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貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-  作者: 柳野 守利
第四章 愛とは何か、恋とは何か
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第62話 男三人のティーブレイク

 俺と先輩の部屋には緊迫した空気が張り込めている。それもそのはず。もうすぐこの部屋に、西条さんがやってくるからだ。先日の一触即発な雰囲気といい、緊張するのも仕方の無いことだろう。しかし……俺には新しく会得した紅茶を淹れる技術がある。あのクソ眼鏡……いや、言い過ぎた。眼鏡野郎にギャフンと言わせてやる。


「……氷兎、殺気を抑えなさい。怖いよ」


「殺気じゃないです。やる気です」


「殺る気の間違いじゃねぇの」


「鎧袖一触です」


「殺る気満々だこれ」


 先輩が頭を抑えているが、どうでもいいことだ。そもそも、先輩は西条さんの事が嫌いじゃなかったんだろうか。俺の方の味方になるはずなのでは。


「……いや、うん。ごめん。お前と西条見てたら、いかに俺がくだらない喧嘩を西条としていたのかがわかった。頼むからお前も戻ってきて欲しいんだが……」


「西条さんが俺の紅茶で、ひでぶっとか、げぼう゛ぁとか言ったら張り合うのやめます」


「世紀末か! 西条がそんなこと言うキャラだと思うのか!?」


「あんな真面目野郎は総じてネタキャラに落ちる運命なんです」


「いや真面目な奴は真面目なキャラ貫き通す時だってあるんだからね……?」


 これはもう菜沙ちゃんを呼ぶべきか……? とか言ってる先輩には、後でデスソースでも飲ませておこう。菜沙が来たら俺が西条さんに嫌がらせできないでしょ。監禁拘束される未来が見える見える……。


 ……寒気がしてきた。一旦落ち着こう。クールダウンだ。菜沙の据わった目を思い出せ……。


 そうやって心を落ち着けていると、部屋の扉がノックされた。西条さんだろう。俺が入っていいですよと言うと、扉を開いたのは案の定西条さんだった。西条さんは、仏頂面のまま部屋の中に入ってきた。彼の片手には何やら高級そうな袋が握られている……。


「フン、あんなことがあってまた呼び出されるとは思わなかったがな……」


「上等でございますわすぐさま叩きのめしてやる」


「落ち着け。なんか色々ごっちゃになってる。いつもの氷兎に戻って頼むから」


「……情緒不安定かソイツは」


「八割がたお前の責任なんだよなぁ……。とりあえずそこ座れよ。氷兎が紅茶淹れるってから」


 先輩の言葉に、西条さんの眼がグッと開かれた。内心ほくそ笑む。俺が紅茶の修行をしているなんて思わなかったんだろう。俺をそこら辺の一般人と同程度に扱わないでほしいものだ。やる時はやるんだよ、俺は。


「……なるほど、根は素直か。伸び代がある奴は嫌いではない」


「俺の修行が間違いではなかったことを見せる時だな……」


 修行の際に買った白を基調とした紅い花柄の散りばめられているティーカップを取り出し、後は紅茶を作る為の道具を揃える。使用するのはディンブラだ。あの見た目からして、お茶独特の味よりもスッキリとした味を好むだろうという予想だ。


 沸騰した湯でカップを洗い、そしてまた沸騰させたものを茶葉の上に落としていく。これまたどうして、珈琲とは別種の匂いが立ち込める。これはこれで……悪くない。


「……フム、淹れ方は悪くない」


「ティーカップは一度洗う必要があるのか……?」


「紅茶にとってお湯の暖かさは重要だ。最初に沸騰したてのお湯でティーカップを暖めてから、再度茶葉を入れてお湯を高所から落とすように入れるのが、紅茶の淹れ方だ」


「……奥が深い、のか」


「当然だ。それに、立ち込める香りもいい。あれを嗅いでいるだけで、自然と心が落ち着くな」


「うわぁ……。氷兎と同じタイプかお前……」


「……なるほど。アイツは珈琲の香りで落ち着くタイプか……悪いことをしたか」


「自覚あったんすねぇ」


 後ろから先輩達の話し声が聞こえてくる。時間にして五分程度。茶葉を取り出し、ティーカップを西条さんの前に置く。西条さんは漂う匂いを楽しんだ後、カップに口をつけてゆっくりと飲み始めた。


