26.好意
「アリアッ! モリノッ!」
顔を上気させて、フローフィリアは声を上げた。
「はい」
どうなさいました、と驚いて二人が寄ってくる。ちなみにエントールの見送りから戻ってきているノルドもいる。
フローフィリアは令嬢らしくなく、アリアの手を取り喜びを分かち合うとした。
「エントール様が、私に!」
キスという単語は男性のノルドもいる手前、口に出すのは恥ずかしい。しかもパァッとフローフィリィアは赤面してしまう。初めての事だから。
潤んだ瞳にさえなるフローフィリィアに、アリアとモリノはなんとなく察してくれた。アリアとモリノ両方が目を輝かせる。二人とも、フローフィリアがエントールの離れていく心を掴もうと努力していることをよくよく知っている。ついでにノルドも。
ちなみに男性のノルドは少し赤面して誰もいない方を見やったが、それは気にするところではないだろう。
「お嬢様はとても美しく素晴らしい方ですもの。当然ですわ」
とアリアが自分の事のように嬉しそうに褒めてくれる。
「別れ際も、お嬢様の方を名残惜しそうにご覧になっておられましたもの! 本当に良うございました」
とモリノは感激すらしているようだ。
「私、お願いがあるの。アリア、モリノ。それからノルドもよ」
真剣にフローフィリィアは声をかける。
3人ともが改まったように表情を引き締めて指示を聞こうとしてくれる。彼らは変わらず味方である。
「このままお心を掴む努力をし続けるわ。ますます頼りにしています。どうか私に、女磨きのアドバイスをちょうだいね」
勿体ないお言葉です、とアリアとモリノがさらに感激し、ノルドも顔を引き締めて強く頷く。
それからアリア、モリノ、ノルド、と顔をしっかり見やってから、フローフィリィアは提案した。
「アリアは恋愛の先輩だわ。モリノと私は同士だと思うの。ノルドは男性として、何が嬉しいかを教えて頂戴。ねぇ、モリノ。私の友人のトルーティア様たちと共に、積極的に様々な手法を取り込み励みましょう」
「はい、お嬢様」
モリノがフローフィリィアの差し出した手に縋るようになる。
アリアが微笑ましそうに見守っている。ノルドはモリノが自分を好んでいると気づいているので微妙な顔をしているようだ。
***
「というわけで、トルーティア様も、モーリスの理想の女性を聞き出すところから始められてはいかがでしょうか」
と、友人たちと共に、フローフィリィアは提案した。
懇意な友人たちには、トルーティアとモーリスについて少しずつ広めている。その方がモーリスを囲い込めるからだ。他の令嬢たちも、婚約する相手のいなくなったトルーティアの行く末を心配している。
トルーティアは顔を赤らめた。
「そんな、私からそのような事、とても聞き出せませんわ」
小さく悲鳴のようになるのを、フローフィリィアは残念そうに言った。
「こういうものは、本人が聞いた方が効果的ですのよ。あなたを意識している、と伝えることにもなるのですから」
「そんな、とても、向こうは私の事など」
まるで子どものようにトルーティアが両手で赤くなった頬を抑えて動揺している。
友人たちも提案したり相談したり。
「モーリスが貴族でしたら、まだスムーズでしたのに」
「そうですわね。親一代限りというのも、少し心もとないですわ」
「才能があると、皆に知らせれば話は進みますでしょうか」
フローフィリィアは思った。
モーリスも、貴族であれば話は早いのか。
***
「ねぇ、トール」
「なんだい」
今日は、読書中のエントールにもたれかかってみる。豊かな胸を押し付ける。効果的だというのがアリアとモリノのアドバイスだ。そういえば、解雇はしたが、グルマンも、男は女性の肉感的な魅力には弱いと言っていた。今があのアドバイスの活かしどころか。これから活きてくるのかもしれない。
ギュウギュウと押し付けると、エントールは目を閉じてしばらく黙り込み、観念したようにため息を吐いた。
「お願いだ、リィア。私の理性を試そうとするのは止めてくれ」
「魅了されましたか?」
と無邪気に尋ねる。
エントールは答えようとして、自分の口元を手で覆った。耐えている。きっとフローフィリィアの誘惑に抗っている。
もう一押し?
その加減がフローフィリィアには分からない。
「お願いだ、少し離れてくれ。節度を保とう。今日中にこの本を読まなければならないんだ」
「まぁ。課題ですの?」
「そうだよ。遊びすぎてね、歴史学の教授が怒っている。リィアは卒業と決めたのに、私の方が教授の怒りによって留年沙汰など、冗談ではないからね」
「まぁ・・・」
あと1年学校でも良い気がするが。2人揃って。
などと言っては、エントールのプライドが傷つくだろう。
残念そうにしおしおと身を離すと、エントールはどこかホッとしたように、それでいて少し名残惜しそうな顔をした。
どっちですの。
二人で見つめ合ってから、エントールが振り切るように目を閉じる。
「それで。何か言いかけたのは?」
「はい。モーリスの事ですの」
答えに、エントールは眉をしかめた。この状況で他の男の名前が気に喰わなかったようだ、とフローフィリィアは察することができるようになっている。
言い直そう。
「トルーティア様との事ですわ」
「分かっている。それで?」
「この前、劇に連れていってくださいましたでしょう。あれを、モーリスに置き換えてみればいかがかしらと、思いつきましたの」
「・・・平民に紛れた王子を、令嬢が見つけるという部分かな」
「その通りですわ」
嬉しくて笑う。エントールはこのような時にすぐに言いたいことを察してくれる。
フローフィリィアはいそいそとエントールの正面に回り、ソファに座るエントールの手を取るように屈みこんだ。
「モーリスを、貴族にするのです。本当は、貴族の血が流れていると」
「無理だ。事実では無い」
「私たちが、それを信じれば良いと思いませんの? ご両親ではなくて、母方の遠い先祖が、別の国の貴族だったのですわ。不幸があったのを、平民が助けたのです。その血がモーリスに流れていますの」
「うーん」
「私がそう信じますのよ。それで、積極的に取り持ちますの。・・・ねぇ、私を、トールの奥様にしてくださるのでしょう?」
「・・・あぁ」
嬉しそうにエントールが目を細める。眩しそうに。
「でしたら。トールは王様に。すると私は王妃になるのでしょう。その私が信じたら、周りは動いてくれませんか?」
「そんなに甘くない」
「でも!」
エントールは嘆息した。
「王命なら、モーリスとトルーティア嬢の婚姻は決まる。だけど、あまりに気持ちが無いとしたら、トルーティア嬢は不幸になってしまわないか」
「モーリスの好みを探ってくださいませ。トルーティア様はとても素晴らしい方ですわ! モーリスが私の事をトールに告げたように、今度はトールがモーリスにトルーティア様の素晴らしさを訴えてくださいませ!」
「・・・うーん。分かった」
エントールは少し思案して、頷いた。
そして笑った。
「ティアたっての頼みだからね」
その表情に見惚れた。
エントールの顔が近づいた。フローフィリィアはキスを受けた。




