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貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-  作者: 柳野 守利
第八章 友を殺せるか、否か
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第116話 ニャルラトテップ

 ニャルラトテップとは。旧支配者と呼ばれる、かつて太古の地上を支配していた神々の一柱であり、また外なる神と呼ばれる非常に力の強い存在でもある。旧支配者は四大元素に分類されるとされ、中でもニャルラトテップは土の精として崇拝されていた。旧支配者の中でも最も強いとされる盲目で白痴の神アザトースと同格の力を持ちながらも、神々に使役されるメッセンジャーとしての側面も持ち合わせる。


 ノーデンスはアザトースについて詳しくは言及しなかった。それは人が知るにはあまりにも惨たらしく、狂気的で理解不可能。物理的な存在でありながらも、エネルギー体であり、それは宇宙を創造した経歴もある。しかしながらアザトースは深い眠りについていて、彼の意思を代行するものとしてニャルラトテップは存在している。ニャルラトテップとは、アザトースの息子であったのだ。


「……理解に苦しむ内容だな」


 説明を掻い摘んで聞かされた西条は眉をひそめて、なんとか自分の中で噛み砕いて理解しようとする。けれども、それは動物としての本能なのか。一定のところまで考えが及ぶと、そこで思考を放棄しようとしてしまう。これ以上考えるなと言わんばかりに、脳は停滞するように無意識に警告している。人間としてありたいのならば、それを知ってはならない。理解してはならない。恐れることは臆病ではなく、人間性を保つ為の防衛反応なのだ。


「ニャルラトテップについて詳しい話をするには、他の神の話をしなくてはならん。しかし、それを知るというのは危険だ。人間が知りえない、知ることのない知識。では、なぜ知らないのか。誰かが意図的に隠しているからだ。知らないのではなく、知ってはならないものとして」


「もう既に頭がパンクしそうなんだけど……いや、そもそも俺が知りたいのはそういうことじゃないんだよ! 氷兎が無事なのか、それか危ない状況にあるならその解決策を教えて欲しいんだよ!」


「解決策、のぅ……。そんなものがあるのならば、私が教えてもらいたいものだ」


 ため息混じりに伝えられたその言葉に、翔平は顔を苦々しく歪めた。目の前にいるのは自分たちとは比べ物にならないほど大きな存在。その力を持ってしても氷兎の問題を解決できないと言っているのだ。それはつまり、人間には到底解決できない無理難題だということ。あまりにも絶望的な言葉だった。


「そんな……氷兎君は、助からないんですか……?」


「助かる、助からないの二択で表すのは難しい。そもそも、この少年からニャルラトテップの力を取り除くのは困難だ。だから君たちのことも考え、ヒュプノスの手をかりて暗示までかけ、ナイトゴーントに荷物を持ち運ばせた。どうにかできればそのまま返していたし、無理ならば殺していた。だというのに、君たちは暗示を打ち破ってここまで来てしまった。いや、それは素直に賞賛すべきことなのだろう」


 ノーデンスは心からの賛美を送る。神の力を破ってここにまでたどり着いたというのは、普通の人間には到底できない偉業だ。けれども、彼らはその称賛を素直には受け取れない。ノーデンスはなんでもない事のように言っているが、その言葉は確かに彼らの価値観を傷つけ、また怒りをも募らせる。本人の許可もなく連れ去り、周りには何の説明もせず、挙句記憶処理。果てには、殺していた可能性があると宣うのだ。人間としての思考や倫理とは異なる。ノーデンスが幾ら人間に対して友好的であっても、彼は神話生物なのだ。人間ではない。


「賞賛はいらん。ニャルラトテップというものが危険極まりない存在だというのはわかったが、どんなものなのかがいまいち把握できん。それがわからねば、対処も難しいというものだ」


 西条は眉をひそめながら尋ねかえす。現状氷兎の命の綱を握っているのはノーデンスだ。彼らの中に怒りが芽生えていようとも、それを抑えなくてはならない。彼らは戦いにきたのではなく、氷兎を助けにきたのだから。


