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貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-  作者: 柳野 守利
第七章 Are you Hero? Villain? Or……
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第99話 名前のない誰か



 ───人々は願った。



「誰かなんとかしてくれないかな」



 ───人々は嘆いた。



「皆が、私を虐めるんだ……。皆、いなくなればいいのに」



 ───人々は歓喜した。



「日頃の行いが悪いんだよ、ざまぁみろ」



 ───人々は。人々は人々は人々は人々は人々は。誰もが欲を抱いた。



「『誰か』助けてくれないかな」



 ───しかし人々は……願うだけだった。


 誰かがやってくれるだろうと放棄した。


 そんなことはありえないと思考すらも放棄した。


 私こそが絶対だと責任を投げつけた。


 悪いのは全て自分以外の誰かだと擦りつけた。


 誰か。誰か。誰か誰か誰か誰か誰か。自分以外の誰か。


 やりたくない。だからやらない。誰もやらない。誰かやるだろう。終わらない。誰の責任。誰の。いや、誰かの。



 ───誰か。誰か。誰か。人々は姿の見えぬ誰かを呼んだ。



 ……果たして、誰も成さなかった。


 誰かがやるだろうと期待した。自分じゃなくてもいいだろうと放棄した。面倒だからと擦り付けた。それら全て、己が成さねばならぬ事であろうとも。



 ───だから、誰か()は産まれたのだ。



 誰かと叫んだ、誰かの為に。



 助けてと叫んだ、誰かの為に。




 ……願うがままの存在として。




『学校の田中がウザイ。痛めつけてやれ』


『誰か助けて。皆が私を虐める』


『コンビニで飲み物を買った警察がいた。職務放棄だ、殺せ』


『煙草を吸ってただけでキレてきたあのBBAどうにかしろ』


『昼に歩いていただけで、散々なことを言われた。好きで学校に行かないわけじゃないのに』


『カツアゲされて、財布を取られた。助けて』




 やら(I'm)ねばな(your)らない(Hero.)咎を(And)全て担(I'm)っても(Villain.)






〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜






 昼間の街には活気があった。その街の中央部はレストランや古本屋、カフェやカラオケと様々な店が建ち並ぶ場所だ。そこを通る人の年齢にはとてつもない差がある。ゆっくりと散歩をする老人がいれば、買い物に行く主婦。そして遊んでいる学生達。利用できる施設の多さに、人々は嬉しく思いながら通いつめる。


 そんな人の多い場所に、ポツンッと一人の男が立っていた。全身が黒い服や手袋で被われ、顔にはただ真っ黒な仮面がつけられている。フードを被っているのに加え、何故か黒のマントが風にはためいていた。そんな怪しい男がいるのだが、不思議なことに誰も彼に気がついていない。


 通り行く人は彼が見えていないのか、素通りして目的の場所へと向かっていった。誰にも気づかれない彼は、ただじっと通行人を眺めている。言葉一つ発さなかった彼だが、誰かを見つけたのか……通行人の女を見つめると、声を漏らした。


「……見つけた」


 人々の合間を縫うように、その女の元へと向かっていく。スーツ姿で歩くその女は、やはり彼に気がつかない。


「……新堂(しんどう) (さき)だな?」


「……えっ?」


 突然背後から声をかけられ、慌てて女は後ろを振り向く。そうして、ようやく彼は認知された。仮面のせいでこもった低い声が、まるで冷たい刃を突きつけるように女に差し向けられる。その異様な姿と冷徹な言葉に恐怖した女は、顔を青ざめさせ、唇を震わせながら返事を返した。


「は、はい……そう、ですけど……」


「……そうか。じゃあ……」


 鉄の擦れる音が聞こえる。元からそこにあったかのように、彼の右手には黒の鞘に収まった刀が存在していた。女は、それがなんであるかを確認する間もなく……。



「───死んでくれ」



 一突き。彼と女の間には隙間がなく、抱き合うようにも見えた。だが……女の背中からは刀が生えている。真っ赤な鮮血をポタポタと垂らしながら……。


「あ……あぁ……」


 女の喘ぐ声。しかしそんなものに興味はなく、彼は刀を抜くために蹴り飛ばした。堪える力もない女はそのまま地面に倒れ、赤い液体が水をふんだんに含んだ絵の具のように伸びていく。


