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貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-  作者: 柳野 守利
第六章 幸せの片道切符
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第86話 己を律する心

 ───誰が予想しただろう。


 ───誰が予測できたのだろう。


 否、誰もが予想できず、予測できなかった事態だった。目の前の惨状を、頭を抑えながら見ることしかできなかった。あぁ、あの時止めておけば良かったのだ。後悔しても、遅い。


「……確かに、仲良くなれたらいいと……もっと話しやすくなればいいなと言ったけど……だからって……」


 両手を握りしめ、苦々しい顔のまま俺は言った。


「……誰が西条さんを人力TASにしろって言ったッ!!」


「いやごめんて……」


 珈琲を飲みながら俺の言葉に全く反省もしない先輩は、ただ黙々と手元にあるゲーム機で遊んでいた。西条さんはというと、テレビに繋いだゲーム機でパソコン片手に昔のゲームを始めていた。その顔は仏頂面ではあるが、真剣な鋭い目は健在であった。


「誰が人力TASだ。俺の腕ではまだTASには届かない」


「いや、普通の人はゲームやりながらExcelで乱数表とか作りませんから。てか、乱数表作るってそれもうゲーム好きの範疇じゃなくて廃人ですからね!?」


「ふむ、これを廃人というか……。いやしかし、鈴華に誘われたからやってみたが、これまたゲームというのは奥が深い。ストーリーやシステムもそうだが、やればやるだけ上達し、しまいには全てを手中に収めることができる。レアドロップも確定ドロップと同じものだ」


「普通じゃないですからそれ! あぁもう、西条さんは常識人だと思ってたのに……」


「俺は常識人だとも。対戦ゲームで煽ったり悪口を言ったりはしないぞ」


 違う、そうじゃない。どうにかして西条さんにゲームにのめり込むのをやめようとさせるも、彼は全て聞き流しやがった。もう無理だ。この部屋の男子は全員ゲーマーになってしまった。俺はまだともかく、先輩はやり込む派だし、西条さんに至っては廃人レベルときた。


 影で中毒者軍団とか言われてるのに……今度はどんな悪評がつくことやら。(カフェイン中毒)先輩(ゲーム中毒)西条さん(存在自体が毒)と言われてきた俺達三人の行く末はどうなってしまうんだ……。


「まぁまぁ氷兎、そう言ってやるな。西条は凄いぞ。俺とスマシスやって、三戦目には全力の俺と接戦を繰り広げるようになった」


「先輩の全力に三回目で追いつくのか……」


「他愛ない。プリンで眠るフィニッシュ決めた時のあの高揚感は……素晴らしいものだった」


「あのさぁ……」


 ……もう諦めた。少し現実逃避をしよう。俺はゲームをやり続ける二人からそっと目を逸らし、ベッドに寝っ転がった。そこまで眠くはなかったはずなのに、すぐに睡魔が襲いかかってきた。そのまま、微睡みの中へと意識が溶けていく……。





〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜





 深い、深い。どこかへと潜っていく感覚があった。身体は自由には動かないが、しかし意識だけは確かにあり、必死にどこかへと向かおうとしている。


 やがて、暖かな温もりが身体を包み込んでいく。閉じられた瞼の裏側に光が差し込んでくる。ゆっくりと、瞼を開けて外の世界を見る。


 そして俺は……


「……やぁ。おはよう」


 ……絶望した。目を開いた瞬間に目の前に現れた真っ黒な顔のわからない女がいることに絶望した。見た瞬間身体は異常を訴え始め、嫌悪感が内側を満たしていく。女はただ真っ赤な口を歪めて嘲笑(わら)っていた。


「私のこと見た瞬間に顔を歪めるのやめてほしいな」


「せめて100メートルくらい離れて現れてくれませんか」


「いやいや、それじゃあつまらないでしょ。私はいつだって、君達のすぐ隣に這い寄るものだからね」


「勘弁してくれ……」


 なるべくナイアのことを見ないように、俺は視線を逸らした。そして周りの風景が目に飛び込んできた。茶色の砂岩で造られた建造物。それは例えるならばローマのコロッセオ……闘技場のような場所だ。円形の壁に囲まれた場所の中心で、俺は呆然と立っていた。


