03 37歳元ラノベ作家、昔送られた女性編集者からの手紙を読む
ラノベ作家だった頃、流行に対して感度の高い自分を演出するために、印税が入るとせっせと物を買って、部屋に置いていた。
まあ、今だったら、林檎マークのノートパソコンだとかタブレットに相当する物。
けど、どれもこれもろくに使わず、仕事がなくなって収入が途絶えた後、売れそうなものは全部オークションで売ってしまった。
調子こいてうすーいノートパソコン買っても、カフェで開いた瞬間に筆がどんどん進むなんてこと、まずあり得ないんだよな。役に立たないとわかっていて持ち運びたくないし、部屋ではデスクトップがあるから使わないし。
今は金がないから物なんてほとんど買わないし、そのおかげで部屋はわりと綺麗なもんだけど、暇つぶしでボードの引き出しの中なんかを片付けることはある。
出てくるのは、免除手続きをする前に送られてきた国民年金の納付書入りの分厚い封筒だとか、昔、契約したなんかの有料サービスの契約書とかそんなのばっかだけど、たまに過去の栄光を思い起こさせる品が出てくることもある。
今、俺が手にしているのは献本と一緒に「アリサカさん」が送ってきた手紙。
アリサカさんっていうのは俺にとって三人目の担当で、結果的に最後の担当だった人だ。
俺の担当はみんな女性で、一人目は「あんた、もっとしっかりしなさいよ!」みたいな態度を取る姉貴みたいな人だった。いや、俺、ひとりっ子だけど。二人目の人は電話でしか話したことがなくて、すぐアリサカさんに変わってしまった。
アリサカさんは痩せてて髪が長くて背が高くて、おとなしい感じの人だったな。
前は、昆虫が出てくるミステリーシリーズでおなじみの大物作家の担当をしていたと言ってた。異動でラノベの編集部に来て、すぐ俺の担当に。
俺がプロットとか原稿を送ると、すぐに電話をかけてきてくれて、「前よりすごくよくなってますよ!」とか「編集部でも面白いって評判になってますよ!」とか言ってくれてテンション上がった。外見とは裏腹に人の気持ちを盛り上げることが上手だった。
で、脱稿した後に俺が誘って二人で渋谷に食事に行ったんだわ。今、100円の菓子パンすら買えない俺のおごりってことで。恋愛感情とかそんなのはなくて、お疲れ様でしたって。
手紙にはちょっと丸っこい字であのときのことも書いてある。
『お食事楽しかったです、これからもよろしくお願いします!』
この手紙の後だよ。
開封済みのファンレターが何通か転送されてきて。
いや、そこまではよかった。
それを最後に編集部からの連絡がなくなり、
フェードオフ。
連絡がないっていうことはそういうことですよって別に言われたわけじゃないけど、アリサカさんのやわらかい笑顔と共に、そんなダークマターが空気を支配して俺もうっかり連絡できず。
なんつーか、ラノベ作家になったときは大騒ぎだった。
でも、ラノベ作家という地位は、びっくりするぐらいの無音ですうっと消えた。
高校生の遠距離恋愛みたいだったな。
いや、遠恋とかしたことねーけど。
俺は広げていた手紙を折り目に沿ってぱたぱたと折り畳み、引き出しに戻した。
手紙は取っておこう。
俺は確かにラノベ作家だったっていう証の一つだからさ。捨てられねーわ。