露店商の後輩
いつもは「始まりの町」で露店をしているエルフの青年は、今日は西の街道沿いにある隣町に来ている。
秋の祭りから数日後のことである。
「いつもの場所にいなかったからー」
心配したよーという顔ではなく、何してんのーという風で魔術師の姿をした脳筋娘が声をかける。
「あはは、ごめんごめん」
ちゃんと早朝、家を出る前に説明はしたはずなんだがなーと苦笑いを浮かべるエルフの名はギード。
守護の祝福をかけてもらおうと、狩りの前に隣町までわざわざやってきた魔術師の名はタミリア。
人族の女性の方はそれなりに有名であり衆目を集めているが、ふたりが何故親しげに話しているのか知らない人が多い。
実はふたりが新婚さんなのは特に秘密でもなんでもない、そんな日常のお話である。
「っこんにちはー、先輩!」
元気な声で挨拶されて、ちょっと後ずさりしてしまった露店の主は、まだまだ小心者のエルフの青年。
その目の前に、まだ少年からオトナになりかけのイケメンエルフが座り込んだ。
このイケメンエルフの名はファル。
彼に先輩と呼ばれ、露店主のギードはその馴れ馴れしさに複雑な顔をする。
二人は先日の祭りで知り合い、意気投合した。同じエルフ族でありながら、ある意味対照的な二人であった。
「先輩、さっそくこの町に来てくれてうれしいです!」
暑苦しいくらい顔を近づけてしゃべるファルにギードは困惑気味である。
「いや、ちょっと様子を見に来ただけだから」
照れる先輩に後輩はうれしそうにニコニコしている。
現在ギードは主に「始まりの町」で、ファルは「西街道の町」で露店を開いている。
祭りの時出会ったファルは、「自分がいる町に露店が少ない」と嘆いていたのだ。
そして是非、一度この町に来て欲しいと頼まれていた。
引きこもりを脱してまだ日の浅いギードにはちょっとした冒険であった。
何せ、彼はエルフの森と始まりの町しか知らなかったのだ。
ギードの隣で露店を始めたイケメンエルフにタミリアが首をかしげている。
「こちらは?」目で(教えろ)と夫に合図を送っている。
「あー、露店仲間のファルだよ」
「ファル、こっちはー」
と言いかけた言葉がさえぎられる。
「タミリアさんですよね!。お噂は聞いています!。よろしくお願いします!」
南の森の魔物襲来事件での緑光を放つ魔物の正体はすでに祭りで公表されている。町の人たちは安心と同時に、改めて脳筋の不可解さを知った。
すごかったらしいからなー、その剣ならぬ杖を振り回す姿は。
しかし、目の前のイケメンエルフはいきなり魔術師の手を握っていた。
タミリアはここでも有名人である。そんな彼女に会えたうれしさに、イケメンエルフも興奮気味である。
しかし脳筋嫁には、こんなイケメンに迫られる体験など今までそんなになかったのだろう。
完全に嫌がっていて、さっさと手を離し、ギードの影に隠れる。
(異性に迫られる脳筋なんて珍しいもん見たなー)
などとギードが思っていると、突然、タミリアの杖全体に赤い炎が浮かび上がった。
「えっ?」
ギードとタミリアが同時に声をあげた。
「あれ?、言ってませんでした?。僕は剣を使うので、精霊魔法は攻撃補助の火なんですよ」
ファルの精霊の祝福で、タミリアの杖に腕力が上昇する補助魔法が付与されていた。
普通エルフといえば弓装備だが、まれに彼のように剣を使い、前衛で狩りを行う者もいる。
エルフには生まれつき弓に有利な風の精霊の加護があり、命中力が上がっているにもかかわらずだ。
しかし人族より腕力に劣る剣使いのエルフは、その攻撃力を補うために、使える精霊の魔法を火にしている者が多いのだ。
精霊の祝福を受けた魔術師の杖は、いつもより攻撃力が上がったはずである。
驚いていたタミリアも、それを聞いてうれしそうに杖を振りながら、「行ってくるね」とさっそく狩りに行ってしまう。
うん、実にうれしそうだった。ギードは少しだけ複雑な心境になったが。
