最初の夢
「始まりの町」教会前通り土産物店は本日も営業中。
しかし店主のエルフの青年は、今日も森の中である。
エルフの森、最深部にある聖域は古代エルフの遺跡があるといわれている。
その遺跡を誰の目にも触れさせないよう守護しているのが何千年と生きた老木の精霊。
その精霊の使いっぱしりをしている青年エルフは、今日も忙しい。
「タミちゃん、お疲れ様」
付近の魔物や獣を蹴散らしてくれる妻の口にご褒美を突っ込む。
体力回復薬を固形にした試作品で、人族にも効果が出るようにした物だ。
「んふ」
彼女はモグモグと幸せそうに口を動かしている。
味はお気に召したようだ。
古代エルフの遺跡で地図の作成や調査をしている青年エルフの名はギード。
彼の妻は人族の魔術師であり、魔法より近接武器で殴る事が好きな女性で名はタミリア。
ふたりは仲むつまじく、共同作業をしている。
「これで太らなかったら、もっと幸せ」
「……んー、善処します」
毎晩殴られるから、こっちは痩せる思いなんだがなー。
二人暮らしでも甘い夜など無い生活なのであった。
その日は珍しい客があった。
「ファル、久しぶり」
「はい、先輩!。お元気そうで良かった」
王都の軍養成学校に無事入学を果たした、後輩露店商のエルフの青年ファルが里帰りしてきた。
いろいろと町の噂は流れて来たそうで、心配してくれていた。
彼はりっぱな軍服に身を包んでおり、がんばって良い成績をあげているそうだ。
そして彼も、王都で例の物語を読んで、眉をしかめた一人だった。
しかしその後、一部貴族と商人の粛清で、また流れは変わり始めているという。
「シャルネ姫様が中心となって、エルフ族と人族との齟齬を解消しようとしています」
両方を呼んで遠慮の無い意見を交し合うという会議が頻繁に行われているそうだ。
自分もたまに呼ばれます、と笑っていた。
「そか、シャルネ様がんばってるんだなあ」
「先輩は何してるんですか?」
「ああ、これかー」
ギードは最近、地図作りのついでに、遺跡で拾った魔道具を調べている。
「森で拾ったー」と誤魔化しつつ、ガラクタで遊んでいると話す。
大戦前の魔道具は多くが失われた技術となっている。
変装の魔道具等、いろいろな魔道具を遺跡で見つけ、ギードはありがたく利用している。
それは戦争の忌避からエルフ族では使われなくなっただけで、実際はまだ充分に使えるからだ。
「時々面白いのが見つかる事があるんだよねー」
「へぇ」
ファルも興味深げに見ているが、タミちゃんは体重計測の魔道具を隠したようだ。
そんなタミリアをファルが目で追っているのが分かった。
「ん?、タミちゃんがどうかしたか?」
「あ、いえ」
ファルは王都で何度か軍隊内の実力者達を見ることがあったという。
「王城にいるんだよね。軍の人達は」
「はい、よく模擬戦をやってもらいます」
軍のヒヨッコ達では何人でかかっても相手にならないらしい。
「でも、たまに面白い人がいるんですよ」
わざと違う物を武器に使ったり、一発の真剣勝負で低魔法の威力を競ったり。
まるであの収穫祭の祭りの夜のようでした、という。
あの日。祭りの後に夜空に舞っていた魔法の光。
ギードはあの時、タミリアが戦い以外で魔法を使うのを初めて見た。
皆、楽しそうだった、酔っ払ってたけど。
「祭り、模擬戦、ふむ」
ギードの中で何かが引っかかっていた。
ギードは遺跡の中から出て来た魔道具を見ていた。
ドラゴン討伐祭りで見た、あの広範囲戦闘記録収集の魔道具である。
人族もエルフ族も魔道具自体はあまり変わらない物を使っていたようだ。
「それがどうかしたの?」
夕食後、タミリアはギード特製のお菓子を食べている。
(だーかーらー、こんな時間に食べるのが良くないんじゃないかなあ)
取り上げると殴られるので放っておく。
「うん。これさ、戦争時に開発された魔道具なんだけど、今は祭りに使われてるよね」
「あー、うん。他に使い道、あんまりなさそう」
そこなのだ。軍事用に開発されても、今は使い道がない。
「何かに似てない?」
「んー?」
(匙をくわえたまま、首を横に倒すな、かわいいから)
戦いにしか使えないって思い込んでいるものでも、他の事に使えるかも知れないとギードは思う。
「軍だってそうじゃない?。今はどことも戦争なんてしてないし」
国の権威として軍隊は必要だけど、戦うだけじゃなく、要人の護衛や、祭りの警備にも出る。
一番多いのは魔物や凶暴な獣の対処だが、どこの町でも多いわけじゃない。
「始まりの町」は特に多い方だから、タミリア他実力者が揃っている。
「人と魔道具を比べるのはアレなんだけど、使い方次第じゃないかと思う」
飼い殺しにされている実力者のほとんどは脳筋といわれる、戦いに生きる者たちだ。
他の事が出来ないから囲われるしかないんだと思う。
貴族の私兵といっても、多くは剣術指南や、護衛の仕事だ。
脳筋魔術師のタミリアに出来るかといえば、おそらく出来ない。
