21.慰める
パーティは散々な空気になった。
早い段階で、婚約解消に至る言い争いが起こったのだからどうしようもない。
キリスは顔を赤くして怒りながら、ララと退場しようとしたが、ララがここに来て首を横に振った。
「せっかく来たのです、最後の思い出にこの場を味わいます」
あまりの豪胆さにフローフィリィアも驚いたが、ララは不貞腐れたような顔をして、キリスを置いて食事の場所に向かってしまった。
皆の呆れたような同情的な視線にさらされて、キリスはララを追うべきか迷いを見せた挙句、
「やってられるか!」
と捨て台詞まで吐いて会場を去った。
あまりの失態に見ている方の胸が痛くなる。会場に残された者たちは皆、沈痛な顔になってしまった。
トルーティアも立ち去ろうとした。しかしフローフィリィアが慌てて声をかけた。
気持ちが掴めないエントールより、固い友情のトルーティアの方が疑いなく自分の味方。そう感じるだけに放っておけない。
「勇気ある発言だと思いましたわ。私、必ずお力になりますわ」
「フローフィリィア様」
精一杯気遣いを示すフローフィリィアに、トルーティアの目が潤み始めた。
傍のエントールの方がギョッとしている。
「端の方に」
エントールが気遣って、人のいないほうに誘導してくれる。
ソファーに座らせて、ついに泣いてしまったトルーティアの隣に座り、フローフィリィアも本格的になぐさめる。
エントールは困り果てているようで、たまに周囲に助けを求めるようにキョロリと見回している。
そのうち、友人の令嬢たちも集まってきた。皆でトルーティアを取り囲む。
口々にトルーティアの勇気を褒め、中にはもらい泣きして涙する者もいる。
その婚約者たちが追いついて、令嬢たちの様子を持て余し、エントールと視線を交し合っている。
ふと気が付けば、少し離れて令息たち同士でコソコソと何やら相談している。
浮気行為でないなら構わないので、令息たちのことは少し放っておこう。
会場の係に取りにやらせた軽食やお菓子をトルーティアに勧めたり、自分たちも口にしたりして、話すうちに、やっとトルーティアが涙目ながらに笑顔を見せた。
涙をハンカチでぬぐいながら、
「すっきりいたしました。皆様のお陰です」
と笑う様にまた皆の心が痛む。
そこに、タイミングをずっと伺っていたらしい、エントールがそっとフローフィリィアに声をかけた。
「私たちがこんな風では、会場全てが困ってしまう。・・・トルーティア嬢。私と一曲踊っていただいても?」
エントールは、フローフィリィアを見て視線で確認を取っている。
この場を収めようとしているのが分かるので、フローフィリィアも頷いた。
「トルーティア様、踊ってこられます?」
「いいえ。そんな。私のことは、皆様、どうかお気になさらず。私はもう帰りますから」
「そんな」
と友人たちが悲しみから声を上げる。
エントールは優しい振る舞いをしたとフローフィリィアは思うが、婚約者と揉めた末、他の男性とダンスをする令嬢がいるはずない。
そう思ったフローフィリィアは奇妙な案を思いついた。
「私と踊りましょう、トルーティア様」
トルーティアが瞬いた。内容がよく掴めなかったようだ。
フローフィリィアは妙な提案に気恥ずかしくなりながら、すでに言ってしまったものだからもう一度告げた。
「あの、私と踊るのも、楽しいのではないかと、思ったり」
皆がキョトンとしたようにフローフィリィアを見つめるので、完全にフローフィリィアは赤面した。
だけどダンス以外に他に見つからなかったのだ、トルーティアをいつものように元気にする方法が。
クスクスと他の友人が声を上げた。
「良いアイデアですわ。そういうのも楽しそうです。ねぇ、だったら私、魅了のネックレスをつけているベネット様と是非踊ってみたいですわ」
「まぁ」
ベネットが驚いてから、ふふふ、と笑う。
「フローフィリィア様とトルーティア様が躍られるなら一緒に、是非喜んで」
この発言をきっかけに、令嬢たちが盛り上がっていく。
令息たちは呆れ笑っている。
エントールが、
「今日は私たちが壁の花かな」
などと事態を肯定する発言をした。
***
女同士でステップが違うから、皆気ままに応用して躍ってみせる。
手を合わせるようにしてクルクル誰かが回ったので、皆が真似だす。
全員女性だからスカートの面積がいつもより広くて色んなところでぶつかりそう。
キャァとはしゃいだ声を上げる。まるで子どもに戻ったようだ。
「こういうのもたまには良いものですわ」
フローフィリィアが上気した顔でトルーティアに笑むと、トルーティアもすっかり元通りに笑顔を見せた。
「楽しいです。ふふ」
それから、周囲で見守っている令息方に目を遣る。
「ねぇ、フローフィリィア様。私、これで自由の鳥ですわ」
「・・・えぇ」
後悔していらっしゃる? フローフィリィアはトルーティアを観察した。
「嬉しいけれど、寂しいですわ」
「えぇ」
呟いてから、フローフィリィアはふとエントールに視線を向けた。
エントールが気づいてニコリと笑う。
「被害、私だけで済みましたわね」
とトルーティアの方が、まるでフローフィリィアを励ますようにニコリと笑った。
***
周囲に遠慮して、トルーティアは少し早めに会場を去ってしまった。
皆心配したけれど、どうしようもない。皆がトルーティアのために同じように早く切り上げたとしたら、トルーティアはその方を気に病んでしまうだろう。
少し落ち着きを取り戻した会場で、フローフィリィアはエントールへのアピールを頑張ろうとしながらも、つい心がトルーティアの事に引っ張られる。
そんなフローフィリィアの状態を、エントールは分かっているようだ。
「リィア。星がきれいだよ。おいで」
エントールが、幼い日のように手を引っ張って会場の外に連れて出た。
もう夜だ。
少し寒い。
エントールが自分の上着をかけてくれたので驚いた。
二人で並んで、空を見る。
エントールが無言なので、フローフィリィアも無言でいた。
少し寄り添っても構わないだろうか?
どうしていいのか分からない。
「・・・あんな人だとは思わなかったな」
ポツリ、とエントールが呟いた。
フローフィリィアが顔を見上げるが、エントールは気づかないふりをして星を見上げたままだ。
「迷惑を、かけていたなんてね」
また呟かれた言葉に、ララの事だと分かった。
どうしてこの状況でララの事なんて持ち出すのか。
フローフィリィアは気落ちしてしまう。
「リィアはララ嬢に、ノルドを近づけただろう。彼女の本命はノルドだったのだろうか。学外だと言っていた」
「・・・知りませんわ」
フローフィリィアは口を尖らせた。
本当に失望してしまう。ララの事などどうでも良いというのに。
自分たちのことに話を戻そうと試みる。
「私の本命は、どなたかご存知?」
「・・・たぶんね」
「鈍くていらっしゃるのね。・・・トールの本命を聞きたいけれど、聞くのが怖い」
「・・・ごめん」