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さらば境界線  作者: ぽちくら
魔法少年罪
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+魔法調査1

 素頓狂な奴らと暮らすくらいなら、鶴亀のように長く生きたくないと思った。

 奇抜な名前ごと捨てたいとも想ったが、人間らしく死ぬ気にもなれない。資料上の汚染という単語に、心なしか瀬谷鶴亀(せやつるぎ)の胸が痛んだ。

 視界の隅に映る風になびく赤い髪は、天然に柔らかくもなく毒々しく誇示する。26年間魔法魔術呪術に入れ込んだ結果だった。永劫絢爛の証と持て囃されたが、過去の栄光に縋る以外に特徴がない。不本意に威圧を与える道具としては最適だろうが、いずれにせよ実用には程遠い。

 ベランダから地上を見下ろす。時刻は早朝、既に一般人が黒の頭を剥き出しにして、平日向かうべきところに向かう。どれもこれも年齢層は一定ではないが、禿上げった者を除いて、皆頭に黒を携えている。いっそのこと坊主にしてみようかと、自ら異端の髪を触りたくった。


――いや、坊主は


 いい思い出のない人物が一人いる。前の勤務先で出会ったデイビットは、坊主頭に鈍色の、唐草模様のタトゥーを彫っていた。

 悪い性格ではなかったが、責任能力のない器物破損を瀬谷よりも何度も起こしていた。常時常々一秒の隙もなく、彼は目が胡乱で口端に泡を吹かせていたと記憶している。入墨が魔法陣だったらしいが、当時は誰が巻き込まれて死ぬかと影で社員らが笑い話にしていた。


――馬鹿は死ぬ


 耽る瀬谷に冷たい風が、髪を掻き上げ現実を教える。だがインパクトが強い思い出となると途中で止められない。

 表上事故として扱われたが、立派な傷害事件として魔法が公然に晒されかけた。デイビットは重傷者10人を叩き出してから鉛玉を冥途の土産に死亡。解析を怠った社員には、薬物中毒者からの規格外な傷跡が残された。


 仕組みは直接刺激による効果の持続と増幅。魔法陣を使い大気中の魔力とやらで薬物を模造、皮膚から脳に直接流し込む。記述式をただ用いたもので極めて初歩的な物だが、それ故に無効化は難しい。端的に頭皮を剥ぐか、脳を弄らない限りは失敗しない。

 そして彼自身、瀬谷が独断で解析していた事件前日から脳が壊れきっていた。副作用を考慮して真っ向に勝負することは無謀だった。結果、見誤った上司が頭皮を食い千切られ、責任問題としてチームが消失する自体にまで至った。


――止めよう


 勤務先の忌まわしい記憶が蘇る。とにかく、無駄な知識を与えた人間は大抵ロクなことにならない。瀬谷も彼らも、小動物の殺し方より、処世術を磨いた方が現実どんなに最良なことか。

 瀬谷と同じ程のエリートは常にいたが、現実世界で魔法に人生を捧ぐ者はやはりどうかしていた。他人と比較するがあまり、内輪だけで見苦しい意地と高慢の塊が、肉体と手を繋いで成長する。成長した口から漏れるは、底の見えた甘言と理不尽な憎悪のみで上っ面もない。

 魔法と呼ばれるものは使える。それよりも金がよっぽど世の中には大事だ。名家の魔術師と関係者に扱われようが、何ら役に立ちそうにないとは嫌でも分かっていた。事実、煙草はライターで着けるが落ち着き、ペンは自分で持つ方が安定する。