「ね、ねぇ……アレ……」


 周囲からはどよめく声が聞こえ始めた。現状を理解できず、思考停止する者。持っていた荷物を落とした者。開いた口から声にならない音が漏れていく者。遠くから携帯を構えて、その様子を写真に写す者。


 彼は何も言わない。だが、民衆の中にいた男が死体の側に立つ男を見て叫んだ。


「ひ、人殺しだ……!!」


 恐怖は伝播した。各々の心の内に植え付けられた恐怖の種が、男の声で一気に成長して開花する。悲鳴、叫び声、泣き声。様々な者が逃げようとする中で、一人笑ってそれを見ている男がいた。


「ハッ……ハハッ……お前が、悪いんだ……。会社の男と不倫なんてしやがって……ッ!!」


「………」


 歪んだ顔で笑っている男の元に、彼は向かっていった。それに気がつくと、男は両手を合わせて頭を下げる。


「……私の書いたアレを、読んでくれてんだろう? 復讐ができて、よかった……。ありがとう、ヒーロー」


「……そうか。だが……」


 血塗れた刃を手に持つ彼は、常人では何をしたのかも理解できないような速さで刀を構え、袈裟斬りで男の身体を斬りつけた。遅れて血飛沫が噴出し、彼の黒い身体を赤くしていく。歪んだ顔は、また別の理由で歪み、その両目からは涙がこぼれていった。掠れた声で、男は言う。


「な……なん、で……」


「……君が恋の邪魔だそうだ」


 先程刺し殺した女を指さして、彼は告げた。涙目の男は目を見開き、死に体だというのに悔しそうに嘆く。


「ちく、しょう……あの、女ぁ……」


「………」


 女に向けて伸ばした手は、やがて地面に落ちて動かなくなる。辺りからは人の気配が消え、代わりにパトカーのサイレンが鳴り響いていた。


「……そういえば、警察とやらにもいた」


 呟いた彼は刀についた血を気にすることなく鞘に収め、また歩き出した。


「……なぜ、逃げる。君達が望んだことなのに」


 斬り殺した男の死体を遠目から眺め、彼はそう思った。頭の中にはまだまだ多くの依頼がなだれ込んでくる。名前や画像つきのデータに加え……辺りに隠れている人間の、恐怖という感情すらも受信していた。


 どくん、どくん、と彼の体内から音が響く。身体を両手で押さえつけた彼は、仮面の内で一筋の涙を流した。


「……悲しいとは、こういうことか」


 それでもやらねば。呟いた彼は服についた血も気にせず、人々の逃げた方へと歩いていく。






〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜






 ……目を覚ました時には、既に時刻は正午を回っている。机の上に乱雑に置かれたカバンや、真っ黒な服を見て……殴られた頬が少し痛く感じた。擦り傷なんてものは、唯野さんの持っていた傷薬で治ったけど、不思議と頬の痛みだけは消えてくれない。


 でも……なんだか、晴れやかな気持ちだった。昨夜の出来事がなければ、僕はまた変なことを考えて勝手に意気消沈して、あるもの全てを恨んでいたことだろう。


 流石に疲れていたとはいえ、まさか寝坊するとは。母さんは学校に電話してくれたのかな。きっと明日香も迎えに……。


「……いや」


 服を着替えながら、思い出した。そういえば明日香は付き合い始めてから僕の家に迎えに来なくなった。一瞬忘れてしまっていたよ。けど、そう思っても今じゃ胸の中で燃える嫉妬なんてものは欠片程度にしか感じなかった。


 ……せめて幸せに笑っていて欲しい。けれど、あの男がダメだとわかったら……今度こそ僕から彼女に告白しよう。今は虎視眈々と、彼女のことを狙いつつ……そうだな。何をしようか。ヒーロー活動はもうしないし、そうなると筋トレなんかもあまりやる気になれない。


