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さらば境界線  作者: ぽちくら
魔法少年罪
8/13

+魔法調査4

「――私は6月6日午後8時頃、上司の許可を得ず、また職場の同僚にも連絡しないまま、単身で異世界に乗り込み、数時間に渡り一般人に過度な暴行に及んでいたこと、皆様に多大なご迷惑をおかけ致しました。

 これは私の魔法及び魔術に関しての一般人への弊害と認識の甘さによるもので、弁解の余地は全くございません。

現時点では当人との直談判により、私自身の行動は免責として寛大な処置をされましたが、機関の信頼に深刻な傷を与えかねず、機関並びに関係者各位に、心より深くお詫び申し上げます。私的に走り本来取るべき処置を怠り、職務の領域から逸脱した行動から、この不始末に繋がってしまったこと、誠に深く反省しております。

 今後は上司の指導に従い、自己管理に努め二度とこのような事がないよう、信頼回復に向けて職務へ邁進する所存である故に、今回は寛大なる措置を賜わるよう宜しくお願いします」


 このセクハラ上司は直帰する部下に釘を指すことは欠かせない。

 先天の加虐と後天の悪辣に関しては、文句なしに柔軟な上司の下に就いてしまった。

 忘れるなと言いたげに、句点の位置を完璧に把握しながら部長は綴る。過多供給と飽食で蔓延る都市にいると、始末書をそらんじる行為が新鮮に見えるらしい。昼も夜も、相変わらずトーンが変わらない。抑制なき口調はサロンの茶会の最中、始末書の白は砂糖味と相違ない。


「連絡待ってるよ」


 黙る瀬谷を良いことに、最後まで傷の縁にある細胞を弄り回していた。わざと煮え滾った釜に灯油をぶち込む真似しかしない。




 魔法少年らが通う学校に最も近いT駅は、勤務先から片道30分程離れた都下にあった。ローカル線と私鉄が複数行き交い、国内滞在外国人が市内多く占めるか、駅内は雑多にひしめき合う。

 青で塗りたくったオブジェが来訪者を迎え、電子掲示板は無機質なビビットピンクで広告を走らせる。


 駅前のビルに設置された大型ビジョンには、奇抜な服装をしたアイドルが踊っていた。

黒と白を基調とした非現実的ワンピース、ゴシックロリィタのみ分かったが、声は聞き取りにくい。皆が皆、彼女を壁の中で動く絵と認識している。辛うじて聞き取れる曲調は打ち込みの電子音、詰め込み過ぎだとモニターから目を離した。


「立派やな……」

「そうか?」


 山奥引きこもりの老獪柘榴には刺激的か、せわしない挙動で観察していた。

 柘榴には尻尾はない。出せるには出せるが、一種の演出としての幻覚のみで、生活に邪魔か九本削ぎ落として食ったらしい。だが耳は狐ふうとしてのアイデンティティを喪失するとぬかす。黒い帽子で隠すが不相応にはしゃぐ。見目だけは垢抜けてるせいか、遠く見れば不審者の言葉が妥当だった。


――あれが千歳


 記号「妖狐」、狐に似るが厳密には狐と分類できない。出生そのものは近隣大国のCではあるが、系譜が文字として存在するのは強欲国にある。親はさておき当時は今よりも化物に対する恐れと、付随する憎悪は強く、出生直後隠居を余儀なくされていた。

 異世界では生活できないから現実世界に逃げた、という理由ありの人間及び入り込める化物は多い。それらを捕捉する為にも異世界から人外が入り、機関はそれらを食い物にしている。


――あんな馬鹿騒ぎするのは珍しい


 異世界と現実世界では言語死生観諸々、大規模なスケールで文化的価値観が異なる。それを理解して筆舌伝達を研磨することで、やっと人間たちと溶け込める。ただ魔法を極めた異世界でも、対物会話能力が武器になるのは変わらない。

