06 37歳元ラノベ作家、売れそうな物を探す
今日も金がない。
いや、あと五日もすればいくらか入ることはわかっているのだが、物欲をまったく消化できないのは案外苦しいものだ。
で、なんか売れる物がないかと引き出しを漁ってみる。
ずっと昔に送られてきた、「ラノベ編集部が移転しましたよ」という案内のはがきを見つけてしまう。
担当だったアリサカさんの字で、「遊びに来てくださいね」と書いてある。
今行ったら、通報されるだろうなと思って、乾いた笑いが出る。
ラノベ作家ではなくなってから、こんな風に物を漁るのはしょっちゅうだ。
お金に換えられるものはないか、その一心で両手をいろいろな場所に突っ込み、物を掻き出す。
だが、もう何も残っていない。
最後に売れそうな物を見つけたのは七年ぐらい前だと思う。
引き出しを漁って、アダルトDVDを三枚発見した。一枚あたり2980円ぐらいしたものだ。定価の一割で売れたとしても、1000円にはなると踏んだ。
深夜一時頃、徒歩三十分かけて店に行ったら「今なら、DVD買い取り50%UP!」という広告を見つけた。俺のテンションも更にアップし、興奮と歓びを気取られないよう抑えながら、カウンターの店員に黒いビニールを差し出した。
10分くらい待たされた後、
↓縦読み↓
┌────
│買取額
│\30
│
│50%UP
│\15
│
│計
│\45
└────
と書かれた査定書を見せられた。
声出して笑った。
どこに10分の計算の余地があるんだよ。
だけどその値段で売って、数枚の硬貨を空っぽの財布に入れ、家まで数キロの道のりを歩いて戻った。
俺が思うに、ラノベ作家から転落した人間がすぐ困窮に陥りやすいのは、潰しが利きにくいということと、キャリアで得たものを切り売りするのが難しいからだ。
たとえば出版した本だが、俺は全部で12冊の本を書いた。それが今どうなっているのかというと、Amazonマーケットプレイスにおいて全冊1円だ。一応、全部持っているが、金銭的な価値はないということだ。
デビュー作からのシリーズが打ち切られたあと、ゲームのノベライズを書いた。参考資料としてゲームの設定集とかいろいろ送られてきて、これらをオークションに出品することをかなり真剣に考えた。
だが、その時点でゲームの人気は完全に下火で、オークションをチェックしても入札されているものはまったくなく、出品手数料が無駄になりそうなのでやめた。
返し忘れた出版社の入館バッジなんていうのも持っていて、コレクターズアイテムとしてどうかと思ったが、社内で問題になったらなんか申し訳ないので引き出しにしまい直した。
あとはもう、特に価値のありそうなものはない。
こんなことを、うっかり余裕のある人間にこぼしてしまうと、そいつに「エ、ナンデ顔」で、
「作家なら、そういう経験を売ればいいんじゃないの」
なんていうことを言われてしまうことがあるが、
あのな、有島武郎の『カインの末裔』じゃねーんだからさ、いろいろやったけど駄目でしたなんつー話が今の日本でどうにかなるわけねーだろ、返すことになる。
この後、「書いてみなくちゃわからないよ」とか言うようであれば、わかるんですよとにっこり答えて、うぜえから頸動脈締めて落とすことになると思うが、幸いにしてラノベ作家ではなくなってから人と縁遠くなったので、まだ事件を起こしていない。
と言いつつ、今、社会的に詰んだ自分を語っている自分がいる。
なぜかと考えてみたけど、多分、終わってしまった人間は、なぜだか成功者の思い出の中でしか語られないからかな。
彼らの話に出てくる俺らは、顔が見えない影のような姿で表現されるけど、それって変だと思うから。
終わった人間は決して無感情な影になるんじゃなくて、日常の中で、これから始まる人と同様に泣いたり、笑ったり、感激したりしているんだけどな。
前みたいに特別なことは起きないかもしれないけど、
明日もきっと、なにかある。
だから、またあした。