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15 37歳元ラノベ作家、質屋に金を返すか大いに迷う

 特に日にちとか決めてねーけど、ネットで数カ月おきにやっていることがある。

 それは、ポイントサイト経由で開設した証券口座とFX口座の残高をチェックするってこと。

 当然、いつ覗いても0円とか10円とかなんだけど、なんでそれがわかっていて見るのかっていうと、以前、それまで5年ぐらいアクセスしていなかった証券会社のマイページにログインしたら、なぜか残高が1000円あったからなんだな。

 あんときゃ、5個100円のバターロールを毎食2個ずつ機械的に食っていたときで。

 これでバターロール以外のものが食えるって、嬉々として、ローソンの100円冷凍チャーハン買いにいったなあ。

 多分、あの1000円って、プレゼントキャンペーンみたいなのがあって、たまたま条件をクリアして入金されたんだろうな。


 ちなみに、当該証券会社の口座を開設したのはポイント目当てじゃない。バリバリのラノベ作家時代に印税の一部、確か50万円ぐらいを運用するためだった。

 ま、でも、運用っていってもね、株を買おうってのがもう中二病っつーか、ラノベ作家二年目病っつーのかな、まあ、人によっては2ちゃんに『ラノベ作家なんだけど、なんか質問ある?』みたいなスレッド立てちゃうテンションで、俺は株みたいなノリだから、知識なんて全然ねーし。ヤフー掲示板覗いちゃ、煽りにびびって売ったり買ったりで、売買手数料がどんどん引かれていくだけだったな。


 思い出話はさておき、実は今、俺の財布の中には珍しく札が数枚ある。具体的にいうと5000円だが、マジな話、俺にとっては幸福感を10日間は持続させられる大金だ。


 それなのに。


 それなのに、ついさっき、あの思いがけない1000円のラッキーよ再びと、半年ぶりに証券口座とFX口座の残高チェックをしてしまった。


 なぜゆえに?


 答えは"モンブラン"にある。


 と言っても山でもケーキでもない。


 万年筆のモンブラン。


 デビュー作でもらった印税は手取りで60万円だった。それを自分へのご褒美というクソ理由で散財したっつーのは前も書いたと思うんだが、その散財の中にモンブランがあった。


・プロ作家になった証

・小説家っぽいものを持ちたい

・デビューの感動を忘れないため

・大人として一生物を持つ

・契約書にサインするとき、なめられないようなペンを持つ


 そんな感じで理由はいろいろあったんだけど、149っていう名前のモンブランを8万円ぐらいで買ったわけ。

 でも、それまで万年筆なんて使ったことねーんだから、買っても当然のごとく使わなかった。作家として契約書にサインしたこともなかったし。そもそも契約書を取り交わすことがないんだもん。


 ところが皮肉なことに、俺がプロ作家じゃなくなってから、使わない8万円のモンブランにも役割ができた。

 質屋に持っていくと金が借りられるんだよ。一応、高級ブランド品だから。


 小説家になろうのユーザー層がよくわかんねーから、一応、質屋について説明しておくと、ようするに、担保を取って金を貸してくれるリサイクルショップって感じかな。歴史は古い。確実に江戸時代にはあった。

 駅前辺りをうろうろすると電柱に「○○質店はこちら」って張り紙が結構あるから、見つけたら見学してみて。


 質屋には「買い取り」と「預かり(質入れ)」ってシステムがある。

 買い取りっていうのは文字通り、客が持ってきた物を買い取ることで、預かりっていうのは、客の持ち物を担保にして金を貸すこと。カードローンみたいな審査はない。そのために担保を取るんだから。無職でも担保さえあれば貸してくれる。

 俺のモンブランの場合、買い取りだったら2万5千円、預かりだったら2万円ぐらいになると思う。実際、俺は質屋にモンブラン預けて2万借りたからな。


 そんじゃ、お金を借りた場合の返済方法とか担保の行方はどうなってんの? という人のために、文章で説明……すんのは面倒だから箇条書きにする。


[返済方法その一 利息だけを返す]


 俺が借りた金2万円

 月の利率7パーセント(上限は9パーセント)

 2万×0.07で毎月の利息1400円

 上記の利息の返済期日は三カ月おき

 よって三カ月ごとに4200円を質屋に支払う


[返済方法その二 全額返す]


 俺が借りた金2万円

 月の利率7パーセント

 2万×0.07で毎月の利息1400円

 借りて三カ月後に全額返すなら20000円+4200円(利息)を質屋に支払う

 担保のモンブランを返してくれる



 あー、ラノベ作家だった頃は、質屋のシステムに精通するとは思いもよらなかったなあ。

 それはともかく。

 ようするに、三カ月ごとに4200円を払い続けさえすれば、2万と利息を合わせて払えるようになった段階で質屋から担保、つまりモンブランを取り返せることができる。


 じゃあ、もし三カ月後に利息を返せないとどうなるのかというと、借りたお金の返済義務はなくなる代わりにモンブランが完全に質屋のものになっちゃう。簡単にいうと2万円でモンブランを売ったことになる。


 そしてまさに今、モンブランをキープし続けるか、質屋のものになるのかの瀬戸際なんだわ、これが。

 明日の返済期日に、手持ちの5000円から利息を払えばキープだし、払わなければモンブランは俺のものじゃなくなる。


 迷ってんだよねえ。

 

 利息を払って5000円が瞬時に消えるってのはつらい。つらすぎる。だけど、1000円以上残れば自分を納得させられる気がする。そんなわけで口座をチェックしてみたんだけどやっぱなかった。そりゃそーだ。


 だったらモンブランを諦めるのかっていうとさ。

 ぶっちゃけ、物自体への思い入れはねーわ。使ってねーから。

 たださ、俺がラノベ作家だった証ってのを、使ってなかった8万円のモンブランが一番持ってる気がすんだよね。


 本棚に並んでいる俺の本は、別に作者じゃなくても揃えられるじゃん。

 ラノベ作家だった頃、使っていたパソコンはぶっ壊れて、原稿のテキストデータ持ってねーし。

 校正用の原稿は、当然、編集部に送ったからねーわな。


 じゃあ、俺はラノベ作家だったんだって、自分に対して証明できるものはなんだっていう。

 出版社から送られてきた源泉徴収票は持ってるけど、そういうのじゃなく。


 8万円の万年筆を余裕で買えたんだ

 8万円の万年筆を買おうっていう気持ちになる仕事をしていたんだ

 8万円の万年筆を使いこなす作家になるって気持ちがあったんだ


 なんか、そういうのをあのモンブランからは感じるんだよ。それがなぜか、俺にとって、自分がラノベ作家だった一番の証明に思えるんだよな。

 だから、「これだけは売らない」と歯を食いしばってキープし続けていたわけだが。最後に残ったプライドってやつなのかもしれない。こんな風になっても、まだ捨てられないんだなあ、全部は。


 ……まあ、あれだ。

 こんな風に過去の栄光を物に封じ込めて、その光を浴びられなくなることに不安を感じる人がいるから、質屋は儲かるんだろう。


 そもそも、そんなものを担保にするなよって話だが、仕方なかった。歯医者に行く金がなくて虫歯を放置してたら痛みがなくなって、「あ、なんか知らんけど治った」って喜んでたら、唐揚げ食ってるときに砕け散って、ブリッジ入れることになって。


 はぁ。

 また、しばらくバターロールかな。


 皆さん、歯は大切に。

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