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【連載版】エルフの旦那と魔術師の嫁   作者: さつき けい


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幸福な王子(後編)

 ギードは隊長さんに頭を下げ、すぐに早足でその場を離れた。

エグザスはよく分からないまま、ギードを追いかけて来た。


「何かあったか?」


聞いてくるエグザスにギードは何も答えない。

施設から外に出るまで、ギードは気がせって落ち着かず余裕が無かった。

外に出てすぐに深呼吸。やっと生きた心地がした。

不思議がるエグザスは教会を振り返りながら、とりあえず食事にしようとギードを連れて知り合いの店へ向かった。


 そこは兵士や庶民が多い、雑多な食堂という感じの店だった。

ふたりが入って行くとチラチラと少なくない者たちがこちらを見る。

やはりここでも何故か恐れられている感じがする。なんだろう、不快でたまらない。

このような状態で食事が喉を通るはずもなく、ギードは食が進まない。

エグザスはため息をつき「出ようか」と食事もそこそこに店の外へ出る。


「なあ、ギドちゃん。おい」


王都の夜は人が多い。式典のせいとは思うが、ギードには少々辛い。

息苦しくて、どんどん人の少ない方へと足が向いてしまう。

エグザスの声は聞こえていたが、ギードは完全に背中を向けてしまっていた。

人通りの多い道だが、営業している飲食店が明るい分、普通の家との境は闇が深くはっきりしている。

そして、家の影に入った途端。


ヒュッ。


それは弓から矢が放たれた音だった。

カツン、と目の前に突然現れたモノがそれを弾いた。

屋根の上を走る足音が、いくつか続いて聞こえた。

その道の上に残されたのは、真っ青な顔のエルフの青年と、折れた矢と、普段着の聖騎士だった。




 エグザスの交渉で聖騎士の宿舎に泊まれることになった。

あの後、通行人たちが騒ぎ始め、いつのまにか警備の兵に囲まれていた。

せっかく手配してもらった宿にも行けず、ギードは教会の施設に戻って来てしまっていた。


「一体何があったんだ。俺の知らない間に王都はどうしちまったんだ」


エグザスもエルフに対する人族の態度に違和感を感じていた。


「始まりの町」には無い、エルフに対する恐怖感。以前はこんなこと無かった、と聖騎士はいう。


 その時、控えめに扉が叩かれ、了承するとひとりのダークエルフの青年が入って来た。

手に持っていたのは盗聴避けの魔道具だった。


「イヴォンさんの?」

「はい」


彼の名はカネルといった。イヴォン師匠の仲間の一人だという。

先ほど矢を叩き落としたのも彼である。

そして、もうひとり、その部屋に入って来た者がいた。


「隊長さん……」


彼は黙ってうなづくと、カネルに魔道具を始動させるように促した。


 ギードにあてがわれた部屋は宿舎でも客用として使われる豪華な部屋だった。

応接用の椅子に全員を座らせ、あらかじめ用意させていたお茶を配る。


「申し訳なかった」


隊長さんは何に謝っているんだろう。ギードはずっと険しい表情をしている。


「式典に関しての警護を任されている以上、出席者の保護は我々の義務なのでね」

「一番弱そうなギドちゃんを狙ったってこと?」


エグザスの言葉に隊長は首を振る。


「狙われているのはそのギード君だよ」


エグザスは驚いて立ち上がった。


「な、なぜ?!」


俺はしゃべってない!とギードに向かって主張する。


「ええ、わかっています、エグザスさん」


エグザスが余計な事をしゃべらないうちに、聞いておきたい事がある。


「自分はどこで王子殿下の恨みを買ったのでしょうか」


王子と聞いてエグザスがひっくり返る。やっとおとなしく話を聞く気になったようだ。

カネルと隊長さんが顔を見合わせて、頷く。


 一年ほど前にカネルの部隊はある依頼を請けた。それはエルフの森で、あるエルフについて調べるというもの。

軍にいるエルフ族はそのほとんどが弓兵であり、諜報には向かない。

それゆえ国所属の傭兵部隊であるイヴォンの隊に依頼が来たのだ。


「知り合いの女性エルフに森に行かせた」


実はその時の対象者はギードでは無かったのだという。

報告内容には何の問題もなく、無事に終った、はずだった。

 しかしその後、また依頼が来たのだ。エルフの森の。


「ギード。君だった」


ギードの手が震えている。唇を白くなるまで噛んでいる。


(タミリアを呼んだ方がいいかな)


ギードの様子を見て、エグザスは真剣に悩んだ。


「このことはタミリアには言わないで下さい」


エグザスは憮然とした表情になった。


「わかった。それは保証しよう」


隊長の言葉を聞いてから、その先を促す。

 

 この国の王子は二人。第一王子はすでに成人しており、王太子として次期国王になることが決まっている。

特に問題のある人物でもなく、可も無く不可も無いという人柄だという。

そして第二王子も特に問題のある人物では無かったのだ。

その、一年前までは。


「ブライン王子に恋人が出来た。エルフの」


その女性がギードの関係者だった。




 「ネイミ」そのエルフの女性の名前。


「孤児だった自分を引き取ってくれた長老の、娘の名前です」


ギードの言葉に部屋が静まり返った。


「やはり知り合いか」


隊長が低い声を出す。

実際にはあまり覚えていないのだが。


「でもよ。なんでそのエルフはギードを目の敵にしてんの?」


エグザスの質問にカネルは、今分かっている範囲内ですが、と前置きして話す。

 ブライン王子は成人しているが、まだ十七歳と若い。そのエルフの年齢は分からないが、そんなに歳は離れていなさそうだ。

調べたのであれば分かったはずだが、女性ということでぼかしたのかも知れない。


(長寿なのであまり年齢自体は問題にならないはずだしな)