 困ったな。今から学校の友人と親しくなって、一緒に出かけることはできるかな。こう、何気ない感じで……。


「……ん?」


 出かけるといえば、今日は確か授業は午前中で終わりか。午後は三年生の修学旅行がどうの……。となると、今皆は制服姿で遊びに行ってるのか。そう考えると、部屋の中で眠っていた自分は、何かもったいないことをしてしまったみたい。


 そういえば、明日香もデートするって言ってたっけな。そのうちSNSに何かしら投稿してるかもしれない。監視じゃないけど……気になるものは仕方がないだろう。前まで感じなかった罪悪感を少し感じながらも、僕はSNSを開いてタイムラインを眺め始めた。


 そして……一番上にでてきた最新の投稿を見て、ふと指が止まった。


「……なんだ、これ」


 うちの学生だろうか。女の子が『まじやばい』と動画つきで投稿していた。クリックして動画を再生すると……。


「……人が、殺されてる……?」


 背中から剣の先端が飛び出たスーツ姿の女の人がいた。その後突き刺さっていた剣を抜かれ、力なく倒れていく。血溜まりができ、周りに映る人々も唖然としていた。そして悲鳴が響き、動画の撮影者も走ってその場から逃げ出していく。


 動画に映っていた黒いフードの人物。そして手に持っていた反りのある刀。これは、本物なのだろうか。


「ガセ……? いや、でもこの場所……」


 街の中央部。周りには学生服もチラホラ見えた。間違いない。これは、僕の街の……。


 急いで動画のコメント欄を確認した。書かれているコメントは、何動画撮ってんのとか、何これCGじゃないの、ガセでしょ、早く警察に電話しろ……。


 ……ヒーローは何をしているんだ。いや違う、アレがヒーローだ。怒って出てきたんだ。皆殺される……なんて、訳のわからないものまで書き込まれていた。


「ヒーロー……? いや、違う。ヒーローは僕だ。じゃあ、アレは……」


 心ないコメントばかりのSNSを閉じて、すぐに明日香とのメッセージ画面を開く。そこに書かれていたのは……。


『明日は街中でデートするの! 中央部なら映画館もあるし、カフェもあるし……ねぇ、何かいいとこないかな?』


「─────」


 ……明日香が、いる。あの場所に、明日香が。


「ッ………!!」


 荷物も何も持たずに、家を飛び出した。後ろから母さんの呼び止める声が聞こえるけど、足を止めていられない。何度も明日香の携帯に電話したけど……一度も繋がらない。


 ツーッ、ツーッ、ツーッ。そんな音が虚しく聞こえてきた。何度かけ直しても電話に出てくれない。


「明日香……明日香ッ……!!」


 頭痛がする。けど、そんなものに構っていられない。自分の身体だけを自分の世界として、無理やり力を行使した。上がった身体能力を使って全力で街の中央部に向かっていく。


 心臓が嫌なほど飛び跳ね、頭は力を無理に使うなと忠告してくる。けど……けど、そんなもの関係ない。


 明日香がいる。あそこに、明日香がいるんだ。もしも明日香が死んだら……僕は……僕の、今までに意味がなくなってしまう。


 守るんだ。そのために、今までやってきたんだ。それだけが、僕の生きる理由だったんだ。だから……頼む。電話に出てくれ……明日香……ッ!!


