ある日の男どもの会話
サブタイトルを変更しました。
露店商であるエルフの青年は、まだ世界をよく知らない。この国の名前も、この大陸に名前があることも。
人族にもいろんな人がいることは分かってきてはいたが。
「エルフの非常食を売って欲しいって?」
「らしいよー」
町の実力者のひとりといわれる魔術師の女性が、ある依頼を持ち込んできた。
彼は基本的には商人であるが、小心者なのであまり商売の手を広げる気がない。
しばらく考え込んだ末、荷物から箱を取り出す。それが例のモノが入った箱だと女性は知っている。
「この間、遠出した時の余りで良かったら」
思ったより中身の数が減っているなぁとは思ったが、それを二つに分け、片方を袋に入れて簡単に包装して渡す。
もう片方はそのまま彼女へ差し出す。
「ありがとう、ギドちゃん」
抱きついてくる女性に顔を赤く染め、ドキマギするエルフの商人の名はギード。
「化け物」だの「脳筋」だのといわれているが、家の中ではただの食いしん坊な魔術師の名はタミリア。
周りからは変人扱いのこの夫婦が、今日も平凡に暮らす「始まりの町」にも冬が訪れていた。
寒さが厳しくなってきて、露店が並ぶ町の中心部の通りも店自体が少なくなっていた。
この通りの隅、雑貨屋の店舗の隣がギードの定位置である。
冬は薪が良く売れる。今日のギードの商品はほとんどが薪である。
今回の薪は、先日どこかの騎士がエルフの森で暴れてくれたせいで倒された古木を、丁寧に集めた物である。
彼の店の商品は、お年寄りや子供でも持ち運びがしやすいように梱包されており、必要なら配達もしている。
「いつも助かるよー」
雑貨屋の店主も一人暮らしの老婦人である。
この町で初めて彼の薪を買ってくれた人であり、この露店の場所を提供してくれた恩人でもある。
薪を台所や暖炉のそばに運び込んでいると、代金といっしょに老婦人が毛糸で編んだ襟巻きを持ってきた。
「あ、あの〜」
「持っておゆき。店の売れ残りだけど、よかったら使って」
口数の少ないエルフの青年の首に巻きつける。
小さな声でお礼を述べて、うれしくて泣きそうになる顔を隠すように足早にその場を離れた。
ギードは先日の遠出の時に買った毛皮の上着をすでに古着屋に売っている。
護衛の初仕事の報酬とその古着の代金で、毛皮を買うためにタミリアに借りたお金を返していた。
出来るだけ借りは作らない、とういかこれ以上迷惑をかけられない。そんな風に思っている。
(それでなくてもヒモだと思われてそうだしなー)
この町は魔法の塔の町のように雪に覆われることはほとんどないらしい。
ただ冬になると強い北からの風が吹き込み、やはり寒いのは寒い。
老婦人の気遣いをありがたく思いながら座り込んでいると、あまり深くないツボを抱えたファルがやってきた。
「先輩これ見てください!。この中に薪を入れてあったまるんです」
隣にツボを置いて座り込み、中に薪を入れ火を付ける。
「なるほど、暖かいなー」
でも長時間は持ちそうもないなーと思いながら、こういうことを思いつく後輩を素直にすごいと思う。
毛皮を中心としたファルの露店の売り上げも順調のようだ。
手あぶりに使っていたツボもいろいろ聞かれたり、褒められたりして今日は機嫌がいい。
「先輩、今日は付き合ってくださいよ!」
話があるなら家で聞くのに、ファルはあくまでもギードを酒場に連れて行こうとする。
「タミちゃんに聞かれたくない話か?」
ぼそっとつぶやくと、酒好きの後輩は目をそらした。
一旦家に戻り、食事の用意と走り書きした紙を置いて酒場に向かう。
ファルが指定した店は思ったより上品で高そうな食堂だった。
今日は薪がたくさん売れたし、まあたまにはいいかーと仕方なく入る。
しかし飲食店などあまり入ったことのないギードは、店の中をキョロキョロと見回すことさえ出来ない。
入り口付近でただオロオロとしていると、ファルの方が彼を見つけてやって来た。
情けないが、後輩に手を引かれ、奥の方の席へ案内される。
安さが売りの、雑多な料理が並ぶ庶民の食堂と違い、ここはひとつひとつの席が余裕を持って離されており、客も品が良さそうだ。
自分自身が場違いな気がしてギードは落ち着かない。
「よくこんな店知ってるなー」
後輩はへへっと自慢そうに、行商人である父親の知り合いの店だと言う。
ファルが一度つまづいても露店を続けたかった理由は、父親が行商人だかららしい。
西街道の町ではエルフが少ないせいもあり、物珍しさで売れはするが、彼自身はあまり自分が評価されているとは思えなかった。
「各地にお得意様がいる父は、エルフの森では結構やり手だと評判なんです」
彼の父親は、エルフには珍しい放浪型の商売人らしい。
そんな風に知らない土地に行くエルフならば、おそらく腕っ節も相当なものなんだろうと予想できる。
その父親に憧れるファルは、自分も剣の腕と、そして商売の腕も磨きたいと森を出た。
狩りの腕前なら自信があったし、その腕を見込まれ、何人かの人族ともいっしょに狩りをする仲間になった。
しかし彼は商売でつまづいてしまった。
誇り高い狩人である彼は、自分を見下したような商店組合の人間に我慢できなかったのだ。
「露店でなくてもいいんじゃない?」
と聞くと、
「商売の基本ですから」
という。
(うーん、そうかなー。素材なら店に持ち込んで買い取ってもらっても、それはそれで商売だよねー)