 カチャンッとティーカップの置かれる音が響く。西条さんの顔は……変わらず仏頂面のままだった。だが、口から漏れたその言葉はどこか暖かみを帯びている気がする。


「フム……悪くない。このスッキリとした味わい。しかし味自体が濃い訳では無い……ダージリン、ではなくディンブラか」


「正解です。流石、飲みなれてますね」


「紳士の嗜みだ」


「お前ら英国人じゃなくて日本人だよね」


 先輩のツッコミを西条さんはスルー。無論俺もスルー。どこかガックリと項垂れている先輩を尻目に、西条さんは俺に向かって高級そうな袋を渡してきた。一体なんだろうか。彼の顔を見るに……どこかバツが悪そうだ。


「……いや、流石に人の趣味趣向を貶すのはあまりに人として馬鹿らしいと思ってな。謝罪の意を込めて、俺からの贈り物だ。喜ぶといい」


「なんで持ってるんだよ。お前まさかその日のうちに後悔して買ったはいいものの、中々部屋に届けられなくて悶々してやがったな?」


「黙れ天然パーマ」


「趣味趣向だけじゃなく人の元から持つ姿や格好も批判してはいけないと思いまーす」


「ムッ……」


 とりあえず渡された袋を開けてみる。中に入ってたのは……珈琲の箱だ。しかもなんか高級感溢れてる。名前は……


「コピ・ルアク……ってこれ高級豆じゃないですか!?」


「ワァオー、流石西条グループの息子……財力が違いすぎる」


「……自腹だが?」


「オリジン兵に近いと言われるだけの戦闘能力はあるって事か……。よし、まぁなんだ。とりあえず飲もうぜ。氷兎、頼んだ」


「えっ、いやでも……本当に飲むんですか?」


「高級品もな、使わなきゃ意味がねぇんだよ。飾るだけの宝石じゃねぇんだぜソレは」


「……まぁいいか」


 後々伝えればいいだろう。とりあえず恐る恐る蓋を開けてみるが……思っていたような臭いはしなかった。いや、これ普通に珈琲の豆の香りがするな。なんだ、案外普通じゃないか。少しだけホッと胸を撫で下ろした。


 高級豆を使うのは初めてだが、どれほどの味が出るのだろう。とりあえずはブラック一択の先輩に味見させてみるとしよう。


 マグカップを目の前に差し出された先輩は、珈琲の匂いを嗅いで、確かに普通の物とは違う気がする……と言ってから口に含み始めた。


「……これが、高級豆の味か。なんだかリッチになった気がする」


「……それよりも、先輩。コピ・ルアクって何だか知っていますか?」


「いんや、何か面白い話でもあるのか?」


 先輩はまた珈琲を口に含み、その味を味わいながらゆっくりと飲み進めていく。どうしてだろうか。この先の展開がすごい読める。おかげでさっきからニヤけるのを抑えるのに必死だ。


「コピ・ルアクとは、世界一高価な豆とも言われる珈琲豆のことですね。ジャコウネコと言われる猫に豆を食べさせるところから始まるんですが……」


「……な、なぁ氷兎。お前なんで笑ってるの? 猫に食べさせるって、まさか……」


「ただし豆は尻から出る」


「ブフッ、ぐぉぉ、マジかよ……」


「貴様、高級豆を……吹き出すとは勿体ない」


「だから作る前に言ったのに……」


 案の定吹き出した先輩の汚物を、雑巾で拭いて掃除しておく。匂いも味も問題ないとしても……猫の糞から取り出したって考えると中々飲む気が削がれる。本当の珈琲通なら何も気にせず飲むんだろうが……俺には流石にキツい。これを飲むだけの度胸が足りないようだ。


「この珈琲を飲む為には、豆に関する知識、それを知った上で飲み込む度胸、そしてそれを飲んだ自分を許せる寛容さが必要なようだな……。俺には足りない……」


「雨の日スペシャル肉丼よりも楽ですね」


「それとこれとは別ベクトルだっつの……。西条、お前謀りやがったな……」


「貴様の自爆だろう。いや、確かに俺も特に調べもせず高級品を買ったが、まさかそんな代物だったとはな……。珈琲も奥が深いのか」


「これでまた下品な泥水とか抜かしたらコピ・ルアクぶん投げるところでしたよ」


 とりあえず口直し用に普通の珈琲を先輩の前に置いておき、俺も作った珈琲を口に含む。コピ・ルアクは……いつか飲むかもしれないから取っておこう。一応アレとはいえ高級品だしな。それを捨てるなんてとんでもない。


