02 37歳元ラノベ作家、職務質問をされる
俺がラノベ作家だった頃、目的もなくよく出歩いた。
自著の在庫チェックを兼ねて本屋に立ち寄ったり、ふらりと美術館に入ったり、時間に縛られない仕事をしていている自分を体現するのが気持ちよかった。
自分の本が減っていたときは、平積みされている場所を見ながらどんな人が買っていったのかを想像した。
結局、一度も誰かが自分の本を買うところに立ち会うことは出来なかったけど、もし立ち会っていたら腕をつかんで声をかけていたかも。俺は小説家、きみは読者という運命の出会いを押しつけるために。
……ホラーだわ。
今、自分でぞくっと来たわ。
ラノベ作家の膨らみすぎた自意識こえーわ。
ま、夏らしく怖い話をしたところで、今日は銀行口座に三千円振り込まれたから、ビニール袋とウエットティッシュ、そしてリモコン用の電池を買うために百円ショップに向かう。
前カゴ付きの年季の入った自転車を漕ぐと、錆びて緩んだチェーンがガシャガシャとカバーに当たる音がする。
「前の自転車、停まってください」
なだらかな上り坂を立ちこぎしていると、後ろからマイクで呼びかけられた。振り向くまでもない。パトカーだ。
俺は脚を止めてガードレールに寄ってブレーキをかけた。
「すみません、買い物に行く途中だった?」
パトカーから出てきた小太りの警官が言った。向こうのドアからは小太りよりは若く、眼鏡をかけている警官が姿を現した。
「あーはい、そこの百円ショップまで」
「そうかそうか、ごめんねえ。あの、自転車の防犯登録、ちょっとチェックさせてもらえます?」
「いや、してないんですよ」
「あ、登録してない?」
小太りはそう言いながら自転車のフレームを覗き込んだ。眼鏡は無言のまま、後輪側に立っている。
「この自転車、どこで買ったの?」
「ああ、ホームセンター、ほら川の向こうにある」
「あーはいはい。いつ買ったか覚えてます?」
「七、八年ぐらい前かな」
「あ。そんな古いのなんだ。確かにボロボロだもんね」
ラノベ作家だった頃もこうして何度も自転車を止められた。
昼でも夜でも、男が前カゴ付きの自転車に乗っていると、男性が婦人用の自転車に乗っているのはバランスがおかしいとかいう理屈で彼らはだいたい止めるのだ。
「なんか不審なところがありましたか?」
「いや、ロックがね、付いてないでしょ」
「あー、鍵なくしたから外したんですよ。チェーンはありますよ」
俺はカゴに入っているチェーン製の鍵を指した。
「あ、あるのね。それとほら、立って一生懸命漕いでたでしょ。大変失礼なんですけども、後ろからだと逃げているように見えちゃうんですよ」
ああ、それはあながち間違いでもないよ。
現実から逃げてるから。
そんなやりとりをしている中、眼鏡が無線に向かってごにょごにょ言っていたが、盗難自転車ではないという結論が出たようだ。小太りに一言、二言言うと、小太りは笑顔を向けた。
「ご協力ありがとうございました。最近、自転車の盗難被害増えているから注意してくださいね。それじゃ旦那さん、気をつけて」
……ん?
ちょっと待て。
なんだ、その旦那さんっていうのは。
思いっきり中年に対する呼称だろ。
いや、37歳だけども。
ラノベ作家だった頃の職質じゃ言われたことねえぞ。
あれ、中年に見えるってこと?
とっくにパトカー行ったよ(天の声)