「……いつもの真っ白な空間じゃないのか」


「当たり前でしょ。だって君この前逃げたじゃないか」


「誰だって逃げ出すと思うんですけど……」


「そのうち嫌でも慣れるよ。君は、ね」


 不敵に嘲笑(わら)ったナイアは俺のそばから離れていくと、くるりと回って俺に向き直った。そしてその場で手を翳すと、ぼんやりとした光に包まれながら二冊の本が浮き上がってきた。それはもう見たことのあるものだ。


「ネクロノミコンと、エイボンの書。確かに魔導書というのは多くある。はたまた、それは誰が書いたのかすらわからない書き留めただけのものですら神秘を持ち、読む者に干渉する。魔導書が多ければ多いほど、君の魔術行使の触媒が増えて負荷が減る。けれど……得れば得るほど、君は確かに人間の触れてはならない禁忌に近づいていく。集めるのならそこら辺は考えた方が身のためだよ」


 まったくどこからあの子はこんなものを拾ってきたんだか、とナイアは宙に浮くエイボンの書を指でコンコンッと叩いた。俺は直接その中身を読んだことは無い。一体どのようなことが書いてあるのか疑問ではある。


「……やめておきなよ。読むのなら、後戻りができなくなってからだ。まだ早い。そして、まだつまらない」


「……随分と親身になってくれるかと思えば、玩具を扱うように俺を見るんだな」


「そりゃそうさ。君の目の前にいる奴が、君が今まで見てきた奴が、一体何を考えていたと思う? 人間なんて所詮は比べ物にならないくらい下等な生物だ。それは例え人格を持つ私であっても変わらないことだよ」


 ……ナイアを例えることは、まず不可能なのかもしれない。なんのように、誰のように。それは彼女には当てはまらない。話す度に変化している気すらするのだ。温厚な女性、冷徹な女性、こうやって物腰柔らかく教えてくれる女性。何者とも形容しがたい。ただひとつ、変わらぬものがあるとするならば……


 ……ナイアという神格は、誰に対してであろうとも嘲笑い続けている。敵であろうと、仲間であろうと……自分であろうとも。


「……うん、確かに君の考えていることは間違いじゃない。それに、だから私は人間の行く末を見るのがやめられない。君のような洞察力の優れた人間であればあるほど、私は興味をそそられるよ」


 口の歪みが強くなる。ナイアはより一層笑みを深めた。


「どんなことを教えたら絶望するんだろう。どんなことをしたら仲間にナイフを向けるんだろう。どんなものを与えたら裏切るんだろう。誰が、どうして、どうやって。私は……私が与えたモノで人々が狂い自滅していく様を見るのが、堪らなく好きなんだよ」


「……どうかしてる」


「うんうん、わかってるわかってる。でも……それができるのは人間相手だけ。そして人間の複雑な心理だからこそ、面白い結末が見られる。だから私の興味は、人間からなくならない。そんな私に君は魅入られちゃったわけだ」


「……ずっと昔から、そうしてきたのか?」


「当たり前でしょ。例えば……君には年代的に馴染みがないかな。1945年に広島で起きたアメリカの核爆弾投下。その核爆弾を作るように後押ししたのは、誰だと思う?」


「……嘘だろ」


「本当本当。私が背中を押してあげたのさ。そしたら見事……その爆弾は多くの命を奪った。見ていて愉快だったよ」


 何も悪いことはしていない。そう言いたげな様子でナイアは事実を伝えてきた。遥かな昔から存在していて、俺達の日常の影に潜んでは、人の争いを見て愉しんでいたというのか。


 あまりに荒唐無稽な話であっても……自分の置かれた境遇を考えれば、それは否定できるようなものではなかった。


「考えるだけ無駄なことだよ。私だってもう手を出した事柄全てを覚えているわけじゃない。それだけ多くのことをやってきたわけだし。なにより暇だったからね」


「……暇だからって理由で殺される身になってみろよ」


「いやぁわからないなぁ。私殺されたことないし」


「………」


 最早言葉は意味をなさない。ナイアには何を言っても無駄なんだろう。いいや、ナイアだけじゃない。他の神話生物だってそのはずだ。宇宙に数ある惑星の中のたった一つの惑星。それが地球であり、だからそれがどうしたというのだ。きっとその程度としか思っていない。


「まぁ、私に関してはどうだっていいよ。とりあえず、今回手に入れたエイボンの書だね。これは魔導師エイボンの書いた書物で、ネクロノミコンにも記されていない魔術が多く載っている。そこで今回のこの場所だ」


