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10 37歳元ラノベ作家、バイオテロに遭う

 一カ月前から四六時中、身体がひどく痒い。


 正直、痒いこと自体はそんなに不思議ではない。

 布団は常に敷きっぱなし、三年前、蛍光灯の取り替え時に落として割って以来、掃除機なんてかけてねーし、窓を開けて換気をすることもない。

 俺の部屋は極めて不衛生なのだ。だから痒くなる。理にかなっている。

 昔から人が来る十五分前に部屋の片づけを始めていた人間だから、誰も来なけりゃ汚部屋になるわな。


 だが解せないところもある。


 俺の部屋のハウスダスト数の単位は億、兆じゃなく、多分、京、垓レベルで、立っているだけで痒くなってくるという気はするが、蚊に刺されたケースを除くと本当に痒くなったのは初めてだ。汚いと痒くなるなら、もっと以前にそうなるべきじゃね? なんで、突然こうなった?


 実は痒みが出てから一週間後に、シーツの洗濯を試してみたんだが、状況は悪化の一途をたどった。

 よって、俺はここ数年干した記憶がない敷き布団に原因があると推測し、新しいものをいくらで購入できそうか調べた。結果、ニトリで三千円の敷き布団を買うのがもっともお金のかからない方法だとわかったが、ネットで買って送ってもらうにしろ、俺が実店舗に行って買って帰るにしろ、送料もしくは交通費で千円程度加算される。まったく想定外だった四千円を捻出するのに二週間は必要だ。


 それで痒みが消えなかったら……。


 金をどぶに捨てることになる。一般国民の四千円は俺にとっての四万円だぞ! ありえねえ。

 だったら先に病院へ行った方がいいんじゃね? 病院も四千円ぐらいで行けんだろ。

 布団を買った上で病院にも行くってことは無理じゃねーけど、八千円を作るのにトータルで一カ月はかかる。順番を間違えたら、この痒みはここから最低一カ月持続することになる。無理だ。多分、人生に絶望する。

 病院が先か敷き布団が先か、ここは間違えらんねえ。


 結局、俺は先に病院へ行くことを選び、今、総合病院にある皮膚科の診察室で白衣の若い男性医師と向き合っている。


「そんなわけで、一カ月ぐらい前から全身痒いんです」

「湿疹とかできてます?」

「ありますね。なんか小さいのがあちこちに」

「上半身にもありますか?」

「はい」

「じゃ、服脱いで見せてください」


 俺はいわれた通りにシャツを脱ぎ、左腕を高く挙げ、右手で左の脇腹の上辺りをさすった。

「この辺とか結構あります」

 医者は一瞥してから、俺に妙な要求をした。

「両手を見せてもらっていいですか?」

「両手?」

「はい。こういう風に指を開いて手のひらを上に」

 なんだか、ホームランを打った選手をベンチで出迎える選手みたいな仕草だ。意味はわからないがとりあえずその通りにすると、医者はルーペのようなものを机の引き出しから取り出し、椅子を前に出して上半身をこちらに倒し、俺の手首周辺にルーペをあててつぶやいた。


「いるな……」


 なにが……?


「疥癬ですね」

 椅子の位置を戻してルーペを引き出しにしまい直し、医者は私を見た。

「ヒゼンダニという小さなダニが人からうつると発症します。このダニが人間の体のあちこちに移動して、アレルギーを引き起こすんですよ。手首の辺りにメスがいることが多いんですが、確認できました」

 本当にそんなのが俺の体に住み着いているのか。思わず、両手のひらを目の前に持ってきてしばらく見つめた。

「人からうつるってどんな風に?」

「基本的に肉体的な接触ですね。ダニを持っている人と肌と肌が長い時間触れ合うとうつりやすいです。よく高齢者の施設に出入りしている人がうつるんですけど、心当たりあります?」

「いや、全然ないです」

「そうですか」

 そう言うと、医者はなんとなく口元を上げて微笑んだように見えた。俺はすぐにぴんときた。


 いや、多分、性感染症でもあるんでしょ?

 でも俺、風俗なんて行ってませんよ。

 つーか、そもそも、今こうやって他人と向き合って10秒以上会話するのが一年ぶりぐらいなんすよ。だから、どこからどうやってダニうつされたのかまったくもってわかりません。

 ちなみに、人と肌と肌が触れ合った経験っていうと、七年ぐらい前、まだ遊興費という予算が俺の生活の中にあった頃、秋葉原のメイドリフレでモモちゃんに手のひらマッサージしてもらったのが最後っす。あ、メイドリフレって、風俗じゃないんで、一応。


 当然、医者には心の中での独り言は届かず、薄ら笑いを浮かべたまま言った。

「かゆみを抑える薬と、ダニの駆除薬出しておきますね。昔はダニを駆除するのに、全身に薬を塗らないといけなかったので大変だったんですけど、今は飲み薬で駆除できますから楽ですよ。ほら、去年、ノーベル賞を取った大村教授っているじゃないですか。その人が発見したバクテリアが元になっているんです」


 俺はノーベル賞の業績に救われたらしい。大村教授、ありがとう。


「あと、布団の類いは念のために処分した方がいいと思います。ダニがついていると体にいるのを駆除しても再感染する可能性がありますから」

「はあ、わかりました」


 病院を出た俺は、薬局で薬をもらって家路に就いた。

 しかし、わかんねえのは感染ルートだ。肉体的な接触なんて一切ないのにどこでどうやってうつった?

 黒のダウンジャケットのポケットに手を入れながら考えていると、ふと思いついたことがあり、慌てて手を出した。


「これ!」


 口を開けて、右手でダウンジャケットの胸の辺りを掴む。

 二カ月ぐらい前にリサイクルショップで千円で買ったやつ。格安だったが相当くたびれている。

 俺みたいなヤツがどこかでダニをうつされ、痒くても金がなくて病院に行けず、これを着てずっと過ごしていたんだとしたら、これにうつって、それを俺が買って……あり得る……。


 ってことはなんだ? 千円で古着のダウンジャケットを買ったことが間違ってたってことか? いやでもさ、ユニクロの新品ダウンとか無理だって。服に五千円とか無理だって。ラノベ作家時代の俺なら原稿用紙一枚とか二枚分程度の金だけど、今の俺にとってはマクロミルのアンケート報酬2000問分だぞ。


 だけど、新品を買っていたら今日の病院代と薬代は発生しなかった?

 布団を買い換える必要もなかった?

 結果的に安く収まった?

 痒くなることもなかった?

 自業自得?


 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

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