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貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-  作者: 柳野 守利
第九章 鏡合わせの観測者
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第137話 自己中心な想い合い

久しぶりに筆を取りました。

執筆意欲が多少あるから、続けて書くかも。

でも随分と、指は動かなくなったし、文章の質も落ちたような気がします……。


 一定間隔で鳴る電子音が、微睡んでいた意識を徐々に呼び覚ましていく。重い瞼を開けると、視界の隅に点滴のボトルが見えた。そこから伸びている管は、針を通して自分の身体に刺さっている。


 どうやら、医務室にいるらしい。痛む身体を起こすと、ベッドの傍らに身体を倒している女が見えた。その小さな少女を見ていると、なんとも言い難い不思議な感情が自らの内に生じてくる。


「……戻って、きたのか」


 青年、西条は近くのテーブルに置かれていた眼鏡をつけると、ぐるりと部屋を見回した。他のベッドには氷兎と翔平も眠っており、近くに置かれた椅子には菜沙や桜華、玲彩がそれぞれ座ったまま眠っていたり、彼らのベッドに倒れ込むように寝ているようだった。 


 周りを確認した後、自分の身体を確かめていく。どうやら怪我はないらしい。電子世界で自分自身と殺しあった際にできた傷はなかった。身体が痛むのは、微妙に寝心地の悪いベッドに長い間寝かされていたからだろう。


 あの世界に、1週間以上はいたはずだ。現実と同じ時間の流れを過ごしていたはずなのだから、当然起きた時にそれだけ時間が経過していることだろう。彼らは確かにあの世界で生き、殺し合い、そしてひとつの世界を終わらせてきたのだから。


「……薊、さん……?」


 ベッドに倒れていた藪雨が身体を起こした。眠たげな眼を擦っていたが、すぐにハッとした顔になる。そして、目尻に涙を浮かべて西条の腕を掴み、震えた声で、よかった……と呟くように言った。


「起きてくれて、ほんとうによかったです……」


「……俺たちは、いったいどうなっていたんだ」


「どうなってって……VR装置が急にエラーを吐き出して、訓練していた人が意識不明のままだって聞いたんです。見に来てみたら、薊さん達が医務室で治療を受けてて……医療班の人も、どうして意識が戻らないのか分からないって言ってて、わたし、どうしたらいいのかわからなくてっ……」


 力強く腕を抱いてくる藪雨。痛みを感じるほどの強さであったが、不思議と嫌な気分にはならなかった。そんな自分を、心の中で嘲笑する。随分と不抜けてしまったものだ、と。


「……長い、夢を見ていた」


 ぽつりと、そう呟く。目じりに涙を溜めている彼女を視界の隅に入れながら、掴まれていない手で、自分の頬を撫でた。そこには、あの電子世界の自分によってつけられた傷はないが……しかし、確かに刻まれているのだ。


「そうだ……夢のようなものであったとしても……」


 あの世界は確かに存在していた。そこで起きた出来事も、全て覚えている。自分自身でもある彼女らを殺し、生きて帰ってきたのだ。


 存在していたのかもわからない、夢のような世界。平行世界とも言い難く、しかし現実ではない。仮想現実、と一言で言い切るのも難しい。それは、あったかもしれない“もしも”の世界だったのかもしれないし、ただ単に、あのイカれた女が作り上げた嫌がらせの為だけの世界だった可能性もある。


 ただ、事実がどうであったとしても……。


「そこで感じたものは、俺が得たものであることに、違いはないのだろうな」


 そんなふうに虚空を見つめながら話す西条を、藪雨はしばらく不思議そうな顔で眺めていたが、いつまでもぼんやりとしている彼の頬を強く捻った。こっちがどれだけ心配したか、わかっているのかと言わんばかりに。


「いつまで夢心地でいるんですか……まったく、もう……」


 不満気ながらも、どこか嬉しさを隠せないような、そんな不器用な笑い方をしている彼女を見つめ返す。


 あの世界の自分は、死ぬ間際に手を伸ばしていた。戦うための刀ではなく、遠くへいる仲間へと。果たして自分もそうなのだろうか。果たして……他の奴は、どうなのだろうか。


 客観的に見て、西条 薊という人間は、余人に好かれるような人物ではない。排他的で、人を信用せず、自分の力を信じ、他人の力を宛にしない生き方をしていた。口調は厳しく、態度も傲慢とさえ取れるようなものだ。この組織に属してから、いくつものチームで面倒くさがられては脱退してきた。なまじ個人で活動できる程度には実力はあるものの、たったひとりで解決できる任務など高が知れている。


 そんな人間を、死の間際に想ってくれる奴がいるのだろうか。結局のところ、人間というものはどこまでいっても自分勝手な存在でしかないのだから、死ぬ瞬間というものは自分の過去を振り返り、満足気に逝けるかどうかではないだろうか。