 パチンッとナイアが指を鳴らすと、身体が軋み始めた。皮膚が、肉が、関節が。至る所の部位が軋み始め、身体がおかしくなったのかと思えば、しかしそれは違っていた。周りだ。周りの変化に自分の身体が巻き込まれているのだ。


 重々しく、息をすることすら忘れてしまいそうな嫌な感じが辺りにたちこめている。先程まで何もなかったはずなのに、目の前の地面上数センチに黒い靄のようなものが広がっていく。


 その靄の中から……音が聞こえる。バシャンッ、バシャンッと水を叩く音。ふと心の奥底からこみ上げてくるものがあった。どうしようもないほどの怒りだ。


 水を叩く音に紛れて波のうちつけられる音が聞こえる。そして、泥沼を歩くような鈍い音も聞こえてくる。あぁ、奴だ。奴らがやってくる。


「───ほら、来たよ。君の仇だ」


 ナイアの口元が愉快そうに歪んでいる。あぁしかし、そんなものは今はどうでもいい。今目の前に現れようとしているのは……全ての元凶。忘れるはずのないあの音、姿。醜い魚ヅラだ。


「さぁ、殺せ! 君がどうするのか、楽しませてもらうよ!」


「……深きものども(ディープ・ワンズ)ッ!!」


 目の前に広がる暗黒の霧。そこから這い上がるように奴らは現れた。太い唇、腫れぼったい頬。首と胴体の分け目もなく、眼球はとび出ているように見えた。背中には背鰭と共に魚鱗があり、服も何も着ていないその胴にはヌメヌメとしたテカリがある。


 手や足には水かきのようなものがつき、鼻や耳は潰れているように平べったい。頭髪はなく、肌は青白い。何体も何体も現れた奴らはギョロリと眼球を動かして睨みつけてくる。その手に持った三叉槍(さんさそう)を揺らしているその様は俺を挑発しているつもりなのだろうか。


 あぁ、あぁ、忘れるものか。あの日の惨劇を、惨状を、忘れるものか。


「いあ・いあ・くとぅるー・ふたぐん!!」


「いあ・いあ・くとぅるー・ふたぐん!!」


『いあ・いあ・くとぅるー・ふたぐん!!』


 敬愛なる我らが神よ。我らにその寵愛を与えたまえ。奴らはそう叫んだ。


 自分でもどうかしていると思う。なんで奴らの言葉の意味を(かい)せるのか。どうしてこんなに俺は自分の感情をコントロールできないのか。考えるだけで精一杯だ。俺の身体は……奴らを殺す許可を求めている。怒りのままに力を振るわせろと叫んでいる。


「ここは夢の中。君の精神体だけをここに呼んでいるのさ。そりゃあ感情が表に出やすいだろう。それと……死んだら植物状態になるから、せいぜい頑張ってね。勝てたら魔術を教えてあげるよ」


 ナイアの姿が虚空に消える。しかしそんなことはどうだってよかった。荒ぶる身体を抑えることが難しい。いっそ……全てを感情に任せてしまおうか。


 ……そうだ、それがいい。


「……全員纏めて……ぶっ殺してやる」


 両手を握りしめた。そして気づく。武器がない。槍も、拳銃も、何もない。対して奴らは全員武器を持っていた。それでも怖くはない。俺は……どうかしている。


「殺せッ!! ダゴン様に贄を捧げるのだッ!!」


『─────────ッ!!』


 雄叫びと共に奴らが襲いかかってくる。何体も、何体も同時に。しかしその動きはあまりに鈍重であった。ガニ股で飛び跳ねるようにしか陸地で動くことのできない連中だ。一体、何を恐れる必要があるのだろう。


 お前もよく知っているだろう。いつも使っているじゃないか。槍でどう攻撃してくるのかくらい……判断できるだろう。


「ッ、《吹っ飛べッ!!》」


「ゲブッ」


 突き刺してくる槍を躱し、全力で殴りつける。手にはヌメリとした感触が残るが、それでも魔術の行使はできた。詠唱なしに放たれた《ヨグ=ソトースの拳》が深きものどもを吹き飛ばしていく。大量に現れた奴らは徒党を組むように固まっていた。先頭を吹き飛ばせば、後ろの奴も一緒になって飛んでいく。


