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16 37歳元ラノベ作家、真夏の夜に就活の過去を見る

 ――午前一時。


 真っ暗だが、目が慣れているのでぼんやり見えている部屋。


 サラウンド的にうねりながら移動する蚊の羽音。


 イライラする。


 たまーにパタパタと視界を横切る小さな蛾のような虫。


 さらにイライラする。


 硫黄と納豆が混ざったような匂いを発しまくる万年床。


 ……くせえなあ。


 冷水シャワーを浴びたあと、あえぐように目と口を開き、湯気を出しながらパンイチで仰向けになっている俺。


 首と手首はあせもよけのベビーパウダーで真っ白。


 脇にはさんでいるのは、凍らせてタオルを巻いたペットボトル。脇の下には太い血管があり、冷やすと全身に及ぶと聞いた。実践してその通りだ。


 だが、暑いものは暑い。


 980円で買った電波時計のライトをつけ、横目でちらりと見ると、気温31.8度。そりゃ暑いはずだよ。

 これが九月の終わりぐらいまで続くのか。

 まじで?



 貧困に陥っても、稼いでいた時期があったのなら生活の質は意外と下がらない。

 パソコンを購入していれば娯楽には困らない。

 自転車を購入していれば半径数キロ圏内なら交通費なしに出かけられる。


 問題は生活の質を支えていたものが壊れた場合だ。修理費用を捻出することも、もちろん、中古品を購入することもできず、文字通り、崖から転がり落ちるように生活の質も落ちていく。


 25年使い続けてきたエアコンがとうとう壊れた。

 15年ぐらい前、冷媒のガスが抜け、10年ぐらい前には基盤が壊れたとかで修理したが、おそらく、今回もそのどちらかの問題が発生したんだろう。しかし、修理を頼むことはできない。買うのはもっと無理だ。

 ヤフオクで5年以上落ちの三菱重工か富士通ゼネラル製を買い、ヤマト便で送ってもらい、取りつけと一緒なら取り外し工事費と回収費は無料という業者に設置を頼むというのがおそらく最安だが、それでも3万円は必要だ。


 アースノーマット30日ボトルでさえ買えない今の俺に、3万円はあり得ない。


 働けばなんとかなんのかね。

 たとえば日払いの引っ越し作業とか荷物の仕分けとか。

 昔はうちの近くで結構募集してたけど、今、見ねーな。あんのかなー。


 実はラノベ作家じゃなくなったあと、少しだけ働いたことがある。


 以前、前兆なく出版社から切られたという話をしたが、実は、らしきものは存在した。

 最後の本を書き終わり、担当のアリサカさんから「これから、なにかいいプロットがあったら送ってきてください」と言われた時点で、事実上、俺は現役の作家から滑り落ちたのだ。ずっと、担当から「こういうテーマ、企画で書きませんか」と連絡があって執筆という流れだったのに、そちらから連絡があれば出版を検討するかもしれませんとなった時点で。

 真に受けてプロットを提出したら、作家としての寿命が少しは延びていたのか?

 わかんねーな。

 わかんねーけど、とりあえず、出す気もなかったし、そもそもプロットを作ることなんてできなかった。


 作家になるために小説を書いていて、作家になった。担当から依頼があるので書き続けた。

 俺は書きたいものがあって作家になり、その生活を続けた人間じゃない。

 人より特別になるという、自己愛をモチベーションにした人間だ。

 そんなやつがタイトなスケジュールで小説を書き続けなきゃならなくなった。


 大変だった。


 湧き上がるアイデアなんてものはすぐになくなって、一文無しが部屋にある家具の、引き出しという引き出しを開け、服のポケットすべてに手を突っ込み、一円玉を探すような毎日。


 いいプロット?


 そんなもん出せる才能があれば、今、パンイチで仰向けになってねーわ。



 金はすぐになくなり、俺はラノベ作家以外でなんとかやっていくことを決意した。

 なんになる?

 自問自答はあっという間で、メディアを目指すことにした。ライターとか記者とか、そういうの。作家としてのキャリアを生かすんならそういうのがベストじゃん。


 実績としてこれまで書いたラノベのタイトルをずらずらと並べて、自信満々に応募フォームからプロフィール送った。

 オチ見えてんのは承知で言わしてもらうが、当時、付き合いのあった友達向けに採用されたときのスピーチを考えてたね。

 だってさ、不採用って考えられる?

 ラノベとは言え、単著あんだよ。一冊どころじゃないよ? 何冊もだよ? 出版社は一流だよ?

 で、


「今回は応募者のレベルが非常に高く、悩ましい選考に~」


こんな感じのメールが届いて、


「やべえ、俺が上げたわ」


って読んでたら、不採用。


 そのあと、仕事のキャリアを登録して、企業の採用担当者から連絡を待つ転職サービスってのを利用した。

 冷静に考えろ、おまえのキャリアなら引く手あまただっていう自身の声に従って。

 やっぱ、書いた本のタイトルを全部並べてさ、クリエイティブなことに自信がありますみたいなアピール書いた。

 一年間で俺のキャリアを書いたページに15ぐらいのアクセス数があって。

 一年間で15アクセスって逆にすげーわ。

 もちろん、全スルー。


 あー! あと! スクウェア・エニックスの契約社員募集にも応募した。ドラクエ制作のための。

 記者とかライターとかじゃなくて、創作。完璧、自分の専門分野。

 そうか、結局、俺は子供の頃に憧れた業界に行くことになるんだなあと、ストーリー作ったね。採用前提で。

 例のごとく、プロフィールに出版した本の名前を全部書いて、あと、ストーリーのプロット考えて。

 連絡ないけどドラクエは出ているから不採用だったんだろうね。


 そんな俺でも唯一採用された職種がある。


 コールセンターのバイト。


「はい、お電話ありがとうございます」


 俺の作家としてのキャリア、全然関係ねえ。


 年下のチームリーダー元気かなあ。

 勤めてから一カ月ぐらいで俺がラノベ作家だったことを誰かから聞いたらしく、本のタイトルを口にしながら、「Amazonのレビュー、結構辛辣ですね」とにやにやしてた。

 レビューはともかく、ラノベのタイトルって、実社会で口にするとバカみたいだからね。しかも、目の前にいる三十過ぎのバイトのおっさんが書き、まったく売れてないという社会的背景が面白さに拍車をかけるらしく、まじ、笑われんのよ。ハイテンションのスベり芸的な?


 でも、なんだかんだでリスペクトしてくれて、助けてくれたからやりやすかったな。送別会も開いてくれたし。

 なんでやめたのか、ま、大した理由はない。

 あー、五日限定でいいっていうなら、電話受けんのになあ。


 てか、ほんとにエアコン壊れてんのかね?

 プラグ抜いたあと、電源ボタンを何度か押して、プラグをコンセントに差し込み直せば動くんじゃねーかな?


 俺のサポートじゃ、それで結構みんな直ったんだが。


 寝て起きたら試してみるか。



 あー、それにしてもあちーなー。

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