17.待ち合わせ
本日、パーティの日。
フローフィリィアは、軽やかな印象のライトブルーのドレスに、銀を中心にした装飾品を身に着けている。
今日のは全て、かつてエントールが贈ってくれたものばかり。
皆が顔を赤らめて褒め称えてくれる。
お世辞ではなく本心からのものだと、フローフィリィアには良く分かる。
フローフィリィアの周囲すら光って見えるほどの、美しさ。
ところで宝石学の教師の宝石だが、前はイアリングだったベネットが、今回はネックレスだけ身に着ける。これで教師からの貸し出しは終わり。
他のご令嬢に次々と貸さないといけない流れを教師は憂い、この形に落ち着いたのだ。
さて。
パーティは、学校内のものなので、少し砕けた感じもある。
各自、好きに会場に入って良い。親しい同性同士で会場に入っても良いし、一人で入っても構わない。
とはいえ、高位の貴族は当たり前のようにパートナーが決まっている。
今回、フローフィリアの胸は高鳴っている。
エントールの方から、事前の合流場所について連絡があったのだ。
ここ最近、多忙を理由に会ってもくれないエントールだ。相当不安だった。
だけど。
なお、まるで代わりのように頻繁に会っていたモーリスが「俺のお陰だ」と恩を着せてきたが、どのような経緯であれとにかく嬉しい。
自他ともに認める完璧な装いで、フローフィリアはいそいそと集合場所に向かう。
誰もがフローフィリィアを見て嬉しそうに目を細める。フローフィリィアも周囲に向かって軽く会釈をしながら進んでいく。
待ち合わせ場所は、申請をして使用できる応接室だ。
エントールの使用人が扉のところにいて礼をしてきた。エントールが先について待っていてくれたという事だ。嬉しい。
どうぞ、と開けられたドアの向こう、開けた音に反応したエントールが立ち上がったのが見える。
「・・・フローフィリィア」
思わず、と言ったようにエントールの呟きが聞こえた。
愛称ではない事にフローフィリィアは軽く落ち込んだが、暗さを振り払うようにニコリと笑む。
部屋の中に進むと、エントールも迎えに来る。
「リィア。・・・驚いた。・・・綺麗だな」
エントールの言葉に、フローフィリィアはじっとエントールの表情を見つめる。
本心で驚いているようで、そして、エントールは装いに見惚れていると確信した。
こういう時、どう振る舞えば良いのだろう。
きちんと向けられ直した好意にフローフィリィアは高揚する。
余裕ぶって笑った方が良い? 恥ずかしがって俯くべき?
分からない。分からなくて、こちらこそ動揺してしまう。エントールをじっと見つめる。
じっと見つめあった後、エントールがふと笑った。
「緊張しているのかな。珍しいね」
言いながら、フローフィリィアの様子を観察し始める。
耳にはエントールからのイアリング。
胸元の開いたドレス。エントールのネックレスは、違うデザインのドレスを想定したものばかりで繊細なものが多かったから、今日は工夫して重ね付けした。
無言でエントールはフローフィリィアの工夫に目を留めて、何かを言おうとして、苦笑した。
フローフィリィアは慌てたようにアピールした。
「エントール様の、気に入って下されば、良いと思って・・・」
らしくなく言葉が変になった。
愛称で呼ぼうとして、緊張のあまりきちんと呼んでしまったのは、フローフィリィアが偽物だからだろうか。
魅了してやりたいのに、憧れの王子様を初めて間近に見た少女のようだ。
精一杯着飾って、王子様からの有難い言葉を待っている、まだ舞台にも上がれないレベルの女。
エナだった時代に何度も目にした、男に捨てられそうになって縋る女たちと同じ。
不安と期待が入り混じる。
「驚いた。・・・リィアは、随分、大人の女性になった」
エントールも言葉を探すように、ゆっくりと話した。
どう反応して良いのか。フローフィリィアは緊張したままじっと見つめる。
エントールは何かを思い出したり考えたりしているように、どこか少し遠くを見るような目を見せたりする。
それから、ゆっくりと手を伸ばして、そっと、まるで壊れてしまうもののようにフローフィリィアの頬に指先で触れた。
すぐに離れる。
何を、確認しようとしたのだろう。
不安と緊張と、目の前にエントールがいる喜びと。全てを伝えようと一生懸命瞳に込める。
「行こうか、リィア。パーティ、私と何曲か踊ってくれるかな」
「もちろんですわ」
フローフィリィアは急いで答え、そして一生懸命に付け足した。
「何曲でも、あなたとなら!」
フローフィリィアらしくない不器用で力強い返答に、歩き出していたエントールは驚いたように足を止めて、確認するようにフローフィリィアを見つめた。
しまった。きっと、相応しくない返事をした。
怯えさえ感じたフローフィリィアに、エントールはふと視線を外して失笑した。
「フローフィリィア。行こう。せっかくのパーティだから、楽しみたい。そう思わないか?」
「もちろんですわ」
動揺で、声が少し小さくなる。
「・・・使用人のまねをしようとしてみたり、胸元の開いたドレスを着て誘惑しようとしてみたり、小さな子どものように落ち込んだり・・・」
え。
エントールが物語を朗読するかのように話し出したのを、フローフィリィアは戸惑って表情を確認しようとする。
「授業をさぼって騒いでいたり、私たちの交友関係の邪魔をしてみせたり、貴族らしからぬ振る舞いを選んだり・・・」
「何をおっしゃりたいの?」
フローフィリィアの問いかけに、エントールが言葉を止めてじっとフローフィリィアを見つめ返す。
「きみは変わったね、フローフィリィア」
「・・・えぇ」
「どう変わってしまったのかな」
「トール。でも、私は、エントール様が一番なのです。あなたと一緒にいたいのですわ。私に沢山笑って欲しい、私だけに特別に。・・・昔と同じようにと、私は願います」
「難しいね。リィア。時間が止まれば簡単だったのに」
とエントールは言い聞かせるようにフローフィリィアに言った。
「難しい、事でしょうか?」
尋ねながら、フローフィリィアの胸に不安が押し寄せる。
「エントール様。先に変わってしまったのは、私なのでしょうか。それとも、トール? トールが、変ってしまうのを恐れて、変ってしまったフローフィリィア?」
フローフィリィアの恐れからの言葉に、エントールは驚いたように目を丸くした。
「ごめん。せっかくこんなにきれいに着飾って。心奪われたよ。きみを責めるようなことを言って悪かった。私が自分を持て余したんだ。リィアのせいではない」
「・・・」
私こそ、と言って良いのかも分からなくなった。
「リィア。顔を上げて。皆にリィアの美しさを見せて回ろう。きみを連れまわしたい」
宥めるように優しくエントールが話しかける。
「・・・何度でも、私と踊ってくださいますか、エントール様」
「もちろん。喜んで何度でも」