そうギードは思ったが、指摘はしなかった。
父親からの指導もあったのかも知れないと思うことにする。
なんにせよ、早く父親に追いつきたいという少年の顔を見せる後輩がうらやましくもあった。
「先輩、自分たちで祭りを企画しませんか?」
ひととおり食事が終ると、自分は果実汁を後輩は普通に強い酒を頼む。
ファルの話では、露店を出しているだけではなかなか客を増やすことは出来ない。
いや、出来なくはないが、おそらく膨大な時間がかかる。
この間の秋祭りでの賑やかさ、客の多さ、それらが年に一回ではもったいないという。
「いや、祭りってそういうものではー」
祭りは神に祈ったり感謝したりする日であって、商売のためにやるものとは違う気がするんだが。
「じゃあ、祭りというわけではなくて、何か違う名目とかならいいですか?」
「たとえばー?」
「……町の名物夫婦の結婚記念日とか?」
ギードは盛大にむせた。
「ちょ、おま!」
「あはは、冗談ですって」
店の隅で大声を出したせいで、客の目がふたりに向いてしまったことに気がつかない。
どうも酒が入ると後輩は声が大きくなるようだ。
「ほぉ、名物夫婦ねぇ」
思わぬところから声がした。
いつの間にかギードの後ろに白い影が忍び寄っていたのだ。「げっ」と声を押し殺すギードの横の椅子に座る。
「それは僕達夫婦のことかなー?」
銀髪の長身、やさしげな顔からいじわるそうな声。白いローブの男性がいた。
「それじゃ人は集まらないな」
と、しごく全うな意見を言う精悍な顔つきの黒髪の騎士も後ろから現れる。
ギードは逃げたくなったが、「先日はどうも」と挨拶だけはきっちりとする。
邪魔をされて眉を寄せている後輩に、一応てきとーに紹介しておく。
「ぇ、魔術制御で最強といわれるハクレイさんと、聖騎士団の若手で一番といわれるエグザスさん!?」
だそうである。
ギードは二人がタミリアと同じ実力者だとは聞いていたが、そんなに詳しくは知らなかった。
(あー、あの走り回ってじゃれあってた姿見てるとなー。違和感しかないしー)
そういえば自分の嫁も、普段と狩りの最中はまったく別人のようだったなーと思い出す。
しかし、いったいどうしてこうなった。
美形男性三人を前にしてギードは頭を抱えたくなった。
ハクレイいわく、今日は女性だけのお食事会という事で家から追い出されたそうだ。
タミリアも何やら用事で来たところを奥方のエルフに誘われて参加することになったらしい。
(そういうことかー。依頼者はあのピンクの奥様か。エルフだからなー、彼女)
「というわけで、俺達も男同士飲み明かそうぜ」
騎士に背中をバンバン叩かれる。いやいやいや、酒好きじゃないし、よっぱらい苦手だし。
もうこうなったらドンドン飲ませて、途中で逃げるしかないか、とギードは考えた。
「せんぱーい、もっとまじめに考えてくださいよーー」
(これはもう完全に出来上がってないか?)
とギードは顔をしかめる。
魔力の高いエルフはあまり酔わないのだが、さっきから強い酒を飲み過ぎて許容量を超えたようだ。
「うちの奥さんは世界いちーーーー!」
(うるさいなー、こいつもか。わかってるよ、そんなこと)
この魔術師も許容量をー。ギードは呆れてものも言えない。
「わはははは」
(騎士さま、そんなに楽しそうに笑って……ヤケ酒か?)
三人はどこで意気投合したのか、やたらと笑い合い、酒を注ぎあう。
さて、こんな上品な店で、いくらこの町の有名人だとしても騒いだらまずいでしょう。
ギードは静かに自分の気配を消していく。日頃から森で他のエルフに会わぬよう気配を消すのは得意なのだ。
こっそり席を立ち、店員に主を呼んでもらう。
「すいません、代金はこれで」
「ああ、いや、もうもらってるからダイジョブだよ」
目が笑ってないよ、店主。
「すぐに人を呼んで来て引き取りますから」
必死に何度も頭を下げて納得してもらい、こっそり店を出ると走って食事会をやっている家に向かう。
あとは女性達にお任せしようとギードは決める。
(あー、ファルはどうしよう。やっぱり自分が引き取りに行くか)
いや、確か父親の知り合いの店だったな。じゃあ大丈夫か、と思い直す。
ギードは中央通りに面したハクレイの大きなの家の戸を叩く。
出てきた女性にハクレイとエグザスの話をすると、快く請け負ってくれた。
ガタイの良いその女性が何故か舌なめずりしていたのは見ないフリをしておく。
「それじゃー」と帰ろうとすると、扉をすり抜けるように華奢な藍色の影が出て来た。
「私も帰りまーす」
家の中の人達に手を振って、タミリアはギードの腕に自分の腕をからませる。
(あー、ここにもよっぱらいがー)
お酒の匂いをさせ、目の据わっている状態の女性に逆らってはいけない。
ギードはタミリアを連れ、何度もペコペコと頭を下げながらその家を出た。
町の中心部から南の門へ向けて歩きながら、タミリアは上機嫌に鼻歌を歌っている。
千鳥足のようにたまにふらりと身体を寄せてくるが、ギードは魔術師が滅多に酒に酔わないことを知っている。
(だいぶ楽しかったみたいだね)
小心者の旦那は余計なことは口にしないのである。
寒い冬の夜をふたりは腕を組み、身体を寄せ合って歩く。
それは初めてのことだったが、ギードは気づいていなかった。
タミリアはますます楽しそうに足をふらつかせ、ことさら時間をかけて、のんびり歩いて行った。