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さらば境界線  作者: ぽちくら
魔法少年罪
3/13

+考察1

「貴重な体験で何よりだ」


 テープレコーダーから発する声を模した音には、落胆の色を込めていた。年相応に男子高校生らしく、涙を流さずとも、当初の声色を思い出すには、当時居合わせていた笠井蓮に十分に足りる。

 それを部長は、長い指で停止キーを惜しみなく押した。嗜虐嗜好と自称する割には冷淡だった。

 所作には無駄がないが、無関心であると不遜に訴えかけてくる分には無情ではある。


「……主観的に過ぎていますが」

「構わない、歳を考えれば仕方ないな」


 そして書類も同様であった。

 何も読み返す挙動を見せることなく、音もなく書類はコーナーソファの隅に追いやられている。それまで隠れた西洋風ぶった青い虹彩が見えた。

 束となった軽い音のみが聞こえ、乱れた書類に見向きしない。

 露骨に、蓮は視線を反らした。彼がただ紙を受け取っただけで逃がす人物だと勘違いしてはいないが、微細な動きのみで苛立たせる。


 種族としては淫魔と登録されているらしいが、悪魔と訂正してもらたい。もしくはアスモデウス、兎の格好で誘う男、ヤギとまぐわうような性欲を持った男、万人にサソリの毒しか振りまけない化物、蛾色の髪と硫酸銅の目を持つ対物有毒物質――そういった化物とされた方がしっくりとくる。


――青い目よりはマシだ


 自らの虹彩については珍しくとも興味を示せないが、それだけは言える。

 部長が平素身につける青の瞳は、自然環境天然物に形容される程度に澄み切った端正さを持つ。だがそれは稀有な自然物として、多勢を見下ろす傲慢さと毅然さも本性と相まって滲み出ている。


 それに加えて、貞淑と倫理を備えないなら、ただの毒々しい劇薬に他ならない。海だの空だの神秘より、モルフォ蝶の現実と硫酸銅と例えた方が的を得ている。

 そんな青い瞳を持った奴を一人知っている、そいつよりずっとマシである――と、松川に言うべきだった。聴取になると、どうにも無駄に年相応な饒舌になれない。

 虹彩についての雑談は、途中で停止させたレコーダーには録音されていない。世間話として書類にも挿入しなかった。瞳の話を聞いたら多少は笑うだろうが、機嫌を取るにはあまりにも小さく、時間の無駄だと嘲りが先に来る。


 対象者、松川太陽との会話には証言としては雑多なことが入り混じりすぎていた。

 それをまともな証言らしいものに抽出、切り落としては修正を繰り返して、一つの要綱にまで仕上げる。

 それ一枚で理解出来るように書くのも、報告書として必然の機能だ。

 自分の仕事として、彼の証言に対する疑念と考察も書き、ちゃんと事実と推測は混合せずに分けていた。


――それでも駄目か


 対して部長は何も変わらない。快い歓迎の意の欠片も見せず、発声をただ待ち構えていた。

 見様と気鬱によっては私に読ませるな、指図をするなと訴えているようにも見える。言えと、目のみで威圧する。

 苛立っている様子ではない、不機嫌でもないが、ただただつまらないだろう。そしてそれを腹いせに、急所をつついてはほじくるのが部長の仕事だ。

 無言でだんまりしている自分を、肋骨ごと傷をえぐりに出す。

 面白みのない書類を見て何が楽しいだろうかと言いたげに、紙の角を指で弾く。


 

「他には?」


 組み替える部長の足は長い。

 つま先から声帯まで行き届く造形擬態は煽りに事欠かさず、スラックスの黒は威圧の黒へと上乗せされる。


 一つ、気休めに息をついて、現実へ立ち向おうと部屋を見回す。

 今の邸宅の一室、防音、室温管理等のオプションが無駄に完備された書庫。周囲を見回そうにも、本棚に陳列された白の背表紙に気が狂いかけた。


「ポルルンは誘拐の件込みで自作自演、事実とは著しい嘘の情報を流し込んでいます……松川から見た敵が作成したポルルン撃破のための結界、性質は一般人に対する隔離と一定時間の領域の創造と拡大」

「難しい話は紙で充分かな」


 手の甲で紙を軽く叩く。

 中身は部長が来る前に暗記していたが、無力者の脳みそで暇を擦り潰す化物に通じないらしい。


「……とにかく、敵の出現込みで魔法少年の育成は意図的な計画かと。仮にゴーレムらがポポルンの敵だった場合、人間と組織の接触を何度も許し、拉致には成功しようが変化のない戦略でただの人間との攻防を繰り返しているのは杜撰です」


 役立たずにも程があると言おうとしたが、留めた。これ以上、自分の専門としていない魔法分野に突っ込んでしまうと専門的になる。話が終わり次第、瀬谷が更に深く調べ上げるはずだと飲み込んだ。


「敵の動きとして考えるには、不自然な程に不利な状況を進めている。加えて、組織側も味方の人間に対して与える情報量が不足しています」

「魔法については用法は間違えていない」

「間違えているのは、正義か悪か辺りかと……正義の国も悪の組織も別世界には事実上あの世界にはない。ですがここには創作物として魔法少女があり、勧善懲悪として正義の味方、悪の敵等の組織を作る傾向にあります。何であれ、異世界に無知であるなら、操るには十分な嘘の素材にはなりえます」

