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10.まるで別人のよう

ある日の午後に、フローフィリアも招かれている誕生日パーティが催された。


胸元の開いた濃い紫色のドレスに、紫色の大きな宝石を太い金色で彩ってあるネックレス。

普段にない装いのフローフィリィアは、他人が見れば一瞬別人かと錯覚しそうなほど。少々ミステリアス。


パーティでは、変わったネックレスに皆が目を留め興味深そうに話題にした。

ただし、この場の主役は自分ではない。今日の主役を褒める方向に全ての話題を持って行くように配慮しなくては。

なお、事前に本日の主役のご令嬢には、アクセサリーについて確認済み。魅了する魔法も、意中の相手に対してという説明を教師から貰ったので、本日の主役の令嬢もむしろフローフィリィアの恋路を応援してくれている。


さて。その意中の相手のエントールは。

フローフィリィアが挨拶をすませて部屋を見回すと、離れた奥で友人方と話している。


小規模の気楽なパーティではあるが、フローフィリィアを迎えにも来ないとは。

どんどんフローフィリィアへの熱量を無くしていると分かるエントールに心が不穏にざわつくが、優美に微笑みを浮かべながらフローフィリィアから近づいた。

「エントール様」


エントールはふと表情を改めたように笑顔をつくり、フローフィリィアを振り返った。

「やぁ」


そこで、エントールが、続くはずの言葉を途中で止めた。わずかに目を見開いて。


フローフィリィアは瞬いた。


まさか、魅了の魔法とやらが本当にあった?


だが、すぐに違和感を持った。

エントールは、純粋に何かに驚いた?

フローフィリィアの美しさに目を奪われた、という類ではない気がする。


フローフィリィアは数秒待ち、おそるおそる、声をかけ直した。

「エントール様・・・?」


声掛けにエントールはハッとした。それから自分の失態に慌てたように、フローフィリィアの装いなどを改めて見直した。珍しい事だ。


エントールはネックレスもチラと確認した。彼のことだ、これがどのようなものかすでに知っている事だろう。

そしてにこやかな表情になり、フローフィリィアを見て、十中八九、褒め言葉を口にしようとして・・・またフローフィリィアの目を見て表情が消えた。


何かしら。

見た事が無いものを見たような、顔。


フローフィリィアもじっと見つめ返す。


周りがキャァと騒いだのが分かった。

ネックレスの効果が出たようだわ、素敵、見つめ合っていらっしゃる、などと。

周囲にはそんな風に見えるのだろうか。


だけど、そんなものではない気がする。

何?

フローフィリィアの瞳の中を見透かそうとするような必死さを感じた。


周りは自分たちの様子に浮かれている。

けれど。


エントールの目が少し揺れた。

不安、困惑、心配・・・?


なぜ私は、この人の内心をそう捉えるのだろう。分かるのだろう。


「・・・リィア?」

2人の時だけ使っている愛称がエントールの口から、小さく零れた。

恐れながら、確認するように。


まさか。


フローフィリィアはゾッとした。


この人は、フローフィリィアが本物ではない事に、気づいたのだろうか。


***


あり得ない事だ。


フローフィリィアがフローフィリィアではなくなっているなどと、誰が想像するだろう。

そんな事が現実に起こるなど。


エナしか知らない。本物が死んだのだと。

身体も知識も記憶も全てもらい受けた。

この状態で、誰が、フローフィリィアが偽物だと気づくだろう。


だけど。

フローフィリィアは動揺した。

周囲は、エントールがフローフィリィアに見とれている、などと解釈しているのに、フローフィリィアには、そうではない、と分かるのは。


本物は、エントールから本当の笑顔ばかりを向けられていたから。だから、感情の伴わない表情に違和感を覚えて気づくのだ。


まさか。

体温がザァと下がる心地がする。


エントールは、本物のフローフィリィアのことを、心底。


けれど、本物は、後悔して自ら死んだ。

だが今なら分かる。あの時点では、エントールは今ほど冷めていなかった。フローフィリィアに心底優しいままだった。


だとしたら。

フローフィリィアが、本物ではなくなっている事を、エントールは、自覚なく気づいていたのか。

フローフィリィアの付き人さえ気づいていないのに。エントールにしか気づかない何かがあるのか。フローフィリィアだけが、エントールの表情を見分ける事ができるように。


エントールは、単純にララに惹かれたのではない?

フローフィリィアが消えたから、こちらへの熱を失ったのか。

今ここにいるフローフィリィアは、エントールの大事な恋人とは、本当は似ても似つかない他人なのだから。


だけど。


少し茫然としていたフローフィリィアは今、ぐっと腹に力を入れるように気を引き締めた。


だけど、本物はもういない。


だから。


ねぇ、王子様。私を好きになって。


平民のララなどに横取りさせない。


私が、フローフィリィア。王子様に一番相応しい美しく可憐なお姫様。


***


「エントール様?」

フローフィリィアは不思議そうに首を少し傾げて、呼びかけた。

少し心配してみせる。

「どうされましたか?」


「え、あぁ」

エントールはハッと我に返って、瞬きをするように何度もフローフィリアを見なおし、やっと笑顔を作った。

「・・・珍しいね、きみが、そんなネックレスをつけるなんて」


「はい。オルド先生から実験を頼まれまして」

「そうらしいね」

エントールは普段通りを取り戻そうとしている。何らかの違和感を振り払う事にしたようだ。

実際、一瞬の錯覚ではなく、本当に別人など思う方がどうかしている。


エントールは普段の振る舞いのように、軽くフローフィリィアを責めてみせた。一つの愛情表現として。

「きみには、美しさを隠すようなドレスを着ていて欲しいと、醜い嫉妬心から思ってしまうな。他の誰かに取られたらとハラハラするよ」

「申し訳ありません。ネックレスに合わせてこれを選びましたの・・・」


「うん。噂は聞いたよ。ますます私を魅了するつもりなんだね」

「ふふ。だって大好きなのですもの」


エントールは困ったように軽く肩をすくめてみせた。

「その可愛い婚約者が他の男性からのアクセサリーをつけているのを見るなんて、とても複雑な気分だよ」

「それについては申し訳ございません・・・」

チラと上目遣いで様子を伺ってみる。


「今すぐ私の贈ったものに変えて欲しいぐらいだ」

エントールは、冗談だか本気だか分からない口調で、フローフィリィアを少し熱いまなざしでじっと見つめる。


***


パーティの間。


エントールからの視線に何度か気づいた。どうやら、つい不安にフローフィリィアを探してしまう様子だった。

こちらが気づくと、取り繕うようにニコリと笑ってくるので、友人たちは無邪気にキャアキャアと喜んでいる。


フローフィリィアは、エントールに可憐に美しく微笑み返す。心から慕っていると熱を込めて。


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