 ノーデンスは少しばかり悩む素振りを見せつつ、彼らに対して言葉を返してきた。


「どんなものなのか、か。それを説明するには……いや、まずはこれだな。君たちは普遍的無意識、あるいは集合的無意識とは何か知っているかの?」


「どっかで聞いたことはあるけど……」


「私は、こういったのはさっぱり……」


「……心理学者ユングの提唱したものだ。俺も説明するとなると少々難しいがな」


 三人の中で普遍的無意識についての知識を持っていたのは西条だけだった。彼は思い出せる限りの知識を二人に伝えていく。心理学者ユングの提唱した普遍的無意識とは、人間の無意識の先にある構造のことだ。人間の行動や思考といったものは外的要因によっても決まるが、普遍的無意識からもたらされるものによっても左右される。誰の心にでもある先天的な構造であり、あらゆる感情などの元型があるとされる。考え方によっては、人々の心は奥底で繋がっているとも言える。普段認知することは絶対にない、けれども全人類が普遍的に持っている。それこそが普遍的無意識という領域だ。


「俺たちの思考や判断を左右する感情など。それらは普遍的無意識にある型から生産され、俺たちに支給される。仮にその普遍的無意識に潜ることができたのなら、俺たちは地球の裏側にいる人間と交信、あるいは精神を乗っ取るなんてことができるのかもしれん」


「……要するに、心の底で皆繋がってますよってことか?」


「穿った考えだが、間違いではない」


「翔平さんの言ってることなら、なんとなく理解できるかな」


 桜華はあまり難しい考えが得意ではない。翔平もそこまで得意な方ではないが、これまでに培ってきたゲーム感覚である程度のことは補える。西条の説明をなんとなく理解した彼らに対して、ノーデンスはニャルラトテップについての説明を続けていった。


「ニャルラトテップとは、存在が認知されていた頃から異様な態度を取り続けていた。元はおそらく男神であったのだろう。その存在が急激に変貌したのは、人間が産まれてからだ」


「先程の話を踏まえるに、人間の普遍的無意識が何かしらニャルラトテップに作用したと?」


「いいや、違う。ニャルラトテップは最初期はおそらく単一の存在であった。元より力が強かったが、奴はその力の強さというのを誇示しなかったのだ。恐れるべきは力ではなく、性質。奴はあろうことか、人間が誕生した途端にその心のあり方に興味を示し、普遍的無意識と呼ばれる領域にまで潜り込んでいった」


「待て。普遍的無意識というのは、あくまでユングの提唱したものだ。実際に存在するとは限らない、彼の頭の中で紡がれたものだぞ」


 人間が初めて人間としてあった頃。その頃にユングは産まれていない。ならば、その普遍的無意識をどのように見つけたというのか。まさか、自力で。人間の心に潜ってみたら見つけてしまったとか、そういうことなのだろうか。西条の頭の中はしばし混乱していた。けれどもノーデンスは話を続けていく。


「世界には(コトワリ)、ルールというものがある。観測論なんてものもそうだ。人間が観測したからこそ存在する。ならば、ユングが提唱したからこそ存在する。そういうものなのだ」


「意味がわからん」


「過去、現在、未来。それら全てを記録しているものがあるだろう? それのせいで、未来で示した事が過去でも実現しているのだ」


「……アカシックレコードか!?」


 西条が驚き声を上げる。アカシックレコード。宇宙誕生以降の過去から未来まで全てを記録している媒体のこと。


 ……では、宇宙を創造したのは誰であったか。


「宇宙の創造者であるアザトース。宇宙の誕生以降を記録しているアカシックレコード。アザトースの息子、ニャルラトテップ。結びつくとは思わんか?」


「冗談じゃない……!! ニャルラトテップはこれからの未来のことまでも見通せるということだろう!?」


「その上で暗躍し続けておる。何をしでかすかわかったものではない」


 やれやれとばかりにノーデンスはため息をつくが、西条は既に敵対予定のニャルラトテップに対して勝ち目がないことを悟っていた。ノーデンスでも対処できない理由が語られている。アカシックレコードを創ったのは、間違いなくアザトースだ。それをニャルラトテップは使用している。未来で起きる事象を観測することで現在でも存在を確定させる、世界の理。それを利用してニャルラトテップは人間の普遍的無意識にまで潜り込んだのだ。けれども、そんな説明をされて簡単に理解できるわけもない。桜華は彼らの会話に首を傾げるばかりだった。


「アカシックレコードって、どんなものなんですか?」


「宇宙誕生以降の出来事を全て記録しているものだ。そこには過去や未来まで、更には当時生きている人間の感情まで記録されている。所詮はオカルトだと、そう思っていたが……」