 ……握りしめたら後悔しそうだがな。アイテム欄にコピ・ルアクが溜まりに溜まりまくって、捨てるにも捨てられず、使ったら握りしめて後悔する。もうアイテム袋の中が糞まみれや。


「……随分と、貴様らはゆったりとしているのだな」


 どんよりと落ち込んでいる先輩を見ていたら、西条さんがそんなことを言ってきた。いや、ゆったりとしていると言うよりは、馬鹿やってると言った方がいい気がしなくもないが……。


「……ゆったりとしてるように見えるのも、ひとえに先輩のおかげでしょう。何はともあれ、先輩がいてくれると案外その場の空気が何とかなるような気がしますから」


「それだけではない気もするがな……。互いの信頼関係……か。俺には合わぬものだな」


 斜に構えた態度で俺のことを見据えてくる西条さん。その睨みにはどこか覇気がなく、しかし鋭さだけは残されている。


 ……見た目通りでもないのかもしれない。この人もこの人で、何かしら悩みを抱えているのだろう。いや、誰しも抱えるものか。その大きさの程度はあれ……。それを解決出来るのなら、きっとこの人はもっと仲良くなれるんじゃないだろうか。


「……どいつもこいつも阿呆ばかりだ。俺と同い歳の連中は、皆やる気がない」


「……そりゃ、まぁ……歳が歳ですから。遊びたい盛りの時期ですからね。というか、西条さんって幾つなんですか?」


「十八だ。寄しくも、そこでくたばってる馬鹿と同い歳だな」


「誰が馬鹿だ!! ……って、同い歳かよお前。なんだよ俺改まる必要ねぇじゃんか」


「親しき仲にも礼儀あり、という言葉を知らんのか?」


「なんだよ、同い歳なんだしもっとフランクに行こうぜ。そんな硬っ苦しいから疎まれんだよ」


「……こ奴にはデリカシーというものがないのか」


「ないです」


 人当たりがいいのは先輩のいい所だが、デリカシーのなさが欠点か。デリカシーのないデカシリー……。いかん、先輩のオヤジギャグ感染が広まってきたか。


「ムッ……何かオヤジギャグ電波を受信した気がする」


「まぁた碌でもない事を……」


 先輩の頭の上に、電球マークがピコーンッとなったらしい。何を閃いたのか知らんが、どうせまた碌でもない事だ。西条さんも訝しげに見ているが……いや本当に碌でもないんでそんなマジマジと見てなくていいですよ。


 一方先輩は、どこか自信に溢れた顔持ちで椅子から立ち上がると、俺達を見下ろすようにして渾身のギャグを言い放った。


「知ってるか? 天パの気性は髪の毛のように荒いんだぜ? 天パのtemper(気性)rough(気性が) temper(荒い)ってな!!」


 ……部屋に沈黙が流れる。天パとtemper(テンパー)をかけたギャグなんだろうが。えぇ……、なにその無駄に高レベルなオヤジギャグは。絶対速攻で浮かぶようなものではないだろう。にしてもつまらないが。


「……いい時間だな。俺は帰らせてもらおう」


「すみませんねウチの馬鹿が」


「いや……。軽く貴様らの事を調べさせてもらったが、中々戦果はあるらしいじゃないか。足を引っ張ることもなさそうだが……まぁなに。今回の任務が終わった時に、その気があればまた手を貸してやらなくもない。貴様ら……特にお前か。あんな、おちゃらけた連中とはまた違うようだからな」


「……まぁ、やれることはやりますから。お互い頑張りましょう」


 軽く頭を下げる俺を、西条さんはまた軽く鼻で笑ってから部屋を出ていった。部屋を出る際に垣間見えたその顔つきは……どこか機嫌が良さそうに見えたような気がする。あくまで気がしただけだが。


「……なぁ氷兎。これ持ちネタなんだけど、ダメ?」


「ダメです」


「アァァァァァァァ……」


 先輩はへこたれてしまったようだ。また机に突っ伏して動かなくなっている。いくら自分が天パだからとはいえ、天パをネタにするのはどうなんだろうか。


 自分の椅子に戻って、少し温くなった珈琲を口に含む。うん、やっぱり庶民には庶民の味がいい。





To be continued……

ちなみにこの三人の作中年齢は、氷兎が17で翔平と西条は18です。まだ皆誕生日来てないだけですね。

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