魔術師家の事情(後編)
劇場の前でたむろしていた集団がいた。
日頃、町中では見られない見目麗しいエルフの兵士達が劇場に入ったのを見て集まったらしい。
「エルフっていうのは観賞用なんだよ!、見に来て何が悪いんだ」
物語を読む気も、劇を見る気もない者たちの集団である。
王子達はすぐに馬車へ乗り込めば済むが、兵士達はそうは行かない。
町中では慣れない武器を振り回すことも出来ない。彼らの主な武器は弓なのだから。
兵士でありながら戦えない。そんな彼らをあざ笑う無礼な集団。
囃し立て、足早に去ろうとする彼らを追いかけ、捕まえようとするものまで現れた。
王子は切れた。町の警備の兵士達が向かっていたが待てなかった。
自分達は軍人だからと町の警備に頼らなかったせいで遅れたのだ。
ギードの顔をじっと見たリデリアは、自分が見た訳ではない、とした上で話をする。
「上位精霊というのを見たことはある?」
「いえ……」
普段目にする精霊は手のひらに乗る程度の大きさで、丸い玉のような見た目をしている。
精霊の加護を使う時、祝福を与えるために現れる精霊は、属性によって色は違うものの、大きさは変わらない。
その精霊の数が多いか少ないかで加護の強さが変わるのである。
その姿は普段エルフにしか見えないが、エルフが頼めば人前に姿を現すこともある。
ギードには普通の精霊でさえ扱うのは難しいのだが。
魔法の塔などで精霊魔法を強化していけば、そのエルフの魔力により、上位精霊となりその姿は一転する。
ハクレイの奥様ならおそらく呼び出せるだろう。
「上位精霊を扱えるエルフが王都にいるのですか?」
それだけエルフ族の多い王都の軍なら居ても不思議ではない。
「王子様のお連れの女性エルフ様がその上位精霊を呼び出したの」
ギードは息を呑んだ。まさか。
「あの……筋肉だるまを?」
見たことはないが聞いたことならある。
上位精霊の、特に汎用性の高い防御の精霊と腕力の精霊は、おおよそエルフには似つかわしくない姿をしているそうだ。
「筋肉だるま」とエルフたちが呼ぶその姿は、筋骨隆々たる上半身裸体の男性の姿で現れる。身の丈は人の三倍ほどある大男なのだ。
「もしかして、全員で呼び出して並べたとか?」
国王軍所属の弓兵である。彼ら全員が精霊を強化していても不思議ではない。
リデリアはうんうんと首を縦に振った。
半透明の半裸男性、守護は金色に、攻撃は炎の色に光るキラキラした筋肉だるま。皆あっけに取られただろう。
癒しの上位精霊なら確か女性型なのでまだ少し印象が違っただろうが。
ギードは額に手を当て「あちゃあ」と呟いた。
無事に事件は終結したようだが、周りのエルフに対する印象は一変した。
エルフは弱い。だが守っている者は強いし、恐ろしいのだと。
(これは近寄りがたいというより、近寄りたくない、になるか)
ギードは「それは見たかったなー」と呟く誰かさんは放っておく。
しかしその話は思わぬ方向へ。
「ギードさんはどのような守護をお持ちなのですか?」
(お、お義母様、それを聞きますか)
ギードは慌てた。しかし母親ゆえ真剣に心配していそうだ。
「えーっと、私は商人なので精霊はあまり扱えません」
「でもドラゴン討伐で活躍したんでしょう?」
(お義兄様、やめて下さいー)
あれは誰かの協力がないと出来ない。
自分ひとりの力では短時間の防御上昇の加護がせいぜいなのだ。
「私の精霊魔法は、協力してくれる者がいないと使えないのです」
(あのちっこい丸い精霊たちでさえ、なかなか寄って来てはくれないのですよ。はい)
家族同士で顔を見合わせているのが分かる。
でも無理なものは無理だとギードは心の中で謝罪する。
(我は協力できるぞ)
(はいはい、古の精霊様。今は黙ってて下さいね)
自分自身でさえ把握出来ていないものを、初対面の妻の家族の前で見せるなんて恐ろしい事は出来ない。
「そうねえ、貴方自身の魔力もたいした事なさそうだし」
(はい、お義母様、おっしゃる通りでございます)
さすがタミリアの身内。的確だ。
しかしその言葉にカチンと来た者がいた。
「何をおっしゃってるの、お母様。エルフ様はすごいんだからー」
(義妹よ、何がすごいのか分かりませんが、少なくともここに居るのはたいした者ではないんですよ)
ギードは次第に追い詰められていく。
ふふふとタミちゃんが笑っている。
お義父様がそれを見て片眉を上げている。
「タミリア、お前は自分の夫がたいした者ではないと言われて悔しくないのか」
「お父様。お言葉ですが、ギドちゃんの価値は私にしか分からないわ」
ねーっとこっちを見ているので苦笑いを返しておく。
それでもリデリアは納得しない。
「でもでも、ギードさんは姉様の夫なのだもの。きっとすごいエルフ様なのよ!」
たぶん彼女は自分の姉が自慢なのだろう。国も認めた実力ある魔術師なのだから。
普段いっしょにいない分、憧れも強いのかも知れない。
(擁護してもらえるのはうれしいけど、自分にはそんな価値はないんですよー)
ギードは何かで誤魔化してみようかなと思いたった。
いつも懐にタミリア用に持ち歩いている例のアレを取り出す。
「私は戦いには向いていないんです、本当に。でも貴女のお気持ちはうれしいですよ」
