11 37歳元ラノベ作家、放置されている小説家志望者のブログを閲覧する
今夜、なんとか流星群が一番よく見られると、女性キャスターが全力の笑顔で言っていた。流星群は一定期間見られ、もっとも流星が流れる日を極大日と呼ぶらしい。
興味を覚えて、どれぐらいの流れ星が見られるのか検索してみたら、一時間で5個から10個。ちょ、おま、10分に1個見られるかどうかの流星群なんて枠取って笑顔で伝えなくたっていいよ。つーかあんた、このしょぼさじゃ、あの笑顔で紹介しておきながらチラリとすら見ることねーだろ。
そういや昔、アニメのノベライズ本を書いたとき、そのアニメのファンサイトが一斉に「面白そう」とか「期待大!」と取り上げてくれたことがあった。
俺にはサイトの煽りと女性キャスターの全力笑顔が重なる。
サイトの運営者たちは結局、俺の本を読んだのか?
ぶっちゃけ、描き下ろしのイラスト目当てに買うには買ったけど、文章読んでないんじゃね?
俺の本の感想は結局、どのサイトにも上がらなかったし。
煽っている当人たちが実は興味のない本、それはきっと、一時間に5個しか流れない流星群と似たようなもんだったんだろうな。実際、重版かからなかったし。
そんなことを考えていると、不意に他人との会話がない寂寞が心をむしばんできた。夜型の生活サイクルになっているときは、真夜中にこれがちょくちょく起きて困る。
ラノベ作家としての俺も入れていいなら、俺を認知している人は数千人はいるはず。だけど誰も俺に話しかけてくることはない。そして、俺は誰にこの気持ちを話せばいいのかわからなくなっている。
何度抱いたかわからないこの寂しさの鎮め方はよく知っているつもりだが、たまに鎮めきれずにこじらせることもある。
その場合、いつも考えるのはブログを立ち上げてやろうってことだ。何冊も本を出した元ラノベ作家ということを存分に匂わせつつ、ベストセラー作家になるという忘れ物を取りにいくために大きな新人賞に挑む! そんな体のやつ。
消えたラノベ作家が人生の再チャレンジをぶち上げて衆目を集められるとか、相当おめでてえなってことは存分にわかってるつもりだが、真夜中の思考なんてそんなもんだろ?
布団に入って目をつむれば消える程度の妄想だとわかっちゃいるが、まだ午前二時。今は早朝に寝るサイクルなので、しばらく付き合うことにした。
自分と似たような発想の人間はいるか? 本を出せなくなったラノベ作家が再デビューを目指して新人賞を取るとネットで息巻いているなんて話、聞いたことはないが、探せばどこかにいるかもしんねえ。適当なキーワードを入力して検索してみる。
気になったページタイトルを見つけたのでクリックしてみた。
プロではなく、アマチュア作家のブログらしい。プロフィールを見ると俺と同い年。取りたい賞があるというタイプではなく、めぼしい賞には片っ端から応募するタイプみたいで、サイドメニューにはこれまでの戦歴がずらりと並んでいる。
感心させられたのは最終選考まで残った回数の多さだ。有名、無名の賞問わず、片手では足りないぐらいある。
ただ、最新記事の日付は四年前のものだった。「二次選考で落ちてしまいました、また頑張ります」。
さかのぼっていくつかの記事を読んでみたが、なんでもいいから賞を取って、とにかく自分の本を出したいという気持ちが伝わってくる。
この人、今、どうしてんだろ。
俺は、アルミのマグカップに入っている冷め切ったコーヒーに口をつけた。
ブログを放置しているのは忙しいからで、実は作家としてデビューしているってことなら素晴らしいよな。でも、執筆や投稿の様子を逐一ブログに書くぐらい承認欲求の強い人が、デビューしたことを書かないなんてことある?
俺も同じようなタイプだったからわかる。ま、ねーわな。
黙って執筆と投稿を続けているって可能性はあるけど、「刀折れ矢尽きた」って方が正解だろうな。
まあ、なんつーの。
こんなにたくさん、自作を最終選考に残したこの人は、結局、たった一行すら商業本に自分の文章を載せることができなかった。
一方で、俺は早い段階で新人賞をクリアしてデビューし、大きな出版社から何冊かの本を世に出すことができた。
社会的に見て成功したのは俺だし、経歴を聞けば、俺の方が才能あると思う人がほとんどだろうな。
でもさ、俺はこの人と比べて、プロと誇示できる力量があったと言えんのかな?
最近よく思うことがある。
俺の担当だったアリサカさんは、俺の原稿を「前と比べてすごくよくなってますね!」とか「めちゃくちゃ面白くなりましたよ!」と褒めてくれ、実際、褒めてもらったものは決定稿になった。
だけど、すごくよくて面白いはずの話は、結局、どれもヒットすることはなかった。
これってなんで?
俺はさ、アリサカさんの、原稿を読む力に問題があったと言うつもりはねーんだ。そうじゃなくて、一定の高さのハードルをクリアしていれば、ギリギリだろうが、余裕だろうが、「すごくよくて面白い」にしていたんじゃねーかなって。だってさ、重版確実レベルのものしか本にしないなら、毎月安定して文庫のラインナップを維持できるわけねーじゃん。
結局、俺の本はいつもぎりぎりハードルを超えた程度のもので、文庫の体裁を整える役割しかなかった。
なんとか流星群と同じだよ。あれもニュースのラインナップを揃えるため。メインの役割なんてこれっぽっちもない。
特別じゃなくてもさ、特別な場所に並べられることってあるんだよな。スポーツとか創作の世界で、力は劣るとわかっていても経験を積ませるため若手を抜擢することあるじゃん。うまいこと化ければ儲けもんってやつ。
俺は改めてブログを見た。
このブログの人は、ベストセラーを書くような才能は多分ない。でも、俺と同じ、体裁を整える役割だけならこなせたんじゃねーか。
だけど、この人も俺も、その役割をあてがえてもらえるほど、もう若くないんだよな。
急にいたたまれない気持ちになった。
ブログが表示されているブラウザのタグを閉じると、元ラノベ作家の俺が再デビューに挑む様子を綴るブログ立ち上げという妄想も同時に消えた。