恐ろしい女たちの会話
サブタイトルを変更しました。
その町には脳筋と呼ばれる魔術師がいる。
女性ながらまるで剣のように杖を振り回し、あげく高位の魔法で獲物を総なめにしてゆく。
まるで鬼人のように恐ろしい女性だと噂があった。
しかし最近は少し変わったようだ。
「夕べの食事会でね。ずいぶんやさしくなったねーとか、丸くなったねーとか言われちゃったー」
「へぇー、そうなんだ」
自分では変わったつもりは少しもない、と主張する藍色の髪の女性魔術師の名はタミリア。
いつもより少し遅めの朝食を作りつつ、相槌をうつ金色の髪のエルフの青年の名はギード。
ふたりは同じ家に住み、教会で式も挙げ、とりあえず夫婦として生活はしている。
が、実際には友人以上恋人未満にとどまっていることを周りの誰も知らない。
あのエルフは口が堅いし、誰もあの化け物魔術師に直接確認しようなどとは思わない。
そんな、誰もが知りたいような知りたくないような夫婦の日常のお話。
ギードが丹精込めて作った薬草茶を頂きながら、タミリアは初めて参加した女性だけの食事会なるものの様子を思い出す。
◆ ◆ ◆
昨日は頼まれた物を届けにハクレイのグループの所へ行って、夕食に招待された。
女性だけの集まりだというので、ギドちゃんに夕飯を断ろうと一旦家に戻る。
用意された料理と走り書きで彼も不在だと知った。
タミリアはせっかく彼が作ってくれた料理がもったいないので、器ごと持ってお邪魔することにした。
「こんばんはー」
「いらっしゃーい」
「わ、本物のタミリアさんだー」
「なになに?。これ、美味しそぉ〜〜」
「ま、まさかタミリアさんの手料理???」
「ふふ。ギドちゃんでしょ?、それ」
(う、うるさい……)
ハクレイのグループは奥方をリーダーとし、ほとんどが人族の女性で構成されている。
その日はグループの女性の他にも、知り合いだという見知らぬ人族の女性も一人混ざっていた。
総勢6名での食事はたいそう賑やかで、美味しいものが並んでいた。
食いしん坊タミリアは他の女性のおしゃべりを聞き流しつつ、ほぼ無言のまま食べ続ける。
(うーん、しあわせだ〜)
日頃狩りに全神経を集中してしまうタミリアは、食べることが趣味みたいなものだ。
食べるモノがすべて自分の血となり肉となり、骨となって強くなると信じているので好き嫌いもない。
以前はあまり味にこだわりはなかったが、最近はどうも量より質になりつつあると思う。
ギードが自分のために材料から作り方や量まで考えてくれている事を知っているからだ。
タミリアは自分が出来ないことを平気でやるギードのことを尊敬さえしている。
主に料理に関してだが。
町の噂話より、魔物や狩りの情報の方が聞きたいタミリア。
だが、ギードのことが話題になると、どうしても聞き耳を立ててしまう。
「そんなに素敵な男性なのですか?。化け物……いえ、脳筋、あー、いえ、タミリアさんほどの人がー」
栗色の髪の、ごく平凡な容姿の人族の女性だった。
見た覚えがないからおそらく他の町から来た人だろう。
「エルフなのに全然偉そうじゃないしー」
「普通のエルフは近寄りがたいけど、ギドちゃんは守ってあげたいっていう感じ?」
「商売人なのに無口で、からかうとすぐ赤くなるのもかわいぃわー」
思わぬ夫の評判にタミリアがポカンとしていると、次々と追撃が来る。
「ねぇねぇ、ギドちゃんって、どうなの?」
きゃーーーーっと黄色い声が飛ぶ。
皆もうすでに酒が回っているようだ。いつの間にか、空き瓶がいくつも転がっていた。
「は?、えぇ?」
自分以外の人間が夫を『ギドちゃん』呼びすることにも慣れない。
「タミリアさんのどこに惚れたのかしらねー」
(それはこっちが聞きたい、っていうか、たぶん惚れられてない……)
きっと手のかかる脳筋馬鹿だと思われてる。
タミリアはちょっと哀しくなってきた。