「………ッ!!」


 走りながら携帯の音を聞いていた。何度目かもわからない電話のかけ直し。それでも僕は諦めずに掛け直した。


『……コウ君』


 そして……とうとう、聞こえた。君の震えた声が。苦しい呼吸をなんとか抑えながら、安否を確認する。


『私は、大丈夫……。でも、すぐそこまで来てて……。警察の人も、殺されてるみたいなの……』


「どこ……どこに、いるの?」


『映画館の近くで、ハル君も隣にいて……』


「わかった。すぐ行くから、家の方向に向かって逃げてきて!」


『あっ……コウ君ッ』


 電話を切ってポケットの中に突っ込む。携帯がなくなったおかげで、さっきよりもスピードを出せる。あの殺人犯が来るよりも前に……明日香の元に、行かなくちゃ。


「っ……悪いけど、通して!」


 中央部に向かうと、逃げてくる人達が大勢いた。それらを押しのけて走っていく。そして……うずくまっている学生服の女の子と、それにつきそう学生服の男が見えた。あの髪型は……間違いない、明日香だ。


「明日香ッ!!」


「っ……コウ君!?」


 男には目もくれずに彼女の元へと駆け寄る。右の足首を手で抑えて動かない君は、瞳から涙を零していた。


「明日香……何があったの?」


「逃げてくる人に押されて、足……くじいちゃって……。すぐそこまで来てるのに、逃げたくても、歩けなくて……」


 涙声の君の背中をゆっくりと擦る。視界の隅に映っている男物の靴を見て、君の彼氏がいたことを思い出した。そのまま視線を上げると……情けない顔で俯いている男がいる。それを見ていると、昔の僕を見ているみたいで腹が立った。少し声を荒らげながら、目の前の男に向かって苦言を漏らす。


「……お前、明日香のこと抱えて逃げてやるとかできないわけ?」


「ぼ、僕には……そんな力、なくて……」


 ………。何も言わない。こんな男に僕は劣っているというのか。まったく馬鹿馬鹿しい。


 いや、それよりも……明日香をどうにかしなくちゃ。


「コウ君……逃げよう。一緒に、逃げようよ。もう、ここにいるの怖いよ……」


 半ば悲鳴に近い君の声。そんな声を漏らしながら立ち上がろうとするけど……やはり立てない。僕なら明日香を連れて逃げられる。けど、この男は?


 この男を置いて行ったら、彼女は怒る。そしてきっと、悲しむ。


「………」


 すぐ近くから響く悲鳴と、パトカーのサイレン。そして怒号。さっきよりも近くなってる。きっとこっちに向かって来ているんだ。そんな喧騒の中だというのに、君の声だけが綺麗に耳に届いてくる。


「コウ君……やだ、嫌だよ……あんな、風に……死にたくないよ……」


「……明日香」


 久しぶりに、君の泣く姿を見たような気がする。そして、僕に泣いてすがってくる君も、本当に久しぶりだ。僕が忘れてしまっただけなのかも。いやでも……それは過去のこと。今君は泣いていて、僕に死にたくないと言ったんだ。


 ……死なせるものかよ。大切な君を、こんなところで。


「……逃げるんだ。ゆっくりとでいい。彼の肩を借りて、家に帰るんだ」


 諭すように、優しく君に言った。涙が今もこぼれ落ちていくその目を丸く開いて、君は震えた手で僕の手を掴んで引き寄せようとする。


「待って……待ってよ……コウ君は、どこに行く気なの……?」


 ……行きたくない。不安げな君を置いて、行きたくはないさ。けど……だからこそ、行かなきゃいけないんだ。


「……約束を守る。それだけだよ」


「なに、それ……訳わかんないこと言わないでよ……。一緒に、帰ろうよコウ君ッ……!!」


「……忘れて、しまったんだね」


 少し悲しい。けど、僕も昨日まで忘れてしまっていたことだ。そうとやかくは言わないさ。なるべく君を安心させるように、とびっきりの笑顔を作って、君に笑いかけた。


「大丈夫だよ、明日香。僕は大丈夫。だから……」


 僕の手を掴む君の手を、優しく離して数歩離れる。君は無理にでも僕を捕まえようと、必死に近づこうとしてきた。泣いた顔のまま、僕の名前を呼んだ。


 ……痛いなぁ。心が、とても……。でも、嬉しいと思った。僕にそんな顔を向けてくれたから。僕の名前を呼んでくれたから。だから、僕は行くよ。


「……最後くらい、君のヒーローでいさせてくれ」


 再び目を開いた君を、僕の記憶の中に閉じこめた。その場から殺人犯のいる方へと向かって走っていく僕を、呼び止める君の声が聞こえてくる。それでも、もう振り向かない。


 ちょっとした意地悪だ。君は振り向いてくれなかっただろ?