 風が涼しい、魔術師と呼ばれようが一般人と同じように感じる。最早それだけで良かった。再び、手にした資料を読み返しては、個人で請け負った依頼と照らし合わせる。

 無意識に箱を取り出そうとしたが、ポケットにはレシートしかなかった。軽く舌打ちして、室内に上がり込む。



 目当ての箱はすぐに見つかった――が、再び舌打ちをしかけた。箱は机上ではなく指上もしくは爪上、高速スピンを繰り広げてはぎゅるぎゅる音を立てる。


「おかーり」


 掴みかかる前に、舞回る箱は静止する。そして何事もなかったのように懐にしまった。柘榴、名の如くその色の血をしているとは思い難い化物はふてぶてしく、図々しい。


 瀬谷と同じ程の背丈だが、色白で体格も描く輪郭は細い。本人の気性と相まって、シャツはサイズが合うはずだがどこか野暮ったく緩い。

 ダウナーかアンニュイな印象を与えようとするが、本人の性格が無駄に出張しては否定する。黒い髪には艶が生き、瞳は繚乱する菊の色を湛え、突き出た狐型の耳が絶えず動いた。妖狐と分類される彼には、代わりに人間の耳はない――いや、菊の色は落ち着き過ぎた形容だろうか。ならば同じ黄の瞳を持つ瀬谷の方が菊に相応しい。せいぜい、性格と人格を考慮して、毒虫の胴体色、そう例えるべきか。


「脳内完結しすぎや、人様に見せるモンちゃう」


 瀬谷の目の前で柘榴は小冊子をぷらぷらさせる。また勝手に、幼時の異世界解説を読んでいたらしい。ある程度は知り尽くしたことで用は済んだが、その分年季が入れ込んでいた。狭苦しい界隈には、教える相手以前に味方がいない。なら備忘録として自分用のみに作るしかないが、柘榴には関係がなく、分かった上で遊ぶ。


「無駄に千歳生きたか」

「ごーよくこくとか言われても分からん、老いぼれに分かりやすく説明出来へんか?」

「……エセ関西弁は嫌われるぞ」

「鶴坊俺のこと嫌いん?」


 グッと喉からこみ上げた殺意を胃まで落し、怨嗟を胃液で溶かし込む。百万回目程、契約した当時を後悔する。折檻の呪いか、生殺与奪権の掌握を捩じ込むべきだった。


 沈み黙り、柘榴と向かいの席に腰掛けた。狭く敵が多い職業上、事実上味方が近くにいるマンションの一室に住まわされている。そこは柘榴を一人の男性として、二人暮ししていると仮定したら丁度いい広さではあった。

 煩雑したごちゃついた外国狐化物を除いては、部屋は瀬谷の性格を表している。無駄な雑念がないように、資料が氾濫する笠井宅とは逆に、現在必要なものしか置かれていない。

 ミニマリストだの柘榴が宣っていた。そのつもりは瀬谷にはなかったが、柘榴が唯一の散らかり物の権化なら、一理あると思える。


「強欲国、正式名称イェルハトピルズカイやっけ、それだけ覚えたんよ」


 知らないと言いつつ、実際は殆ど読み込んだ上でうそぶく悪癖は健在している。そもそも、伝承上では妖狐発祥の地とされるC国出身、その地の言語が母国語のはずだ。それなのに日本語を会得して関西弁ごっこで遊ぶ余裕を見せつけられる。おまけに瀬谷が柘榴の母国語を口にすれば、rの発音を繰り返し言わされる。頭の回転が早い従者は瀬谷としては助かるが、それ以上に気に障っていた。


 だが、理解力は申し分ない。細かい説明を省き、今回の依頼を説明するだけで充分か。冊子を開いて記憶を掘り起こしては、知識として展開させる。10年前そのものの情報は役には立たないが、8年ほどの経験で、補完と噛み砕いた解説は容易だった。


「……魔法への脅威に気付いた国、国の管理のもと研究を続けている。現実世界との関わりが強いからな、魔法の管理については過敏。高度かつ研究段階のものを勝手に使えば国家ぐるみで消される…………ある少数チームが失踪した、国内で探しても見つからないから協力しろのこと」


 魔法はあっちでは科学の代わりになる。親しみやすく、それでいて同時に予測不可能の暴発や、過失からの事故等の危険を孕む。

 研究者はそういったモノを扱うなら、あの国では重宝されている。ただそれは、優秀であり可能性を展開すればするほど、束縛する枷は強い。優秀な鍵屋は王に殺される、その一歩手前の扱いと言うべきだろうか。

