2.お姫様の世界
生まれ変わった世界は素晴らしい。
皆がフローフィリィアに傅く。
フローフィリィアは、高熱を出すまでは気の強く我儘なプライド高い令嬢だった。
エナはそれを羨ましく妬ましく眺めていた。
それが高熱を出したあと、悔やみ激しく落ち込んだ。そして死を選んだ。
フローフィリィアの記憶は残されている。この世の辿る未来の事を、フローフィリィアは知っていた。
だけれど、エナにはあまり理解できない。
例え、先に破滅があろうとも。この地位にいてこの容姿。
思うように振る舞えば良い。持てるものを使えば良い。以前は生き生きとしていたではないか。
今。
フローフィリィアは思うままに希望を述べる。
我儘だと知っている。だけど叶えられる力を持っている。その力がある様を見るのが楽しい。
ただ、エナがフローフィリィアとなって、改めた事はある。
我儘を叶えてくれた相手には、労いの言葉をかける事。
そして。父に頼み、使用人の給金をさらに増やした事。
これほどの金を払うのだ。フローフィリィアは我儘を言って良い。
この世の中、だいたいのものは、お金で買えると知っている。
お金で買えないものを尊ぶ人間ですら、お金がなくてはこの世では暮らしていけないのだから。
***
『約束しよう。フローフィリィア。私は、きみを生涯をかけて守ると誓うよ。だから、フローフィリィアも、私を選んで。良いかい?』
これは、フローフィリィアが5歳頃の大切な思い出。
黄金色の髪の男の子が美しく笑う。
遜色なく、自分も笑う。
『えぇ、構いませんわ、エントール様。私がお嫁さんになって差し上げます。ずっとエントール様に守ってもらいます』
『決まりだ。じゃあ、これをあげる』
この国の王子であるエントール様が、握り込んでいた手を開く。
ずっと用意していたようだ。
フローフィリィアはフフフ、と笑った。
『きれい』
『ねぇ、だから私にキスをして』
『ふふ』
フローフィリィアはチュッとキスをした。
エントール様もニコニコしている。
『これで、リィアは私のものだ。リィアは未来の王妃様だよ』
『エントール様は、未来の王様ですものね』
『うん。そうだよ。約束したよ、リィア。きみはもう私がお嫁さんに貰うからね』
何度も確認して来るので、フローフィリィアはおかしくなる。
『私はエントール様のお嫁様になります』
『良かった』
と、やっとエントール様は安堵した。
***
15歳の今。
フローフィリィアは今、学校というものに通っている。
夢の世界が広がっている。
そしてフローフィリィアは、間違いなくこの世界の中心だ。
「フローフィリィア様。聞いてくださいますか」
「えぇ、どうぞ」
「私、実は昨日、素晴らしいものに巡り合えましたの。ご覧くださいませ。スティアーノ、持ってきなさい」
フローフィリィアを中心に、お姫様たちが集まっている。
お姫様たちにはそれぞれにお付きのものがいて、命じるだけで望みのものが手に入る。
フローフィリィアは、恭しく差し出されるように見せられたブローチを見て、微笑んだ。
どんな表情をしても、フローフィリィアならば優雅で可憐になる事は、第三者視点でよくよく知っているから安心だ。
ブローチは金色の蝶だ。羽根には宝石が散りばめられている。キラキラしている。とても高級。
だけど、フローフィリィアが身に着けているものの方が、飛びぬけて高級。
フローフィリィアは羨ましがらず、褒めることができる。
「美しいわ」
フローフィリィアが一言褒めるだけで相手は嬉しそうになる。
そしてフローフィリィアが認めた事で、周囲も口々にそれを褒める。
そのブローチを披露した令嬢、イリーシアナは嬉し気に得意げになりながら、一生懸命に謙遜して見せた。
「ありがとうございます。フローフィリィア様にそういってもらえると嬉しい。でも、とてもフローフィリィア様の持ち物には適いませんけれど」
この言い方は、令嬢たちの礼儀だ。身分の差が全てを決めるのだから。
フローフィリィアは全てにおいて最上位。他の者はそれをわきまえて、身に着けるものも選ぶのもマナー。
「まぁ、イリーシアナ様。褒めてくださるのは嬉しいわ。でも本当にそのブローチも素敵だと思うの」
「ありがとうございます」
ふふふ、とイリーシアナが笑う。
実は。
フローフィリィアは死ぬ前、この令嬢たちを、本当の友人ではない、本心を打ち明けられないと判断していた。
だけど、エナは不思議に思う。
本当の友達とはなんだろう。どうしてこの人たちは違うとフローフィリィアは判断したのか。
権力に群がっているだけだとフローフィリィアは思っていた。気に病んでいた。
だけど、それは自然な事だ。フローフィリィアはそれだけの力があるのだから。
出し惜しみする必要などない。
このご令嬢たちは食べ物を欲しがっているわけではない。フローフィリィアの言葉を欲しがっているだけ。
可愛いお姫様たち。キラキラした世界だけで、生きている。
まるで、砂糖菓子でできているよう。
このお姫様たちも、間違いなくフローフィリィアの力だ。
だから、大事にしよう。
この手にあるものを、決してとりこぼしなどしない。
***
「ノルド。新しいペンが欲しいわ」
授業も終わり、寮に戻ったフローフィリィアは、付き人の一人に命じた。
ノルドと呼ばれた青年は頭を下げた。
「かしこまりました」
「ソフィア様がお持ちのペン、とても可愛らしかったわ。私は青いのが良い」
「はい」
「重いと書きづらいから、宝石はつけなくていいの。でも羽をつけて。良い案だと思わない? ねぇアリア」
アリアとモリノにも話を振る。彼女たちも丁寧に、良かれと思う答えをくれる。
話を決めて、ノルドに頼む。
恭しく頭を下げる青年に、フローフィリィアは笑む。
「頼んだわね」
「はい」
嬉しそうに答えるので、フローフィリィアも満足する。
アリアもモリノも、ニコニコとしている。
フローフィリィアのために動いてくれる使用人たち。
美しい装飾品に囲まれて。
満足だ。夢のよう。
***
大勢の前で罵られる。皆から石を投げられてしまう。
その夜、フローフィリィアは、フローフィリィアが訴えて来る夢を見た。
エナであるフローフィリィアはこう答えた。
それがどうしたの?
どうして、それを怯えなくてはいけないの? と。