+魔法調査2
笠井の資料を見返す。不眠可能、人間の血肉に潜む僅かな化物の要素を利用して叩き込まれたのは、対人情報収集及び分析。
ケースバイケースだが、笠井は異世界人か、干渉した人間の交渉を得意としている。目的は事件への詳細や裏付けであり、重要度としては低いが対人として接触する分侮れないものもある。性質上、最小限の世情は知っている前提ではあるが、魔法は最低限の知識のみだ。
――やっぱ詳しくないよな
それがこの資料をよく物語っている。分かってはいたが、笠井は魔法について鮮明でない。背景こそは忠実に書かれているが、対人関係のツールや物として見なされている。質そのものは瀬谷の領分だ。
彼は対象者にぼかしたらしいが、瀬谷の手に二件届いたことで組織と強欲国は関係している。情勢は知っているはずだが内容からして徹頭徹尾、一般人に対しての収集に努めていたのだろう。今の彼の立場らしい、末端の処理だ。
――推測については問題なし
半年前部長から、いくつか笠井について聞いている。
中学三年辺りで母親が急死して、現在部長が本国の一般人の後見人として同居。中自分の父親を確かめるため機関に従事するアルバイター兼学生らしい。もっとも、情報収集をアルバイトにするなど理解不能にもほどがあるが、役目は果たしている分問題はない。
問題は魔法に対する知識がこちら側に大きく欠けている。これをあらゆる観点から魔法の術式、所作を導き出す瀬谷の手腕への信頼と言えば聞こえが良い。
だが現実、魔法を探す人間に対して、過度な人的情報と過小な魔法要素しかなかった。わざと、意図的にやる人柄ではないが、やることはやったの性根が滲み出ている。
笠井蓮、見た目は弱々しいが妙に意地が張り、卑屈な精神を真っ当に真っ直ぐ突き進んでいる。関係はどうあれ部長の義子ではある。
仕方なく、現在書類で確認出来るものに努めた。笠井については本人と出会ったら、腹いせと挨拶代わりに髪をぐしゃぐしゃにしようとのみ留めた。
――組織名書いてあったな
「Sorcery Next Peace International Unit」、通称「S.N.P.I.U」。これについては瀬谷には見に覚えのない組織かつ、架空団体と上からも断定されている。何も人間と接触するのに、架空の団体や組織を作り上げるのは珍しくはない。創作物という誤解の大きな要素さえあれば、いくらでも欺瞞は作れる。
――だが
昨今の魔法少女界隈には、魔法の言葉が定番として流れる。魔法少年少女のような対人限定無償慈善人外は存在しないが、言葉が魔法を創る点では同じである。それがこの資料にはどこにもなければ、笠井はこれを聞き漏らしたか、あるいはなかったか。どちらにせよ、目立った活動をするには必要な動作が欠けていた。
――新エネルギー、か
だが机上の空論でしかない。魔法は謎は孕むが、謎の法則性には基づく点で未解決物理現象と相違ない。
何故この世界に重力があるか解明できていないが、とにかく重力はそこにあると同じだ。一部を除けば、練習さえすればファイアと言えば火が出てくる。魔法を出すのは簡単だが、何故「ファイア」と火の英単語で火が出てくるかは分からない。が、人生そんなものであり、この件で何故かを問うものでもない。この認識自体が、魔法学と魔法の最先端であり限界だ。
異世界には魔法に関する魔法学がある。世俗的には対極の関係にあるが、魔法学と科学は同じ形態にある。科学は自然現象に対して見出した一時的な適当考察であり、それを元に組み上げた擬似体系とされる。魔法学もそれに然りだ。
魔法の新たな発見とやらは、強欲国の研究者のようなエリートに任せる。そうして革命的な発見が出るまでは、瀬谷ら調査員は魔法学に乗っ取り調査する。