「……なぁ」


 傍らにいる彼女に、零すように問いかける。


「もしも自分が、次の瞬間にでも死んでしまうとしたら、お前は何を考える」


「えっ、なんですかいきなり……不穏なこと言わないでくださいよぉ」


「別に何があるって訳でもない。ただ、そう……夢の中で、ほんの少し思うことがあっただけだ。俺は自分自身を中心に物事を考える、いわば自己中心的な人間だからな」


「自分で言っちゃうんだ……」


「……だからこそ、死ぬ時もきっと、自分のことしか考えていないと思っている。お前もきっと、似たようなものだろう」


 いつか遊園地で感じた時のように。彼女とはどこか似たような部分があったから、きっと同じように考えるだろうと、そう投げかけたつもりだった。


 しかしながら、いかんせん言葉が足りなかった。それはもう、今まで見え隠れしていた彼女の嬉しさが、全て怒りへと変わってしまうほどに。


「っ……数日間目を覚まさなかったくせに、起きて早々人の悪口とか、ほんっと意味わかんない! 馬鹿なんじゃないですか!」


 医務室の中で大声を出しながら、西条の足あたりを布団の上から叩く。流石に失言だったかと、西条は首をすくめ、すぐさま謝罪をした。


「すまない。少しばかり、言葉が足りなかったようだ」


「少しばかり、じゃないです! 薊さんはいっつもそうなんだから!」


 また数度、布団の上から叩く。そしてようやく落ち着きを取り戻したのか、深いため息をついてから、ぷいっと顔を背けながら先程の彼の質問に答えた。


「きっと、自分勝手なことを考えているんじゃないですかね。あなたと同じように」


 ぶっきらぼうにそう言い放ったあと、「でも……」と小さく続ける。


「自分勝手でも、誰かのことを想いながら死ねるなら、きっと幸せなんじゃないですか。少なくとも私は、例えばですけど……自分の好きな人には、死ぬ間際に私のことを想って欲しいですし。その逆もまたしかり、って感じじゃないですか」


 自分がそうして欲しいから。そして、自分がそうしたいから。なるほど、どこまでも自分勝手でありながら、他人を想うこともできるのだろう。


 自分が一緒にいたいから。自分が愛しているから。自分が幸せだったから。


「……なるほど、確かに」


 そういう考え方も、悪くないのだろう。


 自分の中で、そう整理をつけたあとで……傍らの少女に、不器用に微笑みかけた。驚き目を見開かれたが、すぐに吹き出すように笑われる。


「なんですかその変な顔」


「二度とやらん」


「あぁウソウソ、冗談ですよぉ!」


 似合わないことは、するものではない。西条は喚く藪雨を後目に、未だ起きてこないふたりの仲間を待つことにした。




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜




 彼らが意識を取り戻してから、数日後。訛っている身体にムチを入れ、なんとか本調子を取り戻しつつあった。神話生物絡みの事件ではあったが、こんな出来事を報告書としてまとめて提出することはできないだろう。今回の事件は、単なる事故であった。そう報告するしかなく、技術部門の人たちからは怪訝な顔をされるばかりだ。


 そんな彼らであったが、日頃から厳しい任務を大きな怪我もなく達成し生還してくるトップチームという理由だけでなく、VR装置による被害者という面で、組織内でより注目を集めることとなった。


 氷兎の場合、時折開いている料理教室のおかげもあってか、廊下ですれ違う人がいる度に軽く挨拶を交わす程度には知人が増えている。


 そして今日もまた、氷兎へと軽い挨拶がてらに世間話として情報がもたらされることとなった。


「そういえば、君達が意識を失っている間に面倒そうな事件が起きたんだよ。それも、ふたつもだ。どちらも、君達が問題なく動けるのであれば宛てがわれたかもしれないくらい、危険度としては高いって噂だよ」


「そんな危険物処理班みたいな扱いなんですか、自分たちは」


 辟易とした様子で語る氷兎に対して薄らと笑いながら、一回り年上の同僚の男性は話を続けてくる。


「最近海外のネットオークションで、とある本を買おうとすると、落札者が何人も行方不明になるって事件があったんだ。宅配業者が家をノックして、開けたらフッと落札者諸共消え去ってしまうんだってさ。変な話だろう?」


「消え去るって、そんな馬鹿げた話があるんですか」


「いやそれがさ、たまたま防犯カメラに映ってたらしくてさ。ウチの情報班が犠牲を出しながら、なんとか犯人の身元と所在を特定したらしい。そっから、アメリカのCIAと連絡をとって、急遽編成したウチの部隊がひとつ派遣されたって話だ」


