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22.願い事と悲しみ

「リィア。きみは、私でも構わない?」

とエントールが星から目を外し、フローフィリィアを見つめてきた。

「もちろんですわ」

とフローフィリィアも見つめ返して応えた。笑みは浮かんでこなかった。エントールの気持ちを計りかねたからだ。


「きみは、私に相応しい人だ。家柄も年齢も。容姿も素晴らしくて。同年代の多くに顔が広くて、気難しい学校の教師たちからも支援されている。貧しい者に食料を施しているというのも立派な行いだね」

「・・・」


「正直に、話したい。だから正直に話して欲しい。リィア、きみは、私以外の誰かに恋でもした?」

尋ねられて、フローフィリィアは瞬いた。


「いいえ」

と答える。正直に。

「エントール様しか、焦がれておりませんわ」

「そう・・・。不思議だ。私は、リィアが一時期、よく分からなくなった。・・・私が悪いのかな。浮気者の言い訳だろうか」


フローフィリィアは顔が強張りそうになりながら、冷静さを装って答えた。

「・・・私が変わってしまったから、お心が離れました? ララさんも魅力的だったのでしょう。でも、私が変わったと言うなら・・・前の私の心は死んでしまったのです。エントール様の心変わりを憂いたからですわ。もう元に戻れませんの。それでも、エントール様が私には必要なのです」

「必要?」

エントールが不思議そうに言葉を確認する。


「えぇ。私には、エントール様がいてこそ。あなたがいない世界なんて」

「・・・おかしいね、リィア。不思議な目をしている。きみは、本当に私に好意を寄せているんだろうか。分からなくなるよ」


「・・・エントール様は? 私をどのように思っていらっしゃるの?」

そっと、フローフィリィアは尋ねる。緊張を隠そうと努めながら。


「きみは唯一の人だよ、フローフィリィア。この私に相応しいただ一人。・・・私は王位を継ぐ者だ。きみしかいない」

「・・・愛していると言って欲しいのです」

フローフィリィアはエントールに乞うた。素直に、けれど怖くてギュッと目を瞑る。


「・・・結婚しよう。フローフィリィア。私のものになって、私の傍に。私を支えて欲しい。ララ嬢の事は私が悪かった。本命はきみだよ、フローフィリィア」


「トール。私を愛してくださっているの?」

泣きそうになったのは仕方ない。エントールは義務のように、自らに言い聞かせるように話すのだから。

「私は、トールしか、見て来なかったのに!」

「ごめんね、リィア。でも、約束する」


俯いてしまうフローフィリィアの顔に手を添えるようにして、エントールが視線を上げさせる。

「私はきみを生涯の妻にしたい。きみを生涯愛するように、努めよう。・・・こんな約束では、不満?」

「愛するように、努める・・・」


「そう。私たちは、所詮、家同士の婚約関係だ」

「昔、トールが求婚してくださったではありませんか! あなたの宝物だという、琥珀の石を私に下さって!」


「そうだね。でも、あれから私たちは大人になって変わってしまった。そう思わないか。琥珀の石は、幼い日の宝物だったけれど、今は他にも宝石があると知ってしまったように」

「・・・酷い」


「私は今、正直に話をしようとしているだけだ。きみは随分変わった。私もだ。でも、きみは私を、私はきみを生涯の伴侶に選ぶ。それが正解だと知っているから。だから・・・互いを愛そう。そう努めると約束を」

「私は、トールを、こんなに」

震えるフローフィリィアを見つめて、エントールは遠慮がちに手を伸ばしてフローフィリィアを抱きしめた。

耳元で息を吐くようにエントールが笑った。


「ごめん。そうかもしれない。私が信じられないのかもしれない。リィアはこんなに私だけを見てくれているのに、私が分からなくなったのかもしれない。ごめん」

酷いですわ、なんて、答えられない。


「私は酷いな」

「・・・」

答え方が分からない。


「リィア。ごめん、泣かないで」

身体を離して、顔を確認したエントールが、ボロリと零れたフローフィリィアの涙に触れようとする。

「ごめん。泣かせたね。ごめん。・・・私のせいだ」

エントールは困ったように、悲しそうに笑った。

「昔のリィアが、変ってしまったことも、今のリィアが泣くのも。・・・でも私の方が立場が強い。だから、我儘を言わせてほしい。お願いだ、私を誘惑してくれ。今日のきみはとても綺麗だ。私をきみに惚れさせてくれ。お願いだ」

「・・・っ、わかり、ました、わ・・・」

泣きながら、無理やりにフローフィリィアは返事をした。


***


私は。

勝ったのだろうか、負けたのだろうか。

誰に? 誰との勝負?


***


あの日以来。まるで昔通りのように、エントールはフローフィリィアを頻繁に訪れ、気に掛けるようになった。


ララには退学処分が下った。

学校側が、自由過ぎる行動を問題視した結果だ。


退学処分になったので、ララの傍に手配していたノルドは、任務終了と判断して戻って来た。


ノルドは戻されたことに不満を覚えていないのだろうか。ララの本命はノルドだったのかもしれないし。

裏切られては嫌なので、フローフィリィアはノルドに慎重に確認した。


「・・・確かにとても魅力的なお嬢さんでした。・・・けれどたとえ夫婦になったとしても、ずっと浮気に怯えたり嫉妬にかられてしまいそうで・・・戻していただいた方が幸せです」

「そう・・・」

ノルドの嘆息する様子に、これは本心だと納得した。

正直なところ、ララをエントールから離してくれればそれで良い、と思っていたが、ノルドとララが本当に恋に落ちて、ノルドがララを幸せにするのかと思うとまた微妙に思ってしまうのだ。単純にララが心底嫌いだから。


ところで、付き人のモリノがノルドの帰還に浮かれている。

モリノはノルドが好きだったようだ。

人の関係は複雑すぎる。

余りに複雑すぎるから、フローフィリィアは自分が一番欲しい者だけ見つめよう。


なお、キリスも学校に来なくなった。ララを追いかけているとの噂。


一方のトルーティアは、めでたくキリスとの婚約を解消できた。

学校には来ているが、今後を彼女は迷っているようだった。良い相手がいないのは事実なのだ。


ある日。

トルーティアから打ち明けられた。平民の商人、モーリスの事を。

「近寄ってきたのは向こうからですの。調査を頼んでいたのです。それで・・・何度も会ううちに、心を寄せてしまいましたの。キリス様が仕向けていたそうです。気が付かなくて」

悲しそうに、辛そうに話す様子に、フローフィリィアの胸にモーリスに対して怒りが湧き上がった。

トルーティアは軽率な性格ではない。つまり、惚れさせるような行動をモーリスがとったのだ。


「責任を、とってもらわなければ気が済みませんわね」

フローフィリィアの唸るような声に、トルーティアはさらに苦しそうになる。

「それが商売なのですわ。キリス様の依頼をこなしただけなのでしょう。私も心変わりをすれば同じだなんて、思ったのでしょう・・・」

この言葉にゾッとする。


エントールも、もしフローフィリィアがモーリスに好意を持ったなら、同じように浮気だと難癖をつけるつもりでいたのか。

恐ろしい。くだらない。

そして、腹が立つ。

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