問題は家柄や性格なのだ。曲がりなりにも相手は王族なのだから。


「森の長老の一人なのだから、そんなに悪い家柄ではないはずですよね」

「ああ、恋人という立場なら我々もそれは問題にしていなかった」


ただ彼女自身があることを気にし始めたのだ。


「自分には血の繋がらない兄がいる。それが自分の足を引っ張るのではないか、と」


真剣に愛し合っているのだろう。だからこそ、その愛を失う事が怖い。

彼女の気持ちを分からなくはないが……。

 最初の依頼は王家からだったが、ギードに関しては第二王子から直接だったようだ。

それは紛れも無く、ネイミ自身が王子に頼んだとしか思えない。

他に誰もギードの事を気にも留めていなかったのだから。

 どうしてそれが「暗殺」などと物騒な方に向かったのか。


「君がタミリアの夫になったと知った彼女は、かなり荒れていたそうだよ」


彼女自身は相思相愛でも正妻にはなれない。第二夫人が精一杯である。


「え?、なれないんですか?」

「身分差があるからな。どうしても正妻はどこかの貴族の娘か、他国の姫になるだろう」


最悪、第二王子は他国の姫の結婚相手として国外に出される。

その時に同行出来るかどうかは流動的な問題だ。

エルフ族はどうしても騒動の元になりやすい種族だ。それを自国の者として連れて行くとすれば、不安しかない。


「この国の中だけなら何とかなる問題でも、外に出てしまうと何ともしがたい」


ネイミは、ギードの調査結果に激怒した。いや妬んだのだ。

私はこんなに苦しんでいるのに、こいつは男性のくせにのほほんと森に守られ、強い魔術師に守られ、そして。


「ついに王都までやって来た」

「その前に消したかったのかもしれんがな」



 事情は何とか飲み込んだ。

が、ギードは彼女の顔も覚えていなかった。彼は他のエルフに全く興味が無かったのだから。


「王子が暗殺などと口にするはずはない。おそらく彼女の独断だ」


隊長の話では、それを誰が請け負ったのかは分からないそうだ。

しかしイヴォンはそういう命令が出ていることを掴んだ。同じダークエルフの傭兵隊の中であっても他の者の仕事は分からないようになっているそうだ。

ギードを調査した女性エルフは、何かの間違いじゃないかと訴え、それが雇い主の耳に入った。


「大丈夫、安心したまえ。君や君の周りの誰にも傷一つ負わせない」


隠密行動中のイヴォンに代わり、隊長がしっかりと宣言してくれた。



 ひとりになった部屋で、真っ暗闇の中、ギードはボーっとしていた。

着替えることもせず、ベッドに腰掛けたままの彼は、何を考えていいのかさえ分からない。

自分が捨て子で無かったら、あの時ネイミの親が自分を引き取りさえしなければ。

済んでしまったことは今さらどうしようもない。

 ギードは立ち上がり、暗い窓に顔を寄せる。王都はこんな時間でも闇にかなり灯りが浮かんでいる。

コンッと音がした。もう一度、コンッ。窓に何かが当たる音。

ここは三階である。ギードは不思議に思って窓を開けた。


「タ、タミちゃん!?」


魔法を使い、身体を浮かせて上がって来たのはタミリアだった。

しぃーーーーっと指を唇に当て、部屋に入り窓を閉める。


「師匠がね、コレ持って行って来いって」


イヴォンの手引きらしい。

タミちゃんが取り出したのは、たくさんのお菓子だった。


「今、王都で流行ってるやつー。美味しいのよー」


ギードたちと別れた後、何軒も回って集めて来たらしい。

一緒に食べよう〜と言って、水筒に用意してきたお茶まで出してくる。


「実家にいても暇なのよー、いろいろうるさいしさ」


小さな声で囁く。だいぶ顔を近づけないと聞こえない。

そして突然、タミリアはギードの額に自分の額をコツンとぶつけた。

そしてそのままの体勢でギードの目を見つめる。


(近い、近いよタミちゃん)


ギードが目を逸らすと、タミリアはギードの首に抱きついた。


「ギドちゃん。私を怒らせないでってゆったよね」

「うん」


あれは、えーっと、ふたりっきりの部屋で何もしないというー。


「ギドちゃん。勝手に動いたら怒るよ、私」

「はい」


分かりました、指一本動かしません。


「ギドちゃん、何かやりたいなら、絶対私にも教えてよ」

「え、あ、はい」


抱きついた手を離し、顔を見せてくれたタミちゃんは、目がキラキラしてた。


(あ、もしかして、式典で何か起こることを期待してるのか、コレ)


だから勝手に動くなと、そんなことしたら怒るぞ、と。


(……これだから脳筋はー)


何だか気が抜けたギードは、それからタミリアとお菓子をむさぼりつつ話をした。

明るくなる前に痺れを切らした師匠が窓から突然入ってきた。

下で待っていたらしい。


「お前らいい加減にしろ」


とタミリアを連れて、また窓から出て行った。

さすがに独身の多い聖騎士団の宿舎に長時間の女性の滞在はまずいらしい。

ギードはその後姿に小さく手を振った。

 式典は本日午後、陽が落ちる前に始まる。

それまで寝るかなとギードは寝台に横になった。



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