祭りの後始末(後編)
「おにいさん、いいモノ持ってるわね」
ギードの手元を見る女性は、それがドラゴンの鱗だと知っているようだ。
今、町にはコレを持っている者はたくさんいるだろう。だが、エルフの商人の彼が持っているのは珍しい。
ドラゴンの素材は剥ぎ取った者に権利があり、買い取り価格は後日まとめて発表される。
それまで各自が保管することになっているのだ。商人たちはそれまでお預けとなる。
「おにいさんも参加してたんだ」
ギードは声が出ない。
(なんだ、この感じ。冷や汗が出る)
「もしかしてバレてる?」
女性が身を乗り出し、ギードの耳元で囁いた。
驚いた彼はとっさに身を翻し、距離を取った。
へぇ、とギードの身のこなしに感心したように女性がつぶやく。
「ねぇ、おにいさん。少しお話がしたいわ」
やさしい老婦人がいる店の前。この場所で敵対行動をするわけにはいかない。
ギードは頷いた。
女性の後を歩いて行く。同行者だとバレない程度に間に距離を置いて。
いつの間にか、町でも人通りの少ない、いや夜になれば人通りが膨れ上がる歓楽街に来ていた。
今はまだ陽が高いため、酔っ払いが二、三人転がっている程度だ。
しかし怪しい目付きの者が多い。
ギードは帰りたくて仕方がなかった。どうやったら逃げられるかばかり考えていた。
戦闘は苦手なのである。
ある店に女性が入って行った。続いて入ると奥の個室へ案内された。
丸い机の上に魔道具が一つ。それを発動させる。
「盗聴避けの魔道具」
「ふふ、やっぱり知っているか」
ギードの的確な指摘にその女性がやや乱暴な口調で答える。
そして自分自身の変身の魔道具を停止させる。
現れた姿は鍛えられた筋肉を持つ超絶イケメン、男性だった。
「ダークエルフ!」
絶滅したといわれる褐色の肌と白い髪、赤い瞳。同じエルフでも異種族である。
エルフの森では、大昔の戦で人族側についたその種族を裏切り者として蔑んでいる。
しかしあの大戦で、少数民族だったダークエルフ族が生き残るため仕方なかったのではないか、とギードは思っている。
実際にはその後、人族の裏切りに遭い絶滅したといわれていた。
「私の名はイヴォン。お見知りおきを」
優雅にお辞儀をする。
ギードは自分の鼓動がうるさくて何も考えられない。
椅子とお茶を勧められ、とにかく座った。
しかしいつでも立てるよう、警戒は怠っていない。
「そう緊張しなさんな」
そんなの無理だ、とギードはその男性を睨み付ける。精一杯の虚勢で。
しかし彼の口から語られた言葉は、意外にも好意的なものだった。
「私は王都である方に仕えている。その方から君達を守るように言われてね」
まあ片手間にだが、とその男性が微笑む。イケメンは何をやってもサマになる。ギードは顔を背けた。
このダークエルフからはタミリアやエグザスより濃い強者の匂いがする。
しかも魔道具を使いこなすほどの知性もある。単なる脳筋ではない。
……それにひとりじゃない。この部屋の周り、いやこの場所の近くに仲間の気配がある。
的確に仲間のいる場所を見られたイヴォンは、ギードの認識を改めなければならないと思った。
「さすがにただの商人エルフとは言えないな」
ギードは一つ深呼吸をする。
「一体なぜ」
「キミは『魔物の子』と呼ばれていたそうだね」
「そんなこと、誰に聞いた!」
ギードの中で嵐が吹き荒れた。声に出せない怒りや恐怖がギードの身体から溢れる。
「おっと、待ってくれ。キミと敵対する気はないんだ」
慌てたように手を振るイヴォンに向け、ギードの無言の圧迫は続く。
「ふぅ、話にならないな。タミリアを呼んでくるしかないか」
ここでタミリアの名前を出されたギードの怒りが爆発する。
「タミちゃんに手を出すな!」
椅子を蹴って立ち上がるとイヴォンに向かって体当たりしようとする。
が、相手はタミリアを上回る強者である。敵う相手ではない。
簡単に避けられ、いいように転がされても、ギードは諦めることなく立ち向かっていく。
「しょうがない奴だな」
イヴォンはギードに当て身を食らわせ意識を刈り取る。
そして仲間にタミリアをここへ呼ぶように指示を出した。
「ギドちゃん!」
タミリアが飛び込んで来た。椅子にぐったりともたれかかるように座るギードに駆け寄る。
そしてキッとその男性を睨んだ所でタミリアも固まってしまった。
「師匠……」
「いようっ」
とイヴォンは片手を上げて、久しぶりに会う弟子と挨拶を交わす。
イヴォンはタミリアの学生時代に出会った教師の一人であった。
ダークエルフという種族は絶滅したことになっている。しかし王都には少数人存在するのである。
彼らは表には出ず、「影」と呼ばれる裏の仕事を任されていることが多い。