「さすがですねー」
そのすばやい動きに呆気にとられていたファルが思わずつぶやいた。
周りに人が少なくなった時を見計らうようにギードが話かける。
「で、本当の用事は何かな?」
ファルが少し困ったような笑顔になる。まあ、それでもイケメンには変わりない。
そのまぶしい顔を見ないようにしたままギードは答えを待った。
「先輩がどうやって、あの、その、うーん……」
歯切れがずいぶんと悪い後輩である。
先輩後輩というが、実は森を出た日時自体はそんなに変わらない二人であった。
それでもファルがギードを先輩と呼ぶのには理由がある。確かにギードの方が年上であるが、ただ単に年齢だけの問題ではなかった。
ファルは祭りの準備で訪れた「始まりの町」でのギードの露店の様子を見て、不思議に思った。
(なんでこんなに自然に人族と話せるんだ)
売り物は品質が良く、慎重に選ばれて並べられている。
店主は口数が極端に少ないにもかかわらず、常連さえいるようだ。
まるでエルフとか人とか、そんなものを感じさせないギードに自分に無いものを感じていた。
商売人として彼の方が上であると感じ、自然と「先輩」と呼ぶようになったのだ。
それはファルが抱えているある問題を相談したいという思惑もあった。
二人は森を出て、それから同じくらいの時間を町で過ごしている。
しかしファルは初めての町で、露店をやろうとして人族との間で問題を起こしていたのだ。
「商店組合かー」
ギードにも覚えはあった。
町で商売をするためには、その町の商店組合に、ある程度の金額を定期的に納める必要があるのだ。
人族であればよその土地から来たとしてもほとんどが知っている常識だが、エルフ族で森から出たばかりの若者で知る者は少ない。
ギードは幸いにしてグループのリーダーである勇者の子孫の男性から、その辺をきちんと教えられていた。
それでも、あの組合の建物の中の高圧的な雰囲気は怖かった。
小心者の彼にはタミリアが付き添ってくれたが、「私にはわからないからー」と一切口出しはしなかった。
とにかく商売しか活路がないギードは、平身低頭でその場を乗り切った。
そんなエルフなど見たことも聞いたこともないと、組合内ではギードはある意味評判になっていた。
そのギードがまじめに納金し、ついには高額な、一人前の商人の証として商店を出す権利を示す「札」を入手した時は喜ぶ者も出たほどであるが、それはギード本人は知らないことである。
それまでの組合の者にすれば、誇り高い民族であり高圧的な雰囲気で、若年ながら横柄な態度をとってくるのはエルフ族のほうである。
それゆえ組合の職員たちは近年さらにエルフ族に対し高圧的になってきていたわけだが、そんなことは初めてのエルフにわかるはずはない。
「それでやっちゃったわけね」
勝手に露店を広げた彼は、周りの人族の露店商から指摘を受け、組合に向かったそうだ。
組合職員にファルは横柄な態度で「知らなかったんだからしょうがない」を繰り返しているうちにけんか腰になった。
そして現在、納金しようにも断られるような状態になってしまっていたのだ。
祭りの時期は組合も忙しいのでいちいち以前の事をとやかく言わないし、祭り限定での許可は下りる。
しかしファルの方は、より大きな町でこれからも商売の腕を磨きたいという思いを強くしてしまった。
炎の加護を持つ剣エルフである。タミリアほどではないとしても、そこはやはり脳筋型の思考なんだろう。
「で、未だにけんか状態だと」
「……はい」
ギードはうつむいてしまった後輩をチラリと見る。
大昔は敵対状態であったため、今でもエルフ族と人族の間には多少とはいえ微妙な空気がある。
ある者は畏怖の存在として腫れ物に触るように、ある者は異種族に舐められまいと高圧的に。
それがギードに関してはほとんど感じられないとファルは言うのだ。
それはそうだろうな、とギードは思う。
