16.密談相手
さて、来月のパーティ自体は、フローフィリィは楽しみでもあり、不安でもある。
準備は完璧にしなれば。
しかし、着るドレスから迷ってなかなか決められない。
エントールが好む、襟の詰まったタイプのデザインにするべきか。
でも、すでにエントールはフローフィリィアから興味を失っている。昔の通りに着飾った結果、やはり違うと失望されたくない。それに、上手くいっても状況は変わらないままでは?
一方、宝石学の教師からのネックレスをきっかけに新しく作ったドレスは、3着とも襟のあいた今流行りのもの。純粋に、フローフィリアが憧れ、着てみたいデザインを詰め込んだものだ。せっかく作った。
それに、もう本物のフローフィリィアには絶対になれない。ならば、新しいものに挑むしか、心をつかみ直す方法はないのでは?
友人のご令嬢にも悩みを相談する。
昔のフローフィリアなら、エントールとの事をこれほど打ち明ける事など絶対に無かった。
フローフィリアは令嬢たちにとって、格の違う美しい花であったから。
だけど、フローフィリアに悩みを打ち明けて来る令嬢も多い。こちらも心を許し、相談したいと思うのは自然な事だ。それに、打ち明けると、令嬢たちとの絆がますます強まることをフローフィリアは感じていた。
なお、悩みはあまり解消されない。
フローフィリアと同じ様に、令嬢方にも答えが見つけられないからだ。
ただ、フローフィリアがドレスを迷ったままだと、友人も困るのだとハッキリと理解できた。
フローフィリィアの着るものと被らないよう配慮するのが、礼儀であり好意になる世界なのだから。
ご友人方のためにも、早く決めたいのだけれど。
***
モーリスとは、3日に1度という高頻度で顔を合わせる。
初めだから様子見も兼ねて、と連絡してきたので、とりあえずその通りにしているだけ。
今日でこのように会うのは3度目。
「『フローフィリィア様はエントール様一筋だ』って、言っといた」
「そぅ」
「・・・反応も知りたいだろ?」
「えぇ、教えてくださるなら」
頷いたフローフィリィアに、モーリスはため息をついて、分かりやすく頭を落とすように項垂れてみせた。
それから、ガバリと顔を上げて見せる。
「お嬢様。王子様のどこにそんなに惚れてるんだ。不敬発言は秘密にしてくれるだろ、正直に言うけど、王子様だって普通の男だぞ? 最高級のお嬢様がそこまで惚れるような価値はどこに?」
意外な質問に、フローフィリィアは驚いた。
無言のままになってしまうのを、モーリスは顔をくしゃりと笑うような呆れたような顔になる。
この男は、言いたいことを表情で伝えるのがとてもうまい、とフローフィリィアは思う。
「言ってはなんだが、エントール様は優柔不断だ。英雄のような決断力に乏しい。・・・良いか、絶対に秘密だぞ。俺がそんな事言ったなんて、誰にも言わずにいてくれよ」
「まぁ」
珍しい、とフローフィリィアは感じた。
このモーリスは、人の上に立って物事を進めようとする。なのに自ら、言質に取られてはこまるような発言をしてくるとは。意外だ。
「あなた、ひょっとして、そんな風に言ってくれと、頼まれたのかしら」
とフローフィリィアは思うところを尋ねてみた。
「まさか」
モーリスは両手を上げて見せようとして、右手だけを上げて頭に、左手はそっと降ろした。
両手を上げると、言い当てられた時の降参のポーズ。
誤魔化した?
フローフィリィアはモーリスの働きを評価するが、性格は信用できない。
だが金儲け第一主義のようだから、非常に安心もできる。自分でも矛盾を感じるが。
「いや、本当に。プライベートを聞いて悪いと思うけどさ」
「・・・誰かに聞かれたのね」
エントール自身がモーリスを使っている可能性にも思い当たる。
フローフィリィアは嘆息して見せて、まぁ答えても良いと判断した。自分の掴みたいもののために自分の希望を伝えるだけだ。
「エントール様は、とても私にお優しかったの。贈り物もたくさん下さったわ。お綺麗で心遣いも素晴らしくて、私にたくさんの事を話してくださるの。私を愛称で呼んで、好意を打ち明けてくださいました」
フローフィリィアが率直に話し始めると、モーリスの顔が少し気まずそうに赤らんだ。
その様子を見やりながら、フローフィリィアは話し続ける。
「お互い思いあっているのです。ただ・・・最近、エントール様はとてもよそよそしくて。・・・あなただって噂や事実を見聞きしているのでしょう。・・・私は、お慕いしておりますのに」
一拍置いて、モーリスは口を開いた。
「でもさ。貴族なんて特に、心変わりなんて多いと聞くな。それに所詮は家同士の繋がりだろう。本人の気持ちなんて関係ない」
「私は、エントール様が良いのです。エントール様は、私を変わってしまったと思っておられるご様子ですけれど。エントール様が私を見てくださるように、私は変わりたいのです。私、どうすれば良いのかしら」
本心で、そして少し演技も含める。
憂いたように視線を落とす。こんな様子でさえ自分の姿は完璧に美しいとフローフィリィアは知っている。
モーリスは無言だった。きっとフローフィリィアの姿を見つめているのに違いない。
「・・・フローフィリィア様は、婚約者だろ」
モーリスが静かに声をかけてきた。
フローフィリィアはその声に反応したように視線を少し上げる。それからモーリスを見やる。
「落ち込むなよ。俺を使って頑張れよ。大丈夫だ、フローフィリィア様は相応しい。エントール様の傍に、一番ふさわしいのは、フローフィリィア様だ」
「・・・本当に?」
フローフィリィア様は本心から尋ねた。この男の適当な慰めではなくて、本当にそう思っている?
「本当」
モーリスは呆れたように静かに笑み、それから両手を上げてみせた。
「なんだったら特別料金で悩み事でも聞いてやれるぜ」
「まぁ」
モーリスのニコリと笑む様子に、フローフィリィア様は次第におかしくなって楽しくなってきた。
ふふ、と声が零れる。
「感謝しますわ、モーリス。元気づけてくださって」
「いや別に。俺も商売だから」
「っふふ。損な性格をしているわ。・・・ねぇ、本当に相談に乗って下さる? 今、少し悩んでいる事がありますの」
「良いよ。言えよ」
「次のパーティのドレス、私、いつものようなものか、大胆に今流行りのものを着た方がいいか、すごく迷っておりますの。早く決めなければ、ご友人にもご迷惑をかけてしまいます」
「ん?」
少し意表を突かれたような顔になったモーリスに、フローフィリィア様は切々と悩みを打ち明けた。
そして。
「あー」
どこかで困惑したような声を上げ、モーリスは決断を下した。
「せっかく作った着てみたいドレスで着飾ってみるのも良いんじゃないか」
「エントール様への印象を一番に考えて、そう判断いたしますの?」
不安に確認してしまう。
「失敗したら本気で詫びる。でも、新しいので良いと俺は思う」
モーリスは真剣な表情だった。
フローフィリィアは少し息を吐くようにして頷き、その判断を受け入れることにした。