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1.エナは死んだけれどお姫様も死んだ

大きな姿見に映る姿に、エナは瞬いた。美しい紫色の瞳がパチパチと動く。


ふらり、と鏡に吸い寄せられるように足を進め、けれど思いの外、身体が重くて歩を留めた。

自分の着込んでいる服を見る。

ふわりと広がるスカート。何枚も生地が重ねられていて、息を飲んでしまうほどの刺繍。縫い付けられているのは、本物の宝石?


お姫様だ。

エナは思った。


夢だろうか。

いや、夢じゃない。

それに、アタシは、これが誰かを知っている。


そうだ。知っている、とエナは思った。

じっと鏡の中の己の姿を見つめながら。


アタシは、死んで、食べ物が無くて、奪って、見つかって、ついに、見つかったから、殴られて、蹴られて、木の棒で、それで、アタシは空腹のまま死んだのだ。


アタシは恨んだ。

世の中には、アタシたちみたいなゴミとは全く違う生き物の、お姫様がいることを知ってたから。

お姫様は気まぐれにアタシたちに食べ物を与えた。

ある日には、アタシたちを見に来てしまった。

綺麗なドレス、きれいなお顔、きれいなお声、きれいな馬車、豪華な騎士たち、アタシたちは、なんて嫌味だろうとそれらを見たのだ。


見たのはただ1度きり。

だけどゴミのように死ぬアタシは、羨ましくて、恨めしくて、あんな風に、アタシもって強く強く恨んだから。

アタシの家系は魔女なんて言われるぐらいに、だからゴミのような暮らしに落ちてしまったらしいとも聞いたけど、とにかく、アタシは酷く恨んで。


アタシは、キラキラしたお姫様の中のとびきりのお姫様に、死んだ霊になって、取りついた。


死んでるから何ができるわけじゃない。

でも、取りついたのだ。

恨みがましく。何もできないけれど。

ただ、お姫様がキラキラしているようすを、羨ましく妬ましく、傍にいた。


アタシには、せいぜいそれぐらいしかできないハズだ。

悪魔みたいに、生きてる人に乗り移ったりできるはずない。


だけど。


アタシは今、間違いなくこの世の中で一番キラキラしているお姫様として、鏡の前に立っていた。


「嘘でしょう」

呟いた声は、可愛い綺麗な声だった。

フローフィリィア様の声そのもの。


でも。アタシは、知っていた。

だって傍で見ていたから。


でも、もしそうだとしたら。

「フローフィリィア様。死んじゃったの?」

呟いた声は、震えていた。


アタシは、自分のものになった手を動かし、手を動かし、両頬に触れた。

蒼白な顔をしていたけれど、信じられないぐらい綺麗な顔だと、この目で見ても、思う。


なんて、馬鹿なんだろう。フローフィリィア様。

こんなに手にしていて、お金も、食べ物も、着るものも、住むところも、何よりも、美しく、地位があり、大勢に仕えられていて、王子様の婚約者で。


ある日、突然悩みだしたのは知っていた。だって悪霊となったアタシはずっとそれを羨ましく眺めていたから。

フローフィリィア様は、突然高熱を出して、何かに怯えた。

それから、急に生活や行動を変えだした。

周囲は不思議に思ってた。だって、お姫様らしくない事ばっかり。


その間、ずっとフローフィリィア様はふさぎ込んで落ち込んで。

そして。


フローフィリィア様は、怪しげな商人からその薬を入手した。

量を誤れば死ぬのだと、フローフィリィア様だけでなく、見ているアタシたちも知っていた。


そして、フローフィリィア様は、瓶の全てを飲み干したのだ。


取りついているアタシたちは、それをただ、じっと見ていた。


***


アタシは鏡の中、自分の周りをじっと見つめた。

フローフィリィア様についていたのは、アタシだけじゃない。たくさんがいた。多くいたけど、それだけだ。

鏡を見ても何もうつらない。

もちろん、実際キョロリと見上げても、何も無い。

アタシたちなんて、そんな程度。


だから、フローフィリィア様は自分の意志で死んでしまった。

悪役令嬢だとか、破滅だとか、そんな事に怯えながら。


なんてバカなんだろう。こんなに恵まれているのに。


死んじゃったから、アタシなんかに、乗っ取られたのだ。


別に乗っ取りたいとかずっと狙ってたわけじゃない。

確かにずっと羨ましかったけど。


ただ、どうしてアタシだったのかと考えるなら、アタシが魔女の血を引くなんていわれてたから、こんなことになったのかもしれないし、他の大ぜいより、アタシが単純にこの身体に入りやすかっただけなのかもしれない。

年齢も同じぐらいで、女の子で。


アタシはゴミみたいなもんだったけど、フローフィリィア様はお姫様だった。

そこは決定的に違うけれど。


「馬鹿」

とアタシは呟いた。とても可愛い声だった。


扉が開いて、お付きの人がアタシを見つけて驚いた。

「お嬢様! お目覚めになられたのですね!」


アタシは、フローフィリィア様として、振り返る。

この使用人が誰かなんてこと、アタシたちは知っている。


ねぇ、フローフィリィア様。

いらなかったんでしょう。だから死んじゃった。勿体ない。


アタシが、貰ったから。


だから、安心して、死んでいると良いよ。



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