 だから僕も今は……振り向いてあげないよ。


 ヒーローは後ろを振り向かない。決して音を上げない。いくら傷ついても諦めない。そして何よりも……。



 ……大切な人の為に命をかけられる。絶対に君だけは守るよ。


『私のヒーローになってね、コウ君』


 ……そういう、約束だから。





〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜






「……どうなってんだ、おい」


 警察から電話が来て、何かと思えば街の中央で殺人事件が起きたと言っていた。警察が俺に頼ってくる時点で何かおかしいと思っていたが……。


「………」


 その場所は凄惨たる状態であった。転がる死体は皆苦しそうに顔を歪め、涙を流したまま死んでいる人もいる。成人した男女や、制服を着たままの子供……そして、警察官までもがその場で息絶えていた。


 どの人も、鋭利なもので斬られて死んでいる。傷の数は一つだけ。一撃で人を殺して回っている人物がいるということだ。


「……なんだ、アレ」


 進んだ先には真っ黒な服を着た人物がいた。何にも邪魔されることなく歩いているその様は、まるで鎌を構えた死神がゆっくりと死を与える人物を探しているかのように思える。


「─────」


 その人物が振り向いた。フードの中には黒い仮面があるが、そこには穴ひとつ空いていない。だというのに、自然と目が合ったのだという感覚があった。身体の中を嫌な不快感が駆け抜けていき、違和感として残留する。


 ……神話生物なのか。それも、人型の。


「……君は、唯野 氷兎だな」


 底冷えするような暗い声。黒い姿を見て、藤堂かとほんの一瞬だけ思ってしまったことを恥じた。目の前の存在はどう考えても人間じゃない。額から嫌な汗が流れていくのがわかる。それでも、億さずに言葉を返さなければ。


「……なぜ、俺の名を?」


「……依頼があった。だが、既にその依頼は達成されたと報告されている。なのに、なぜ君はそこにいる?」


「依頼だと?」


「そう……。人々の望んだ、依頼だよ」


 声の質からして男だろう。彼は持っている刀を向けずに、俺の言葉に返事を返してきた。依頼と言うと……あのセクハラ云々の奴か。仮にそれが達成済みになっていなかったら、今頃きっと斬りかかられていたに違いない。


 いやそもそも、なぜ彼は依頼をこなそうとしている。ヒーローの真似事か。神話生物が?


 ……ありえない。


「……おや?」


 男が呆けた声を出した。身体の向けた方を見れば、そこにいたのは肩で息をしている藤堂がいる。アイツ、どうしてここに来たんだ。


「藤堂ッ!!」


「っ……唯野、さん?」


 呼びかけると、彼は俺に気がついた。すぐにその場から走り出して、俺の隣にまでやってくる。俺一人で戦うべきだと思っていたが……いてくれるのなら、心強い。袋から槍を取り出して片手で持ちながら藤堂に話しかけた。


「お前なんでここに来た?」


「……明日香がまだ逃げれていない。アイツを守るために、俺はここに来た」


「……なるほど。なら文句は言わんさ」


 自分の信条に従うというのなら、俺は何も文句は言わない。身体にまた別の感覚が響き、辺りで死んでいた人間達の死体が一つ残らず消え去っていく。


「これで、俺を倒さない限りお前は外に出られない」


 自分の世界を広げていき、俺と藤堂、そしてあの黒い男だけを閉じこめた。なるほど、これならば戦闘中に逃げられることもない。あの男も依頼を果たせない以上、俺達に向かってくる他ないということだ。それがわかったのか、わかっていないのか……男は顎の部分に手を添えながら話しかけてきた。


