4.婚約者に文句を
あの白い花が咲いている場所で。
『彼女』が、エントールと親し気に話しているのを、フローフィリィアは窓から見ていた。
どこにでもいる、普通の子。
会話の中で、『彼女』がパァと赤面した。俯いた。
エントールが楽しそうに笑っていた。
たった、それだけ。
でも。
それに酷く気分を害された。
『彼女』が、フローフィリィアの立場を奪うのだと、死んだフローフィリィアの知識が警鐘を鳴らす。
***
約束の時間が来た。
フローフィリィアはエントールと二人でお茶を楽しんでいる。
フローフィリィアは我慢できずに確認した。
「エントール様」
「リィア。トールで良いと言っているのに」
付き人をのぞき、ここには二人だけなのだから。
フローフィリィアはわずかに黙り、しかし意を決した。
「トール。あの、今日、白い花の美しい花壇のある場所で、トールを見たの」
「・・・あぁ」
少し気まずげに目が動いたのを、見逃さない。
「随分、あの方と親しいのですね」
抑えようとしたのに、咎める口調が強くなった。
エントールは一口優雅に紅茶を口にしてから、ニコリと笑った。
「それは嫉妬かな、リィア。だとしたら男冥利だね」
「・・・嫉妬ですわ」
フローフィリィアが目を伏せて正直に告白するので、エントールは驚いたようにフローフィリィアを見た。
無言になる。
エントールが先に口を開いた。
「リィアが心配する事は何もないよ。嫉妬などという必要はない」
フローフィリィアは顔を上げた。
「もし、私が。お二人の仲を気に病んで、あの花が生み出す毒を飲み、自殺したらどうしますか?」
思いがけない恐ろしい内容に、エントールはギョッとした。
「馬鹿な事を。・・・まさかそれほど思いつめていないだろうね? その必要はない」
「えぇ。でも。私は、トールが大好きなのです。自殺して、一生あなたに覚えていてもらいたいなどと愚かに思いつめるぐらいには」
フローフィリィアが真っ直ぐに見つめるので、エントールはじっと観察するように見つめてきた。
それから、エントールは困ったように頭をかいてみせた。
「参ったな。これは強烈な愛の告白と受け取れば良いのかな」
「・・・そうですわね」
フローフィリィアは迷いながらも言葉を足した。
「私が、他の男性と二人きりで、仲睦まじく話す機会を何度も設けたら、トールはどうするのです? 嫉妬なさらないの?」
冗談に変えようと笑顔を向けて来るのを制して、フローフィリィアは告げた。
「まだ試していないだけよ。私も、試しましょうか? そうしたら、トールも私の気持ちを分かってくださる?」
フローフィリィアの表情と声音から、真剣さが伝わったらしい。
エントールはひるんだようにわずかに身を引き、それから動揺を落ち着かせようとしたのかまた紅茶に手を伸ばしかけて止めた。
少し目を瞑り、それから優しい表情でフローフィリィアを見た。
「分かった。私が悪かったね、リィア。そんなに機嫌を損ねないで。本当に何も無いのだから」
「・・・だったら・・・」
フローフィリィアがなおも文句を言おうとするのを制して、エントールは宥める。
「約束する。偶発的な事態をのぞいては、絶対にララ嬢と二人きりにはならない」
「まぁ。今までは故意に二人きりになっておられたと?」
「敵わないな」
エントールが呆れたように、幼い子を宥めるように両手を上げて降参の姿勢を取ってみせた。
「故意になんてないよ。分かった、偶発的なんてものも起こさない、そう約束すれば良いか?」
「・・・はい」
「もう機嫌を直してくれる?」
「約束を守って下されば」
「信用されていないのかな。怖いな、リィアは」
「一度でも、私と同じ様な思いをすればいいのです」
フローフィリィアは拗ねて見せながら嫌味を言った。
ハハハ、とエントールが場を明るくする。
じっと恨めし気に見つめると、ふと不安を覚えたらしい。少しだけ頭を振るようにしてから、
「本当にごめん。でもそんなマネ絶対しないでくれ」
と、フローフィリィアにだけ聞こえる小さな声で謝罪があった。
無言で見つめつつ紅茶を飲んでみる。
しばらくしてからの、
「嫉妬してしまうからね」
と付け足された言葉に、やっと機嫌を直してやることにした。
***
ムカつくことは言えば良いの。
しみじみと心に染み入るように学習してからのある日、フローフィリィアは、友人の令嬢の一人から泣きつかれた。以前には蝶のブローチを見せてきたイリーシアナだ。
驚いて皆で話を聞く。
「恥を、忍んで、でも、聞いていただきたくて」
イリーシアナは泣きながらフローフィリィアに訴えた。
「マルクス様が、次の休みの日に、あの平民のララと出かける約束をしたと、っ」
まぁ、と皆で顔を見合わせる。どの令嬢も真剣な表情だ。
今回はイリーシアナだっただけだと、皆、気づいている。
『あの平民のララ』は、他の貴族令息たちとも仲が良い。令嬢とはあまり仲良くないので余計に目につく。
フローフィリィアにとっても他人事ではない。ララも一年上。つまり、フローフィリィアが学校に不在の一年間で、ララは気安くエントールと打ち解けてしまった。
フローフィリィアは、つい釘を刺してしまったが、普通はあのような切り込んだ話はしないだろう。フローフィリィアは、気づかれない真実を持つからつい抑えられなくなったのだ。
「なんて酷い。マルクス様にも非があるわ」
状況確認のためにフローフィリィアは宥めように声をかけた。
「いいえっ、マルクス様ではありません、フローフィリィア様!」
「えぇ。あなたの知っていることを話してちょうだい。皆で、力になりたいの」
そう告げると、ハッとしたようにイリーシアナはフローフィリィアに縋るようになった。
「巧みに、ララが誘導したのです! 自分には品定めができないと困って見せて、マルクス様のお優しさに付け込んだのですっ!」
「そう。買い物に行くという事なのね。なんて酷い話でしょう。ねぇ、皆様」
フローフィリィアの言葉に、皆も頷き賛同する。
「婚約者のいる男性と故意に二人で出かけるなんて。・・・私からララさんに教えます。酷く礼儀知らずで、浅ましい、立場をわきまえていない行為だと」
フローフィリィアの力強い言葉に、泣いているイリーシアナは顔を上げた。
フローフィリィア自らがそこまで動くとは思っていなかったのだろう。けれど、一方で思いがけない直接的な助けに喜んでいる。
ご令嬢方は、フローフィリィアの大切な力だ。
フローフィリィアは、安心させるために微笑んでみせた。優雅にとても美しく。