「ニンゲン如きが魔術だとッ!!」


「構わん、殺せッ!! 詠唱をさせるなッ!!」


 どれだけ多くいようとも、同時に襲いかかれるのは三体程度。逃さぬように囲みこんで突き刺してくるが、それを跳んで躱し、そのまま近くにいた奴の頭を蹴りつけ、吹き飛ばす。


 魔術を乱用しなくては切り抜けることすら難しい。それに……どうしてか。エイボンの書による負荷の軽減のおかげか。いつもよりも多く魔術が使える。いや、ハイになっているだけかもしれない。どちらにせよ都合がよかった。


「邪魔っ、すんなッ!!」


「ゲヒッ」


 腹を一発殴りつけ、蹲まっている間に奴の持っている三叉槍を蹴りあげて後方に向けて吹き飛ばす。いくら強く持とうが、魔術によっての吹き飛ばしならそんなもの簡単にすっぽ抜けていく。


 真横から迫ってきていた槍の先端を身を捩って躱し、そのまま勢いよく後ろに下がっていく。そして先程蹴り飛ばした槍を回収し、両手で持って構えようとする、が。


「っ、重ッ」


 いつも使っている槍よりも遥かに重い。満月の時ならともかく、夢の中とはいえそこまで身体能力は上がっていなかった。これでは槍を振り回せない。


「クッソがァッ!!」


 両手で後端を持ち、バットを持つようにしてなんとか振り抜いた。威力はまったくないが、槍は確かに深きものどもに当たった。


「《吹っ飛べッ!!》」


「ギャウッ」


 深きものどもが飛んでいく。そのまま槍を振りぬき、奴らに当たった瞬間に魔術を行使する。吹き飛んでいった連中のうち、持っていた槍が身体に突き刺さって動けなくなる奴らがいた。本当に少しずつだが、数は減っている。問題は、この武器が全然振るえない事だ。しかもなんかヌメヌメしている。気持ち悪い。


「っ……らぁッ!!」


 重い槍を持ち上げて、なんとか薙ぐように振るう。しかし威力はてんでない。それを好機と見るや、奴らはなるべくバラバラになって攻めかかってきた。


 槍を払い除けるも、槍を持ったままでは相手の攻撃を躱しきれない。だが……焦りのせいか。心の中で燻っていた怒りはなりを潜めていた。周りの状況を的確に捉えるだけの判断力と思考力も戻ってきている。


 このままでは負けることは目に見えていた。どうにかしようにも、この槍が使い物にならないのだからどうにもならない。


「クソッ!!」


 後退しながら槍を振るう。しかし……それが仇となった。奴らの体液で濡れている槍が、とうとう掌を滑り出してしまった。もう槍を振るうことは止められない。このままではせっかくの槍が……《飛んで》いってしまうッ……!!


「……なッ!?」


 ……スルリッと手元から抜けていき、なんとか指先まで這わせるもソレは手から離れてしまう。槍はそのままの勢いで地面に落ちるかと思いきや……目の前に向かって勢い良く飛んでいった。


「ギギィッ!?」


 目の前の一体を貫き、後ろに構えていた奴も貫き。最終的に壁にまで槍は穿ちながら飛んでいった。


 ……なるほど。どうして気がつかなかったのか。敵を吹き飛ばして意識を刈り取る魔術だとばかり考えていた。それに、槍というのは……突きや薙ぐだけの武器ではなかった。完全に盲点であったが、攻撃の手段を得ることのできた俺は自然と口元に嘲笑(笑み)を浮かべていた。


「……ここからだ。死んでたまるかよ」


 片足を前に出し、両手でどんな攻撃にも対処できるように構えをとる。向かってくる槍を躱し、側面から殴りつけて吹き飛ばす。背後から迫ってきていた槍をしゃがんで躱し、低い姿勢から腹に向かって蹴りを入れる。


 そうして何度も何度も相手の武器を落とすことに集中して攻撃を躱し続けた。やがて自分の周りには何本もの槍が地面に突き刺さっている状態となった。


「怯むなッ!! 殺せ、殺せッ!!」


 依然として奴らは勢いを失わなかった。どれだけ仲間が死のうとも。どれだけ仲間が傷つこうとも。正直気味が悪い。さっさと終わらせてしまおう。準備は整ったのだから。


「……《吹っ飛べッ!!》」


 足元に突き刺さっている槍に向かって蹴りを入れる。すると槍は凄まじい勢いで回転しながら飛んでいき、奴らの身体を切り裂いていく。しかしそれでも勢いは落ちず、壁にまで飛んでいってようやく止まる。