 国交は瀬谷には付け焼き刃知識だが、強欲国の概略は多少覚えている。

 人や生物の体を成さない人種が多い憤怒怠惰色欲国。対して、人の形をする種族が多く占める暴食強欲国。その中でも君主が唯一、アンデット及び人型の人外が統治する大国が強欲国とされている。


 人型は極めて弱く、それが現実世界への干渉を強くするのは概ね間違ってない。何故なら例えば君主が不定形の怠惰に比べて、圧倒的に個体として形ある生物は弱い。細胞や器官が明確に有りすぎる彼らは、魔法なしでは生存し得ない。

 魔法で強化するのであれば、外界からでも友好的に築いては極秘に魔法を研究する。こう行き着くのは何も理不尽ではない。


「専門家なら予測とか分からんの?」

「……強欲国は魔法について最大の注意を払っている。研究職は狭き門、合格者平均年齢は200程、倍率はよくて年間50体中1体」


 それらを加味した上で、脱走するのは馬鹿以前の問題だった。彼らは国単体で必死に生存し続けようとしているつ。地から学力と素養で頂点に這い上がったエリートを、奴らが簡単に逃すと思えない。

 ここが科学でGPSを作れるなら、魔法で作る意義はある。なら似たようなもので監視しているのはあり得るとして、逃すのはおかしい。


「脱走は深刻な状態だ。本当にそうなら下っ端に頼まない……あえて言うなら、『脱走したから調査しろ』って任務を、専門の中でも面子が潰れても変えの効く俺が失敗することが研究の狙い、とかな」

「考えはるな」

「考えてるよ」


――まあ、決められた仕事をやるだけだけど


 その考えで行くと、前者の思惑なら新エネルギーの開発、後者なら隠蔽魔術の開発が妥当か。だが、動機が純粋な研究のみで現実世界に利用するのも言い難い。異世界で済む魔法なら、異世界で済ませる。


 友好的であれ、現実世界と異世界の強欲国はあくまでも一般的には無関係だ。現実世界と異世界は繋がってしまったが、あくまでも一部の問題だと処理しきっている。

 自称私的団体『機関』が、この世界の魔法使い代表としているだけ。現実世界と異世界との関係を監視しては、手繋ぎの手伝いと称して介入する。


 異世界は国の長が、機関では本部長らが、勝手に約定を掲げ、力の均衡、考慮せざるを得ない懸念を無視して――恐らくは、瀬谷の想像の付かない破綻した、しかし完璧な計画か物語によって――互いに過度な侵犯を禁じた平和を維持し続けている。


――ダーティーには変わりない


 瀬谷から見てもこの関係は破綻している。だが何はともあれ、だ。現実世界が魔法には無縁なのが常識としているのが当たり前の認識なら、探らないが無難だ。恐らくこの関係は狂人らの凶事、彼らの歯車にされると強く認識するのは、瀬谷には耐えがたい。


 機関が公にしない方針で居続ける限りは、現実世界に対してポリティカルな目的は性質上ない。が、魔法と現実世界を共に干渉し続けた異世界側ではそうは行かず、強欲国がいい例だった。

 異世界とここの交渉そのものはあちらでは国の要として、そして管理をしている。


――だからだ


 それが前提なら、この依頼は元々は重要度の高いものに設定されるはずだ。都内調査を担当する瀬谷の手に行き渡ること自体がおかしい。もっと上層部の、部長だけが管理して、その残りカスを枝の枝の末端にこき使わせて調査させたほうが妥当だ。

 だが、と、気晴らしに眼鏡を拭いた。笠井からの資料と、今回の件はおよそ同時に送り込まれた。釣り針にしては大きい気はするが、些少な件に対して法外な報酬を得るのもまた機関である。

 酷く都合の塊にいると自嘲しながら、着手した。

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