そう言って一つ渡す。気がつくとタミリアが残りを奪って行った。
うぅと唸りながら涙をこらえて俯いたリデリアは、ギードから貰った菓子を口に運ぶ。
カリッと一口かじった彼女は、口をもごもご動かしながら目を丸くする。
「お、美味しいぃ」
「タミちゃん、全部食べちゃだめだよ。ちゃんと分けてあげてね」
クギをさしておかないとね。
不満そうだがちゃんと兄や両親にも差し出している。いい娘だ。
戻って来ていたお義姉様にも食べてもらったようで、一通り皆が口にした感想。
「タミリア。胃袋つかまれてるだろ、これ」
(ええ、おそらく正解です)
たぶん妻にとって自分の価値はここしかないとギードも思う。
ご両親はずいぶん複雑そうな顔をされていたが、兄夫婦は何故か少し安心した風だった。
やはり噂のエルフ族ということでかなり心配されていたのだろう。
ギードは分かってもらえて良かったと胸を撫で下ろした。
ただ、義妹に懐かれ過ぎて、実はエルフの非常食であるアレを後日送ることを約束させられた。
夕暮れが近づき、無事に聖騎士団の宿舎へ戻って来た。
カネルたち主催、夜の大反省会はこの騎士団の大きな食堂で行われることになっていた。
やがて時間になり、食堂に連れて行かれる。
たくさんの騎士達に囲まれ、謝罪を受けながらの食事は小心者にとって拷問に近かった。
「王子のあのエルフへの熱愛ぶりは異常ですよ」
「いやいや、カネルさん。エルフはね、庇護欲をそそる生き物なんですよ、きっと」
だから力のある者にとって自分の力(財力や地位)を発揮して守ろうとする。
その力が大きければ大きいほど騒動に発展しやすいのだ。
「王子もすぐ気づかれますよ」
しかしギードは、あれほどエルフに愛される人族も珍しいし、王子は幸福な人だと思う。
食事とお酒があふれ、人もあふれ、収集がつかなくなりそうだ。
脳筋の多い騎士団の中にはやはりタミリアを崇拝している者も多く、脳筋仲間ということでタミリアの機嫌は良さそうだ。
何故ここで男嫌いを発揮しないのか、と不思議に思ったが、タミリアは自分から近寄る分にはあまり気にしない。
逆に彼女に馴れ馴れしく触れようとしたりすればぶん殴られる。騎士たちはそれを良く知っているようで、適度な距離を保っているように見えた。
ギードは逃げ出す事は諦めたので、その場で気になった事を少し聞いてみる。
「劇場前での上位精霊の出現はやはり脅威でしたか?」
ばれてたのかーと数名が顔を見合わせている。
「あれはもう悪夢に近いだろ」
思い出したのか、目がうつろになっている。
どんな人族だろうが、初めて見ればとにかく驚くだろう。
(脳筋さん達には受けるかもしれないけどね。だってここに一人いるから)
「見たい見たーーーーい」
「タミちゃん、酒飲んでるね」
(しかも酔ってないのがバレバレなんだが)
ギードは大きくため息を吐く。
しかし、あの弓兵さんたちはここには居ないようだ。
エルフの部隊自体が珍しいので、王城の中でも王族に近い場所にしか居ないらしい。
それでも王族を巻き込んで騒動になるのだから、エルフ族恐るべし。
ギードはいきなり、ぐっと胸倉を掴まれた。
「お前、タミリア姉さんのお願いが聞けないのか」
ガタイの大きなお兄さんにすごまれた。
「いやだから、自分は出せないっすよ、上位精霊なんて」
エグザスが止めに入っているが、同じ騎士団内でも先輩らしく手が出せないようだ。
そうだそうだーと野次馬と同化している我が嫁、いい加減にしなさいとギードは睨むが無視された。
ちょっと脅しとかないと、町に帰っても悪ふざけでやりそうだと警戒する。
仕方ない、とギードは覚悟を決める。
(あー、古の精霊様。出番です)
了解した、と声がした。
ここは聖騎士団の宿舎だ。多少のことでは騒動にならないだろう。
「では外に出ましょう。建物壊したらまずいし」
そんなことはないだろーと半笑いしながら皆ぞろぞろと庭に出る。
椅子を持ち出した騎士がタミリアを真ん中にして、座らせている。
ぐるりとそこにいる面々を見て、聞こえるように声を出す。
ギードにしては珍しい行為である。
「保証は出来ません、自分でも呼び出すのは初めてなので。いいですね?」
きっと王都に来てからの一連の事件のせいでギードの神経がおかしくなって来ているのだ。
ギードは特にタミリアに視線を固定しておく。
他の誰かを見ていたらきっともっとおかしくなるだろう。
うおーうおーと騒いでいた騎士達が何かを感じて静かになる。
目を閉じたギードは静かに詠唱を始める。実はこの詠唱に意味はない。
もっともらしく大げさに見せているだけだ。
「来い」
ギードが片手を高く上げる。
冷たい風が庭を吹きぬけた。
ギードの後ろに現れた存在を見たものは、一様に怯え、逃げるように部屋に戻って行った。
タミリアとエグザスだけは、呆れて見ていた。
ーーー我は古の精霊なりーーー
「上位精霊のまだ上らしいよー。すごいねー」
ギードは暢気な声を出す。
その身体は黒い闇の中でもまだ黒く、そしてその大きさは闇の中では判別出来ず。
その姿を見て愛嬌がないなと思い、何か芸を仕込もうとギードは考えた。
そして真剣な顔で言った。
「お手」
黒い手がギードが出した手の平に乗せられた。