「なんか思ってたより話の規模がでかいっすね。CIAとかゲームでしか聞いたことありませんよ」


「一応暗部組織とはいえ、海外の主要な国家からは認知されてるみたいだからねぇ。ほら、ウチの起源判別機だかなんだかって、かなりのオーパーツみたいなものらしいからさ。スキャンするだけで自分の隠された能力を確認できて、なおかつ発現までするって、意味わからないよな」


 それは確かにそうだ。氷兎も頷きながら、組織に入ったばかりの頃を思い出した。スキャンされて確認できた起源はサツジンキとかいう意味のわからないものだったが……。


 あぁ、そういえば、と。ふと思い出したように、氷兎はポケットの中から1枚のカードを取り出した。印字された文字は一部を除いて文字化けし、顔写真やら何やらは全部黒く塗りつぶされている。しかも至る所に傷がついており、おそらくだが血のような跡が薄らと残っているように見える。そんなカードの中でただひとつ確認できる内容は、起源だ。『対話』という名称が記載されている。


「このカード、起きた時に自分のポケットに入っていたんですが……なにか心当たりってありません?」


「うん……? これ、身分証かい? なんか随分と文字化けしてるけど。それにこの薄らとあるのは……星マークか。星付きってことは、オリジン兵ってことだろう。でも対話なんて起源を持ったオリジン兵なんて聞いたことないよ。そもそも、オリジン兵なんてごく少数しかいないって噂だし」


「やっぱり、わからないっすよね。一応いろんな人に聞いて回ったり、データベースを見返したりしてるんですけど、どうも該当しそうな人がいないんですよ」


「えぇ……気味が悪いね。もしかして、それがVR装置のエラーの原因なんじゃないかい?」


「……さて、どうなんですかね」


 原因はナイア以外に有り得ないのだが。どこか忌々しそうにため息を吐き、氷兎はカードをポケットにしまい込んだ。どうあれ、あの邪神が絡んでいるのであれば、そう簡単に捨てていいものでもないだろう。


 こんな曰く付きみたいなカードは捨ててしまいたいのが本音ではあるが。仕方なく、自分たちの部屋に保管しておくことを決意する。


「そうそう、もう1つの事件の方をまだ話していなかったね」


 同僚の男性は先程の話の続きをし始めた。事はちょうど、氷兎たちがVR装置の事故に巻き込まれたあたりの出来事らしい。


「これはニュースにもなっていたんだけどね。とある風俗店で働いている女の子が、SNSで意味のわからない投稿を繰り返していたらしいんだ。『蜘蛛が来る』って」


「……は?」


 思わず、不躾に聞き返してしまう。そんな彼の反応がお気に召したのか、男はその事件について続けていった。


「ネットじゃ意味のわからない投稿の連続で、軽い炎上騒ぎ。そのうち助けを求めるような発信までし始めて、警察にも詰め寄る勢いで『蜘蛛が迎えに来るから、助けてくれ』って向かっていったらしい」


「……それで、結局その人は」


「行方不明だって。調査を行っていた情報班もろともね」


 合わせて十数名以上の集団失踪事件である。オリジンもお手上げ状態で、警察からは調査を続行するという報道だけ行った上で、事実上迷宮入り事件として扱われることとなったようだ。


「その、風俗嬢の名前は……」


 既に公表されている事実であることから、すんなりと同僚は教えてくれた。その名前を、氷兎は知っている。なにせこの事件は、あの仮想現実の中で実際に起きた事件とまったく同じものであり、被害者の女性も同一人物であったから。


 現実でも同様に事件は起きてしまい、それどころか氷兎たちが介入しなかったばかりに、情報班にも行方不明者が出てしまう始末。当然、氷兎に何ができるというわけでもないが……あの神話生物が、これ以上事を大きくしないように祈るばかりだ。


「君達がいれば、まだ何か掴めたんじゃないかって上の人達も言っていたし、またベテランの人達が死んでしまったってボヤいているのが聞こえたよ。この組織じゃ、1年生き残れればベテランだって言われてるけど、1年生き残るか、PTSDを発症して退職するかの比率は後者の方が高いみたいだからね」


 その分給料はいいけど、と彼は言い、その場から去っていった。1年生き残れればベテランだという彼の言葉は、あながち間違いではない。任務に出れば、当然死ぬことだってある。むしろ大きな怪我なく事件を終わらせてくる氷兎達のチームが異常なのだ。


 ただ、そんな彼らを持ってしても、どうしようもない事件というものはある。それが力不足ゆえのものなのか、そもそも対処できるような次元の話ではないものなのか。今回発生してしまった一連の事件については……きっと、後者なのだろう。


 悔しさは残る。しかしどうしようもないのだ。そう自分に言い聞かせるように心の中で呟き、いつの間にかキツく握りしめていた拳を緩めてから、自室へと帰っていった。




To be continued……

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