとかあるだろ! なんでよりにもよって、お姫様抱っこなんだよ!」

「背中はリュックサックで埋まっているから仕方なかろう」


 ギンコは腕組みすると、フフンと鼻を鳴らした。その胸がぐいっとより一層大きく見える。

 ともあれ、俺はこんなやつに命を救われたらしい。


「そうか……あ、ありがとうギンコ」

「おお、ついに名前で呼ぶほど私の事をごひいきに……」

「いや、お前が俺を名前で呼ぶから、それに合わせただけだ」


 ギンコは廊下にリュックサックを降ろすと、殻を脱いだマイマイのようにするりと部屋の中に入って、ベッド脇で膝を着くと俺の手を両手でぎゅっと包むように握った。

 透き通るような白い肌だ。


「お、おい、なんだよやめろよ! 感謝したくらいでそんな……」

「は? 勘違いは困るぞライオ。私は請求書をもってきたのだ」


 俺の手には紙切れが握らされていた。

 開いて中身を確認する。


「不死鳥の尾羽の代金……100,000,000(いちおく)G……だとっ!?」

「当商会のモットーは“価格は適正、品質は無限大”だからな」


 毒消し草があれば8Gで済んだ話だ。


「こ、こんな額、払えるわけがないだろ!? まさか俺の実家にたかるつもりか?」

「あ、その手があったかぁ」

「あったかぁ……じゃねぇよ!」


 ギンコは糸のような目を一層細めた。


「まあまあ、心配しなくとも。無利息無期限の出世払いでいいから」

「俺が稼いで返せると思ってるのか」

「そうじゃない人間を、わざわざ冥府から呼び戻したりせんよ。ライオは勇者のようになるのだろう?」


 俺は頭を抱えた。

 死ぬと思って恥ずかしい遺言を口走ってしまった自分を殴りたい。


「では、今日からともに、二人でがんばろうライオ」

「え? ともにってなんで?」

「ようこそ我が“金無くなるまで買え商会”へ! ライオは次席の商会員だ。今日から副商会長を名乗ることを許すぞ」

「なんでそうなる?」

「100,000,000Gを完済するまでの間だが、商会に籍を置いてもらうのが良い。絶対に良い。良いに違いない。ボッチの剣士に愛の手を事業に、我が商会は乗り出したのだ」

「勝手に乗り出してるんじゃねぇよ!」


 俺はどうやら、とんでもない買い物をしちまったらしい。

 

「い、嫌なのか? 本当に嫌だというのなら無理強いは……」


 少女の獣耳がぺたんとなった。心細そうだ。そういえばこいつも、森でボッチだったんだよな。

 もしかしたら俺たちは似たもの同士なのかもしれない。


「わかった。けど、俺には商売のことはわからんぞ」

「構わぬ! 商売の事は私がみっちり仕込んでやろう」

「お前にだけは教えられたくねぇよ! 俺は冒険者視点で、どういった道具が欲しいか言うから、それに合う道具を仕入れるなんてどうだ?」

「おお! 顧客満足度が上がるな。よし! ではライオは顧客目線担当だ。では、商会専属の冒険者にして私の護衛も務めてもらおう」

「どうして俺より強いやつの護衛をせにゃならんのだ」

「わ、私とて女の子だからな。守って欲しい時もあるのだ」


 細めていた目蓋を開くと、真っ赤なルビー色の瞳が潤んで俺を見つめてきた。

 可愛い。こいつ……普通にしてれば可愛いじゃねぇか……。


「わかったよ。護衛もしてやるから……給料ははずめよ」

「おー! よくぞ決心した。偉いぞライオ副商会長!」


 ベッドの上に飛び込むと、俺の顔面を胸で圧迫するようにしてギンコは頭をくしゃくしゃに撫でてくる。


 頬を圧迫する柔らかい感触に、俺はしばらくこの狐人族フォックステイルに化かされてやることに決めたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  “金無くなるまで買え商会”の今後の展開が、気になります。  聖槍を誰に売ったり、どう使うのか。どんな新商品を入荷するのか。  もしよかったら、連載して欲しいです。
[良い点] 教会に登場する商人に相応しい娘ですね (その後の武神トルネコ化は最強神父さんがいるから無理ですね)
[良い点] 2人の掛け合いがテンポよく続き、スクロールする手が止まりませんでした。 [一言] ギンコちゃんが可愛いの一言に尽きますね。大人の男一人抱えられる力持ちなとことか、顧客満足度ゼロな品揃えして…
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