「嘘は、口実よりも辛い言葉だ、そのまま信じた彼に嫉妬してる?」

「主観が過ぎていたなら、申し訳ございません……動きやすい、使えやすい点なら、松川以外にも替えの効く学生はいます。精神的な問題で男性に限られるのは、組織側の本音でしょうか」


 へえ、と間延びした声が、部長のくちから漏れる。

 無意味な発音は今日で初めてだが、品定めをする視線と前のめりかかる姿勢は変わらない。

 それに乱れまいと手を強く握り、気を紛らわす。鬱血しかければ、脳の血管がきつく締め上がるが、酩酊よりも目が覚める。それよりも話を早く切り上げないと、酔って死にそうだった。


 相手を揺さぶる技能については、対象間の情報流通を把握する仕事についている以上は仕方ない。

 世界と異世界間の規模になれば、狡猾な手口を使う頭には、頭で対抗する他ない。部長は種族共々、感情と知性を持った者共を弄ぶプロに立つ。


――だが


 弄ぶと言うものは、あくまで上層部が用意した計画の上での他人の翻弄だ。確かな才覚と技能の上での余裕であり、決してフェチを満たすための道具ではない、はずだった。


 機関は名目と手段の性質上、やり取りを監視とも言える干渉に入らなければならない。

 魔法少年とその敵集団との状況を見逃した――言い換えれば、赤の他人の侵入者が用意した傍迷惑な箱庭――は機関に属する部長にとって、致命的な出来事である。

 ゴーレムの攻撃力は松川の証言通り、一般人が防げるものではない。知能のなさから運用するには難しく、そのまま公に放てば大惨事になる。


――笑ってるか


 だが、自らの立場を危うくする重大さに反して男は笑っている。自分の振る舞いによって蓮の社会的命運を影響させるこの男が、何一つの知らない訳がない。

 では何故か、と部長の目を一瞥する。答えはそこにあった。この場所で悩む蓮を虹彩に映し見ているようで、全く見ていない。


「……気になるのは汚染が進んだと言われるその他です。特に水木、土御門の二人、ストローの包装紙と紙カップから、手形に不相応な量の付着が見られました。松川は性格的な問題で省かれ、他の魔法少年同士で話し合いがなされている可能性があります。

いずれにせよ、ポポルンとゴーレム集団敵対関係にあるとは断言しきれません。敵としての合理的な行動、味方としてするべき仲間への配慮の欠如は強い違和感があります。結託していた可能性を考慮して、周辺の聞き込みは続けます」

「ならまた来週か、お疲れ様」


 小手調べにしては上々と言いたげに、傍に重ねられたうちの一つの透明なファイルにしまう。

 このファイルが何処に行くのかは分からない。

 蓮の調査は簡易的な検査キットで調べたが、どういった濃度か成分かはまた専門の他人が調査する。部長が聞く限り、少数精鋭の域を未だ抜けられず、当初から魔法調査の担当は変わるという話を聞かない。


――そもそも、魔法があるかどうかも分からん


 それが今の蓮にとって正直な意見である。

 非日常的な衣食住、家庭、心身環境、そして非現実的な事実を調べても実感が未だに沸いていない。蓮自身、化物の血が混ざり、極度の不眠体質持ちであれ、近くに起こるファンタジーには歓喜が起こらなかった。


――夢のないアルバイトだ


 異世界に対して、ただ生きている者共に起こりうる、対人心理に徹したからに尽きると自嘲する。


 例えば、「AとBが喧嘩して、Bがどこからともなく火を出してAを燃え尽かせた」を依頼とする。瀬谷のような魔法専門はBが得た魔法について手法とルーツを調べ上げる。

 だが蓮の場合は、何故ABでのトラブルが勃発したか、を焦点に当てるのがメインであった。

 加えて、差し出されるものは、調査と言っても存在そのものに希少性は低いものが多い。今回も例外に漏れず、部長の所属する支局が些事だと判断して、ここまでわたってきた。


――だが


 あるはずもないゴーレムと一般人とが戦っていた。自分らの監視下で密造していた可能性もある、というのは重要な情報だと蓮には見える。

 ただ大したことがないと判断を下し、蓮のような下っ端に明かされているのは、それだけの価値しかない。大したこともない調査を徹底的に強いられ、苦労して作った物はどう行くかは知る由もない。


 ただ部長が何一つの顔色を崩さずしてスムーズに終わらせた時点で、取るに足らないと判断されている。

 つまりは徹底的に予測範囲内であり、究極にどうでも良かったことが確実であった。


 だが、蓮は不透明に終えて一旦区切るとしても、また一週間くらいには追撃が来る。

 どんなに価値のないものでも、上司の声と指先一つで齧り付く犬としていなければならない。逆らえばそれなりに仕置が酷くこびりついてくれほう。


 どんな暴虐であれ、撫でられる程度には素直にならないと何処も生きていけない。

 目の前の相手が、父親の顔を持った上司であるなら尚更だった。

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