兎角魔法学から見れば、架空団体が使用した単語にも、魔法が含まれている可能性はあった。それを瀬谷ら、魔法に携わる人間に解読されまいとある程度は暗号化されている。ある時は鏡文字、ある時はアナグラム、ある時は16進数として隠される。
今日まで、呪術や秘宝の在り処なんぞやは暗号によって隠される。置換、変換、は勿論換字式暗号に伴う表も然りだが、今回の場合は即時性が高く精密な物とは少し考えにくい。
――筆記か
詠唱はリアルタイムだが、筆記に関しては前もって準備することが出来る。精度と性能は肉声には劣ってしまうが、呪詛は持ち主の教養次第で言語の重ね合わせは可能である。
端的に、魔法を物にするのに手っ取り早いのは言語だ。だから、無効化されない為に言語そのものを暗号化するのも道理である。空間遮断となれば、対象の空間に移動するパスワードを解読するが最良だろう。
――コンパクトに刻まれてる、って言ったな
現在笠井の資料と機関からの要請で分かるのは、「何らかの目的で魔法少年を名目に一般人を利用していた」、「それには強欲国が関わっている」、「魔法少年達は空間の中で行われた」、「何故かコンパクトに架空団体名を刻んでいた」等の数点であった。
資料曰く、一般人の前に敵が現れると必ず空間が遮断される。それが異世界人からの舞台なら、空間遮断は変身を促す小物及び、刻まれた組織名に直接関係する。魔法少年の汚染に関しては、当該の組織が大きな要因なら、素質より小道具での起動が重要なのだろう。
まずはと、瀬谷は団体名に手を伸ばした。団体の正式名称については莫大な名前であり、それらで特定の魔法を結びつけるのは難しい。
次に略称をスマートフォン片手にアナグラムを模索する。該当するは「Pinus」、松の学名であり偶然にも名前が被る関係者はいた。が、これだけでは影響が弱いのと、無意味な偶然と思われる。そして何より厄介な人間の名字の一部とも一致してしまう。早々に却下した。
――ふと、瀬谷は頭文字を小文字に書き直し、そのまま逆さに返す。「snpiu」、逆にすると「nidus」に見えなくもない。
「nidus」
「にーだす?」
「ラテン語で巣だな」
早い解決ではあるが今のところこの暗号が状況として近い。巣、という単語と空間遮断、創作的に結界、亜空間と関係するものなら結びつきやすい。
――狭い領域での不正
そして魔法少年役として一般人の起用。暗号が示す単語から見るに、本来の目的は生ぬるい理想は所詮理想だと思わせる。
「居場所は絞れる、拠点は人通りの少なくて、高校の半径1キロ以内、ポイントは廃屋一件……または数件」
独りごちるが柘榴はからかわず、代わりに笠井の資料をじっと覗いている。平常口を開いた字数の倍回殴りたくなるが、ここぞとばかりに落ち着くゆえ瀬谷は憎めなかった。
瀬谷が危惧する通りに起こるとなると、不干渉になるであれ現地に赴く必要がある。ピンポイントに当てるには見聞より、肉眼とその視神経に勝るものはない。
「待ち伏せか」
クスッと、本性らしく柘榴は笑った。
「助けるん?」
「武力行使は無理だろ、良くて侵入くらい」
そのまた更に良くて救出だろうが、そこまで機関が許可してくれるかは難しい。何やかんや、詳しく知らず、フラットにグレーを歩く体で行くことは強いられるだろう。
恐らくは、いや、確実に良くないものを押し付けられた。ただ笠井が誤って足を踏み込んで人材を失ってしまうよりはマシであった。
――アレを除けば
空間遮断が行われているならば、切り離された空間に侵入することになる。言わば侵犯、中立を重んじる機関には重々しい言葉である為、上司に直接掛け合わなければならない。
メールでも電話でもなく対話で。今すぐなら社内ではなくここで。瀬谷の隣室にいるであろう、彼に。
瀬谷が柘榴をチラリと見るが、柘榴は平然とした顔でトイレに駆け込む。狐の化物の彼に排泄欲やその必要はない。何を言おうが瀬谷がやらなければならないらしい。
一際、大きな溜息を瀬谷は吐いた。