「何本でも、くれてやるよッ!!」


 一本だけ自分の武器として確保し、残りの槍は次々に弾丸の如く射出されていく。辺りには魚特有の匂いに混じって血の匂いが濃くなってきていた。不思議と今は吐き気を感じない。それよりも……奴らを殺すことに意識が向いていたのだから。


「ギギッ……い……あ……」


「ダゴン……様……」


「ギィッ───!?」


 悲鳴が響く。あれ程多くいた深きものどもは既に数えるだけとなった。槍はもう撃ち尽くした。ならば後は接近戦でケリをつける。


 手に持った槍を思いっきり引いて投げ飛ばす。槍は一体の深きものどもを貫いて壁に突き刺さる。投げてすぐに走り出し、振るわれる槍を飛んで躱し、顔面に空中で蹴りを入れる。よろめいた所で槍を奪いさり、蹴り飛ばしたあとで槍を投げ放つ。


 鈍重な相手に翻弄されるほど俺は弱くはないし、西条さんにだって鍛えられてきた。今のところはかすり傷だけで済んでいる。それでも気を抜かないように、最後の一体に対してトドメをさした。


「……はぁ」


 戦い方に気がついてみれば、あとは呆気ないものだった。辺りに散乱している槍や血濡れの死体。気が抜けたせいか、その濃い血の匂いに頭がクラクラとしてきた。奴らを殴りつけたりした手は、奴らの体液で濡れている。気持ち悪い。


「いやぁ、お見事だったよ。最初はどうなるかと思ったけど……うん。ちゃんと魔術を応用して戦えたじゃない」


 どこからともなく、気がついた時には既に目の前に現れていたナイア。両手で何度も叩いて乾いた拍手を送ってくる。別になんとも嬉しくもなかった。それに嫌な倦怠感が身体を包んでいる。緊張が解けたせいで、魔術のフィードバックや疲労が一気にきたらしい。


「……戦ってみてわかったよね? 君はまだ弱いよ。動きの遅い連中ならともかく、君が前に戦った蛇人間相手に単独だとこうはいかない。精進するんだよ」


「……俺にコイツらをあてがったのは、当てつけか」


 忌々しく思う俺の言葉に、ナイアは当然だとばかりに嘲笑(わら)い返してきた。


「家族の仇を前にして理性を失った君。けど、そんな自分の感情をコントロールできなければ勿体ない。人間というのは感情を振り回すだけじゃダメなんだよ。君にはまだ理性を持ったままでいてもらいたいんだ。事実、怒り一色のままでは魔術の応用はできなかったと思うよ?」


「……悪趣味だな、アンタ」


「ふふっ、わかってきてるだろ? 私はそういう存在なんだよ。君も少しずつ慣れてきてる。私が敬う存在ではないと理解してる。ぶっきらぼうに接してくる君は……嫌いじゃない。むしろ私にとっては好意的に映るよ」


「……アンタみたいなのに、好かれたくないものだな」


 悪口を言っていると、頭がぼんやりとしてきた。目の前が霞んでいって、視界が朧気になる。立っているのかわからなくなって、視界がふらふらと揺れ始めた。


「時間だね。魔術は使えるようにしておくから安心しなさい。それと……好くも好かないも関係ないよ。君は、私からは逃れられないんだから。それに、私は君という人間をかなり好いているんだよ。その過程を、その結末を。私はずっと見ているよ、ヒト」


 ……まるで電源の切れたテレビ画面のように、ブツリッと意識は途絶えていった。消える直前のナイアの言葉と、その歪んだ真っ赤な口だけが印象に残っている。





To be continued……

おまたせ!(気軽挨拶先輩)

課題やら何やらが落ち着いて空想切除も終わったので初投稿です。


前回加茂姉弟のことを載せ忘れていたので載せておきます。


 賀茂 海音 カモミール『苦痛の中で、苦痛に耐えて』


 賀茂 白菊 白妙菊『あなたを支えます』


さて、お久しぶりです。今回もまたナイアの嫌がらせをクリアし、氷兎は魔術を習得しました。まぁお披露目は後になりそうですが……。

今後はこういった夢の中での魔術習得は多分書かないと思います。氷兎が新しい魔術を憶えたりしていたら、コイツ夢の中でナイアの嫌がらせから生き残ったんやなって思っててください。

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