「……君の名は、藤堂と言うのか」


「だったら、なんだ。アンタ、一体何者なんだよ!」


「俺? 俺は……誰でもない誰かだよ」


「はぁ?」


 ……流石に俺でも訳がわからない。今のところはあの男は危害を加えてくる様子はないが……いや、そもそも敵意も殺意も感じられない。あの男、一体何を考えているんだ。


 そんな疑問だらけの俺達なんて気にもしないといった風に、男は話しかけてくる。その声音は、どこか嬉しそうだ。


「……いい。とてもいい感情だ。これは……恋か。いや、愛か。そして僕に向ける怒りや、覚悟。それら全てが強く輝いている」


「……いやいや、そんな抽象的なこと言われてもわからん。できれば簡潔に話してもらいたいね。お前の名前、存在、敵対するのかどうか、その他諸々な」


「簡潔に、か。なるほど……俺としても、全てを把握できているわけじゃない。ただ言えることは、名前なんてものは存在しない。そして、俺は造られた存在であるということだ」


「……造られた?」


「そう。人の知識にはない存在。だが生命としての呼称を、ミ=ゴとされている」


「げっ……」


 ……こんなところで出てきやがったか。ミ=ゴが絡んでいる事態となると、また話が色々ややこしくなる。藤堂なんて、コイツ何言ってんだって顔してるし。裏に関わってこなけりゃ、そりゃわからんことだらけだろう。


 小さなため息をつきながら、俺は藤堂に軽く説明をした。それらは人間の生活の影に隠れて過ごす生命体であり、人間よりも遥かに知能は高く、それでいておぞましい姿をした化物なのだと。その話で一応納得はしてくれたみたいだ。まだ眉をひそめたままではあるが。


「ミ=ゴに造られた俺は、ずっと地下深くで放置されていた。いや、その時はまだ『俺』ですらなかった。ただの物質として存在し、上からやってくる感情を集める機械のようなものだった」


「……感情、ね」


「人間の感情とは、とても興味深いものであったらしい。ミ=ゴ達はそれを理解したかったみたいだけど……俺には、さっぱりだ。喜怒哀楽だけでは到底表すことのできない。そして、人間の感情とは簡単に移ろうものだとも。そんなもの、初期の段階で生命としての道を違えてしまった時点で理解不能だ」


 男は抑揚のない声で話を続けた。彼にはそれなりに考えがあるらしい。だが、まだわからない。人を殺した理由はなんだ。そもそも、ただの物質であったというのに、なぜ人型になっているのか。


「……人間は不可解だ。愛していると一言で告げても、次の日には別の人に好きだと告げた。表面上では笑顔を装いながらも、本心では相手を貶していた。人の多いこの場所の地下で、様々なモノを感じたよ」


「……まぁ、言ってることはわかる。俺達人間ですら、全部わかっちゃいないんだ」


「あぁ。でも俺よりは理解できている。それは羨ましいことだ」


「……人間なんてものを理解したところでって話な気がするがね。案外唯のロクデナシだよ」


「そうかい? まぁ確かに……不思議だった。プラスな感情よりもマイナスな感情が多かったんだ。俺は聞きたい。なぜ人間は働きたくないのに働くのか」


 藤堂と顔を見合わせた。働きたくないのに、働く。その理由は至って簡単だ。生きるため……もっと砕けば、金のため。金がなくては生きていくことは難しい。


「……生きるため、か。なるほど。でも働きながら生きていたくないと感じる人もいた。俺にはわからない」


「……十人十色って言葉で済ませられるのならいいんだが。そうはいかんよな……」


「生きるために働くだけじゃない。働くことが好きだから働く人もいる。生きていたくない人は……きっと、世の中に疲れただけだ」


「世の中に疲れた、か。君達人間の過ごす世界なのに、なぜもっと快適にさせる事ができないのか」


「……そう言われても、ねぇ」


 ……男の言葉に随分と悩まされる。敵意も殺意もないのだから、こちらも対応に困った。ただ、今はこの男の真意を図らなければならない。それだけは確かだ。


「……結局のところ、理解はできなかった。俺も、ミ=ゴも。だからミ=ゴは新たな情報源を作りあげた。I'm your Heroという、話題のヒーローへの依頼サイトだ」