 普通異世界人は、科学の産物を目にすれど、移住か偵察志望者ならある程度は履修済みだ。人は捕食対象の憤怒と怠惰国ですら、ここの科学を異世界科学とした学問があると聞く。


 背中越しから冷え切った高架の鉄柵がつたう。冷静さを引き出され、柘榴を連れ出すか迷った。山奥に何百も篭っては都会の情報過多さに気が狂うだろうが、好奇な視線は避けたい。同一色の瞳から誤解されるのも避けたくそっぽ向いた。



 眼前には真下のロータリーに繋がる国道が太く地平線をゆく。道路沿いには真新しいビルが立ち並ぶが、視線を左右にずらせば古ぼけた建物もよく見えた。

 数十年前、高度成長時代に煽りを受け、T駅中心に都市開発に着手した。駅ビルの開拓、風俗街が立ち並ぶ南部の整備は遂行したが、時代の流れで開発は緩慢に、停止した。幸い路線の多さと、直通の田舎町からの需要の強さから荒廃は免れたが、計画頓挫の名残は強い。

 数キロ先歩けば、新鋭の形を見せない閑静で質素な景観になる。この辺りが予想されるすみかだ。


 都内の魔法少年に関しては、T駅にアクセスしやすい教育機関に皆在籍していた。隊員については数そのものが少なかったため、特定の学校に極端な数の偏りはない。彼らの統一性のない思考や性格は、その他で繋がっていると考えられる。


――笠井はまだか


 本人とは直接接触する気はないが、彼は松川を再度調べ上げ、他を瀬谷に任せた。

 松川は隊員以外から省られていると推測され、隊員他の行方はよく掴めていないとのことだ。つまりは松川が魔法少年らと別行動していれば、彼らは何かしら事に及ぶチャンスはある。


――現地集合が早いか


 T駅の乗降者数は一日にして約16万人いると聞いている、この人ごみの中では探しようもない。


 仕方なく、眼窩に指を這わせ、痛みが走るまで中に指を食い入らせる。


 鈍痛、視界に虹色の淡い飛蚊症がざわめく。網膜の黒い影を痛みと例えるより足りず絶えず圧迫する。深く、目尻が裂かんばかりに爪立てた。


――10分で終わらせたい


 途端、視覚が変質して揺らぐ。眼球には損傷を起こしていないが、異常は既に脳に到達した。

 魔法を作り出す物質――調査員的にはマホニウムと呼びたいが便宜上魔力――を任意で一般人よりも鮮明に可視化させる。魔力、汚染経路は飛沫母子血液等、普通のウイルスと何ら変わりない。裏を返せばこれを利用して、場所の特定に役立てることが出来る。


――頭が痛い


 魔力は大気に浮かぶ。「nidus」と書くだけで出来上がる曖昧さだが、本人の素養、定義や意味が存在して成せるのが前提だった。

 一般人が魔法魔力を認識しない場合にも魔力は反応する。ただ対象は夢と似た、妄想とも言えない思考の残骸しか主としない。言語や言葉には満たないイメージで処理される。

 魔法は、言語や文字と魔力の化学反応と言われても大差がない。考えるだけのものにも魔力と反応はするが、それが曖昧模糊なら力はほぼない。ただ脳に鮮明な色とフォルムを描いてくれるだけだ。

 それがただ知らぬ間に消費されるならまだしも、瀬谷はそれらから得たい一部を五感で感じとる。

 眼前推定200超の人間の他愛ない躊躇ない妄想を、暴力的に叩き込む。馥郁は身を裂き、音から劇薬を嗅がされる苦痛から耐える。


 横に座るセールスマンの眼球が細い針となって、瀬谷の腹部を貫いた。死の心配はないが、現実瀬谷を彼は嫌悪していたらしい。

 目の前も国道は黒く歪みとぐろを巻き、タクシーの一台は膨張して赤子の手足で悠々闊歩する。エスカレーターに乗る群衆、群青と赤の単色固形に分離。一歩歩けば灰が振りかぶる。

