05 37歳元ラノベ作家、招かざる客と相対する
俺のようにラノベ作家から転落し、経済面だけではなく人間関係も困窮していている人間は、一晩中起きていて、朝になると寝るという生活を送っているという安易なテンプレがあるが、おおよそ間違っている(キリッ)。
よく考えてみてほしい。
健康なのに年収37万円しかない37歳の男が、出勤のような強制イベントがないのに、夜は起きていて朝に寝るというタイトなスケジュールをきっちりこなせるわけがないだろう。
朝型→昼型→夕型→夜型→朝型…………
という風に二週間ぐらいの間隔で生活リズムがずれていく生活を送っているというのが正しい。ちなみに朝とか昼とか言うのは起床時間のことである。
最近の俺は夕型のリズムで生活していて、午後四時頃に起きているのだが、このリズムだと、いつもはスルーを貫いている、昼間の招かざる訪問者のチャイムに対して、今のように寝ぼけてうっかりドアを開けてしまうことがある。
「あ、――さん?」
紺のジャケット、ジーパン、そして合皮っぽい鞄を斜めがけにした五十歳ぐらいのオッサンが、下の名前で俺を呼んだ。
あんた誰だよ。
昔は本を出すたびにJCとかJKがかわいい字でファンレター送ってきて、そこで下の名前に先生付けて呼ばれてリアルハーレムを感じていたが、あんたみたいなオッサンになれなれしく下の名前呼ばれたくねーわ。
それはさておき、名前で呼んでくるというのは勧誘ではなさそうだ。
覚醒していない頭で、このオッサンはいったい何者なんだと考えていると、奴が鞄から取り出した紙をチラ見してぴんときた。
国民年金の保険料の督促!
俺みたいな、大半の時間を家で過ごしている人間の元には、宗教、新聞、牛乳の勧誘員が襲ってくるというフィクション上のテンプレがある。しかし、リアルでは彼らも加わるのだ。
保険料を収めていれば来ないし、大抵は電話での督促だし、自宅訪問は五年とか十年に一回ぐらいだからエンカウント率超低めのレアキャラだが、来るときは来る。脇の知識として、督促業務が民間に委託されてからエンカウント率がやや上がったということを覚えておくと、ラノベのエピソードで使うときに更にリアリティを出せるぞ(数少ない読者への呼びかけ)。
「あの、国民年金の保険料納付についてちょっとお話がありまして……」
オッサンは鞄をごそごそ漁りながら、なんかいろんな紙を取り出して言った。
いや、あのな。一応、言わせてくれ。
今、あんたが持っている資料には、俺は37歳の滞納者としか書かれていないかもしれないがな、以前は年に本を何冊も書いて、印税が一度に100万円ぐらい振り込まれて、保険料を一年分前納していたこともあるんだよ。って、え?
ここで気づいた。
「あの、ちょっといいですか?」
「あ、はい、なんでしょう」
「前に、収入が少ないということで、保険料を全額免除してもらう手続きをしたんですけど」
形成逆転である。
どうも世間は金のない人間に対して上から来る傾向にあるが、俺は常にロジックで対抗できるようにしてるんだよ。
「それ、今年もされました?」
まだ鞄の中の何かを探しているオッサンは、顔を上げることなく言った。
「いや……してないかもしれません」
再逆転されるのは早かった。
「そうですか。もし、今年も手続きをされることであれば、これ書類ですから書いてすぐ提出してくださいね」
オッサンは颯爽と次の現場へ向かった。
82円切手買えるの、一週間ぐらい先になるんですけど……。