イヴォンは当時、国王の命令で学生の中から有望な新人を鍛えるために教師をしていた。
男嫌いで寮の部屋に引きこもっていたタミリアは何故か狂気に向かっていた。イヴォンはもったいない人材だと思い、タミリアを鍛錬場におびき出した。
見所がありながら、その性格で学校を放校になりそうになったタミリアを、一人前になるまで育てたのである。
タミリアとしては放校になってもよかったのだが、イヴォンに唆され、あまり考えずに師事した。
学校の成績が悪かったので、家にも帰れなかったからだ。
「何故ここに」
「お前達を助けに来た……と言ったら大げさだな。まあ弟子の様子を見に来たということに」
そんな言葉でタミリアを納得させることは出来ないだろう。
「愛しのギドちゃんが起きてから話をするよ」
そう言うと顔を真っ赤にする弟子が、かわいいというより不気味だなと思った。
数年前、あの鬼気迫る迫力で杖を振り回していた弟子。
極端な人嫌いだったがイヴォンには力の違いを感じるらしく、割と素直に従った。
魔法剣士になれるかも知れないと唆したのはこの師匠である。
それを信じ日々邁進していると聞いていたが、知らない間にいろいろあるもんだなぁと弟子の成長を喜ぶ。
お茶を入れ直し、ギードが目覚めるのを待ちながら昔話に花を咲かせる。
目覚めたギードは二人から師匠と弟子だと聞き、驚きとともに安心した。
タミリアに危害を加える相手ではないらしい。
(タミちゃんも懐いてるみたいだし)
そこはちょっとモヤモヤするものがあったが。
「さて、それで本題だ」
ふたりが息を呑む。このタミリアの師匠が出てくる案件とは何なのだろう。
「ギード、お前さんに暗殺命令が出た」
「ぇ……」
ドクンと心臓が鳴った。ギードは自分が何をやらかしたのか分からない。
「依頼したのは誰ですか?」
タミリアの冷えた声が部屋に響く。
「この国の第二王子、ブライン様だ」
(王子、というのは王の子供だろ)
ギードは混乱する。それが何で自分を暗殺しようとするのか。
(そんなのちょっと手を出せば自分はすぐ死んでしまう、笑ってしまうくらい弱いのに。何故暗殺……)
「で、私の雇い主からはそれを阻止せよ、とのお達しだ」
それでこの間からしばらくふたりのことを調べさせてもらっていた、と話してくれた。
「何故……そのことを」
ギードはうまく話せないことに苛立つ。
「何故、自分達に、そのことを話して下さったのですか」
本来、雇い主のことは話せないとしても、依頼内容を話すなどやるべきことではない。
相手が弟子だから、と言われても本物の「影」の仕事ならば、そんなことはするはずがないとギードは思う。
「お前達に王都に来てもらいたいからだ」
ゆっくりとふたりの顔を交互に見る。
「知りたいとは思わないか?。何故こうなったのかを」
今度はふたりが顔を見合わせる。
「それは思いますが」
とタミリアが師匠の顔色を見ている。
「王都に行く意味は……雇い主ですか?」
ギードが核心に迫る。
二人を王都に連れて行く事。まさにそれがイヴォンの仕事だった。
ふふっと笑みを浮かべると弟子が引いている。
「私が直接、護衛をしよう。何の心配もいらない」
タミリアは師匠が自分を護衛するなどアリエナイとばかりに頭を抱えている。
ギードはこの話がどこまで信用出来るのかを一生懸命考えている。
「もちろん、この町の中でも今まで通りこちらの仲間が見張っている。誰にも手は出させないよ」
普通に生活してていいんだと言われても、聞いてしまうと何だか怖いし、気になる。
何とも思っていなかった日常が、すべて疑わしくなり、それ以上何も話せないふたりだった。
王都へは式典の前日に行く事になり、ふたりは開放された。
家に戻りながらギードはタミリアの手を自然と取る。
「ごめん……なさい」
彼女を自分のことで巻き込んでしまった。
タミリアは手を握られて少し慌てながら、それでもうれしそうに微笑む。
「面白くなってまいりました!」
茶化した風ではなく、暗くなりそうな彼を明るくしようとするのがミエミエだった。
それでもそれがうれしくてギードも微笑む。
「王都、楽しみだな」
「そうそう、その意気よ、ギドちゃん」
「タミちゃんの実家もあるんだよね?。それは楽しみだ」
げっという顔をするタミリアに、してやったりの顔でギードが覗き込む。
「聞いてたのねええええ」
師匠と弟子の昔話をギードが途中から聞いていたことに気がついて、タミリアは真っ赤になる。
タミリアの振り回す杖を避けながら、ギードは走りつつ家に向かって行く。
それは夕暮れの事。
人が多くなり始めた歓楽街に、不似合いな夫婦が笑いながら走りぬけて行った。
それはちょっと怖い風景であった……らしい。




