18.会場にて
連続投稿3話目。
すみません、前々々話でララについて訴えたご令嬢の名前は『トルーティア』でした。
エントールのエスコートで、会場に入る。
2人の様子を見て、皆が見惚れるように感嘆の声を上げた。
フローフィリィアはくすぐったい気分を味わった。こんな風に見られるのは久しぶり。
エントールも上機嫌になったようだ。
チラリと隣のフローフィリィアを見やり、笑う。少し照れたように見える。
どうやら今日の装いは成功したようだ。
すでに音楽が流れていて、それぞれが自由に過ごしている。
踊りたければ初めから踊っても良いし、食事も用意されている。議論したければソファーのある場所に移動しても良い。朗読の発表や演奏が得意なものたちの楽器演奏の時間も設けてある。
「リィア。どう過ごしたい?」
エントールがまるで昔のように優しくフローフィリィアの意見を聞いてくれた。
嬉しくてつい顔がほころんでしまう。
フローフィリィアは、大胆にもエントールの腕をぎゅっと掴み、グィと身を寄せてみた。フローフィリィアからの接触を、エントールは喜ぶだろうか。調子に乗って、試してみたかった。
エントールは軽く驚いてから、はは、と楽しそうに笑った。
「随分と機嫌が良いね?」
「当たり前ですわ」
と答えてみせる。エントールが少し観察するように目を細めるのを、フローフィリィアは負けまいとした。
「トールが傍にいてくれて、嬉しいのです。私をエスコートしてくださって、優しい言葉をかけてくださって」
「パートナーなら当たり前だよ。大げさだ」
「・・・嬉しいのです」
当たり前のことをしばらく放棄していたくせにと内心思いながら表情には出さない。好意だけアピールしてみせる。
「・・・そう」
エントールが少し反省したように、照れている。
エントールは、少なくとも今この場においては、フローフィリィアを見ようとしてくれている。
恐らく、モーリスが何か吹き込んだ。
つまり、この時間が持てているのはモーリスの成果。なら、ここから頑張るのはフローフィリィア。
エントールは、どうやら今日はフローフィリィアにつきっきりの予定だ。
まずは飲み物を軽く。
それからエスコートされながら移動して、催し物の時間や内容を確認する。
会場は顔見知りばかりだから、いろんな人と浮かれて見せたような会話をしたり。
「踊ってみようか。どうかな私と一曲」
エントールが得意なテンポの音楽が流れてきて、エントールがうずうずしたように、踊り場を見る。
「ぜひ、喜んで」
微笑ましい気分にさえなってフローフィリィアが快く答えると、エントールも嬉しそうだ。
移動すると、会う友人の令嬢たちが目を輝かせてフローフィリィアに軽く笑んでくる。
彼女たちも応援してくれているし、この状態を喜んでくれている。
なお、彼女たちも、それぞれのパートナーと一緒の様子。
平民のララがどのように来るのか警戒していたけれど、今のところ安心。
でも、まだララの姿を見ていない。どうしているのかしら。
***
滑らかなリード。ステップ。軽くターン。笑み合う。
ダンスというものは高揚する。同じ時間を楽しんでいると実感できる。自分の相手はこの人だと認識する。そして周囲にもそれを知らせる。
この人は、私のパートナーだと。
「もう一曲続けて、行けるかい」
「はい」
エントールは、始まりの時は静かに微笑んでいるような状態だったのが、一曲目が終わった今、キラキラ目を輝かせたようになっている。
楽しんでいる。
二曲目が始まる。礼をとる。
「ティアはステップがうまい」
「まぁ。どなたと比べられて?」
思わず軽口をたたく余裕が生まれていた。
「比べるなんてない。事実、きみは唯一の人だね、フローフィリィア」
「光栄ですわ。私の唯一のエントール様」
言葉遊びを混ぜてみる。
「きみは不思議だね。女性とは変わると聞いていたけど。全く別の貴婦人と会っている気分になる」
「まぁ。褒め言葉ととっておきますわ」
と言って見せながら、フローフィリィアは心配になる。
「私では、お嫌?」
「まさか」
「お好き?」
まるでついでのように尋ねる。ダンスで身体を近づけて、上目遣いで。効果的だと知っている。これは武器。有用な場所でつかうものだ。
エントールがグッと言葉に詰まったようになって顔を赤くした。
「ティア」
耳元に口を近づけて、愛称を呼ばれた。熱を込めたように。
やったわ。
と、フローフィリィアは思った。
お心を、掴み直している。
以前は、ためらいもなく「好きだ」と言葉をくれた。
今回はそこまではない。
だけど、かなり揺さぶっている。
じっとエントールを見上げる。
嬉しいけれど、少し物足りない、なんて拗ねたような表情になっていると良い。
エントールは動揺したようにまた顔を赤らめた。
珍しい事に、言葉を失ってしまうようだ。
二曲目が終わって、エントールは囁いた。
「少し休もうか」
「はい」
手を引かれて向かう先は、少し落ち着いた話ができるような、部屋の端の方、ソファーが配置してある場所。
「あ。ララよ」
移動の中、誰かが思わず上げた声に顔を上げた。
***
会場がざわついた。
エントールもフローフィリィアを連れながら、少し進路を変えた。
少し離れていて良く見えないが、ザワザワと言葉が広がってきて状況が分かる。
ララが、貴族令息の一人にエスコートされて登場したのだ。
ララの相手は、トルーティアの婚約者、キリスだ。
トルーティアはキリスとの婚約解消を望みながら、まだ解消できずにいる。
その状態で、相手のキリスが平民のララをエスコート。
トルーティアはどうなっているのか。フローフィリィアは心配した。
キリスがララの手を引いたのなら、トルーティアの手は誰が? まさかお一人?
思わず身を固くしたフローフィリィアにエントールは気づいた。
フローフィリィアの反応を確認しようとしているようだと気づいて、フローフィリィアも顔を上げてエントールを見つめる。
お互いに硬い顔をしている。
今、ここにいる自分たちがそうなっていたかもしれないと、可能性に気づいている。
それからフローフィリィアには、死んだ者の知識が思い出された。
平民のララに嫌がらせを行ったとして、皆から非難されて追い出される場面。
あれはフローフィリィアに訪れる未来。
ひょっとして。フローフィリィアにも起こるだけで、トルーティアにも起こる可能性がある?
「どうしましょう・・・」
「何がだ」
呟いた声を、エントールが拾った。硬い声で。
「トルーティア様に、まだお会いしていません。トルーティア様はどこに? まさかお一人で?」
「・・・」
黙り込むエントールの腕に、フローフィリィアは両手を添えるようにした。
「トルーティア様が心配です」
「・・・そうか。近くに行く?」
「はい」
少し迷う様子のエントールを促して、フローフィリィアはララたちの元に向かう。