「ってことは、なに。ニャルラトテップは未来予知まで出来ますよってこと? それは流石に俺たちと次元が違いすぎるだろ。五、六個次元上げないと……」


「クッ、フフ……いや、流石の俺もお手上げといきたいところだ。勝てる勝てないの次元ではない。どう足掻いても、ニャルラトテップの掌の上からは逃れられないということだろう、それは。なんて、おぞましい……」


 ハハハッ、とから笑いが西条から漏れだしていく。なんだかいつもと様子が違う。不安にかられて翔平が彼のことを見てみれば、眼鏡の奥から覗く双眼は鋭さを失っていた。彼らしくもない、どこか濁りのある眼だ。


「おい西条ッ!! どうした、落ち着けって!!」


「ハハッ……いや、落ち着いている。この上なく、どうしようもなく、俺は落ち着いているとも。そう……俺は、平気だ……いや……俺は……」


 これは不味い。瞬時にそう判断した翔平は、右拳を握りしめて全力で西条の左頬を殴りつけた。反動で眼鏡が少しズレる。顔がガクンッと揺れ動き、痛いという言葉を発することもなく、ただただ無言のまま西条は動かなかった。やがて眼鏡を元の位置に戻すという作業をするまで、彼は終始無言のまま虚空を見つめていた。


「……すまん、少々取り乱した」


 誰よりも知識があり、それを活かす知恵があり、応用できる経験がある。それは生き抜く上でとても重要で、重宝されるもの。だが……それは時に牙を剥く。頭が回るというのは、それだけ様々な想像ができるということ。行き過ぎた妄想は止まることなく想像され、やがて本人の意識を超える。自分では抑えられなくなるまで膨らんだ想像を、きっと狂気と呼ぶのだろう。


「……知恵があるのも考えものだな。先程の続きを話すが、よいかの?」


 ノーデンスの言葉に対して、西条はしっかりと頷いて返した。その瞳はブレなく現実を見据え、表情もいつもの仏頂面だ。先程までの錯乱した状態は消えてなくなっている。その様子を確認できた翔平も内心安堵しつつ、ノーデンスの言葉に耳を傾けた。


「ニャルラトテップは普遍的無意識にまで潜り込み、そこで様々な情報を得た。感情、というのは凄まじいエネルギーを持っている。そしてそれは幸福などのプラスの感情よりも、不幸なマイナスの感情の方がより強いエネルギーを保有している。ニャルラトテップはそこに着眼したのだ」


 曰く、ニャルラトテップとは存在して以降確固とした己というものに何の執着も持たなかったという。普遍的無意識に潜ったニャルラトテップは、そこで人々の負の感情を集めだした。恐怖、悲哀、狂気。好奇心などの正と負の両面を持つものまで。そして、人間たちの根底にあるイメージというものまで取り込んでいったのだと、ノーデンスは言う。


「普遍的無意識にある情報を元に、己の存在を千変万化させる。単一であったニャルラトテップは、そこでオリジナルを投げ捨てて、同時に複数存在できる化物へと姿を変えたのだ。這い寄る混沌、膨れ女、無貌の神。そういった様々な化身へと姿を変化させていった。そのあまりにも異様な在り方から、奴は千の無貌とも呼ばれる。人間の恐怖は底がない。今も尚、奴の化身は増えておるだろう。そこには既に、性別や理念なんてものはなく、全てがニャルラトテップであり、また化身ごとの個々の考えがある。その全ては純粋な悪意で構成され、物事を楽しいか、楽しくないかで判断する」


「人間がいる限り、その存在が増えていく……えげつない化物だ。それと、化身とはなんだ?」


「化身とは、神の現身だ。我々の多くは太古に封印されておる。覚醒の世界にその姿を現すには、自分の力が弱すぎる。また召喚されようにも、今度はむしろ強すぎる。だからこそ、奴らは自分よりも弱い化身を生み出し、人間の手を借りたりすることで覚醒の世界に送り込むのだ。化身の目的はひとつ。本体を顕現させることだ」


 まぁ尤も、ニャルラトテップは封印されるのを逃れ、その力が強大すぎるのもあって自力で顕現できるというのもタチが悪い、とノーデンスは心底嫌そうな顔で言う。正直な話、西条にも情報量の限界が訪れようとしていた。これ以上理解したくない。そんな気持ちも存在している。


