11.想いの確認
フローフィリィアとエントールの様子は、皆の関心ある話題になっている。
一方で、イヤリングをつけている友人のベネットは気落ちしていた。
「私の方は、特に変わりはありません・・・」
フローフィリィアは慰めると同時に、真実を話した。
「私の方も、ただ私が普段と違う雰囲気だから、エントール様が驚かれたようですよ。でも先生に相談して、次はベネット様がネックレスをつけられてはいかがでしょう? 先生もその方がお喜びになりますわ」
ベネットは困ったように顔を上げながら、ネックレスの話に期待を持ったようだ。
「でも、先生は本当はフローフィリィア様にお貸しくださったのです。私には幸せを分けてくださっただけと、私はきちんと分かっておりますわ」
他の友人たちの前だからフローフィリィアに気を遣ったのか、ベネットは本当に少し拗ねたように言うので、フローフィリィアは優しく手を取った。
「お願いいたしましょう。私の思ったことが正しいのか、それとも本当に魔法があったのかも知りたいのです。だから、ベネット様さえ宜しければ、今度はベネット様がネックレスを」
「まぁ・・・」
ベネットはフローフィリィアの申し出に感心したように、はにかんだ。
「ありがとうございます。フローフィリィア様。私、フローフィリィア様のような優しい方にこんなに親しくしていただけて、心から幸せです」
フローフィリィアも、嬉しくて笑った。
「うまく行きましたら、私たちにも是非先生にお口添えを」
と他の友人たちも期待に目を輝かせた。
***
パーティの翌日は休日だった。
フローフィリィアは、その日、寮の一部屋に引きこもる事にした。
フローフィリィアに用意されている5部屋のうちの1つに、フローフィリィアの宝物を多く集めてある。
付き人のアリアとモリノに、一人にしてほしいと頼んでおく。軽食はすでに用意されている。
人払いをしてから、フローフィリィアはぐるりと見回した。
多くの宝物。
エントールからの贈り物。押し花でさえも。
日記もこの部屋に持ち込んだ。幼少期から、適度に年代を開けて3冊ほど。
なお、あの日以来、フローフィリィアは日記を書いたことはない。改めて書くつもりも勇気もない。
読み手が何か別の異変に気付いてはと恐れたせいもある。例えば、筆跡が違うとか、好む文法が変わっただとか。
どこから手を付けよう。
フローフィリィアは気まぐれに部屋の中を歩き、飾り棚のガラス扉を開けて、小さなオルゴールを手に取った。
どのように、いつ頃に貰ったのか覚えている。
どんな会話をしたか、どう思ったか。
大事で宝物。
ネジを巻いて置いたなら、可愛い澄んだ音色を奏で、台がゆっくり周る事も知っている。
一方で、全てはただの記憶でしかない。
今、フローフィリィアは初めて手に取り、初めて聴いた。
耳に馴染んだ心地よい旋律。ネジを巻いた感触。ゆっくり回り始める白ネコ。陶器で触るとひんやりしている。
知っている。分かっている。
だけど本当に触れたのは今が初めて。
その横に。装飾文字の散りばめられたカード。
これは、まだ幼い日のエントールが一生懸命にフローフィリィアに宛てて書いたもの。
フローフィリィアも同じようにカードを返したかった。けれど差し上げるほどにうまくできなくて、困って悩んで、家族や付き人からもアドバイスを貰い、フローフィリィアはレースを使って刺繍したカードをお返しに贈った。
頑張ってくれたんだね、綺麗にできたねと、エントールはとても嬉しそうに受け取ってくれた。
その横には、小さな布製の靴。飾るための品。きちんと保管しているけれど、鮮やかなピンク色のリボンは色褪せて随分薄い色になった。リボンには刺繍で『大切で愛しいリィアへ。私の心を込めて。エントール』とメッセージが入っている。
なぜこの品をくれたかというと、一緒に劇を見に行った際に、魔法の靴というものにフローフィリィアが強く憧れたから。
エントールも、これと対になる靴を持っている。フローフィリィアは、メッセージを刺繍で入れたリボンを贈った。これで本当におそろいの魔法の靴。
年齢が上がると、贈り物には装飾品が増えていく。
『ティアに似合うと思って』
とエントールは何かを見つけてはフローフィリィアに贈ってくれた。
フローフィリィアは嬉しくて、幸せだった。
自分からも、対になるものを考えてお礼の品を贈った。エントールはそれを心待ちにしていて、実に嬉しそうに、フローフィリィアを褒めながら受け取るのだ。
疑う事なく相思相愛だった。
幼いころから様々なことを共有して生きてきた。
「馬鹿」
フローフィリィアは呟いた。
自ら死んだ本物について。
憐みなどではない。事実として、馬鹿だ。
どうして、未だ来てもいない出来事に怯えたのか。
理解できない。
覚悟が足りていない。
大切に育てられすぎたお姫様だからか。
それとも、エナが普通ではないのか。
***
エントールからの手紙の一部がしまってある木箱を取り出した。
わざわざ寮に持ってくるぐらいに、フローフィリィアが気に入った内容ばかりだ。どの封筒にはどんな内容の事柄が書かれているか分かるほど。
一番上のものを取り出して、中を読む。
エントールが乗馬をして獲物を仕留め、夕食に料理されたものを食べた。きみにも食べさせたかった、などと書いている。そして、ウサギやシカや木々や花を自ら絵に描いたもの。
リクエストもしていないのに描いてくれた絵が珍しくて嬉しくて、フローフィリィアは喜んだ。
今。じっと読み、見つめる。
他の何通かも同じように読み返す。
記憶と同じ。懐かしささえ感じるのに、全て初めて見るもの。
フローフィリィア自身が困惑を覚える。
エントールは、この自分が、本来のフローフィリィアとは違うと感じたはずだ。
いくら装いが普段と大きく違っていたとはいえ、見抜いたのだ。エントールが気のせいだと振り払った考えだとしても。
自分の記憶になった記憶。自分の宝物になった宝物。
だけれど。
冷静に認めよう。
全くの他人の持ち物であり思い出であり、感情だったことを。
だけど。
フローフィリィアは、やはりエントールが欲しい。
本物の記憶を持っているからか。
エントールが素晴らしく完璧に、フローフィリィアに優しい王子様であるからか。
フローフィリィアのものであるエントールも、間違いなく手に入れたいだけなのか。
欲しい。
他の者に奪われてたまるものか。
屈辱すら感じながら、フローフィリィアは、持ってきた日記に手を伸ばした。
まだ幼い子どもの字で、フローフィリィアが綴っている。文字の練習も兼ねていたから、きちんと毎日つけてきた。
***
「お嬢様」
心配げに、ドアの外から声がかけられた。アリアだ。
フローフィリィアは顔を上げた。
没頭していた。どのぐらいの時間が経っているだろう。
「なぁに?」
声を上げる。
「エントール様から、お手紙が届けられました」
まぁ、とフローフィリィアは呟いた。