9.実験
学校で、フローフィリィアは授業を激しく選り好みをするようになった。
結果、自由に動ける時間が増えた。つまり、大勢の目に留まりやすくなった。
美しく笑い、皆に優しく声をかける。取り寄せた菓子を振る舞う日もある。
教師個人個人にも、会話を求めた。
エントールについては、偶然にも会えたなら嬉しそうに笑む。
ただし多くを語りすぎない。エントールには少し出し惜しみをする。
彼の目の前で、少し周りのご友人の令息に微笑みかける。ただしそれ以上は決してない。
一方で、ノルドをララのところに放っている。
ノルド自身を多くララに接触させる。
ノルドは、ララに本気になるかもしれない。だけど、ノルドがフローフィリィアを敬愛している事はよく知っている。ノルドにとって、フローフィリィアは高嶺の花だという事も。
だから、ノルドが惚れても許してやろう。そしてララを手に入れれば良い。エントールからララを引き離すのがノルドに与えた重要な任務。駆け落ちしても構わない。生活に必要なら資金だって密かにノルドに与えよう。
アリアとモリノも巻き込んで、美容に関する情報や品物をより積極的に取り寄せる。
フローフィリィアは生まれつきが美しいので、丁寧な手入れだけで十分だった。
だけれど、さらに。女性として積極的に。
知識は、フローフィリィア自身が多くを身に着ける必要はない。
フローフィリィアにとって最も重要であるのは、高度な知識を持ち、フローフィリィアに尽くしてくれる人物を見抜く審美眼。
それさえあれば、優秀なものたちがフローフィリィアを支えてくれる。尽くしてくれる。
だからまず、フローフィリィアはアリアとモリノにも褒美を与える。
フローフィリィアが取りせたものは、全て一部をアリアとモリノにも。
彼女たちは喜んで自ら美容実験してくれる。
***
「私、不安なのです。先生もお聞き及びではありませんか? ララさんが、皆様の婚約者の方々を惑わしているという話です」
フローフィリィアは、本日は宝石学の教師に打ち明けた。
「先生と以前にしたお約束を果たせますでしょうか・・・。私、とても不安ですの」
弱さを晒すフローフィリィアに、宝石学の教師は大きく動揺したようだった。
「フローフィリィア様。あなたはとても美しく聡明な方だ。私も何でも手を貸しましょう」
宝石学の教師は、真剣にフローフィリィアに申し入れた。
フローフィリィアは弱気ながらも、少し安堵したように笑みを漏らす。
「ありがとうございます。励まされますわ」
教師は首を横に振った。暗雲を嫌い払うように。
「フローフィリィア様の趣味に合うかは分からないが、謂れのあるものを特別にお貸ししましょう」
何だろう。フローフィリィアが見つめると、教師が少し待機を告げて別室に姿を消す。
戻って来た時には、細長い木箱を手にしていた。
「これを。あくまで言い伝えというか、伝説を持つ特別な宝石です。とても古いデザインのままだが、使われている宝石は非常に貴重だ。これはね、目にした者を虜にする魔法がかけられている、などと言われているのですよ」
「・・・まぁ」
フローフィリィアは驚いて、それを見た。
教師は男性だから、ここに一緒に連れてきた来た友人の令嬢も、興味深そうに見つめている。
「フローフィリィア様だけに貸しては不平等だ。ネックレスをフローフィリィア様、イヤリングをベネット様にお貸ししましょう」
フローフィリィアと友人で顔を見合わせる。
それから二人で教師を見る。
「だが、これは私にとっても秘宝だ。建前をこうしましょう。美しいご令嬢方に、私は実験を依頼した。伝説が果たして本物なのかと。好奇心にかられてね」
「あの、セットの品物ですのに、2人に分けた説明はどのように・・・」
「なぁに、デザインが古くさくて、セットで着けて欲しいとはさすがの私も厚顔無恥すぎて言い出せないからですな」
と教師は肩をすくめた。
確かに。無骨なデザインだ。普通ならば絶対に選ばないし、選びたいと思えない。
やはり顔を見合わせたフローフィリィアと友人に、教師は困ったように笑った。
「私も、実際そのような効果があるとは分からないのですよ。ただ、古い昔、別の国の女王が、そのように受け継いできた品物ではありますがね。さて、どうされますか。私は、お力になりたいが、このような方法しか持ってはいない」
「そんなことはありません、先生はとても素晴らしい先生ではありませんか。知識もお持ちで、この学校におられるという事は多くの方たちが先生を認めて支援している証拠ですわ」
「私の父も母も、先生の授業を受けたと聞いております」
フローフィリィアと友人が一生懸命に教師に伝える。
教師は照れてはにかんだ。
「私としても、効果があると願っています。・・・まぁ、見る人が見れば、私がフローフィリィア様とベネット様を気に入っていると分かる効果は間違いなくありますがね」
「まぁ」
クスクスとフローフィリィアたちは笑い、その箱に手を伸ばした。
***
「これはでも、本当に魅了の魔法というものがないのならば、ただの相当古い首飾り、というものですね」
少し困ったようにアリアが言った。
今日は、小さなパーティが開かれる。貴族令嬢の一人が誕生日だからだ。
アリアとモリノの手に寄りドレスアップ中のフローフィリィアはクスクスと笑った。
「魅了の力がなくとも、私にはオルド先生がついていると知らせる効果があるのだから十分だと思うの。有力者の大勢を味方につけなさいと、グルマンも言っていたでしょう」
「そうですけれど。このデザインに合わせるのが難しいのです。・・・フローフィリィア様、今日は普段より胸元を開けても宜しいですか? その方が合いそうです」
「エントール様から、肌をあまり見せるなと言われているのだけれど」
エントールも今日のパーティには出席する。つまり、露出を見られるわけだ。
「えぇ。存じております。ただ、ドレスの上にこちらは合いません。少しぐらい構わないのではありませんか? モリノはどう思う?」
「エントール様にもし注意を受けられた時には、オルド先生の依頼のために、とお答えしてはいけないのでしょうか」
「そうねぇ。それで試してみましょうか」
と答えてから、フローフィリィアはニコリと笑った。
「実は、皆様が好まれるドレスに憧れていたの。私はずっと胸元まで詰まったドレスばかりで、飽きてしまうわ」
「試しに、何着か新しいデザインをお作りになりませんか」
アリアが声を弾ませる。
それは良い考えだと、フローフィリィアの心も弾んだ。