「それで、その……氷兎については?」


「今言った化身のうちのひとつが、この少年に埋め込まれている。やがて少年の心を喰らい、表へと出てくるだろうな」


「そんなっ……」


 今まで散々聞かされてきた理不尽な存在。その化身が氷兎に入っている。どうにもならない、とノーデンスが言うのも仕方のないことなのかもしれない。けれども、それでも……なんとかならないのか。ノーデンスに向けて懇願する。長く伸びた髭を弄りながら、暫し考えにふけり……やがて重々しくその唇を開いた。


「ニャルラトテップの化身は、人間では太刀打ちできない個体から、簡単に勝てる個体まで様々だ。実際、人間にちょっかいをかけて集団に殴り殺されたり、悪事が上手くいって高笑いしていたら世界の抑止力たる人間によってトラックで轢き殺されたりしているのを見たことがある」


「ギャグかなにか? それと、世界の抑止力?」


「簡単だ。それも世界の理のひとつ。存続が危ぶまれる時に世界の方が用意した(プレイヤー)だよ。本人は否応なしに災難に見舞われ、暗き深淵を歩む探索者として世界を救う一端を担う。まぁ、たまに失敗するがな」


 口端を上げてニヤリとほくそ笑む。ノーデンスの視線の先が一瞬だけ桜華を見つめていたが、すぐに彼ら全員を見回すように目を動かした。


「私も悪魔ではない。この少年の中にいる化身がどのようなものかわからぬが、それに対処できる力が証明できるならば……この少年を、君たちに返すとしよう」


「ほう……力づくか。そういった考えは嫌いではない」


「えっ、神様相手にすんの……」


「えっと、それで氷兎君が助けられるなら……!」


「まぁ待て。その前にひとつ、君たちに確認せねばならんことがある。いざという時に、考慮しなくてはならん大切なことだ」


 瞳を閉じ、一瞬とは思えないほどの時間が流れる。雰囲気の変わりように、彼らは自ずと生唾を飲み、その身体を緊張で固くした。先程までとは比べ物にならないほど、ノーデンスの神としての存在が大きくなったように感じる。厳かで敬うべき神性だ。その重厚な唇が開いていき、紡がれた言の葉が彼らの心を穿っていく。


「───いざとなった時、この少年を……君たちの友人を、殺せるか?」





To be continued……


 ノーデンス


 人間に友好的な海の神。灰色の髭に白髪らしいが、なんか変だなと思い私の小説では灰髪になっている。旧神としてアザトースが起きないように見張りを続けているらしい。気に入った人間と空を飛んでいるらしいが、多分死ぬと思うんですけど(白目)



 アザトース


 宇宙の中心にあるもの。盲目白痴の魔王。あらゆる魔術に精通しているとか。謁見することもできるが、間違いなく死ゾ。この世界は彼の見ている夢であり、目覚めた途端我々は存在諸共消滅する(白目)

 夢だから今後の展開を決めるのは彼の動き続ける脳みその機能。それ即ち、アカシックレコードである。こじつけ。



 ニャルラトテップ


 基本となる姿を持たない神。あまりにも純粋な悪意で、人間の心が恐れる姿をいくつも持っている。千とか言われてるけど、実際もっと多い。クソ強からクソザコナメクジまで取り揃える、ピンキリですよでもね。クトゥルフ界隈のトリックスターで、本人は自分の手で世界を混沌に陥れようとはしない。多分本気出したらすぐに人類滅亡すると思うんですけど(名推理)


「人類滅亡RTA、はっじまーるよー。ではまず宇宙からの色を大量に投下します。終わり、閉廷! アザトースを起こすのは人類消滅なのでレギュレーション違反です。いやー疲れました。完走した感想ですが……」


 本気の奴ならやりかねない(白目)

 ちなみに男の神でイホウンデーという女神と子作りしてるけど、基本となる姿を持たないから関係ないよね。作者の自己解釈で色々変えられる便利なやつ。クトゥルフ関連は大体こいつのせい。だからニャル子さんは解釈違いじゃないんや。



 宇宙からの色


 宇宙から降ってくる物体。それが着弾した地域では水は枯れ、植物は育たなくなり、住んでる人は狂気に苛まれる。人類崩壊待ったナシのやべーやつ(白目)



 ヒュプノス


 ギリシャ神話にもいる眠りを司る神。ドリームランドと覚醒の世界の狭間にいて、気に入った人間の姿を変えて永遠に一緒にいようとする。ヤンデレか何か?

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