深林の中で
暗い。辺りには何も見えない。霞んで消えてしまいそうな意識の中で気がついた。いつから自分がこんなにも孤独で、暗い闇の中に囚われてしまったのかと記憶を辿る。遠い過去、わたしの周りにも鮮やかな色が取り囲んでいたような気がした。ただぼんやりとそこに残っていたわたしは、また眼をつむった。
--------
魔の深林と呼ばれる森の奥地に、1人の青年がゆらゆらと足を引きずりながら歩いてた。陽の光が差し込むことのないほどに、鬱蒼と生い茂る木々。高い湿度と地面に積み重なる枯葉の腐る匂いが立ち込める。そしてどこからか魔物達の蠢く音が響き、そこにいるだけで鬱屈な気分に陥る。常人であればこの森に立ち入る事など絶対にないが、黒い軍服に身を包むその青年には理由があった。
この森を選んだのは、一度逃げ込んでしまえば追っ手がかからないからだ。魔の深林は名ばかりではなく、そこには一度入ったら最後、故郷を再び拝むことが許されないような恐ろしい魔物が複数生息する。この森に脚を踏み入れた者が、3時間経て帰って来なければ、それは死亡して帰ってこないという扱いになるほどで、全身傷だらけの重傷者が森に逃げ込んだとなればなおさら、追っ手なんぞくるわけがなかった。
額の傷から流れる血が眼に滲みる。脚を引きずりながら森の奥へ奥へと進む。俺の小隊は、もう自分以外の生き残りはいなかった。連合国に神出鬼没の帝特隊と恐れられた帝国陸軍特務作戦部隊と言えど、兵站が整ってない状態で、長期間圧倒的な物量の前に晒されてはなす術が無い。激しい連合国の攻撃を何とか、かわしながら撤退戦を続け最終ラインで控える転移部隊に合流しよう試みるも、すでにそこは敵で埋め尽くされていた。敵に動きを読まれ先回りされてしまっていたのだ。無論転移部隊はすでに壊滅し、帝国に帰るすべを無くした俺たちは残る戦力で何とか近くの魔の深林へと逃げ込もうとした。だが、長い期間兵站もままならない状態で戦い続けていた帝特隊には、圧倒的な数で押し寄せてくる敵から逃れる力など無かった。あと2kmで魔の深林の入り口に差しかかるというところで完全に包囲されてしまった… 短距離転移魔法で森の中へと逃げ込めるようになった時には、残る隊員は誰も居なく、俺1人となってしまった。
深い森の中で、ただひたすらに歩みを進めていった。自分の仲間が誰1人として故郷に帰ることが叶わなかったのにも関わらず、自分ただ1人だけ生を求めて良いものかと、自責の念に駆られる。だんだん遠のく意識を何とか保つ。身体中が重く、ひたいから流れた血と汗が視界を奪う。いっそこのままこの森の奥で果ててしまった方が、楽ではないのか。手足から力が抜け鉛の様な体を引きずりながら進んで行くと、木々の隙間からわずかに光が漏れているのが見えた。過密に木々が生えるこの森は地上に光が届くことがない。光が見えるということは、そこにひらけた空間がある事を意味する。それが自分にとって休める場所なのか、それとも深森に住まう魔物たちの楽園になっているのか、もし後者である場合終わりを意味するかもしれない。この森の中をただ彷徨った所で助かる訳もないと分かっているので、一縷の希望にかけて前進して行く。
光が差す方向へと草木を掻き分けた先に見えてきたのは、魔の深林の中とは到底思えない光景が広がっていた。あやめの花が一面に咲き誇り、微かな風に揺れていた。光に照らされて青紫色の眩い光に包まれた空間の奥には、雨風にさらされ続けて朽ちたのであろう西洋式の館があった。その朽ちて大きく空いた穴からは、室内の様子が晒されて、二階を形作っていたであろう床は一階へと抜け落ちていたのが見えるほどだった。歩みを進めるたび身体に走る痛みに耐えつつ、一心に洋館へめがけて前進していった。だんだんと建物が大きく見えてくると、眼に入ってきた外壁の状態に、違和感を覚える。半壊し何処も彼処が老朽化しているように見えた建物は、朽ちて崩れているのは左側だけで、対して右側は何故か風化を免れていた。それは何らかの力が働いて洋館の外壁を維持している事を意味していた。けれどここ以外で身体を休める場所を求めて彷徨うほどの体力も気力もない。とにかく正面口から屋内へと入った右手に、埃にまみれたソファーを見つけると、そこへたり込んだ。おれは意識を失った。
一筋の光が瞼を照らす。とても眩しいものを感じて気がついた。目を開けようとしても、自分の意思と反して強く目をつぶってしまう。頭の中を刺すような痛みが襲う。すっきりとしない頭を掌で額を抑えながら、なんとか半目を開けて光源の方に目をやると、穴の空いた天井から漏れた光が、自分に降り注いでいたのだと気がつく。ちょうどお昼頃だろうか。自分はまる1日寝ていたようだ。あるいは何日間もぶっ通しで寝ていてもおかしくない。それほどに疲労がたまっていた。身体を起こして座り直し、携帯している水筒の水を口に含み、乾いた喉をを潤した。一息ついて改めて洋館の中を見渡すと、向かって正面の壁や天井は朽ちて、大きな穴を開けているのにも関わらず、自分が座っている側の壁は痛んでるようには見えない。むしろ、真新しさすら感じさせられる。きっと何か力が働いて状態を保っている事は、外からこの洋館を見たときに気がついていたが、壁の状態を見れば見るほどそれは確信に変わって行く。普段であればリスクを犯してまで、そこに何があるかなんて確認しに行かない自分だが、気がついたら部屋の中央にある階段に足をかけていた。
二階の部屋を端から順に中を覗いていくと、華美な装飾を施された調度品の数々が端整に並べられていて、部屋はちりの一つすら感じられないほど清潔に保たれていた。まるで主人の帰りに備え、この家の使用人達が清潔華美な状態を保っているかの様だった。
順に見回って、ようやくたどり着いた突き当たりの大部屋らしき扉には、あやめの花を模った装飾が全体にあしらわれていた。花の装飾の部分は透き硝子がはめられており、紫の淡い光が内側でゆらゆらと灯っていて、扉全体から優美な印象を受けた。おそらく魔法を使った装飾だろう。いったいこの扉の奥には何があるのか。単純な好奇心に後押しされ、扉に手をかけると、古い封印術式が施されているのを感じた。
今まで見る専でなろう小説を読んできましたが、物語の中で自分の好きな世界を好きなように作れるというのが非常に面白そうだったので、自分で物語を描いてみようと思いました。初めて書くもので、至らない点ばかりだと思いますが、少しの人にでも見ていただけたら嬉しいです。