5.動揺
エナがフローフィリィアになる前から、フローフィリィアは彼女に嫌がらせを行っている。
気弱になってから、それを酷く悔やみ、悩んでいた事も知っている。
馬鹿なフローフィリィア。
どうして怯えなくてはならないの? 全てに恵まれた貴族の令嬢が、どこにでもいるあんな女に。
あの女より、フローフィリィアである私の方が、価値がある。
ララに会うために進むフローフィリィアを中心に、団結したご令嬢方もついてくる。
そして、見つけた。
ララは、ある貴族令息と、楽しそうに荷物を運びながら笑っていた。
彼も荷物を持っている。通常そんなものを自ら持つ必要はない。ということは、わざわざララを助けての事なのだろう。
彼の婚約者であるトルーティアが、
「酷い」
と呟くのが聞こえた。
皆が彼女に同情し、強い敵意をララに向けた。
フローフィリィアも不快になった。
もしララの相手がエントールであったらと考えたならゾッとする。
ララはどうして理解しないのだろう。平民だから愚かなのだ、では済まされない。
今までにもララには警告があったというのに。
「お待ちください、フローフィリィア様」
進もうとして、小さな止めが入った。今そこにいる令息の婚約者、トルーティアだ。
皆でその声に動きを止める。
「お願いでございます。今、とても、キリス様に対面する勇気がございません」
「まぁ・・・」
困って皆で顔を見合わせる。
フローフィリィアはトルーティアの様子を見てから、仲良く教室に入ってしまったララたちの方も見やる。
「今は、キリス様が」
とトルーティアが乞うように言った。
「そうね。分かりました」
とフローフィリィアは優しく答えた。
きっと、好きな相手を前に、乗り込む勇気など無いのだろう。
「では、様子を見て、言える時に行きましょう」
「申し訳ございません・・・」
「いいえ。決してトルーティア様のせいではありません。ね?」
慰めるように声をかける。
コクリ、と令嬢が悲しそうに頷いた。
分かってみせながら、フローフィリィアを含め、皆がララへの憎悪を強めたのが分かった。
***
ララは、しばしば誰かの婚約者と共にいる。困ってしまう。
苦言を呈しに行こうと思っても、誰かが物おじして踏み込めない。
だが確かに、例えばララがエントールと一緒にいるところに、皆を引き連れてララを糾弾、というのは、フローフィリィアも勇気が試される。そんな自分をエントールには見せたくない。
困ったフローフィリィアは、手法の一つとして周囲に苦言を漏らして回ることにした。
「皆様が、とても悲しんでおいでなのです。私も、お恥ずかしながら同じなのです。なぜなら、私の婚約者であるエントール様にも、ララさんは、馴れ馴れしすぎるのですもの・・・」
悲し気に真実を伝えると、男も女もフローフィリィアに同意し、力になると約束してくれる。
だけど、彼らは残念そうに言う。
「ララさんはよく高位の方々とおられます。私たちが注意するような機会がなかなか見つけられません」
「そうですわよね・・・」
最近では、教師からも力になれない事について頭を下げられる。
少しため息をつくような気分で歩いていた。
そして、偶然目に入った。廊下の突き当りの正面の窓だったから。
エントールとララが、笑い合っていた。
心臓が、ドクン、と鳴った気がする。フローフィリィアは硬直した。
***
エントール様。ララさんとは会わないと言ってくださったのに。どうして?
楽しそうな様子の二人は、窓を隔てて建物の中、フローフィリィアの存在に気付く様子はない。
酷い。トール。
何、あの人は。ララ。誰でも良いの? どれだけの迷惑を私たちに与えるの?
***
「ララさん」
ララが一人になるのを待っていた。
エントールではなく、ララに声をかけると選んだのは、大切な友人たちの訴えの分もあるからだ。
ララは、建物から現れたフローフィリィアに驚いたようだ。
「私、あなたにお伝えしたいことがありますの。今、宜しいでしょうか」
「えっと、今でしょうか?」
「えぇ。なかなかお話しできる機会がありませんもの。是非」
「え、はい・・・」
少し弱ったようにララは言った。
フローフィリィアは、怒りをぶちまけないように感情を抑えながら、告げた。
「どうか、もう二度と、婚約者のいる男性に馴れ馴れしく話しかけないでくださいませ」
「えっ」
「以前にも、お教えしましたね」
とフローフィリィアは相手を促すように言葉を切った。そして驚くララの言葉を待たず、先を続けた。
「2人きりで異性と会う事は、特別な関係だと周囲に知らせる行いです。どうして、婚約者のいる方々と懇意にされるのです? とても、侮辱されているのですけれど。あなたに」
ララは困ったように眉を下げた。それから頭を下げた。
「申し訳ありません。そんなつもりではないのです。ただ、偶然・・・」
偶然で、フローフィリィアたちが声をなかなかかけられないぐらいに、常に貴族令息と二人きりになると?
いい加減にしてもらいたい。
「あなたの心無い振る舞いで、涙を流すご友人もいるのです。どう釈明されるの? あなたが誘っているんじゃなくて? 構って欲しい、手を貸して欲しい、笑んで欲しいと」
「え、でも、そんな・・・」
ララは叱られた犬のように泣きそうにみえる。
それも、演技のように思えた。弱々しい演技。
フローフィリィアは苛立った。
私のものを、奪わないで。私を構成するものを、壊そうとしないで。
この女は、私の世界の異物だわ。
フローフィリィアは思わずにらみつけていたようだ。
ララはじっとフローフィリィアを見つめてから、首を少しだけ傾げた。
「あの、本当に申し訳ありません、フローフィリィア様」
謝罪の言葉は、どこか、宥めるような年上の女の声音だった。
フローフィリィアは軽くショックを受けた。平民のララが、自分を下に見たからだ。
ララが立ち去って。
フローフィリィアに込み上げてきたのは、妙な焦りのある屈辱感だった。
***
もしも。本当に、エントール様が奪われたら?
いいえ。
奪う者には、死が与えられるのが現実でしょう。
過去、エナは殴り殺された。食べ物を盗ったせいで。
「ノルド」
フローフィリィアは、控えている付き人を呼んだ。