タミリアが落ち込みかけた時、見知らぬ女性が問いかけた。
「ハクレイさんとその方、どちらがお強いのでしょう?」
その質問にみんなが噴出してしまう。
何故笑われたのか、分からない女性はちょっとムッとした顔になった。
その時、タミリアは何か違和感を感じた。
(あれ?、この感じ、前にもあったようなー)
商人エルフの青年が狩りなどまるで下手なのだという話で盛り上がる中、タミリアは必死にその違和感を追いかける。
そして、つい目がその栗色の髪の女性に向いてしまう。
ウンウンと皆の話を熱心に聴くその女性と目が合った。
タミリアは目をそらそうとしたが、それが出来なかった。
そして自分を凝視するタミリアに気づいた彼女の口元が、ゆがんだように笑った気がした。
見間違いだろうか。もう彼女はこちらを向いていない。
タミリアは何ともいえない不気味さを覚えた。
見慣れない女性。容姿は平凡にして特徴がまるで無い。
そういえば、ギードの最初の姿を思い出す。人族の女性の姿をしていた。
あの時の違和感だ。タミリアはやっとその原因を突き止めた。
しかし、ここは招待された席である。
問い詰めたいが、勝手に動くわけにはいかない。そして、これが誰の策略なのかも分からない。
この栗色の髪の女性はしきりにタミリアとギードのことを気にしている。
噂話を聞く風を装っているが、情報収集しているとも取れる。
他人の色恋など放っておけばいいものを。
タミリアならそう思うだろうが、世間の女性とはそういう噂話が大好きである。
しかし脳筋ゆえに少々ずれた感覚が、今回はこの違和感を捉えたのだ。
(おそらくこの女性は姿を偽装している)
タミリアは明日、ギードにも注意するように言わなければ、と気を引き締めた。
グループの女性が誰か来たと言って玄関に向かった。
聞きなれた声が聞こえる。
タミリアは不安を気づかれないよう、ゆっくりと立ち上がった。
「私も帰りまーす」
ほどよく酒の匂いをさせ、うまく酔ったふりが出来ているだろうか。
タミリアはギードの姿を見つけ、さっと腕を掴む。
丁寧に別れを告げるギードを何とか引っ張って外に出る。
久々にあんな恐怖?を感じた。
タミリアはさっきまでの事を忘れるように下手な鼻歌まで歌い、気を紛らわす。
いつになくギードの腕が暖かくて、ぎゅっと身体を寄せたくなる。
でも今までやったことないし、恥ずかしくて明日顔が見られなくなりそう。
そんな事を考えていたら、足がもつれて転びそうになった。まるで酔っ払いだ。
何も言わずにギードが商人の細腕で受け止めてくれる。
その勢いのまま彼の腕に身体を寄せる。
タミリアが滅多に酔わないことを彼は知っている。
(祭りの夜、ハメをはずしていた時でさえ、ギドちゃんは一度も私を心配しなかった)
ギードは本能的に酔っ払いを嫌う。
だからこそ、本当に酔っているか、酔っていないかを見抜いてしまう。
(何も言わないけど、ギドちゃんは分かってくれてる)
勝手な妄想かも知れないが、それでも今はこの腕を離したくなかった。
その夜だけは北風が冷たくても寒くはなかった。
◆ ◆ ◆
「ハクレイはねー、家では魔術馬鹿っていわれてるんだってー」
「ぷっ」
思わず笑い出すギードの横顔にほっとする。
女性だけの席で感じた違和感。
その話をするとギードは、町で露店しながら、そんな人を見かけたら確認しておくと言った。
同じ魔道具なら見破ることは出来るそうだ。
腕力で戦うことはしないギドちゃんだが、こういう所は頼りになるのだ。
タミリアは、昨夜ふたりで腕を組んで歩いた事を、もう恥ずかしいとは思わなかった。
そうだ、彼は自分の気持ちを楽にしてくれるお薬なのだ。だから自分の好きな時に使っていいのだ。
そう思うことにした。いや、本当にそう思えてきた。
……女性というのはいつの世でも、自分勝手で我がままなものである。