7.秘密裏に
変わらない日々を過ごす中。
少し難しい顔をして、ノルドが状況報告した。
「他の方々の指示なのか、または、独自判断なのかははっきりとしませんが、ララさんへの行為がエスカレートしています」
フローフィリィアは首を傾げた。
「どういうことかしら」
「持ち物を盗んで勝手に廃棄しています。それから、どうやら私物に落書きなど」
フローフィリィアは、他の使用人であるアリアとモリノとを見やった。
2人とも返事を控えている。フローフィリィアの発言待ちのようだ。
「他には?」
「倉庫に閉じ込めて外から鍵を」
「その後どうなったの」
「・・・私が鍵を開けました」
「あら。どうして」
意外な返答だったので、フローフィリィアは瞬きした。咎めるというよりも、純粋に疑問だったのだ。
ノルドは少しフローフィリィアの様子を注意深く見つめながら答える。
「ご令息の方々がお気づきになり、救出されようとしたので・・・。ご令息方との接触を防ぐとお命じいただいておりますので、ならば私が救出した方が、お嬢様の命に沿えると判断しました」
「まぁ」
フローフィリィアは軽く驚いてから、ニコリと笑んだ。
「嬉しいわ、ノルド。私の言葉に忠実であろうとしてくれたのね」
ノルドが少し頬を赤くして頭を下げる。
褒めて欲しがっているのが分かった。フローフィリィアは言葉を続けた。
「頑張ってくれているのだもの。お父様にもノルドがとても優秀だと褒めておくわ」
「ありがとうございます」
ノルドが顔を上げてフローフィリアの指示を乞うた。
「私は、どのようにすれば宜しいでしょうか。他の方々と同じに動いた方が宜しいのでしょうか?」
フローフィリィアは首を傾げた。
「そうねぇ」
正直、ララが困れば良いとは思っている。
とはいえ、見えないところで困っているのなら別に面白くもない。
フローフィリィアは、ララとエントールを接触させたくない。
だからと言って。
「物を盗るのは、感心しないわ」
とフローフィリィアは言った。
ハッとノルドたちがフローフィリィアの言葉を待つ。
他人の婚約者を奪おうとするララ。
フローフィリィアにとって悪人。なのにこちらも盗んだのだとしたら、ララを悪人だと断じることができない。
「とはいえ、皆様を止める気も無いわ。皆様、思うところがあって指示をしているのだから」
「では・・・困っているララさんが令息の方々と接触しそうなら、私が助けた方が意に叶うのでしょうか」
この言葉に、フローフィリィアはノルドを見つめた。
思いついて、尋ねた。
「ノルドにとって、ララさんは、魅力的なの?」
ノルドが意表を突かれた顔をする。
ノルドは付き人だが、フローフィリィアの傍にいることが許されるほど見目も整っていて優秀だ。
つまり、エントールたちと同じように、ララに何かを思っているのだとしたら。何を思っているのかを、知りたい。
「それは、どういう・・・」
一つ一つの言葉を確認するように、慎重にノルドが尋ねた。
フローフィリィアは無邪気を装って、さらに尋ねた。
「ララさんを、男性はどのように見るのかしらと、思って。参考に聞かせて欲しいわ」
ノルドは少し時間を置き、フローフィリィアの質問の意図を考えようとしたようだ。
そして、自分が正しい答えを述べることができているかを確認するように、フローフィリィアの様子をじっと見つめながらゆっくりと答えた。
「女性的魅力を感じるのか、という意味でお尋ねなら・・・。とても、男性が好みやすい方だと思います。フローフィリィア様は高嶺の花で誰の目から見ても輝いておられますが、ララさんは、もっと身近に咲く花と言えるでしょう。すぐに手が届く場所にあるので、親しまれやすい、そんな女性だと感じます」
「ノルドは、私と、ララさんと、どちらが好み?」
戯れに聞いてみた。己が選ばれる自信があったからだ。
ノルドは目を細めて嬉し気に笑んだ。
「お嬢様です。とてもお美しく、お嬢様にお仕えできることを誇りに思います」
クスクスとフローフィリィアは可愛く笑った。
アリアとモリノも楽しそうに笑った。
***
学校の授業は、基本的に退屈だ。
一向に興味を惹かれないのは、フローフィリィアがエナだからなのだろうか。
今日は、世間への貢献を説いている。
退屈による欠伸が決して出ないようにと努めながら、フローフィリィアは一方で納得した。
エナたちのようなものが生きている場所に、貴族が食料を分け与えたりしたのは、このような授業があるせいだ。
だけど、馬鹿らしい。
世間へ、貧しい者に奉仕をすれば、その者たちは感謝をして、よりよい貢献をしてくれる、などと説いている。
フローフィリィアはあきれ果ててしまう。
結局この学問は、貴族が分かったふりをして作り上げたもののようだ。
飢えているところに食べ物を与え、姿を見せ、彼らが感謝して、恩を返そうと決意するはずないではないか。
ひょっとして、中にはそんな稀なものがいるのかもしれないが、少なくともエナの周囲にそんな風になりそうなものは一人もいなかった。
急に与えられたものをガツガツと食べながら、急に現れた貴族を逆に恨んだ。
世界が違うのだと見せつけられただけだった。
ほぅ、とフローフィリィアはため息をついた。
エナの事を思い出して、憂鬱になったから。
一方で、授業は盛り上がっている。一人一人が小さなことから取り掛かろうと、皆の前で決意を発表していく流れになっていた。
上質なソファーに優雅に座る面々が、まるで天界の神のように施しの内容を決めていく。
「フローフィリィア様は、何を為されますか」
フローフィリィアの順番だ。
フローフィリィアは静かに優美に笑んだ。
少し目を閉じて、そっと開ける。
フローフィリィアには思いつくことができない。ならば真似よう。
「貧しい方々に、食事を提供したいと思いますわ。できる限り大勢の人に。そう考えますと、同じ金額を投じますなら、大量に支給できる品質の方こそ喜ばれるように思います」
素晴らしい、と教師や皆が朗らかに褒めた。
***
授業が終わると、フローフィリィアは疲れてしまっていた。
外を見ようとして窓を見やると自分の姿が映りこむ。
フローフィリィアは今日も完璧に整っている美しい姿をぼんやりと眺めた。
それから、父親に手紙を書く事を思いついた。
今日の授業の自分の宣言を実行するために。
自分は今や、高みから施す側になった。
だから、天から雨が降るかのように、恵みのパンを降らせよう。
その地位に上り詰めているのだから。
だけど決して、私は彼らの前に姿を見せない。
***
そんなある日。
フローフィリィアは、ララに悩んでいた同志の一人、トルーティアから打ち明けられた。
「私、キリス様を諦めます」
1つ、ため息をついて。
「ララさんを愛人にと言われましたの。私、目が覚めました。婚約など取り止めます」
トルーティアは冷静で、凛としていた。