「あのサイト作ったのミ=ゴかよ……」


 頭が痛くなってきた。なんだってアイツらこんなに人間の世界に対して積極的なんだ。出会った瞬間殺す気で襲いかかるくせに。


「そのサイトと、俺はリンクしている。今も尚色々な情報が流れ込んでくるよ。誰かを殺して欲しい。どうにかしてほしいって」


「……お前、サイトの依頼を片っ端から解決する気か」


「そうだね。そう願われたんだ」


 男の声が、なんだか悲しそうに聞こえてくる。俺達の方を見ずに、どこか遠くの方を見ながら男は話を続けた。


「そもそも、物質であった俺は……サイトとリンクしたことによって様々な情報を得始めた。そしてそれに伴い、地上から感知できる感情も増え……その思考すらも、聞こえてきたんだ。俺のこの姿は、人々の願ったままのものだよ」


 真っ黒な服を見せびらかすように動かし、マントをいじるその姿はどこか人間味があった。一通り見せることを終えた男は、また話をしてくる。その内容は……あまりにも、酷いものだった。


「人々の描いたヒーローの像。誰にも姿を見せず、その正体はきっと男だろう。アニメのヒーローみたいなマントを着ていて、全身黒服のはずだ。人の為に戦うんだから、優しい口調なのかもしれない。けれど、やはり残虐性もあるんだろう。そういった事実無根な噂が、俺の存在として定着し始め、変異してしまった。人々の願った、『誰か』という存在。それこそがヒーローであり……俺でもある」


「……人々の考えたことが反映された存在だということか?」


「そう。人々は嘆いた。『誰か』助けて欲しいと。そんな他力本願な願いを、しかし誰も助けなかった。皆が呼んだ『誰か』という人物。名前も素性も知らないヒーローという『誰か』に皆縋っていた。積もりに積もったその願い。その感情の集合体として……俺は産まれたんだ」


「だから依頼された人を殺す、と」


「それ以外、何もできないんだ。そう願われたのだから」


 ……つまり、この男は人々の願いの集合体ということなのか。サイトに書き込まれた願いを、その想いを受け取り、具現化した存在。気に入らない奴を痛めつけろ。アイツを殺せ。そうやって命令されたことをこなす事しかできない機械みたいなものだと。


 それは……なんて、悲しい存在なのだろうか。目の前の存在は、人間の汚点とも言える。それを背負わせてしまったのか。


 何も言えなくなってしまった俺達に、男はまた話を続けた。


「人々は、ヒーローを欲しがっていた。誰でもよかったんだ。自分の欲求を果たすためなら……。そんなヒーローは、一体どんな人間だというんだろう。姿も見せないし、強いし、驕らないし……。あぁ、そうか。なるほど……ヒーローは……人間じゃないに違いない」


 仮面に手が伸び……顔を覆っていた面が外された。


「─────」


 互いに、何も言葉が出なかった。


 ホラーなんかで人が怖がるのは、突然出てきたという驚きの要素だけでなく、恐怖を煽る敵の存在が不可欠だ。それは人型である方が恐ろしい。人が恐れるのは人であるからだ。それでいて、あるべきものがなければより恐ろしい。例えば目がなかったり、歯が赤かったり。


 あぁ、目の前の男には目はあるのだ。


 だが、その造形がどうしようもなく人間としての心に恐怖を植え付けてくる。その目はあるべき場所になく、顔の中心付近で歪んだ形で存在し、瞳なんてものはなく真紅の目だけがあった。


 鼻はなく、口は顔の右側にある。肌の色なんてものはなく、何よりも黒い色が塗りたくられたようなモノがあった。


 人のようでありながら、人ならざるもの。


 それはこの上なく恐ろしい存在でもあった。


「俺は、バケモノとして産み落とされた。人々を理解するための装置だった俺が、人からかけ離れた存在になってしまったよ。酷い話だ」


「……あ、ぁぅ……ぁ……」


「ッ……藤堂、しっかりしろ!!」


 目を見開いて瞳孔を震えさせている藤堂の頬を思いっきり叩いた。身体の震えは小さくなり、なんとか目の前の存在に目を向けられるようにはなったようだ。だが、震えは完全に消えていない。歯を食いしばって逃げようとする自分をおさえつけているようだ。