小心者ギードにとって、人族だろうが、自分以外のエルフだろうが、そう変わらない。
「エルフも人も同じだよ」
すべてが用心すべき相手なのだ。
彼が心を開くのは、森の(エルフではない)少ない友と、最近はひとりだけ人族の友人も加わった。
そのタミリアに関しては、友人なのか、それ以上なのか。自分でも分からなかったのでとりあえず友人としている。
(嫁ってなんだろうな。てか、一生結婚なんてする気もなかったしなー)
自分は流されて生きているだけなので、後輩に対して何も助言などできる立場ではないなと思った。
それでもギードは自分を慕ってくれる初めての存在の力になってやりたかった。
「とりあえず一緒に商店組合に行こうか、謝りに」
後輩は黙ってうなづいた。
二人は「始まりの町」の中心地にある商店組合の建物に来た。
「こんにちはー、失礼します」
組合の受付とギードのやりとりは実になごやかなものであった。
「まだまだ自分同様若輩者なので、大目にみてやってください」
何の迷いも無く、深く頭を下げるギードに「いやいや、そこまでしなくても」と組合の職員の方が慌てる。
ファルは付き合い程度に頭を下げている。それ以上はいろいろ心情的に無理らしい。
人族に舐められてるんじゃないか?とファルは思ったが、職員たちにしてみれば、ギードの後ろにはあの化け物魔術師がいる。
そう思えば無理もないかと考えた。だが、それは表向きの理由でしかない。
この町で知らない者がいない脳筋魔術師を嫁にした怖いもの知らずとギードは一部では評判だった。
珍しい腰の低さ、大人しい態度のエルフであるにも関わらずだ。
ギードは商店組合では一応知られた顔であり、まじめに商売し、一応の評価もされている。
その彼が口利きをし、何回か分をファルがまとめて納金することで決着がついた。
ファルはギードのおかげで始まりの町で露店ができるようになった。
組合を出たところで、ファルはお礼にとギードを酒場に誘ったが断られる。
「うちへおいでよ」
とギードに言われ、町の南の門近くにあるギード所属のグループの家にお邪魔することになった。
二人は露店が並ぶ通りで食料や飲み物を買い、家に向かう。
掃除の行き届いた食堂のテーブルに皿やコップを並べていく。
「おかえりー」
奥の部屋からタミリアが顔を出すとファルがぎょっとする。
その強さは憧れであり、そして脅威でもある女性だ。ファルは本当は彼女を警戒していた。
「今日は早かったんだね」
と、ギードが三人分の料理を盛り付け、差し出す。
ごく普通に会話をするふたりを見ながら、やはり先輩はすごいとファル思った。
脳筋魔術師の姿はこの町の者なら大抵知っている。その美しい容姿に合わぬ、嬉々として魔物や獣を狩る姿も。
エルフ族とすれば、これは人族の戦士に他ならない。恐怖の対象にもなりえる。
それなのにギードは、「エルフも人も変わらない」とはっきり言う。
確かに先輩は容姿に恵まれていない、かもしれない。
だけど自分達は商人なのだ。「容姿?、不快でなければいい」という感覚を持つ。
容姿が良いに越したことはない。だけど外見だけでは商売は出来ないのだ。
必要なのは、もっとこう、中身から溢れる何かなのではないのかとファルは感じた。
では彼女はどうだろうか。
戦士には見えない、どう見ても魔術師だ。だが、その思考はまるで脳筋であるという。
やはり外見ではない何かを、ギードは感じとっているのだろうか。
ファルはそんなことを思いながら、くるくると台所とテーブルを行き来しているギードを見る。
テーブルの斜め向かいには、満面の笑みを浮かべ、口に料理を運んでいるタミリアがいる。
なんだろう、すごく普通だ。
幸せそうな、そして平和な日常。
きっとタミリアも「種族なんて、そんなの関係ない」って言うんだろう。
そこはファルにとっても森とは違うのに安心できる場所だった。
ファルがよっぱらい、タミリアがボケ、ギードが微笑む。三人三様の夜が更けて行く。