彼女は強制されるのを嫌がるからだ。
でも、祭りの時の彼女は実に楽しそうだった。
ギードはその夜、ずっと取り留めのない事を考えていた。
翌日、王都へ戻るファルにギードは伝言を託した。
その返事は案外早く来た。
「イヴォン師匠、いらっしゃい!」
商品の引き取りに来たフーニャさんと一緒に来たのはイヴォンさんだった。
「ちょ、古木倒さないで!」
ギードは慌てふためいた。
防衛機能が全開でダークエルフに向かっている。
「やめて!、嬉々として倒さないでって!」
イヴォンも負けてないから困る。枝をかいくぐり、地面から次々に飛び出す根を切り裂いている。
「わはは、楽しいな」
「楽しくない!、一応、古木は再生するけど、楽しくないから!」
イヴォンも実力者のひとり。頭脳派だと思ってたけど、もう脳筋認定でいいな。
「何か嫌なことでもあったんですか、嫌がらせですか、それ」
(くそっ、止めないと)
「精霊結界!」
ギードの身体が金色の光を帯びる。
キンっという音と共に、黄金色の結界が森の古木の精霊達の表面に張り巡らされた。
イヴォンが驚きながら戦闘を止め、その木に素手で触れて確認している。
ギードは最近、古の精霊を呼び出さずに、その力だけを借りて魔力を温存する事に成功していた。
ギード自身の魔力は少ないが、眷属である古の精霊は膨大な魔力を持つ。
ならば自分が使うより、彼に使ってもらえばいいのだ。
要は魔力の共有だった。
厨房の事故の時、自分の魔力の無さを改めて思い知り、試行錯誤してきた。
そして遺跡の調査中に、タミリアと狩りをしながら段々と慣れてきている。
今は森のほぼ全ての精霊に結界を張るという大技まで出せる。
ギードが睨んでると、師匠がごめんごめんと謝ってきた。
「伝言、聞いたよ。是非、一緒に王都まで来てもらいたい」
シャルネはまだ王都らしい。
ギードはシャルネに面会の伝言をファルに頼んでいた。
しかし、イヴォンのこのやり方はどうなんだ。自分の力を試したんだろうが、あんまりだ。
ギードはへそを曲げている。そう感じた師匠は弟子を見る。
タミリアがすっとギードの横へ行き、その腕を取る。
「ギドちゃん、王都なんて行かなくていいよ」
ふたりでずっとここで暮らせばいいじゃない。タミリアは今、自分達は充実した生活を送っている、と師匠に話す。
フーニャも、ここへ来てからのタミリアの変化を見ているので納得している。
「へ?、お前がか?」
イヴォン師匠は目を丸くしてタミリアを見ている。
そして、ぷっと笑いだす。
「あははは、それは無理だろ」
絶対にすぐ飽きる、と笑いながら帰って行った。
「ギード。明日の朝、町の広場の移動魔法陣前で待ってるぜ」
そう言い残して。
その夜、ギードは身体を起こし、隣の寝台のタミリアの寝顔を見ていた。
(タミちゃん、本気でずっとここで生活する気なのかな)
それは彼にとっても幸せな事だろう。
王都でも町でも危険な目に遭って、ギードは人族のやり方には辟易した。
でもそんな人族ばかりじゃない事も知っている。
タミリアもハクレイやエグザスや、お客さん達。嫌いな人の方が少ないのだ。
(あれ?、なんかおかしい)
改めて考えると、自分がエルフ族寄りの考えになっていることに気が付いた。
両親の事を知って、ギードは彼らを誇らしいと思った。
そのせいか、エルフ族の誇りなどと感じるようになってたみたいだ。
(違うよね、前はエルフも人も変わらないって思ってたのに)
両親の事は誇りに思っている。タミリアの事もだ。
エルフ族だろうと人族だろうと、嫌なこともあれば良いこともある。
それは種族では括れないのだ。
(忘れないようにしないとな)
そして、もうひとつ忘れてはいけない事があった。
「タミちゃん。なんで結婚したか、忘れたの?」
眠っているかも知れない、聞いていないかも知れない。
少し恥ずかしいけど、声に出しておきたかった。
「タミちゃんは強くなりたかったんだよね」
こんなヘタレのエルフでもいいから、結婚で得られる能力が欲しかったはず。
それで少しでも役に立つならとギードもそれに乗ったのだ。
「魔法剣士になったタミちゃんが見たい」
それが最初の自分の望み。ギードは忘れていない。
「強くなりたいとがんばるタミちゃんはかっこいいよ。最高に憧れるよ」
ギードは静かに話し続ける。
「今、ここにいるタミちゃんも好きだけどね」
そういってギードは、眠るタミリアの唇に口付ける。
今日はタミリアが体重を測るのを忘れたので殴り飛ばされなかった。
本当はそのまま抱き締めたかった。
でも明日は王都だ。きっとまた胃が痛くなる事が待っている。
「おやすみ」
彼はこの木の匂いに包まれていると、よく眠れる。
ギードが熟睡した頃、その毛布の中にタミリアが潜り込んで来た。
彼女は最近、彼が目覚める少し前までずっとその胸に抱きついている。
その事は古の精霊と老木の精霊だけが知っていた。