 うち赤青のペアは同化して、透明羽を晒せば羽ばたく都度に固形は髑髏に。書いて時の如き紫煙が辺りを霧にして女郎の顔を造り、彼女は桃色の泡を吹き砂に崩れた。

 頬骨に魚鱗をしたためた幼女の頭蓋が、瀬谷の前で爆ぜる。現実幼女は死んでいない、驚かないように瀬谷はそれを無視した。


 立て続けに、聴覚に異変が生じる。言語や記号をなさない雑音のみが瀬谷を取り巻く。破れぬ鼓膜に指を這わせられ、しゃぶられる音と色の蠢動。幻影なる指が、鼓膜を突き破ったと瀬谷に騙る。

 何も聞こえない訳ではない。嬌声と雑音と肉と肉をすり合わせて、焼く音だけは聞こえる。

 

――しまった


 迂闊だったと、察する。都下とは言えそれなりに人がいるなら、氾濫は免れなかった。脳への刺激は送ったことで目への痛覚は必要としない。指には用はないが、痛覚が独立して神経を揺さぶりにかかる。


 思わず、空を仰ぎ見た。

 清涼な、白き悩みない青。霧中を晴らす高陵。この状況になってもここだけは変わらない。

 吐き気と頭痛が酷い。どくりと、血が管の内壁を上擦る。

 

 そこに、まだ正常な瀬谷の頬に冷えた指が当てられた。ヒトの狂気をつくらない、人体の骨格はしていれど、夏にしては冷たく心地いい。間延びした声が聞こえた気がする。

 息を絶え絶えにしつつ、内ポケットにクシャつかせた千円札をその手に握らせた。彼が離れた後、釣りの扱いをすぐに言い忘れたが、痛みの前にはどうでも良くなっていた。


「……矯正、内在型排除」


 発声、詠唱と指令は何かと隙はあるが、ペンやスマホで代用できない今には最適だった。


 瀬谷が直接脳に下した直後、徐々に正常な五感へと戻る。潮の満ちが引き下がって行く気分が、光る瑠璃色の鱗粉が虚空を舞うのと相乗して心地がいい。この痛快かつ後に来る清涼が、高揚を唆らせた。


 空中に浮かぶ粉を拾う。金粉はないが、深くぬかるんだ深海色に光沢を放つ。漂う方向を辿る。素知らぬ顔をして通り過ぎるOL、その後ろにいる中年男性……以降、左側の通路を使う人間には、身体のどこかに付着していた。

彼らが辿った方向と風向きと風向、瀬谷が事前に推測したエリアを参考にすれば地点はかなり絞れる。


――大体分かってきた


 情報を元にスマホにマッピングする。新しく改装された駅や商店街とは別の、地方との国道の通り道になった場。ひとまず、考えに狂いはないらしい。


 その方向に柘榴がビニール袋を提げながら駆け寄る。テレビを滅多に見ない瀬谷でも、袋のロゴには見覚えがあった。西向く侍には該当しない、算数字のアイス屋。


「アイスこうてみたかったんよ」


 それは高いと聞いていたが、他人の金で買うのは良心が痛まないのは、柘榴も同じらしい。聞いてもない理由を述べては、カップを二つ取り出し、どっちが良いかと有無を言わさず問う。

 丁度柘榴の左目が日差しに反射して、ファセットな輝きを引き起こす。不意に左と応えれば、柘榴は右目の方とスプーンを差し出した。


「釣りは?」

「……ナンパされたんや」


 あの時指を二三本折れば良かったと後悔した。

 左も右もチョコアイスだったが、無意味な悪戯は柘榴が好んでいる。一口咥えれば現実にまた引き戻され、大人としてどうかとも冷静さが込み上げた。

 魔法で吐き気を催す大人は今時自分くらいかと、冷たい内にまた一口喉へと滑り込ませた。


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