 そんな俺達を見ても、男は……いや、目の前の存在は首を傾げたりすることもなく、ただじっと見つめてきている。


「……人々は願った。自分の役割を放棄したいがために、誰かに役割を押しつけようとした。そんな怠惰的な存在だ。感情が豊かとはいえ、その本質が腐り切っている気がしてならないんだ」


 仮面が外れた途端、抑揚のなかった声が……聞いているだけで気分が悪くなるような酷い声に変わる。真っ赤に染まった目が、俺達を串刺しにするように見つめていた。


「……あぁ、そういえば質問の答えがまだだった。敵対するのかどうか……。そんなもの、決まっているだろう?」


 手に持った刀が俺達に向けられる。ここに来てようやく……相手から殺意がぶつけられてきた。正直怖い。昼間だから力も出ない。でも……戦わなきゃいけない。


「君達が願ったんだ。だから殺さなきゃ。殺されたくないなら……俺を殺す他ないよね」


 辺りの空気が重苦しくなってくる。不思議と呼吸が浅くなって、息がしづらい。できることなら、このまま背を向けて逃げてしまいたいという衝動に駆られた。


 でも……隣にいる藤堂が、逃げなかった。震える身体で、目の前の存在に立ち向かおうと……その場で歯を食いしばっていた。


「名前のない怪物。そんな俺に名前があるなら……ネームレス、なんてのはいいかもな。ヒーローでありながらヴィランでもありそうな名前だ。俺は君達が願った助けのために、全ての罪をこの身で担う存在。そう願われた存在。俺は……君達の感情、そのものだ」


 ……ネームレスと名乗ったバケモノ。あぁ、なんとも惨たらしい。それでいて悲しき存在だ。俺達人間の嫌な部分が詰め合わさってできてしまったような生物。


「さぁ、始めよう。この街に住む人間の感情と……君達二人の力。果たして、どちらが上なのか」


 ……手に持つ槍を握り直す。そしてバケモノ……ネームレスに向けて構えた。隣にいる藤堂も、俺に倣って剣を出現させて両手で構える。


 まだ震えている藤堂に対して、俺は声をかけた。


「……やれるか?」


「……やる。やらなきゃ、いけないんだ」


 藤堂の口から漏れた言葉は、ネームレスと同じような悲しみを帯びている気がした。


「民衆のヒーローなんてものになってしまったから。人々は願ってしまったんだ。あのバケモノは……俺が生み出してしまったようなものだ」


「……いずれ、こうなってたさ。気にするな」


「だとしても……俺が、やらなきゃいけない」


「……そう。そりゃ結構。へっぴり腰じゃなけりゃ惚れてるね」


 無理やりニヤリと笑ってやると、藤堂も負けじと歪んだ笑みで返してきた。互いに武器を構え、始まりの時を待つのみとなっている。浅い呼吸を整えながら……俺と藤堂は声を合わせて身体の震えを打ち消さんと、腹の奥から声を張り上げた。


「やられんなよ、藤堂ォッ!!」


「そっちこそなッ!!」


 打ち合わせた訳もなく、俺達は同時に声を上げた。


『いくぞッ!!』


 ネームレスを相手に俺達は戦わねばならなかった。ここで倒せなければ……より多くの人が殺されるだろう。例え相手に罪がなかろうとも、人を殺すのならば……人間の味方として、俺は殺さねばならない。自分の力が十全に発揮できなくとも。


「来なよ。せめて苦しまないように……一撃で葬ってあげるからさ」


 悲しげなネームレスの声が、嫌に耳に響いた。







To be continued……

人間の感情なんて吸収していたら……そりゃあね……?

ネームレスの発言などがいまいちかもしれませんが、お兄さん許して。

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